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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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七  『幼馴染みの気苦労』

 ノック音がして、結希ゆうきは短く返事をする。「失礼します」と生徒会室に入ってきたのは、今日も緋色の制服をきちんと着こなす千里せんりだった。


「あ、百妖ひゃくおう君……! えっと、この前はありがとうございました」


「『ありがとうございました』って。礼を言われるようなことをした記憶がまったくないんだけど……」


「いいえ。私がただ言いたかっただけですので」


 ふふっと、千里は嬉しそうに頬を綻ばせた。アーモンド色の髪は蛍光灯の光加減でパステルピンク色にも見える。母親譲りのそれに、直接先代スザクと会ったことはないが親近感が湧いてきた。

 その様子を、結希と同じ円卓を囲む風丸かぜまるが眉間に皺を寄せながら見つめていた。


「結希。お前いつからせっちゃんと仲良くなったんだよ、殺すぞ」


「殺したら一生呪うからな」


「ひゃっ、百妖君が言うと全然洒落にならないですよ……?!」


 出逢った頃から結希が陰陽師おんみょうじだと知っていた千里は、慌てたせいか持っていた書類を落とした。風丸と結希の間に座っていた八千代やちよが、千里が落とした書類を拾い中身を確認する。


「これは……結希君たちのクラスの登録表だね。不備はないようだし、これで大丈夫だよ。神城かみじょうさん、遅くまでご苦労様でした」


「あっ、はい。お疲れ様でした」


 千里は生徒会役員の三人に頭を下げ、扉を開けた。閉める際に目が合って、千里は照れくさそうに微笑んだ。


「くきぃー! この前ってなんだよこのクソ忙しい時期に! バカ! 結希のバカ!」


「忙しいのは風丸君だけだけどね。雑用係だから」


「それにこの前っつっても日曜だしな」


 話が纏まらず金曜日の今日になっても陰陽師の定例会は行われているが、生徒会に所属する結希は参加することができず、スザクに代役を頼んでいた。

 放課後になっても目の前に積もり続ける書類を眺め、結希は首を回す。


「……終わりが見えないな」


「高等部と中等部の競技参加登録表がここに集まってるからね。僕たちが頑張らないと」


「頑張るけどよ、俺らが事務作業っておかしいだろー。なんで女子チームがグラウンドで設置作業の指示出ししてんだよー」


 机に突っ伏してくぐもった声を出す風丸を叩き、結希は千里が提出した書類を手に取った。


「仕方ないよ。あれだけ亜紅里あぐりちゃんがやりたいって言ったんだから」


「あっちゃんパワー強し、ってか? 体育祭前だってのにずっと休んで、いきなり復活したと思ったら現場指揮だもんなぁ」


「楽しみなんじゃない? 亜紅里ちゃんにとっての体育祭は、陽陰おういん学園に来て初めての行事なんだし」


「かもなぁ。……つかさ、体育祭って明日じゃん? なんで今日をこれの提出日にするんだよー」


 自分のクラスの登録表をパソコンにいちいち入力しながら、「風丸のミスだろ」と結希はもう一度風丸を叩く。


「……ごめんなさい」


「頼むから手を動か……あ」


 指を止めて呆然と画面を見つめる結希に、八千代が怪訝そうな表情を見せた。


「え、もしかしてまた? ちょっと結希君、パソコンフリーズさせすぎじゃない?」


「……ごめんなさい」


 八千代は半ば諦めたような表情で、パソコンを修理しようと腰を浮かせる。結希はそれに合わせて、邪魔にならないよう回転椅子ごと風丸の方へと移動した。


「言っとくけど、俺はお前と違ってパソコンめっちゃ得意だからな」


「じゃあやれよ」


「ごもっともなこと言うなよ!」


 風丸はパソコンとにらめっこし、宣言通り素早いタイピングを披露する。その瞬間、ノックもなしに扉が開いた。


「男子諸君、やっとるかのぅ?」


 生徒会顧問の青葉あおばはにこにこと微笑み、自分の生徒たちを見回す。


「やってるけど終わんねぇよ青葉ー」


「それは風丸のミスじゃろうが。我輩は知らぬ。じゃが、さすがに八千代と結希がかわいそうでのぅ? どうじゃお主ら、設置作業に回らんか?」


「ウソだろ?! ちょっと待てあお……いや待てよ結希お前何俺を裏切ろうとしてんだよ!」


「適材適所だろ」


 今日の放課後だけで五回もパソコンをフリーズさせた結希は、珍しく心が折れていた。後は機械が得意な風丸に自分の尻拭いをさせるしかない。


「ごもっともなこと言うなよ! 薄情! 結希の薄情!」


「風丸君ってなんだかんだで結希君大好きだよね。僕は残るけど、それじゃあ嫌かな?」


「大、歓、迎っ!」


「お前も大概薄情だよな」


 一見女子のような容姿の八千代の手を取り、風丸はぶんぶんと振り回した。青葉は頷き、「結希、我輩についてくるのじゃ」と手招きをした。

 広大な陽陰学園を熟知している数少ない教師──青葉は、結希の知らない廊下や通らない廊下を突き進んでグラウンドに出る。


依檻いおりよ、一名連れてきたぞい」


