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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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十二 『愛しき弱点』

「そんなのは今関係ないだろ」


 眉を潜めた。その言葉が不快だった。


「……いいや、関係ならあるさ。そうすれば私たちは何もかもがお揃いだったんだ。裏切り者で、母子家庭で、陰陽師おんみょうじで、半妖はんよう。だから結希ゆうき間宮まみやのままでいてくれたら、こんな弱点を持つこともなく私の一番の味方になってくれるはずだった。本当だったら、結希の隣に立つべき人間は百妖ひゃくおうの連中でもヒナギクでもない。私であるべきなんだ」


「そんなことないです!」


 叫んだのは、足を震わせながら青白い顔で亜紅里あぐりを睨む心春こはるだった。


「お兄ちゃんはっ、貴方が思っているような人間じゃありません! お兄ちゃんはっ……みんなを守る為に誰よりも頑張れる人なんです! みんなを傷つけるようなことは、絶対に、絶対にしません!」


 怖いはずなのに、譲れない何かを守るように心春はそこに立っている。


「……心春ちゃん」


 そんな未来が本当にあったのかもしれない。一瞬でもそう思った結希は、結希を信じて全力で否定する心春の温かな心に触れて目頭が熱くなるのを感じた。


「貴方が知らないだけなんです……! お兄ちゃんがずっと一人で頑張ってることを、ぼくは知っています! 今だって……痛いはずなのに……」


「心春ちゃん、ありがとう。でも、それ以上は言わない約束だよ」


 はっと若草色の瞳を見開いて、心春は「でもっ」と眉を下げた。

 心春だけには、自分が全身筋肉痛だということがバレている。その上、予定よりも多い数の午前競技に参加してしまったことも心春は知っている。


「健気すぎて泣けてくるな。だが、百妖の人間に会う前の結希は、本当にお前が思っているような人間だったのか?」


「……え?」


 心春が気を抜いた刹那、空気が震えた。

 空気を伝って気配や音が近づいてくる。それは複数の足音で、次第に大きく速くなるそれは駆け足だった。


『ちょっとー! あっちゃんは何やってんのよー!』


『ヤバいってヤバいって! 応援合戦始まってる!』


『いってぇ! 俺を叩くなよっ、俺応援団じゃねーのにぃ!』


風丸かぜまるは生徒会の雑用でしょ? 同じクラスなんだし手伝って! お願い!』


『お願いされちゃあしょ〜がねぇ〜なぁ! ったく、それにしてもこんなクソ忙しい時に結希もヒナもあっちゃんもどこ行ったんだよっ! 俺たちだけじゃ回んねぇっての!』


 グラウンドから聞こえてくる音楽に紛れて、風丸の嘆き声が近づいてきた。それだけで、人避けの効果が切れていることがわかる。


「…………時間切れ、か」


 狐耳をぴんと立てた亜紅里は青い炎を消し去った。

 その隙に九字くじを切り、ヒナギクが薙刀を振って飛びかかる。が、亜紅里はヒナギクを巧み避けて無防備な心春を肩に抱き上げた。


「──ざい・ぜ……ッ、心春ちゃん!?」


 その時間は、わずか三秒だった。

 言霊ことだまも、何かを言うことさえもできないまま心春はその数秒で結希を見つめる。唇が震えるように動いたが、結希の読唇術どくしんじゅつを使ってもそれを読み取ることはできなかった。


 心春の右手がまっすぐに伸びる。他の誰でもない、結希に向けられたその手を掴み返すことさえできないまま──心春は、亜紅里と共に煙を纏って消えた。


「心春ちゃんッ!」


「副会長、私が追う! 貴様はあらかじめ話し合った通りに動け!」


「……あぁっ! 頼む!」


 ヒナギクは壁を駆け上がり、屋上へと姿を消した。ヒナギクと入れ違いになるようにしてこの場所に来た風丸は、結希を視認して「あぁー!」と叫ぶ。


「結希、ここにいたのかよ! ちょうど良かった、お前も運ぶのてつ……」


「風丸悪い! 俺とヒナギクと亜紅里は早退する!」


 結希は札をポケットに押し込み、風丸とクラスメイトが来た道を走った。


「はぁ?! 早退?! バッカ野郎、午後の団体競技はどうすんだよ!」


「補欠で埋めてくれ!」


「はぁ?! うちの補欠の一人はお前だろーが! その上ヒナとあっちゃんも抜けたら俺たち赤組は本当に負けるぞ?!」


「だから悪いって言ってるだろ!」


「綱引き対決はどうすんだよ!」


「ヒナギクが明日菜あすな八千代やちよに丸投げしてる!」


 風丸の言葉が聞き取りづらくなる距離まで走った。

 ただ、聞き違いでなければ「俺たちの青春はどうなるんだよー!」と叫ばれたような気がした。だと言うのにその直後の「なんっじゃこの扉ー! なんで消し炭になってんだよ!」ははっきりと聞こえた。


 決行日を今日にしたことで、体育祭の思い出が潰れてしまうのは亜紅里だけではないと結希もヒナギクもわかっていた。

 亜紅里が「意地悪」と、「邪魔してくるのは良くない」と言ったのは自分への仕打ちだけじゃないこともわかっていた。


「──馳せ参じたまえ、スザク」


 角を曲がり風丸の姿が見えなくなったところで、結希は式神しきがみのスザクを呼び寄せた。スザクは気を利かせたのか、陽陰おういん学園の一般制服を着用したまま結希の前に姿を現す。


