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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第一章 金狸の幻術
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三  『半妖と陰陽師』

 麻露ましろを先頭に歩いて帰る。全員が無言で、麻露からは「帰ったら説明する」と言われたきりだ。

 行きよりも帰りの方が長い気がして、結希ゆうきは無意識に辺りを見回す。そこは既に墓地ではなく、木々に囲まれた一本道だった。


 途中でコンビニに行きそびれたことを思い出すが、今から行こうとは思えない。

 視界が広くなって見えたのは、黄昏時に見た時とはまた違う雰囲気を醸し出して聳え立つ、五階建ての百妖ひゃくおう家だった。


 百妖家から漏れ出たオレンジ色の明かりは、何故か結希の心を落ち着かせる。そのまま二階のリビングに通されると、誰もいないと思っていたことが嘘のように──全員が首を長くして待っていた。


「話はだいたい鈴歌れいかから聞いたわ」


 そう切り出したのは、立ったまま壁に寄りかかり、腕を組んでいた依檻いおりだった。あの場にいなかったのに何故鈴歌が知っているのだろう。訝しむが、鈴歌本人は無表情のままソファの端に座っていた。

 麻露は「そうか」と呟いて辺りを見回す。依檻以外の姉妹は全員、鈴歌と同じように横長いソファに座っていた。


「……何人かいないが、話すぞ」


 こくり、とバラバラではあったが十人の姉妹は反応する。

 麻露は結希を椅子に座らせ、和夏わかな椿つばきを余裕のあるソファに座らせた。


「いざ話すとなると、どう説明していいのかわからなくなるな」


 指先で眉間を触りながら、顔を伏せて考え込むような仕種をする。しばらくして視線を上げた彼女の瞳は、深い青色ではなく緋色だった。


「結希。私は回りくどいのが嫌いだ」


 突如発生した吹雪が麻露を中心に荒れ狂う。それは麻露を隠すように吹雪き──


「麻露さん、何を……ッ?!」


 ──結希が手を伸ばした刹那、吹雪は素早く消滅した。

 思わず閉じた瞳を開けると、群青色の髪が靡く。巫女装束に似た赤と白の和服に、氷の結晶と化した神秘的な耳。そして、緋色の瞳で結希を見据えた。



「──私たちは半妖はんようだ」



 その瞳は、寂しそうだった。

 それでも麻露の声はしっかりと芯が通っていて、結希の鼓膜に鮮明に届く。視線を逸らせないまま、結希は無意識に唾を飲み込んだ。


 ──半妖。


 その存在は、代々陰陽師おんみょうじに言い伝えられていた。どうせ昔話だろうと思って信じていなかったが、あの姿は人間のものではない。

 麻露の双眸が静かに揺れた時、何かを言わなければならないのだと悟った。


「母から少しだけ聞いたことがあります。……けど、とっくに滅んだと思ってました」


「怖くないの?」


 別の声が聞こえてきた。ここにいるのは結希と麻露だけではないのだと、声は怖々と主張する。

 見れば、ソファに座っている朱亜しゅあの後ろで、身を隠すように結希を見つめる月夜つきよがいた。


「怖くないよ」


 月夜や他の姉妹たちを安心させるように、微笑む。ただ、言葉だけで彼女たちが心の底から安心するわけもなく。足りないとわかっていたからこそ言葉を選んだ。


「俺も、同じだから」


 右手を膝の上で開き、手のひらを見つめる。それを、彼女たちは宝石のような瞳に焼きつけた。


「結希、君は陰陽師ってことでいいのよね?」


 確かめるように、依檻が結希の目を覗く。

 あの依檻が自分の名前を呼んだことに違和感を覚えながら、結希は苦笑いをして答えた。


「まだ半人前ですよ。失敗してばかりで、母にはよく迷惑をかけていました」


 その時結希の脳裏に浮かんだのは、六年前の記憶だった。



 ──間宮まみや結希には、十一歳以前の記憶が欠落している。



 朝日あさひは結希に、陰陽師に伝わる大きな術で支払った代償だと説明していた。

 生活する分にはなんの支障もないが、主に人との交流や勉学に関する記憶がない。狭いボロアパートの片隅で、離婚したばかりの朝日が密かに泣いていたのを結希は実は知っていた。


