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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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六  『先代スザク』

「…………は?」


 呆然と結希ゆうきを見下ろすセイリュウは、膝を折ってその場にへたり込んだ。

 今まで聞こえていた声は消え、静寂が訪れる。


「おいてめぇ! なんだよ今のむちゃくちゃな……いや、んなことはどうでもいい! てめぇもセイリュウも俺のエモノだろーが! 勝手に終わらせてんじゃねぇーよ!」


「セイリュウ」


 ゲンブを無視して、結希はセイリュウの名を呼ぶ。顔を上げたセイリュウはもう一度菜の花色の瞳に結希を映して失笑した。


「負けました、結希様」


「無視すんじゃねぇーよ! つーか、セイリュウも負けてんじゃねぇーよ!」


 日本刀を消したゲンブは、苛立った表情で膝をつくセイリュウに近づく。


「セイリュウ! ゲンブ! まったく、貴方たちはどうしていつもいつも喧嘩ばかりするのでございますか! 今日という今日は許しませんよ! 結希様にも心春こはる様にも千里せんりちゃんにも謝ってもらいますからね!」


 大股でセイリュウとの距離を詰めるゲンブを押さえ込み、スザクは頬を膨らました。


「スザっ、おい! 離せぇっ!」


 幼女体型のスザクと青年体型のゲンブの体格差は大きかったが、何故か力が入らないようで次第にゲンブは暴れるのを止めた。


「……結希様、どうか私の無礼をお許しください」


「いや、いいよ。何か事情があるんだろ?」


「居間へ戻りましょう。ここでは話し合いに向きませんから」


 結希は木刀をセイリュウに返し、居間へと視線を映す。すると、千里に支えられるようにして青い顔の心春が休んでいた。


「心春ちゃん?!」


 全力疾走し縁側で靴を脱ぎ散らかし、結希は居間へと転がり込む。


百妖ひゃくおう君! あの、心春ちゃんちょっと気分が悪いみたいなんです」


「……どこかで横になる?」


 触れられない距離で尋ねる結希に、心春は無言で頷いた。


「では、スザクの部屋で休ませましょう」


「待て、セイリュウ」


「はい?」


 心春に近づこうとしたセイリュウは、足を止めて結希の命令に従った。


「心春ちゃんは男性恐怖症だから、運ぶのは神城かみじょうさんとスザクに任せてもいいかな」


「えっ、そうだったんですね……。わかりました、スザクちゃん!」


「はい、千里ちゃん! 心春様、足元にお気をつけくださいませ」


 スザクと千里に支えられ、心春はふらふらと奥の廊下に姿を消した。振り返ると、赤面を隠すかのように頬を手で擦るゲンブが縁側に立っていた。


「結希様。そちらの座布団の上にお座りください。ゲンブ、いるもいないも貴方の自由ですが、くれぐれも私語は慎むように」


「……いるに決まってるだろ、ぶっ殺すぞ」


 いつもなら睨み合うはずの二人は、大人しく結希の真正面に座った。



「──今から十七年前、先代のスザクが亡くなりました」



 口を開いたセイリュウは、そして千里の話をし始めた。


「先代のスザク?」


「えぇ。私よりもほんの少し後に召喚された、女型の式神しきがみです。今のスザクとは違い、大人の女性の容姿をしていたのですが……彼女からもまた、ラベンダーの匂いがしていました」


 なんの話をしているのか、そう思って結希は元々の話題を思い出す。


「強く気高く美しい。そんな、死という概念から程遠かった彼女の死因は……」


 セイリュウが言葉を詰まらせた。

 短く「言えよ」とゲンブが急かす。そのゲンブも、セイリュウと同じく苦しそうだった。


「……出産です」


「まさか」


「千里は、先代スザクから生まれた──人間との間にできた子供なんです」


 その告白が嘘だとは思えなかった。

 今でも千里のラベンダーの匂いは覚えている。心の奥底にしまった記憶が目の前に浮かび上がってきた。


『その、匂いが知り合いに似ていたんだ』


『大丈夫です。よく言われるので』


 先月、町役場で交わした会話も覚えている。

 危なげにエレスカレーターを下りた結希を、千里がおかしそうに笑ったのは。そのまま『百妖君のそういうところ、やっぱり似てるなぁ』と呟いたのは。


「全部、このことだったんだな」


「お心当たりがおありでしたか。それも仕方のないことですね。あの親子とスザクは、とてもよく似ていますから」


 セイリュウは膝の上に置いていた拳を握り締め、唐突に土下座をした。


「セイリュウ!?」


「申し訳ございません、結希様。陰陽師に仕える我々が、人と子を成し新たなる半妖はんようをこの世に生み出してしまいました。このことが外部に知られれば、裏切り者とされている間宮まみやの名にさらなる傷を与えてしまいます。誰よりも我々が主の名を貶めてはならないのに、このような結果になってしまい……本当に、本当にっ、申し訳ございません」


