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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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十八 『〝滅びの歌〟』

 大切な人の声が聞こえた気がした。やけに懐かしく聞こえるその声の持ち主は、丁寧に、そして歌うように語りかけてくる。


(……歌七星かなせさん?)


 結希ゆうきが目を覚ますと、真っ先に視界に入ったのは水中でも色とりどりのスポットライトに照らされた歌七星だった。

 七色に光る鱗は幻想的で美しく、人魚の姿の歌七星は切なそうな表情で歌を歌っている。瞬間、現実へと呼び戻された結希は息ができずに咄嗟に藻掻いた。


『結希くんっ!』


 負傷していなくても泳げない結希は、混乱に陥ってしまってもおかしくはなかった。だというのに、歌七星の声は人魚だからか結界越しでもよく聞こえる。


『お願いです、今すぐこの結界を解いてください!』


 水中に漂っていても、すぐ傍に彼女がいるみたいだった。


『必ず助けますから!』


 結希は意識を集中させる。

 苦しい。苦しいが、歌七星がすぐそこにいる。結界を解除することに力を注いで、結希は今度こそ本当に意識を失った。


『結希くん!』


 結界の中にあった水の流れさえものともせず、歌七星は泳いで傷だらけの結希を抱き止める。水の流れは酷く荒ぶり、歌七星は結希を離さないように体をぴったりとくっつけた。


『しっかりしてください!』


 意識を失っている結希は水中というのもあってかあまりにも軽く。歌七星は結希の後頭部を支え、目尻に皺を寄せた。


『必ず、助けますから』


 ずっと、王子様を助けた人魚姫の気持ちがわからなかった。だが、今ならばわかる。彼女の気持ちが、痛いほどにわかる。


 歌七星は自分の体内にある酸素を集めて、結希の唇に自分の唇を押し当てた。


 水中でも息ができる人魚の歌七星だからこそ、歌七星は何度も何度も人工呼吸を繰り返す。なんとか水上へと顔を出すと、いつの間にか朧気に意識を取り戻していた結希と目が合った。


「生きていますか?」


「……おかげさまで、生き……てます……」


 今回も上手く歌七星を見れなくて、結希は視線を逸らす。


「なら、良かったです」


「……良かった?」


「命がすべてですよ。命を失う危険があるのなら、奪われた物を取り戻せなくてもいい。生きていてくれたら、笑っていてくれたら、それだけで──わたくしは、それ以上は何も望みませんから……」


 今にも泣きそうな表情で、歌七星は結希を抱き締める腕の力を一気に強めた。頬と頬が近い。今にもくっついてしまいそうなのに、歌七星は気にする様子もない。それどころかくっつけてきた。

 苦笑して、歌七星にある物を見せる。それは最早読めるかどうか怪しいところだが、盗った時にさりげなく確認したから問題はない。


「……奪われた禁術の、巻物、です。これでも一応……ちゃんと、取り返したんですけどね」


 マントの下からうっすらと突起していた巻物に気がついて、結希はマギクに覆い被さった瞬間にさりげなく取り返していた。

 本人は気づいていないだろうけど、と、今度は内心で苦笑する。


「お願いですから無茶はしないでください。……でも、よく頑張ってくれましたね。今の結希くんには酷かもしれませんが、残された仕事はあと一つですよ」


 頷いた結希を確認した歌七星は、ホールの構造上これ以上水が引かないのを理解して出口まで泳ぐ。

 ようやく陸に上がった結希は、数歩歩いて片膝をつき息を整えた。カグラにやられてボロボロだったはずなのに、何故か動いても痛くはない。


 完全に水に浸かる前に密かに飲んでいた、水中でも呼吸ができる呪符の効果はとっくに切れている。だというのに、結界を解除した後だけまったく息苦しくなかったのも疑問だった。


「早く終わらせますから、待っていてください」


「別にゆっくりでも大丈夫ですよ」


 結希は「そういうわけにもいきませんよ」と笑った。

 ブレザーのポケットから修復不可能と思われる濡れた呪符を取り出して、それらを浮かせる。


青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ空陳くうちん南斗なんと北斗ほくと三台さんたい玉女ぎょくにょ──」


 二回目だからか、やけに落ち着いて結界を張り直すことができた。この落ち着きの原因がよくわからないままに、結希はもう片方の膝も折る。

 歌七星はいつの間にかいつもの姿に戻っていた。エメラルドのイヤリングが、月光に照らされて淡く輝く。


「お疲れ様でした……。もう、休んでいてください」


「……お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」


 結希はすぐに目を閉じた。歌七星はあっという間に眠りについた結希の下へと歩を進め、膝枕をして家族が助けに来るのを待つ。そして、長い長いため息をつき、自分の体の変化の理由を理解し始めていった。


「人工呼吸をした時、わたくしにも力が溢れてきたのは……偶然ではないですよね……?」


 目元にかかっている結希の濡れた前髪を払って、自分の唇へと手を移す。


「もちろん。それは必然だよ」


 何もかも視えてしまった半妖はんよう姿の熾夏しいかが、にやにやと笑いながら例の立ち入り禁止の廊下から出てきた。

 その肩には、きちんと心春こはるを乗せている。


「まさか二人目があのかなねぇだとは思わなかったなぁ」


「バカなことを言っていないで、早く結希くんを運んでください」


「はいはい。わかってますよぉかな姉」


 熾夏は結希を抱えてエスカレーターを下りていった。

 心春は変化へんげを解いて、歌七星と一緒に先を行く熾夏の後を追う。熾夏は、時折結希の寝顔を見ては容体を確認し、誰にも気づかれないように安堵した。


 他の姉妹とは違い、式神しきがみのスザクと似たような立場から結希に触れる熾夏は危なっかしい弟を持ったと思う。


 月明かりが照らした結希の寝顔は、普段よりもあどけなかった。

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