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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第四章 真綿の首輪
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四  『《猫の家》』

 ショッキングピンク色の瞳に変化はなく、じっと客の二人を見つめている。風丸かぜまるは考え込むように眉間に皺を寄せ、顎に手を添えた。


「えーっと…………レイカって確か、お前んとこの引きこもり姉さんだっけ? いや、お前の反応的に絶対そうじゃん! うわっ、初めて見た! 生の鈴歌れいかさんだ!」


 そしてそのまま真後ろに飛び退き、お化けでも見るかのような目でまじまじと見つめた。

 鈴歌や風丸を含む《十八名家じゅうはちめいか》は定例会がある度に顔を合わせることが多く、基本的に全員が昔からの顔馴染みだ。だが、引きこもってばかりの鈴歌が定例会に参加するはずもなく──


「うわぁ、本物だすげぇ……!」


 ──同居する結希ゆうきでさえそうだというのに、風丸はすぐさま珍獣を見るような目で鈴歌を観察し始めた。


「…………二名?」


 鈴歌は二人の反応など眼中にないのか、首を傾げて無遠慮に尋ねる。とても店員がするような態度ではないが、結希と風丸はそんなことさえ気にも留めずに互いに顔を見合わせた。


「鈴歌、ご主人様たちが純粋に困ってるかな。あと、『いらっしゃいませ』じゃなくて『お帰りなさいませ』だから。まったく、早く覚えてほしいな〜。私も純粋に困ってるから」


 無愛想な鈴歌の肩を叩き、前に進み出たのは緑色の猫目が特徴的な女性だった。


「…………カンナ」


「うわっ、こっちは叶渚かんなさんだ!」


 叶渚、と二人から親しく呼ばれた女性も《十八名家》の一人なのだろうか。


 黒を基調としたエプロンドレス。中にはシンプルな白いシャツ。瞳と同じ緑色のネクタイ。身につけるすべての物がマフィアを彷彿とさせるデザインとなっており、太腿に装着しているのか、エプロンドレスから見え隠れする銃がそれを増長させていた。

 肩にかかる柔らかそうな茶髪を払い、八重歯を見せながら笑う叶渚はぺこりと深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 そんな叶渚とほぼ同じ衣装を身に纏った鈴歌は彼女に倣い、二人を案内しようとしたのか軽く手を向ける。壊滅的な接客態度に身内として恥じ入りながら、結希は流されるがままに席についた。


「えぇー……、マジかー……」


 結希にしか聞こえない小声で頭を抱え、風丸は叶渚と鈴歌を観察する。しばらくして頷き、何かの作戦会議のような面持ちで口に手を添えた。


「あれはマジの叶渚さんだ。そっちは?」


「姉を見間違えたら死ぬしかないだろ」


「おう。さすがに俺も姉ちゃんを見間違えたら死ぬ。姉ちゃんいねぇけど」


 風丸は口に手を添えるのを止めて、「うーん」と悩ましげな表情のまま真後ろに腕を伸ばす。


「このビルのオーナーが猫鷺ねこさぎ家だっつーことは知ってたけど、まさか入ってる店舗に叶渚さんがいるなんてなー。……あ、叶渚さんっつーのは猫鷺家の次期頭首な」


「その次期頭首がなんでメイド喫茶で店員なんかやってんだよ」


「知らねーよ。ぶっちゃけ鈴歌さんも次期頭首っちゃあ次期頭首だろ」


 風丸に言われ、結希はメニュー表へと伸びていた手を止めた。

 今まで一度も考えたことがなかったが、百妖ひゃくおう家が《十八名家》である以上、自分の義姉妹の誰かが次期頭首となるのは明白だ。


「あの人は五女だからそれはないだろ」


 そう言葉にして気づく。鈴歌は十三人姉妹の中で五番目となる年長者の一人なのだ、と。

 アイドルの歌七星かなせと医者の熾夏しいかという才に秀でた二人に挟まれながら、無職のまま家に引きこもっている謎多き五女──鈴歌。


 極度の面倒臭がり屋で、光を映さない瞳は相変わらずここではないどこかを見つめている。

 ぼんやりとしているかと思えば、先月、結希でさえ気づかなかった亜紅里あぐりの狙撃にいち早く気づき、その身を呈して庇ってくれた。


 あの時アリアが傍にいなければ、今もなおその体のどこかに傷跡が残っていたのだろう。

 そう考えるとゾッとした。


「まぁ、順当に行けば麻露ましろさんだもんなー」


「お前も一応次期頭首だろ?」


 結希が突っ込めば、小倉おぐら家次期頭首の風丸は渋い顔をした。


「俺は絶対になんねぇよ。つーか無理」


 そして、染め直していないのか、くすんだ金色の髪を拗ねた子供のように弄り始める。

 出逢った頃から変わらない風丸の態度に疑問を持ちつつも、結希は特に追及することなくそれを流した。風丸は結希の空気を敏感に感じ取ったのか、気を取り直してメニュー表を広げ始める。


 《十八名家》の次期頭首と話題が進み、結希は「そういえば」とここに来るまでに引っかかっていたことを尋ねた。


「ヒナギクって友達いるのか?」


 白院はくいん家の次期頭首であり、陽陰おういん学園の生徒会長であり、半妖はんようの総大将であるヒナギク。誰よりも誇り高い性格で、フランス人形のような容姿をした無機質でありながらも可愛らしさを内に秘めた少女だ。