 設置された体育祭専用テントの影で休んでいた依檻は、顔を上げてかけていたサングラスを外した。


「あら、やっぱり結希が来たのね。さすがキングオブ機械オンチだわ」


「ちょっ、バカにしないでください!」


「先月までビデオカメラの使い方さえ知らなかったくせに……ぷっ、あははっ! 今思い出しただけでも笑っちゃっ……あははははっ!」


「依檻さんっ!」


「これ依檻。それは歌七星かなせの放送事故のことかの? あれを笑うとは姉としてどうなのじゃ?」


 青葉は依檻の両頬を引っ張り叱咤する。


「ぐへぇっ! 青葉さん、いひいひ頬を引っ張らないでほひいわ……」


「依檻がマトモな教師になればやめてやろうぞ」


「青葉、依檻。茶番はやめてさっさと働け」


 それをさらに叱咤したのが、生徒会長のヒナギクだった。

 テントの奥から姿を現したヒナギクは、コルクボードを軽く叩いて眉間に皺を寄せる。そして、すぐさまコバルトブルーの瞳で結希を視認し、ふんと鼻を鳴らした。


「副会長、来い」


 放課後になる前までツインテールだった銀髪は、ポニーテールに纏められている。さらには群青色のラインが入った体操着を着用しており、前日だというのにフライングして体育祭を楽しんでいるように見えた。


「……あ、あぁ。わかった」


「我輩は徒競走のラインを引こうかのぅ? 依檻、お主得意じゃろ。グラウンドは広大じゃぞ〜?」


「そんなニコニコ笑いながら圧力をかけなくてもやるわよ。結局、私たち教師も白院はくいん家の奴隷なのよねぇ……青葉さんったらその辺しっかり調教されちゃってるんだから怖いわー」


 振り返ると、呆れ顔をした依檻が大人しく青葉について行く姿が見えた。それは、いつでもどこでもへらへらと笑って誰かを揶揄う依檻とはまた違う依檻だった。


「副会長、貴様の姉の教育はどうなっている。これ以上作業の邪魔をするなら、容赦なく握り潰すぞ」


「いや、依檻さんの教育なんて知ら……」


 そこまで言いかけて結希は言葉を飲み込んだ。

 ヒナギクが知っているのかはわからないが、依檻の養母は結希の実母だ。


「……どうなってるんだろうな、ほんと」


「質問を質問で返すな愚か者」


 ヒナギクはため息をついてコルクボードに視線を落とした。張りつけられている紙には生徒用の座席配置図がプリントされており、その途方もない数に結希は思わず顔を顰める。


「ゆうきち?」


 視線を上げると、幼馴染みの明日菜あすながラインを引く足を止めた。明日菜もまた体操着を着用し、汗ばんだ頬を肩で拭う。


「向こうはどうしたの?」


「二人に任せてきた。何か手伝えることは?」


「副会長も見ただろう、これを終わらせる為には一人でも多くの人員が欲しい。ここで明日菜と共に体育委員を纏め上げ、日が暮れる前に片づけろ」


 ヒナギクは持っていたコルクボードを結希に押しつけ、「会長ー!」と自分を呼ぶ声の下へと歩き出した。


「なるほどな。……そういえば明日菜、亜紅里あぐりは?」


「その辺を走り回ってると思う」


 ふと視線を巡らせて視界に入ったのは、大笑いで走り続ける亜紅里だった。


「……何かハイになってないか?」


「……妖目おうまもそう思う」


 二週間前から学校を休んでいた亜紅里は、結希が思っていた以上に元気そうだった。いや、元気そうではあるが傍から見れば狂人のようだった。

 誰かに会う度に運ぶ荷物が増えていく人気者の亜紅里を見つめていると、不意にシャツの裾を引っ張られる。


「ゆう吉、早くやらないとヒナギクに握り潰される。妖目が説明するから、先にやってて」


「一人で大丈夫か?」


「平気」


 ライン引きとコルクボードを交換し、頭に叩き込んだ印を地面に刻む。その度に昨日の演練のダメージからか体中がバキバキと音をたてていた。


(……体育祭後に頼めば良かった)


 はぁとため息をつくと、明日菜が体育委員に説明する声が聞こえてきた。結希は手を止めた代わりに足を動かし、明日菜の手からコルクボードを軽々と奪う。

 困惑気味の体育委員を見回して、コルクボードから抜き取った紙を前列の委員に配った。


「中等部と高等部で半分に別れてください。ライン引きは人数分ないので、余った人はメジャーを使って等間隔に下書きをしておいてください」


 コルクボードを明日菜に返して行動に移す体育委員を見送ると、不満げな明日菜の声が漏れる。


「一人でできた」


「どう見ても困ってただろ」


「妖目は困ってない」


「体育委員がだよ。明日菜、昔から説明下手くそだしボードに挟んであったコピーにも気づいてなかっただろ」


 明日菜は言葉を詰まらせた。そしておろおろと視線をさ迷わせ、結希を見上げる。


「でも、下手でもゆう吉だけには伝わるから……」


「そんなので医者になれるのか?」


 冗談半分で言うと、明日菜は顔色を青ざめさせた。


「で、でも、それでも、平気。ゆう吉が妖目の、隣にいてくれれば、解決する」


「しないだろ。俺は医者じゃないんだからさ」


 笑いながら、石灰が出ないようにライン引きを引きずる。明日菜は落ち込みつつもそんな結希について行った。

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