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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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十六 『狙われた禁術』

 言葉通り歌七星かなせは距離を一切取らず、不自由な移動方法にも関わらずついてきた。

 普段は真顔か仮面の笑顔をする歌七星だが、今だけは一生懸命な表情になっている。ついてきていることを確認する為に視線を後ろに向けていた結希ゆうきは、珍しい歌七星の表情につい見入ってしまった。


「……結希くん、人の顔をじっと見ないでください。なんですか?」


「す、すみません。なんでもないです」


 雑念を消す為に、頭の中に入っていた区域の地図と妖力の居場所をもう一度照らし合わせる。通路は一直線というわけではなく、いくつもの曲がり角が存在していて迷いやすい。こうして何度も確かめないと自分自身も迷いそうだった。


「結希くん。一つ聞いてもよろしいでしょうか?」


「なんですか?」


「侵入者の目的であるこの場所は、具体的に何をする場所なんですか? 答えられないのなら無理には聞きませんが、今回の戦闘において知っておいて損はないとわたくしは思います」


 答えられないのなら。結希は、その言葉の裏にあるものに薄々気がついていた。


 それを言うということは、陰陽師おんみょうじ半妖はんように言えないものを抱えているかもしれないと歌七星が思っているからだ。逆を言えば、半妖は陰陽師に言えないものを抱えているということになる。

 考えすぎかもしれないが、完全に否定することはできなかった。


「ここは……スザクが言った通り重要な資料があるんです。重要な資料というのは……百鬼夜行はもちろん、この町の歴史、そして陰陽師や《十八名家じゅうはちめいか》の家系図とかですね。それと、陰陽師の術を書き記した巻物もどこかに保管されています」


 隠すようなことはないと、結希は自分の知っていることのすべてを話した。歌七星は顎に手を当てて少しの間黙考していたが、やがて息を吐いた。


「……わかりませんね。侵入者……いえ。裏切り者は、それらすべてを狙っているのですか? 半妖だけならともかく、陰陽師も狙っているだなんて変ですよね?」


「確かにそうですよね……。本部に申請さえすれば、陰陽師様なら誰でも来られるはずなんですから。ね? 結希様」


「……陰陽師なら誰でも来られる。けど、陰陽師の術のほとんどは見ることを禁止されているからな。俺たちが普段使っている術はほんの一部で、他はすべて危険すぎて使用を禁止された禁術なんだ。来たとしても本部の人間の監視が入るし、狙われているのは禁術だと思う」


「そうだったんですか! 私、初めて知りました……。勉強になります!」


 時折状況を忘れたかのような態度を取るスザクは、ぴょこぴょこと跳ねた。

 結希からしたら変に感心してしまうが、自分の式神しきがみだと考えると自分にもそういう部分があるのだと思い知らされる。そして再び沈黙した歌七星も同じく、状況を忘れたかのようにどこか上の空だった。


「歌七星さん、次の部屋が例の部屋ですよ!」


 声をかけると、歌七星がそれに気づいたのは心春こはるに肩を叩かれた直後だった。


「すみません。少し考えごとをしていました」


「あの、大丈夫ですか?」


「当然です。あの部屋ですよね?」


 結希は大きく頷いた。

 開け放たれている扉から中に飛び込むと、天井にまで届くほどの本棚が壁中に取りつけられているのが視界に入る。正方形の約二十五メートルはありそうな部屋の中央に──侵入者はいた。


「……来ると思っていた、少年。できれば来ないでほしかったがな」


「……やっぱり、お前だったか」


 セイリュウから半妖の侵入を告げられた時、真っ先に脳裏に浮かんだのは前方に突っ立っている狐の半妖だった。


 狐の半妖の少女は、先月結界を破られた陽陰おういん学園にいた裏切り者の半妖だ。銀色の狐耳と尻尾が自然と揺れ、銀色の粒が散りばめられた天色の瞳が結希を見据える。


「貴方が例の半妖ですか。わたくしはお会いしたかったですよ?」


 歌七星の発言に、少女は訝しげに片眉を上げた。


「わたくしの家族が、貴方に色々とお世話になりましたからね」


 気がつけば歌七星は、周囲に小さな水の玉を複数作り出していた。

 結希の位置から歌七星の顔はまったく見えないが、少女がほんの少しだけ後方に足を下げたことから余程の迫力なのだろうと思う。が、今まで少女の後ろにいた誰かがすぐに少女を庇うような位置に立った。


