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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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九  『陽陰学園体育祭』

 風を全身で切りながら突き進む。例え筋肉痛でも、日課と思えばまったく苦にならなかった。

 息を整えると、黄色の腕章をつけた体育委員が結希ゆうきを先導する。一位と書かれた旗の列に並び、全学年でエントリーした者だけの徒競走は幕を閉じた。


『これからお昼休憩に入ります。開放場所は全体育館と全食堂になりますので、ご利用される方は迷わないようお気をつけください。何か困ったことがありましたら、群青色、緋色、黄色の腕章をつけた係委員にご相談ください』


「ゆーうーきぃー!」


「なんだよ」


 徒競走やその他の種目にもエントリーせず、放送席でずっと会場を盛り上げていた風丸かぜまるが大股で近づいてくる。悪い予感がして足早に観戦席に戻ると、椿つばき愛果あいかが我が物顔で結希の席を占領していた。


「あーっ! お前らも! ちょうど揃ってるならよく聞けよなっ!」


「えっ、なになに? あたしら何かした?」


「何じゃねーよっ! さっき発表されただろーが! 個人別総合優勝高等部一年、百妖ひゃくおう椿! 高等部二年、百妖結希! 高等部三年、百妖愛果って! 一人ならまだしも百妖おまえら一位独占しすぎだっつーの! ちょっとは周り考えろ羨ましい!」