 風丸はメニュー表から顔を上げ、深海色の瞳を丸くさせた。


「はぁ? なんだよ急に」


「今朝、普通に話してたら怒られたからさ」


「え、なんで? お前なんかしたの?」


「してねぇよ」


 強いて言うと友達感覚で接していたが、言うとプライドが傷つく気がして止めておいた。


「まぁ、いるイメージはねぇよなー? 明日菜あすなは他人行儀なとこあるし、あっちゃんは一方通行だし、八千代やちよは一線引いてる感じするし、俺も別に友達じゃねぇし……」


 指を折りながら生徒会メンバーを数え、風丸は何を思ったのか首を傾げる。


「あぁでも、お前とはそこそこ仲良いよなー。生徒会終わった後、俺ら追い出して二人でよく居残ってるし……ってまさか、お前らつき合ってんの?!」


「呪い殺すぞ」


「マジ顔やめて! 冗談だから! 冗談! お前がヒナとつき合うとかマジで思ってないから!」


 風丸は慌てて手を振り、その動作で注文を取りに来た鈴歌でさらに慌て、終いには何故かひっくり返って椅子から落ちた。


「…………痛い、百妖姉弟怖い…………」


「誰かに呪われたんだろ」


 泣く動作をしながら起き上がった風丸は、椅子に座り直した後も不満があったのか、ぶすっとした顔で結希を睨んだ。


「つーかお前、ヒナのこと考えてる暇があるなら俺と明日菜のことも考えろよなー。俺ら二年になってから一緒にいる時間めちゃくちゃ減ったし、夏祭りの件だって毎年この時期には一緒に行くって約束してたじゃねーかよ」


「話す機会減ったんだから仕方ないだろ。明日菜にはバイトもあるし」


「お前には補習もあるし?」


 見れば、仕返しだとでも言わんばかりの得意顔だった。腹立たしいが、「呪い殺す」と言う前に誰かに頭を叩かれる。


「…………注文」


 心なしか、ずっと待機していた鈴歌がむすっと頬を膨らましていた。


「…………すみません」


「お前、姉ちゃんには頭が上がらねぇのな」


 少し意外そうだったが、すぐさま「あぁでも、依檻いおりちゃんでアレだもんな」とにやにや笑いながら納得する風丸がまた腹立たしかった。


「じゃあ、これとこれとこれで」


 ずっとメニュー表を眺めていた風丸から注文を取った鈴歌は、一つ頷いてきょろきょろと辺りを見渡す。何事かと思えば、堂々と結希の隣の座席に座った。


「…………何してるんですか、鈴歌さん」


「…………休憩」


「の意味わかってます?」


 働いたことなど一度もないが、ここで休憩していいわけがないことくらい六年しか記憶のない結希でも知っている。


「…………サービス」


「が休憩なわけないですよね?」


「…………ユウキ、細かいことは気にしちゃダメ」


「そーだそーだ! そんなに文句を言うならそこ代われ!」


 誰が代わるか。

 結希はわざとらしくため息をつき、自分で運んできた水を自分で飲む鈴歌を見下ろす。偽りの義姉弟となって三ヶ月が経ったが、未だに鈴歌のことは何一つとして知らなかった。


「鈴歌さん、ここでバイトしてるんですか?」


 こくり、と鈴歌が頷く。


「いつから?」


「…………今日」


 タイミングが悪すぎるだろ。


「なんでバイトをしようと? 鈴歌さん、麻露さんに言われても働こうとしなかったじゃないですか」


「…………カンナが『どうしても』って」


「それで……その、よく採用されましたね」


「…………ここの店長、カンナだから」


 言いづらかったが、どうしても確認したくて尋ねるとほぼほぼ予想通りの返答だった。結希は諸々の突っ込みをぐっと堪え、鈴歌が水を飲み干したことを確認するや否や彼女の耳元に口を寄せる。


「…………それで、できればなんですけど」


「…………何」


「…………今日のことは他の人に黙っていてください」


 それが結希にとっての最優先事項だった。

 鈴歌はちらりと結希の方を見上げ、僅かに顎を引く。


「…………お互い様」


 耳打ちだったが、鈴歌は空気が読めないのか普段通りのトーンで了承した。


「おい! なんで誘った俺よりも誘われたお前の方が満喫してんだよ!」


 お互い様という返答が妙に引っかかったが、あとは風丸の口だけだ。どうしようか思案していると、店長の叶渚が音もなく風丸の後ろに立った。


「残念だけど、うちにそんなサービスはないかな〜。うちは純粋なメイド喫茶兼なんでも屋さんの《猫の家》だから。風俗って思われちゃうと、私、純粋に困っちゃうから」


「うわあっ、叶渚さん?!」


「風丸くん、えっちなことがしたいなら町の外がオススメかな〜。あれ? 風丸くんっていくつだっけ?」


「そういうつもりで言ったわけじゃねぇしそういうことがしたいわけでもねぇし町の外に出る気もねぇし俺はまだ十七だし……あぁもう突っ込みが追いつかねぇ! だからこの人は苦手なんだよもー!」


 やけに叶渚から距離を置こうとしているかと思えば、そんなことが理由だったらしい。


「…………カンナ」


「鈴歌、私のお家は気ままな猫のレスキュー隊だけど、誰かに襲われた鈴歌を助けることはできないかな。それは警察の管轄だから〜」


 妙にドライなことを言い、叶渚はひらひらと手を振る。


「ほら、休憩は終わりかな。自分で飲んだ水を片付けて、早く新しいのを運んでね」


 鈴歌は渋々立ち上がり、厨房から新しい水を運んでくる。本当に店員としてやっていけるのかと思った直後、見事に転んで結希の頭に水をぶっかけた。

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