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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第三章 再誕の言霊
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五  『式神の家』

 振り返ると、斜面下の木々の隙間で心春こはるが息を切らせていた。


「心春ちゃん、ほんとに大丈夫?」


「……だいっ、じょう……ぶ……っ」


結希ゆうき様ー! 心春様ー! あと少しでございますよー!」


 手を差し伸べるわけにもいかず、心春の回復を待って結希はスザクの後を追った。森の中の道なき道を上りながら、心春は一定の距離を保ちついてくる。


「ごめんね。結城ゆうき家の次にこんなとこにまでつき合わせて」


「そっ、それはし、シロねぇが……! だから……」


 語尾が空気に溶けていって、結希は再び振り返った。すると、心春は結希から視線を逸らして足を止める。


「つきましたぁー!」


 後ろ髪を引かれつつも開けた土地に足を踏み入れた。数十歩進んで来た道を見守ると、しばらくして心春も上りきる。


「いらっしゃいませ、結希様! 心春様!」


 腕を引っ張るスザクは開けた土地に建つ日本家屋を指差した。周囲には一切雑草がなく、丁寧に整備された畑や物干し竿があり、生活感で溢れている。

 スザクのはしゃぎ声が聞こえたのか、セイリュウが縁側から姿を現した。


「おや。本当にいらしたのですか、結希様」


「セイリュウ、休日にごめんな」


「いいえ。今朝方、会が始まる前に来訪を伺った時は半信半疑でしたが──よくここまで辿り着けましたね」


「かなり苦労したけどな」


 定例会の二日目は、襲撃こそなかったものの話が一向に進まなかった。会を開いている今も町外では妖怪が発生し、町内では定期的に結界破りが発生している。

 そんな中、陰陽師おんみょうじの人数不足を認めた《カラス隊》が協力を申し出たのが今回の成果らしい成果だった。


「それで、何用でわざわざ我が家までいらしたのですか?」


 腰を下ろし、セイリュウが不思議そうに尋ねる。


「誰の目にもつかない所で、その道のプロから技を教わろうと思って」


「と、おっしゃりますと?」


式神しきがみから刀での戦い方を学ぶってことだ」


 結希がはっきりと告げると、セイリュウだけではなくスザクも心春も心底驚いたような声を漏らした。


「わっ、私という式神がいるのに、結希様はそのようなことをなさるのでございますか?!」


「これからのことを考えたら、今の俺のままじゃダメなんだなって思ったんだ。三ヶ月連続で救命救急科に入院なんて、スザクも嫌だろ?」


 診察室に入室した途端、冬乃ふゆのに笑われたのを思い出して少しだけ気が沈む。


「確かに、このまま行くとてめぇならすぐに死ぬだろうな」


 視線を上げると、戦闘狂と名高いゲンブがセイリュウ越しに結希を見下ろしていた。酷く冷たい灰色の瞳に怯むことなく、結希は深く頷く。


「お、お兄ちゃん…………い、いいの?」


 そんな結希に、スザクの後ろに隠れていた心春が確かめるように尋ねた。


「いいも何もさっき言った通りだよ。心春ちゃん、このことは他のみんなには内緒にしておいてくれる?」


「ど、どうして?」


「余計な心配はさせたくないし、急に強くなって驚かせたいからかな」


 本心のようで本心ではないことを口に出した。

 結希はまっすぐにセイリュウとゲンブを見つめ、わざとらしく口を開く。


間宮まみや家の式神として、俺に力を貸せ」


 そして二人はどういう反応をするのだろうと静かに冷や汗を掻いた。間宮家の一人として、専属の式神以外に命令口調が効くのかどうか一度だけ試したかった。


「貸せ、ですか。命令口調だというのに、随分と下からな内容ですね。お優しい結希様らしいご命令で」


「誰がてめぇの命令なんて聞くか、って言いたいところだけどな。てめぇの発言にしては面白そーじゃねぇか。いいぜ、俺がてめぇをぶっ殺してやるよ」


 ゲンブは、嬉々とした表情で納屋に置いてある木刀を取りに駆け出していった。セイリュウは少年らしさを滲ませたゲンブを見おくって、ため息をつく。


「申し訳ありません、結希様。アレにも一応、過去に色々ありまして……」


「いや、いいよ。俺が知ってるゲンブはいつもあんな感じだし、今さら態度を変えられても気持ち悪いだけだし」


「……それも、そうですね」


 それは、先ほどの微笑みよりもさらに美しく儚い微笑みだった。ほんの一瞬だけ目元を拭い、セイリュウは立ち続ける三人を我に返った表情で中に入れる。


「スザク、茶を」


「はっ! そうですね、うっかりしてました!」


 スザクがぱたぱたと台所へと駆け出すと、居間には静寂が訪れ結希は少しだけ気を緩めた。

 すると、縁側から見える森の中から誰かが姿を現した。日の光を浴びて式神の家に近づく少女は、パステルピンク色の髪を風に靡かせている。


「なっ、何故貴方までいらしたのですか……!」


 日の光は屋根に遮られ、パステルピンク色だった髪はアーモンド色の髪に変色した。ラベンダー色の瞳が結希を視認し、「えっ?!」と見開かれる。