「結局何が言いたいんだよ風丸は」


 午前中はエントリーした者だけの個人競技がグラウンドのあちこちで行われていた。昼休みと応援合戦が終われば、団体競技が中等部と高等部合同で行われる。

 一学年六クラスはそれぞれ色で別れており、上下学年で同じ色のクラスと協力し総合優勝を目指すところは他の一般学校と同じだった。


「風丸の言うことなんて大抵はくだらないんだからさ、聞くだけムダだって」


 愛果ははぁとため息をついた。その呆れ顔は一点を見つめて険しくなり、その理由を肩にかかった重さで結希は理解する。


「センパイ、おめでとうございますっ!」


 風丸とは違い、敵意の欠片もなく結希のテリトリーに侵入したのは翔太しょうただった。翔太は結希の耳元で声を弾ませ、足をぷらぷらと動かす。

 バランスを崩しかけた結希は、咄嗟に手を後ろに伸ばして不安定な翔太の華奢な体を支えた。


「センパイの活躍ずっと見てましたよ! 徒競走もですけど、借り物競争がぶっちぎりでしたねっ!」


「借り物は単に運が良かっただけだから、褒めるようなことじゃないって」


「そうだそうだ! 俺のおかげで歴代最速記録を更新したんだからなっ!」


「は? 何バカなこと言ってんの? 風丸は何もしてないでしょ」


「いーやしたぜ! なんてったって結希が引いたお題は俺が書い……」


「なるほどお前か」


 アホ毛目がけてチョップした。


結兄ゆうにぃのお題ってなんだっけ?」


「『ヒナギクのリボン』。ったく、ほんと運が良すぎでしょ。あのヒナギクから何かを借りることでさえ難関だってのに、髪留め貸せなんて女子に言う台詞じゃないっつーの」


「あちゃー、確かに。それってやっぱり結兄が副会長だからかな? 他の人に貸すとこ全然想像できないや」


 椿と愛果の会話を聞いて、改めてそう思う。

 常に放送席にいたヒナギクに頭を下げ、罵倒に近い言葉を吐かれながらも貸し出されたリボンを持ってゴールテープを切った時は自分でも信じらなかった。


「それに結兄、本当は徒競走だけだったのに補欠で何種目か出たんでしょ?」


「あぁ」


「えーっ、そうなんですか?! それで優勝するなんてやっぱりセンパイすごいですね! さっすがボクや下僕が認めた人です!」


「ねぇ俺は?! つーか翔太さん! 結希をセンパイ呼びするなら俺も……」


「それ以上何か言ったら縊り殺すから」


「現実味のある殺し方ヤメテ!」


 少しだけ振り返ると、どこから取り出したのか翔太は笑顔で紐を見せびらかしていた。


「アンタの家なら機関銃くらい簡単に用意できそうだけど?」


「風丸ごときにそんなもったいないマネするわけないでしょ。強いて言うなら、それを持ち出す時はアンタに使うかもねぇ」


「ふんっ、かかってきな。全弾粉砕してやる」


 先月のみぞおち一発から機関銃にまで発展した喧嘩を止めようとすると、「アニキ〜」という呑気な声が聞こえてきた。

 人混みを搔き分ける大柄な少年は、緋色の体操着を着ていてもチンピラだとわかる。その顔に見覚えがあった結希は、「あっ」と愛果と同時に声を漏らした。


「っあぁー! アネゴに大アニキじゃないすか!」


 満面の笑みを浮かべる少年は、四月に翔太をカツアゲしていたチンピラのリーダーだった。


「あっ、アネ……?!」


「大……アニキ?!」


 結希と愛果は愕然とし、二人で顔を見合わせる。


「うわーっ、大アニキにおんぶしてもらってるんすか?! さっすがアニキっすね! マジパネェっす!」


「そんなの当たり前でしょ? ボクとセンパイは下僕と違って相思相愛なんだからさ〜」


「はぁ?! アンタそれ本気で言ってるならタコ殴りだかんな!」


「翔太、勝手に捏造するな。愛果が暴れるだろ」


 すぐに顔を真っ赤にさせて腕を振り回す愛果を止め、結希は短くため息をついた。


「翔太、嘘は良くないぞっ」


「うるさいなぁ、外野つばきは黙っててよ。ていうか下僕、ボクとセンパイのジャマするほどの用があるならさっさと言ってくれる?」


「はいっす! 向こうでメシの準備終わったんで、呼びに来たんすよ〜。アネゴも大アニキも一緒にどうすか?」


「……いや、家族が待ってると思うから遠慮しとく」


「えぇ〜! 愛果はどうでもいいけど、センパイが来たらボクが下僕をみぃーんな服従させて手厚い対応をさせるのにぃ!」


 だから遠慮したんだよ、と言いそうになるのを堪えて結希は翔太を下ろす。そして、下僕という身分を与えられた子分の少年に案内されるがままの翔太を見送った。


「っぷはぁ!」


「縊り殺されなくて良かったな」


「……危なかった、あの笑顔は本気のヤツだった……なぁ結希、俺生きてる?」


「早死にすると思う」


「んなことは聞いてねぇんだよ人の話ちゃんと聞けぇ!」


「そろそろみんなと合流しようか」


「ねぇ待って。無視ヤメテ」


 椿と愛果を連れながら移動を始めると、泣きそうな風丸が結希の体操着を引っ張りながらついてきた。


「お前、雷雲らいうんさんは来てないのかよ」


「今までうちの親父が学校行事に顔出したことないだろ。お前のお袋と一緒だったじゃんよ」


 風丸の家は父子家庭で、小倉おぐら家の親族と言えば叔母夫婦しか結希は知らなかった。

 結希は母子家庭だが、風丸の言う通り朝日あさひは写真家の仕事が忙しく保護者会以外来た試しがない。


 学校行事があれば、両親健在の明日菜あすなを除いて二人でずっと過ごしていた。もしかしたら風丸は、今日もそのつもりだったのかもしれない。


「ま、別にいーけどな。今日は明日菜がぼっちみてーだしそっちに行くから」


「え?」


 そんな風丸は得意げに笑って結希の体操着をあっさりと離した。


「じゃ、言いたいことは言ったしもう行くわ。午後からの大縄跳びと全員リレー頑張ろーな!」


「ちょっ、待て風丸!」


 風の如く人混みに消える風丸へと手を伸ばすが、それは無意味だった。


「ほら、風丸につき合ってないで行くよ。……空は?」


 その代わり愛果に体操着を引っ張られ、簡略された問いかけに青空を見上げる。梅雨の時期だというのに雲は白く、自ら張った結界は今日も破れることなく存在していた。


「……大丈夫だ」


「そ。急ぐよ、それぞれ午前のことを報告し合わないとだからさ」


「ねぇねぇ。シロねぇたち、生徒会室にいるんだってさ。いおねぇだけがまだ合流できてないみたい」


「ていうことは、ほとんど来てくれたんだな」


「うんっ。アタシらの活躍、見れるとこは全部見たって言ってた!」


 風丸と同じくしばらく黙っていた椿は今まで電話をしていたらしい。スマホをズボンのポケットに仕舞い、自信満々に生徒会室の方向を指差した。

 代わりに結希は座席を離れる前に持ってきた鞄からスマホを取り出し、簡潔なメールを数通送る。そして画面に表示されている時刻を確認した。


「三人とも移動するの早いわねぇ。見つけるのに苦労したじゃない」


 仕舞いながら顔を上げると、人混みの中でも一際目立つオレンジ色の髪が揺れた。


「いお姉! もう抜けて大丈夫なのか?」


「もちろん大丈夫じゃないわよ。でも、青葉あおばさんに事情を説明して抜けてきたわ。まぁ、他の先生はカンカンに怒ってるでしょうけどね」


 それでも、依檻いおりはぺろっと舌を出してまったく気にしていないように見えた。

 青葉は首御千しゅうおんぜん家の跡取り息子であり、十年前に成人を迎えていることから町の事情には詳しいのだろう。教師に半妖はんようの理解者がいることは結希にとっても心強かった。

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