「半人前でもキミは戦ってくれただろう。椿の為に」


 俯いてしまった結希に麻露が声をかける。ぴくりと結希の肩が動くのを、猫又ねこまたの和夏は見逃さなかった。


鈴姉れいねぇは見てなかったと思うけど、ユウがバキちゃんを助けてくれたんだよ」


「…………ツバキを?」


 嬉しそうに語る和夏に、鈴歌はこの話題で初めて興味らしい興味を示す。だが、末っ子の幸茶羽ささはは苛立たしそうにそっぽを向いた。


「やるではないか、結希。わらわは見直したぞ!」


 と思えば、まるで自分の手柄のように朱亜が自慢げにふんぞり返る。


朱亜姉しゅあねぇは何もしてないでしょ」


 彼女の右隣に座る愛果あいかは、呆れた様子で朱亜のわき腹に拳を押し込んだ。「ぐほっ」と情けない声を上げ、そのまま左隣に座る月夜に向かって倒れ込む。


「みゃあっ?!」


「姉さんっ!」


 幸茶羽が月夜を救出している間、愛果は腕を組んだまま結希を品定めするように見つめていた。


「すごかったんだって! 何かの呪文を唱えたら、急に餓者髑髏がしゃどくろが苦しみだしてさ! そしたらどっかに消えたんだ!」


 大袈裟に、身振り手振りを加えて椿が熱弁する。呪文というのは、九字くじのことだろう。

 椿の説明が効いたのか、ただ単に自分たちとは違う戦い方に感動したのかは姉妹それぞれだと思うが、彼女たちは感嘆の声を漏らした。


 陰陽師にとってはなんでもない初歩的な術だが、存在が公にされていないせいで感心されることは滅多にない。

 だから、照れ隠しをするように前髪を弄った。


「……ふぅん」


 ぶつかったことを未だに根に持っている愛果は、頬杖をつきながら変わらないジト目で相槌を打つ。

 結希のことは許せないが、妹を助けてくれたことには感謝をしているらしい。声には出さなくても、「ありがとう」と唇が動いたのを結希は見逃さなかった。


「へぇ、意外と格好いいんだね。弟クンは」


 聞き慣れない声と共にリビングの扉が開く。

 純白の白衣の中に黒いタンクトップを着る女性は、胸まである淡い藍色の髪を揺らす。一目で医者だと理解できる格好だったが、右目の黒い眼帯と髪に結えられた呪文つきの白リボンがそれを否定していた。


 医者のコスプレをした痛々しい女性が立っている──結希は瞬時にそう思った。


「やだなぁ、弟クン。私のどこが痛いのさ」


 不思議そうな表情をする女性に、姉妹たちは揃ってため息をつく。誰に何を聞かなくても、この女性が来客者でないことだけはわかった。


「勝手に人の心を読むな、熾夏しいか


 熾夏と呼ばれた女性は、見えている左目をまばたきさせて首を傾げる。


「えぇ〜。だって彼、もう私たちが半妖だって知ってるんでしょ? だったら隠す必要もないかなぁって」


「それはそうだが、物事には順序というものがあるだろう」


 だが、熾夏は麻露の話をまったくと言っていいほど聞いていなかった。

 代わりに瑠璃色の左目が結希を捕らえて離さない。この家の人間の目は、離すことを許さない目だと思った。


「はじめまして、弟クン。私は六女の熾夏。こう見えても本当に医者のエリートで、百目ひゃくめの半妖だよ。よろしくね」


 胸に手を当てにこっと笑う。自分でエリートと言う辺りが自信家なのかなんなのか。本人は簡潔に言ったと思っているが、入ってきた情報は結希を混乱させていた。


「い、医者?!」


 自分でも失笑するほど声が裏返る。奇抜な格好だけではなく、結希をそうさせたのはまた別に理由あった。


 ここ陽陰町おういんちょうは、中部地方にある山々に囲まれた古くからの〝独立国家〟だ。外部との交通手段はいくつものトンネルを潜ってやって来る電車のみで、人口も当然多くはない。しかし、異常に発展している全国でも有名な町だった。