「かっ、神城かみじょうさん?!」


 結希のクラスの学級委員長──神城千里せんりは、制服姿ではなく私服姿だった。結希と心春を交互に見つめ、千里は次第に表情を戻す。


百妖ひゃくおう君も来てたんですね」


 その言い方は、ここに来たのは初めてではないと言っているのと同じだった。


「……セイリュウ。どういうことか説明してくれ」


 見ると、セイリュウは珍しく気まずそうな表情を顔に出していた。


 式神には、召喚した一族専用の隠れ家がある。どの家も陽陰おういん町の半分の面積を占める森の中にあり、式神の案内がない限り主の陰陽師でさえ辿り着くことはできない。

 周辺には退魔とは別の結界が張っており、一度外に出れば空間が捻じ曲げられているせいもあり戻ることもできなかった。


 そして間宮家の場合、ここがその隠れ家だった。


 誰の案内もないまま何度も訪れることは不可能で、それを可能にしていたのが──


「……ま、待って百妖君! セイリュウさんは何も悪くないんです!」


 ──この、千里だった。


「持ってきたぜ~……って、千里?! 何しに来たんだよてめぇ! ぶっ殺すぞ!」


「ゲンブ! なんてことを言うんでございますか! 千里ちゃんに謝ってください!」


「うおおおお?! す、スザク! いいいいたのかよ!」


 セイリュウは表情を変えないまま、赤面したゲンブの手から木刀を二振りもぎ取った。そして一振りを結希に手渡す。


「スザク。千里と心春様を頼みましたよ」


 砂埃が舞う庭へと足を踏み入れて、セイリュウは木刀を構えた。


「結希様。おっしゃる通り、我々には千里のことについて貴方様の一族に説明する義務があります。しかし、そう簡単に説明することもできないんです」


 結希は十メートルほどの距離を取った。セイリュウの正面に位置を置き、見慣れているスザクの見よう見まねで木刀を構える。


「一本、私からとってみてください」


「元からそのつもりでここまで来たんだ。でも、ぶっつけ本番なんてかなり意地悪だな」


「……意地悪にもなります。この件は、我々全員が墓場にまで持っていくと固く誓ったものなのですから」


 刹那、セイリュウは目に見える速さで間合いを詰めた。結希はセイリュウの一太刀を受け止めきれず、真後ろに吹き飛ばされる。


「ぐっ……は!?」


「セイリュウ! それ以上は本当に許しませんよ!? 貴方らしくもない……っ、それは修行でもなんでもない、ただの暴力でございます!」


「ッ、セイリュウてめぇ! 俺のエモノ横取りしてんじゃねぇよ! ぜってぇ許さねぇ、ぶっ殺してやるからな!」


「……人聞きの悪い。手加減はちゃんとしていますよ。それに、ゲンブに比べたら随分とマシな相手ではありませんか?」


 セイリュウはため息をついた。優雅でありながらも力強くゲンブの一太刀を受け止めて、鼻息を荒くさせるゲンブの表情を一瞥する。


「何がしたいんですか、貴方は……。結希様、申し訳ありませんがゲンブと共闘して一本とさせていただきます。別件で相手にする方が面倒ですので」


「ハッ! なめてられんのも今のうちだぞ老害がぁっ!」


 ゲンブは木刀を投げ捨てて手に光を灯し、日本刀を出現させた。それを見たセイリュウも本物の日本刀に持ち替える。


 打刀のゲンブと、太刀のセイリュウ。


 真剣の二人に対して心もとない木刀の結希は、無闇に手を出すことはせずに繰り広げられる激闘を観察した。


「何故セイリュウとゲンブが戦うのでございますかぁ! あぁもう、こんな時に限ってビャッコがいないなんて……!」


「二人とも! 喧嘩はやめてください!」


 視線はセイリュウとゲンブを。耳は遠くから聞こえてくるスザクと千里の声を捉える。そして不意に、心春の存在が目でも耳でも捉えることができないことに気がついた。


 視線を居間に向けると、心春は何故か目を瞑ったまま祈るように手を重ねていた。何やらぶつぶつと呟いているが、心春の奏でる音は聞こえてこない。

 それでも結希は、半ば無意識のまま読唇術どくしんじゅつで心春の言葉を読み取った。


「──!」


 木刀を握り締める手に力を込める。

 木刀を真剣に持ち替える力は持ち合わせていないが、それでも自分に残された手はいくらでもあるのだと心春の祈りで気がついた。


(セイリュウだけ倒せれば……)


 息を吸い込んで、長く吐いた。


 自分よりも長く生きる二人の純粋な強さと、長く間宮家に仕えているセイリュウの想いと、愚かなほどにまっすぐなゲンブの敵意と。

 どうしようもなく寂しくなるその感情に触れて、結希は疑うことなく飛び出した。


「──ハァッ!」


 好戦的なゲンブではなく、セイリュウが距離を取った一瞬の隙をついて結希はゲンブと入れ替わる。見開かれる菜の花色の瞳が、風のように素早く動く結希を映した。


 疑うことなく。かと言って信じるわけでもなく。


 結希は普通に、木刀をセイリュウの刀に当てた。

 刃長六十センチ以上もあるセイリュウの太刀が、嘘のように手から離れて宙を舞う。そして物干し竿に突き刺さり、地面を刺した。

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