 千里の存在が、間宮の名をさらなる底辺にまで貶める。かつて間宮の名を途切れさせた祖父の悲願が、叶うことのないまま良からぬ方向へと加速していく。昨日今日浴びたあの視線がさらに冷たくなる。

 それをわかっていた間宮家の式神は、半不死身の体であるにも関わらずこの秘密を墓場にまで持っていくと誓い合った。


「結希様、どうか。どうか我々に罰をお与えになるのであれば、私だけにしていただけないでしょうか。当代スザクにも、ゲンブにも、ビャッコにも落ち度はありません」


 下手をすれば主を裏切る行為であるにも関わらず。いつ百鬼夜行が始まってもおかしくない現状であるにも関わらず。


「千里にも罪はありません。彼女は半妖として生まれましたが、式神の能力など主なしではないも同然です。彼女はただの人間なのです。結希様にその気はなくとも、半妖であれば心春様のように戦場に出るでしょう。それだけはどうか、止めていただきたいのです」


 セイリュウが、たった一人の少女を守ろうと必死になって懇願していた。


 間宮結希として過ごしていた日々の記憶は六年しかなく、裏切り者の一族だと知ったのはつい昨日の出来事だ。誰もが幸せになれないその名から百妖になった結希は、元から怒ってなどいない。

 それでも結希は、許しの言葉よりも先に尋ねた。


「まず顔を上げろ。セイリュウは、先代スザクの行いをどう思っているんだ? 間宮家式神のセイリュウじゃなくて、セイリュウ個人として」


 セイリュウは言われた通りに顔を上げ、それでも俯いた。


「……式神には基本、異性を愛するという機能が備わっておりません。ですから私は愛を知りません。それでも人間を愛した先代スザクの想いは、何よりも美しく尊いものであると私は思います。ゲンブ、貴方の想いも」


「うるせぇ老害が……!」


 ゲンブは顔を歪めて舌打ちをした。じろっと結希を睨み、左腕の刺青を掻く。


「俺もそう思う」


 予想外の返答に驚きつつも、それ以上にセイリュウの選んだ言葉が美しくて笑みが零れた。


「千里のことはわかった。戦えないなら、俺もそうはさせない。謝罪もいらない。母さんや伯母さんだってそう言うよ」


「んなのは俺らだってわかってる。てめぇら一族はムカつくくらいに甘いからな」


 ゲンブが視線を逸らした刹那、居間にビャッコが出現した。ビャッコは一切空気を読まず、視界に入った結希で驚く。


「うわっ、結希ここにいたの!? もー、紅葉くれはがにぃがいないって騒いでて大変だったんだよ?!」


「あ、ごめん」


「ほんとだよ。俺や火影ほかげが町内走り回って……ん? 二人とも元気ないね? どうしたの?」


 セイリュウはことの経緯を簡略してビャッコに伝えた。話を聞き終わる頃にはビャッコも寂しげにまろ眉を下げ、彼の想いも結希は知る。

 足音がして顔を上げると、居間に姿を現したのは心春だった。


「お、お兄ちゃん」


「心春ちゃん。大丈夫?」


 こくんと心春は頷いた。だが、本当に大丈夫なのだろうか。

 自分に気を遣っているような気がして、そんな心春の健気さに胸が痛くなる。だから結希は立ち上がった。


「じゃあもう帰ろう。セイリュウ、また暇があったら来るからな」


「はい。またいらしてください」


 同行するスザクと一緒に、結希と心春は森まで歩いた。


「結希様!」


 振り返ると、縁側に立つセイリュウと千里が視界に入る。


朝日あさひ様が話さないと思うので、これを機に余談をさせてください。朝日様と貴方様の父親である芦屋あしや様は、互いを深く愛しておりました。結果的には離婚してしまいましたが、それもあの方々の愛の形なのだと思います」


 それは、セイリュウの悩んだ末の余談だった。セイリュウは微笑んで、千里と共に結希たちを見送る。

 結希は前を向き、胸の中に沸き上がった温かい何かを大切に仕舞いこんだ。胸に当てていた手を下げると、心春らしき手に掠る。慌てて振り返ると、心春がびくっと両肩を上げた。


「……もしかして、繋ごうとしてた?」


 一向に返事がない。勘違いだったのか、そう思い──


「お兄ちゃんがさっき、頑張ってたから、ぼ、ぼくも頑張ろうって思って……」


 ──再び掠った心春の指先に驚いた。


「あ。そういえば、さっきはありがとう」


「……え?」


「俺を勝たせる為に、言霊ことだま使ってたから」


 人間の姿のままだったからこそ具合を悪くしたことも、結希にはわかっていた。

 俯いた心春は何も言わなかったが、時折掠る手と手の触れる面積は次第に大きくなっていった。

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