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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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十七 『神と小人と精霊と』

りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


「『強くなれ』!」


 九字くじ言霊ことだまが合わさって、妖怪は叫び声を上げながら消滅した。

 正午を過ぎたとは言え、まだ妖怪が出る時間帯ではない。だというのに、目の前に広がる光景は黄昏時のそれだった。


「ひゃっ、まだあんなにたくさん……!」


 心春こはるは群がる妖怪に怯え、結希ゆうきの肩の上で縮こまった。二ヶ月前だったら傷つけられてもおかしくない距離なのに、必死になって肩にしがみついている。

 結希は傷つけられることさえ忘れて、妖怪を注視した。


『……タ、スケ……コロ、ス……』


『コロシテ、ジャマ、シテ……シマエ……』


 直接脳内に響く声は別物だったが、言葉はあの日とまったく変わらなかった。


「……結城ゆうき家を襲った時の妖怪と同じだ。妖怪には意思があるからあまり気にしてなかったけど、もしかしたら誰かが意図的に俺たちの邪魔をしているのかもしれない」


「そんな、じゃあそれってあの時の……ッ、『停止せよ』!」


 心春の言霊が、呪縛のように空気を伝う。刹那に結希は心春を信じて、足を止めずに数多の妖怪の方へと突っ走った。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


「『強くなれ』!」


 動きを強制的に停止された妖怪がすべて消滅する。それでも、結希の推測が正しいのなら油断はできなかった。


『にぃーっ!』


紅葉くれは……?!」


「あっ、お兄ちゃん上!」


 言われた通りに顔を上げると、体操服姿の紅葉が黒い〝何か〟にしがみつきながら下降する最中だった。


「にぃっ! やっと追いついた!」


 地面に下り立った紅葉は、自分をお姫様だっこでここまで運んで来た少女の腕を引く。

 黒き翼を背中に生やし、紫色のゴスロリ風和服と黒いツインテールが風に靡く。黒い頭巾は天狗を彷彿とさせ、その下で輝く紫色の瞳が結希を射抜いた。刹那、頭の中で何かが弾けた。


火影ほかげ?!」


 そして、今さらながらに気づいた。

 肩に乗る心春が半妖はんようであるように、彼女の従姉もまた血統で考えると半妖なのだと。


「いとこの人。確かに貴方の前でこの姿を披露するのは初めてです。でも、今は説明をしている場合ではありません」


「にぃっ、火影は鴉天狗からすてんぐの半妖だから、にぃの行きたいところまで飛んでいってあげる! くぅができることは何もないけど、百目ひゃくめの奴と一緒にみんなでにぃのこと見てるからね!」


「……紅葉、火影。ありがとう」


「いとこの人からの礼はいりません」


 火影は結希を抱き上げ、紅葉の時以上に翼を大きく広げた。両翼の大きさは、合わせてニメートルぐらいだろうか。


「ひゃあっ……!?」


「掴まってください」


「ッ!」


 声を上げた心春は結希の骨ばった肩に、羞恥を押し殺した結希は火影の柔らかな体にしがみつく。当然のように火影のベリー系の匂いが鼻腔を擽り、あっという間に空高く飛び上がった。


