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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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十一 『裏切り者のままで』

 退院した翌日の五月三十日は、月曜日だった。

 生徒会の雑務が終わった後、結希ゆうき風丸かぜまる明日菜あすなの誘いを断ってヒナギクと生徒会室に残る。


「副会長、町役場の結界が破られてから今日で何日目だと思う?」


「十二日目だな」


「貴様はどれほど私を待たせれば気が済むんだ。わかっているのならさっさとその件について報告しろ」


 返す言葉もなかった。

 いつもなら苦笑して流すところだが、結希は深く息を吸い込む。そして言葉にした報告を、ヒナギクは片眉を上げて復唱した。


亜紅里あぐり半妖はんようの裏切り者かもしれない、だと? ……副会長、その根拠を詳しく聞かせてもらおうか」


 真っ先に告げたのは、町役場ではなく亜紅里の件だった。ソファに深く座っていたヒナギクは前のめりになり、壁に寄りかかっている結希に視線を送る。


「証拠はない。だから、亜紅里を完全に疑っているわけじゃないことを頭に入れて聞いてほしい」


「あぁ」


「あの日、町役場で亜紅里が迷子になっただろ? その時亜紅里を発見した場所が、今回襲撃された理由となった場所なんだ。で、そこに行くには人避けの札が貼ってある廊下を通らないといけない。けど亜紅里はそれを無視して侵入したんだ。……見知らぬ少女と一緒に」


「なら貴様は、その見知らぬ少女がマギクだとでも言いたいのか?」


 まだ報告していないマギクの名前をヒナギクが出せたのは、結希に報告させる前に独自のルートで調べたからだろう。


 ヒナギクはそういう少女だ。


 だから結希は、誰にも話せずにいた亜紅里の件をヒナギクに話した。


「それも断言はできないが、結局、少女が出てくるところを俺は見ていない」


 ヒナギクは「なるほどな」と呟き、顎に手を添えた。


「他には?」


「亜紅里は先週からずっと学校を休んでるだろ? 亜紅里の性格上、病欠は信じられないし……こじつけかもしれないけど、転校してきた時期も時期だ。あの日は学園の結界が破られてから一ヶ月以上は経ってたけどな」


「……報告ご苦労。副会長、私は貴様の推測を信じよう」


 視線を上げる。ヒナギクの目は死んでいない。


「信じてくれるのか?」


「信じてほしくないのか? 何よりも亜紅里の出自がそれを物語っているというのに」


「……《十八名家じゅうはちめいか》か?」


「あぁ。亜紅里は数年前に没落した阿狐あぎつね家の生き残りだ。亜紅里が分家ではなく本家の正当なる嫡女だとすれば、半妖である可能性は高い」


 ヒナギクは、恐ろしいほど深く眉間に皺を寄せていた。


「……ヒナギク、先月は半妖が生まれるのは白院はくいん家と百妖ひゃくおう家のみって言わなかったか?」


「あぁ、確かに言ったな。だが、最初から阿狐家はないものとして考えていた。《十八名家》とは言うが、今では十七家で陽陰おういん町を支えている。これは……二家と同じ力を持つ阿狐家の人間が表舞台に戻っていながら、半妖の可能性について考えようとしなかった私の思慮のなさが原因だ。すまなかったな、副会長」


「ヒナギクが謝る必要はないだろ。……それで、どうする?」


 ヒナギクは壁にかけてあるカレンダーに視線を移し、「亜紅里が来ない以上は確認のしようもないし、なんとも言えないな」と返す。


「あまり呑気なことは言ってられないが、亜紅里が来るのを待って様子を見よう。来たら作戦と人員、決行日を考えればいいさ。副会長、心配は無用だろうが、その日が来る前に亜紅里に悟られないよう気をつけろよ」