 何故なら、百妖家を含む十八の名家が肩を並べているからだ。人々はその名家のことを、古くから《十八名家じゅうはちめいか》と呼んでいる。

 そして、さらに異常なのが、町の重要機関を《十八名家》がすべて牛耳っていることだった。


 政治ならば百妖家。そして、烏滸がましいにもほどがあるが、間宮家の親戚に当たる結城ゆうき家。

 学業ならばすべての学校の創始者である、白院はくいん家。


 そして、医療機関は妖目おうま家がたった一つの病院を経営し、医者として働いている。つまり、熾夏が医者ということは、彼らと共にそこに勤めているということだった。


「残念なことにな。結希も妖目総合病院に行けば、この頭のおかしい馬鹿医者の面を見ることになるから、怪我をしないことを勧めるよ」


 麻露の説明に、熾夏は「シロねぇはひっどいなぁ」とけらけら笑う。


「さらに言うと、しいちゃんは百目の半妖だから、隠し事はしない方がいいよ。……あ、でも、この状況を男の子がどう思ってるのかは知りたいなぁ」


 面白そうに忠告して聞きたくもない本音を吐いた依檻に冷ややかな視線を投げつける。先ほどまでだったら何もなかったはずだが


「『何考えてんだ、コイツ』だって。どんまいいお姉」


 熾夏のせいでバレてしまった。


「ぷっ! あははははっ! 最っ高、面白いわね!」


 が、これはバレても問題ない。依檻のツボの浅さは相変わらずで、しばらくの間笑っていたが──そんな笑い声に混じりながら麻露が手を叩く音がした。


「話が脱線しているぞ」


「それは今さらなのじゃ、シロ姉」


 朱亜が隣を一瞥すると、月夜と幸茶羽が重なり合うようにして眠っていた。時刻は十一時半を示していて、小学生が起きていい時間ではない。


「……そうみたいだな」


 気持ち良さそうに眠る二人を見つめ、麻露は内心ため息をついた。それは呆れているのではなく、気づけなかった自分に対する責めだった。


 二人の寝顔は無邪気なものだったが、彼女たちもまた半妖なのだと結希は思う。こんな小さな子供でも、先祖が誓った約束や、完全な〝人〟ではないという運命を背負っているのだと思うと──胸が締めつけられる。

 結希は密かに目を細め、拳を握った。


「鈴歌、二人を部屋に運んでおけ」


「…………めんどく」


「やれ」


 麻露の手から氷柱が飛び出てきたのを見て、鈴歌は渋々と麻露に従う。

 手伝いを申し込もうとしたが、軽々と二人を持ち上げる鈴歌を見てその必要はないと瞬時に判断した。


「ふわぁあ……、ワタシも眠いよぉ」


 ぐしぐしと目を擦る和夏に続き、椿が遠慮のない欠伸をする。


「アタシも明日入学式だし、早めに寝ていいかなぁ?」


 今この場にいる姉妹全員が、麻露の判断を聞く為に視線を彼女に集中させていた。その視線にも動じずに、雪女ゆきおんな姿の麻露は「解散だ」と静かに告げた。


「お先に」と依檻が。


「またね、弟クン」と熾夏が。


「おやすみ〜」と和夏が。


「またな、結希」と朱亜が。


「……じゃ」と愛果が。


「おやすみ、結兄ゆうにぃ」と椿が。そして、素早く頭を下げた心春こはるがリビングを後にする。


 残されたのは、結希と麻露だった。


「キミも早く寝るんだな」


 そう言いながら、麻露が元の姿に戻る。


「じゃあ、そうさせてもらいます」


 頷き、取っ手を回して廊下に出る。閉める直前に見えたのは、窓の外に視線を向ける麻露の寂しそうな背中だった。

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