「紅葉、すぐにビャッコを呼んで逃げろ!」


「うんっ! にぃ、大好きぃー!」


 大きく手を振る紅葉が徐々に遠ざかる。

 恥じらいもなく愛情表現をする紅葉から視線を逸らし、結希は「火影」と名前を呼んだ。


「わかっています、いとこの人。妖目総合病院おうまそうごうびょういんですよね?」


 火影の視線が妖目総合病院へと向けられて、瞬時に町並みが変貌していく。そして、ぼそっと呟くようにこう言った。


「火影は鴉天狗の半妖です。だから、姫様の付き人として生存することを許可されています。でも、これ以上のことは火影もできません」


「いや、今はこれで充分だ。それに、できないことがあるなら少しずつできるようになればいいんだよ」


 例えば心春がそうだったように。

 本人の前では言わなかったが、心春が結希の努力を知るように、結希も心春の努力を知っていた。


 心春にしか見せないそれと、結希にしか体感できないそれは、お互いだけが知っている。出逢った頃にあったあれほどの溝は、いつの間にか消えていた。


「姫様を守る為ならば努力します。それに、火影と姫様には、いとこの人の〝成長〟を間近で見てきたという自負がありますから」


 火影は瞳を貪欲に光らせた。そして、あっという間に辿り着いた妖目総合病院へと急下降する。


「姫様の為にもかっこ悪い姿は見せないでくださいね!」


 願いを託し、火影は心春ごと結希を真下に放り投げた。


「『停止せよ』!」


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 言霊に想いを乗せ、体が空中で止まる。

 九字を切ったその先にいた亜紅里あぐりは、銀色が散りばめられた天色の瞳を大きく見開き──ヒナギクの上から飛び退いた。


「ヒナギク!」


 白かった着物は赤く染まり、ところどころが破けている。


「…………ぅ……」


 薄く開けた紅蓮の瞳は、言霊を解除して飛び下りた結希を視認した。美しい銀髪までもを血に染めて、それでもヒナギクはにやりと笑う。


「よく、まに、あったな」


 最後に声を振り絞って、ヒナギクは安心したように意識を手放した。


「…………『止血せよ』」


 震える声でヒナギクに言霊をかけた心春の顔色は、今もいつも以上に青かった。


「心春ちゃ……」


「ッ、ヤクモ! 鬼魔駆逐急急如律令きまくちくきゅうきゅうにょりつりょう!」


 声がした方を見ると、ぴくりとも動かない本庄ほんじょうを抱えた末森すえもり式神しきがみを駆使して亜紅里の攻撃を防いだところだった。


「──馳せ参じたまえ、スザク!」


 紙切れに力を込めてスザクを呼び寄せる。

 ピンク色のツインテールを風に揺らせて姿を現したスザクは、緋色の瞳を見開いて状況を瞬時に把握した。


「末森さんたちの避難誘導を!」


「了解でございます!」


 結希の指示を聞いた末森は本庄を抱え直し、何も恐れない亜紅里の素の強さに感服さえしたまま式神に向かって叫ぶ。


「ヤクモ! 俺たちも一度離脱して体制を立て直すよ!」


 女型の式神のヤクモは、素直に命令に従って主の下へと瞬間移動した。

 色っぽい大人の女性の容姿をしたヤクモは下級遊女のように黒き着物を着崩し、赤と金の帯で白いロングスカート型の着物を留めている。動きやすいように縦に裂いた白の着物の中からは、すらりとした足が覗いていた。


「ぬし様、あまり急ぐのはやめておくんなんし。りゅうさんの傷口が余計に開くでありんす」


 ヤクモはため息をついて、幼く見える短い前髪を整える。そして本庄の容態をひと目見て続けた。


「ザクさん。アリさんの居場所がわかるなら、そこに案内しておくんなんし」


「結希! 女狐の札はヒナギクが使い切らせたから、存分に暴れてくださいね!」


 スザクに連れられたヤクモと本庄を背負った末森が撤退したのと同時に、火影がヒナギクを抱えて飛翔していく。


 亜紅里は、立っているのがやっとという状態で結希を見据えていた。

 傷一つないものの、数人の相手を同時にしていて疲弊しきっている。結希が何もして来ないのを確認し、訝しげに腰に下げている日本刀に視線を移した。


「…………」


 亜紅里は何も言わない。

 言えないのかもしれないと、日本刀──《如月きさらぎ》の頭を撫でて思った。


「亜紅里。俺は最後まで戦う」


「……そう。それでいい。それがけじめだ」


「その言葉、自分から言ったこと覚えとけよ」


「……覚えて何になる?」


「けじめをつけるってことは、俺たちの戦いが〝最後〟だってことだ。もう二度と俺たちが戦うことはない」


 亜紅里は目を細めた。

 妖目総合病院の屋上が歪み、辺りを木が囲む。森になったこの場所で、亜紅里は傍に出現した祠を撫でた。


「……未来は誰にもわからない」


 一歩足を踏み出し、亜紅里は腕を軽く振った。

 それに呼応するようにして、木の影から野狐やこが二匹飛び出す。突進してくる野狐に九字を切ろうとしたが、心春に耳朶を引っ張られて口を噤んだ。


 心春は伸ばされた結希の腕を伝って手の甲に立ち、大きく息を吸い込む。


「『幻術ッ、解除せよッ』!」


 刹那、亜紅里が作りだした世界が壊れた。

 幻術が見せた野狐は紙切れのように彼方に吹き飛び、吹き飛んだ先から無様に世界が剥がれ落ちる。


「『土地神の加護を受けた精霊よ、我に力を与えたまえ』──」


 突風が突き上げるように吹いた。風の力を持つ土地神の、加護を受けた精霊が心春の小さな小さな体に集結していくのが目に見えてわかる。

 森と屋上の狭間で森だけが死滅していく中、蛍のように仄かな光が幻想的に結希と心春を取り囲み



「──『幻術よ、世の理から消え失せろ』!」



 世界を、創り変えた。

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