 ヒナギクはコバルトブルーの瞳で結希に釘を刺した。


「得意分野だ」


 そう言って笑っておきながら、結希は結局、亜紅里には敵わなかった。



「──なぁ少年、私の味方にならないか?」



 どんな時でも笑っていた亜紅里が、追い詰められた今では真顔を保っていた。悲しみなのか怒りなのか、どちらとも言えない感情を押し殺している自分とは違う。


「──俺は、何があっても百妖の人たちを裏切らない」


 それでも断言した結希を、亜紅里は天色の瞳で見据えた。


「残念だ」


 その瞳は、本当に残念そうに揺れる。ただ、亜紅里はそれでも真顔だった。


「それはこっちの台詞だ、亜紅里」


 音もなく亜紅里を挟み撃ちするように現れたのは、ヒナギクだった。ヒナギクは亜紅里の退路を塞ぐように立ち、コバルトブルーの瞳を細める。


「副会長。亜紅里にその台詞をそっくりそのまま返してやれ」


 亜紅里が裏切り者だとわかった以上、言われなくても言うつもりだった。

 結希はヒナギクに頷き、ヒナギクが来ても動じない亜紅里に視線を移す。


「亜紅里、俺たちの味方にならないか?」


 僅かだが、亜紅里の口角が片方だけ上がった気がした。


「今寝返るのなら、貴様のこれまでの悪事をこの私が許してやろう。少なくとも副会長は、背中の火傷の痕などまったく気にしていないからな」


「百妖家と陰陽師おんみょうじには俺が話す。話して理解してもらう。陰陽師には時間がかかるかもしれないけど、百妖家のみんなは必ず亜紅里を受け入れてくれる」


 何もかもが違う俺を受け入れてくれたようにな。

 結希は最後にそうつけ足して、亜紅里の返事を長く思える時間の中で待った。


「……前にも言ったはずだ。私はお前の味方にはなれない、と」


「それは残念だな。なら、ここで容赦なく握り潰そう」


 退魔の札を貼っているにも関わらず、結希の全身を飛ばすように風が吹き荒れた。亜紅里は眉を潜め、背中を見せていたヒナギクにようやく向き合う。


 その一瞬で、紅蓮の瞳と天色の瞳が交差した。


 ヒナギクは銀色のストレートヘアと耳を尖らせ、白い着物と下に着ている赤い着物を風に靡かせる。


「……ヒナギクに私は握り潰せない」


 亜紅里は結希に背中を向けたまま、無数の狐火を全身に纏った。

 狐火が消えた後でそこに存在していたのは、一目見た時から忘れもしない狐の半妖の少女だった。結希の位置からでは、ヒナギクと同じ色をした銀色の髪と尻尾しか見えない。


 亜紅里は尻尾を揺らしながら淡々と告げた。


「一つだけ聞かせろ。私はお前たちよりも遥かに強い。だから、お前たちがいつ来ても返り討ちにすることができる。なのに何故わざわざ今日を選んだ」


「亜紅里があからさまに俺を避けるからだろ」


 狐耳がぴくっと動いた。図星なのか、今度はヒナギクばかりを見つめている。


「だから、亜紅里が確実に逃げられない今日を選んだ」


「ゆうゆうは……意地悪だねぇ」


 急に声色を高くし、結希がよく知っている方の亜紅里は俯いた。


「あたし、本当に体育祭楽しみにしてたんだよ? 人生で初めての学校行事だもん。ずっと眠れない日が続いてさぁ」


 そして、子供のように下駄で足元の土を弄った。


「ヒーちゃんも意地悪だよね。応援合戦もやりたかったのに、違う場所を教えてこんなことの為だけに時間稼ぎするんだもん。ほんと、結界だけじゃなくてこういうところも邪魔してくるのは良くないよ?」


「甘ったれるな。私たちの平穏を二度も壊しておいて、自分のわがままは壊すな? そんな支離滅裂な理屈が本当に通ると思っているのか」


「それに、そうさせたのは亜紅里自身だろ?」


 亜紅里の表情が見えない。

 ヒナギクから見た亜紅里は今、どんな表情で結希の言葉を聞いているのだろう。


「最初に目が合った時、見覚えのある目だと思っていた俺の目をあからさまに避けたのは亜紅里だ。遠足で町役場に行きたいと言い出したのも、わかりやすく班から離れて人目につきやすいところでわざわざマギクと話していたのも、俺が来たとわかって中で足止めしたのも亜紅里だ。その日中に町役場に侵入したのも、それ以来学校に来なくなったのも、来たと思ったら俺だけ避けたのも亜紅里自身だ」


 目に見えない結希は言葉を止めなかった。そして最後に、この二週間ずっと考えていたことを口に出した。


「それに、この日を一番待っていたのも亜紅里なんじゃないか?」


 揺れていた尻尾が止まった。


「ここまでわかりやすいボロを出し続けていたのは、亜紅里が俺やヒナギクに自分を止めてほしかったからなんじゃ……」


「推測だけであたしを語らないで」


 両手に青い炎を灯し、亜紅里は流し目を結希に投げた。

 銀色が散りばめられた天色の瞳は鋭く研ぎ澄まされており、口元は黒い布に覆い隠されていて表情が読めない。


「なら、語るのは力だな」


 ヒナギクは腕を振り、椿つばきよりも一回り大きな薙刀を出現させた。それを軽々と振り回し、紅蓮の瞳で亜紅里を射抜く。


「陽陰学園生徒会執行部、別名《百鬼夜行迎撃部隊》。生徒会長の白院・えぬ・ヒナギクと、副会長の百妖結希が貴様の相手になろう」


 そして結希は長ズボンのポケットに忍ばせておいた札を構える。


「なるべく私たち二人だけで貴様を片づけたいところだけどな。今日の陽陰学園には、妖怪退治の猛者共が集っている。……この意味がわかるな?」


「……いいや、まったく理解できないな」


 刹那、亜紅里は目で追えるギリギリの速さで青い炎を投げつけた。結希もヒナギクも咄嗟に防御に徹したが、亜紅里が狙ったのは結希がここに来る時に使った出入口だった。

 札の退魔効果はとっくに切れ、通した炎は容易く扉だけを燃やし尽くす。


「きゃあっ?!」


 そのすぐ傍で怯えたのは、心春こはるだった。


「心春ちゃん?!」


「お、お兄ちゃん……!」


 決して結希に怯えたわけではない。心春は結希に駆け寄ろうとし、思い切り足を止めた。


「何故ならお前には、本当に健気な妹がいるのだから」


 心春の視線の先には、亜紅里が片方だけ残しておいた青い炎が揺らめいていた。

 青い炎はそんな心春に向けられており、その威力を間近で見てしまった心春は恐怖で足を竦ませる。


「これでわかったか? 強い私はお前たちよりも早く攻撃ができる。お前たちの言う猛者が私に手を出しても構わないが、その代わりにこの子がお前以上の火傷を全身に負うだろう」


「亜紅里っ!」


 反射的に叫んだ。気にしてはいないが、他人に見せるにはあまりにも醜すぎる背中の火傷痕が疼く。


「怒っているのか? だが、先にこの弱点を見せたのはお前だ。そうだろう、百妖結希」


 亜紅里は心春に体の正面を向け、右手でヒナギクを牽制し左手で心春を狙った。


「……お前が名を変えず、裏切り者の間宮まみやのままでいてくれれば良かったのにな」


 ぽつりと、雪が解けるように亜紅里は言った。

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