「結希様! やはり作戦は失敗だったのでございますか?!」


「……あぁ。スザク、百妖家全員にも頼む。愛果あいか熾夏しいかさんを優先させて幻術を使わせてもらえないか頼んでくれ」


「わかりました!」


 スザクは姿を消し、結希は盛り上がるグラウンドに視線を移した。そのまま校舎に足を向けると、人混みを掻き分けて進む女性に呼び止められた。


「待て、結希!」


「……ッ?! いぬいさん!」


 よく見ると、女性は私服姿の乾だった。


「行くなら私も連れていけ! 私がいれば戦力は大幅に上がる! 約束するから信じろ!」


 サトリの人工半妖の乾は、すべてを視たのか結希の体操着を勢いよく掴んで校舎内へと連れ込む。そして、声を潜めた。


「私はサトリだ。現状では百目ひゃくめの熾夏よりも役に立つ」


「……わかりました、お願いします!」


「結希!」


 生徒会室に続くすぐ傍の階段を駆け下りてきた麻露ましろは、乾に気づいて後に続く姉妹を止めた。


「麻露さん、この人は大丈夫です! それよりも……」


「なら聞くが、スザクが言った狐の半妖が現れたというのはどういうことだ!」


「はぁ……っ、も、走れないわ……。あいちゃんつばちゃん、もう少し加減して……」


 麻露も、歌七星かなせも、鈴歌れいかも、熾夏も、朱亜しゅあも、和夏わかなも、月夜つきよも、幸茶羽ささはも。膝をつく依檻いおりも、依檻を引っ張ってきた愛果も椿も結希に視線を向ける。


「狐の半妖の正体は亜紅里で、亜紅里が心春ちゃんを連れ去りました!」


「心春を?!」


 結希は、一瞬にして麻露だけではなく姉妹全員の血の気が引くのを見た。


「確かに……っ、はるちゃんだけいないわね……!」


「そんなっ、何故心春ばかりがそんな目に遭うのですか……!」


「助けられなくてすみませんでした!」


 結希は姉妹全員に向かって頭を下げ、すぐさま顔を上げて麻露に状況を説明する。


「今、ヒナギクが二人を追っています! 俺と乾さんで後を追うので、みなさんはこれから来る陰陽師と一緒にここにいてください!」


「いいや結希、私たち全員も連れていけ!」


「ダメです!」


「なんでよ! アンタはウチらが役立たずだって言いたいわけ?!」


「違うよな結兄ゆうにぃ! 適材適所ってヤツだよな!?」


「それも違うんだよね? 弟クン。はっきり言っていいよ」


 冷静に、ドライともとれる声色で熾夏は反発する姉妹の声を切った。


「言ってやれ。でないと誰も納得しねぇぞ」


 最後に乾の言葉に押され、唾を飲み込んだ結希は本当の報告をし始めた。


「亜紅里の件は、さっき問い詰めるまで俺もヒナギクも確信が持てていませんでした。だからヒナギクと賭けていたんです」


「賭け、だと?」


「はい。午前中で誰か一人でも亜紅里のことに気づいたら、作戦を話して一緒に戦う。誰も気づかなかったら、推測が間違いかもしれないから言わないでおく。それでも亜紅里が半妖だったら、生徒会で……二人だけで戦うと」


 役立たずでも、適材適所でもない。


「結果はその後者でした。亜紅里が逃げた場合、身体能力に優れたヒナギクが先に追って俺がその後を追うことになっています。体育祭は中止にせずに続行し、人知れず亜紅里との戦いに決着をつけるつもりでした。ですが、心春ちゃんが連れ去られたのなら話は別です」


 亜紅里だったから、ヒナギクはそう決断した。


「…………なのに、ユウキは話すだけ話して置いていくの?」


「それはなかなかの苦行じゃな」


「でも、ワタシたちは二人の賭けに負けた」


 ぽつりと和夏が呟いた。


「ユウがワタシたちを連れていかない理由は、それだけで充分じゃないかなぁ」


 和夏は黄緑色のマフラーを口元まで上げ、瞳を閉じる。


「……すみません。確かに賭けの件もあるんですけど、一番の理由はヒナギクが生徒会だけで片づけることにこだわっているんです。亜紅里は生徒会の身内ですから」


「そうね。それに、今は真っ昼間よ? 私たち半妖が出る幕じゃないわ。あっちゃんは確かに強いのだろうけど、私たちの総大将が相手だもの。私は愛しい自分の生徒たちを信じるわ」


「……依檻。わかった、依檻がそこまで言うのなら私たちは引き下がろう」


 麻露の下した決断に、依檻、熾夏、和夏を除く姉妹全員が「信じられない」とでも言うような驚きを瞳に込めた。


「その代わりに知っていてほしい。心春が男性恐怖症になったのは、六年前の百鬼夜行が起きたその日、見知らぬ男に金目当てで誘拐されたからだ」


 あの時震えた心春の唇は、迷いなく右手を伸ばしながらも。


 〝助けて〟とは、言わなかった。

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