 その誰かは黒いマントを着用し、目元まで隠れるほど大きなフードを被っている。性別は不明だが、陰陽師であることだけは妖力でわかった。


「歌七星さん、少し待ってください」


「そのつもりです。二人に聞きたいことが山ほどありますからね」


 札を下げている結希とは違い、それでも歌七星は水の玉を消さなかった。スザクも緊張した面持ちで抜刀した日本刀を構えている。

 心春だけは歌七星の肩に乗り、紫の髪に隠れるようにして様子を見守っていた。


「何を聞かれても答えるつもりはない」


 それは、あどけなさが少し残った少女の声だった。そう言ったのは他でもないマントの陰陽師で、さらに狐の半妖を庇うように一歩前に出る。


「なら、力ずくでも答えさせます」


「歌七星さん……」


「止めないでください、結希くん。わたくしは怒っているのです」


 刹那、結希を守るように歌七星が前に進んだ。その表情はいつものように真顔だが、逆にそれが恐ろしい。


「あの半妖はわたくしの大切な家族を傷つけました。この六年間、誰も戦闘での怪我で病院に行ったことはないんです。ですが先月、ついに病院に行くほどの怪我を負わされてしました」


 その事実に内心で驚愕する。


 六年前の百鬼夜行があって以来、一人も怪我人を出していないという事実に──百妖ひゃくおう家の無限の愛のようなものを感じたのだ。


 不意に、固い絆で結ばれた姉妹の中に突然自分が現れた現実を、他の姉妹がどう思っているのかとスザクのように場違いなことを考えて──


「そして何よりも、わたくしたちよりも回復力のない貴方が入院してしまったのですよ?! あの時、わたくしたちがどれほど結希くんを心配していたのかわかりますか!?」


 ──心が、震えた。


「答える気がないのなら、わたくしは遠慮はしません。心春、サポートをお願いします」


「うんっ!」


 女性相手だとしっかりとコミュニケーションをとる心春は、歌七星の髪から姿を現してしっかりと立った。


「結希様、私も歌七星様と気持ちは同じです。この刀を今、貴方様の為に振るうことを許可してください」


 さすがに跪くことはしなかったが、スザクはいつになく真剣な瞳で結希を見上げていた。嬉しいやら恥ずかしいやら、様々な感情が一気に沸き上がってきて止まらない。


「いつも許可なんてとってたか?」


 照れくさくて、目元を手で覆いながら半分笑うことで結希はその感情を誤魔化した。


「いいえ。今回刀を振るうのは、完全に私の私情ですので」


「許可なんてとらなくても、いつでもスザクの好きな時に振るえ」


「……ッ! はい、結希様っ!」


 手を下ろすと、スザクが満面の笑みを浮かべていた。

 そんな彼女から視線を逸らして狐の半妖と陰陽師の少女たちを確認すると、何やら小声で話し合っている。


 二人の行動は誰にも予測できない。


 そんな状況にすぐに気を引き締めた。瞬間、陰陽師の少女が反対方向に走り出す。出入り口が結希の背後にしかない状況で何を──そう思い、少女が本棚を術で開けた瞬間に驚愕した。


「隠し扉?!」


 反射的に追いかけようとするが、百妖家の姉妹が五人がかりでも倒せずに逃げられた狐の半妖の少女が行く手を阻んだ。


「ど、どうしましょう! このままじゃ逃げられてしまいます!」


「落ち着いてください、スザクさん。スザクさんと結希くんはすぐにあの子を追いかけてください」


「歌七星さんたちはどうするんですか?!」


「当然、ここで彼女と戦います」


 歌七星は水の玉を槍のように尖らせて狙いを定め始める。


「無茶ですよ二人でなんて!」


「案外そうでもないかもですよ? 狐火と幻術使い対、水使いと言霊ことだま使い。要するに相性の問題です」


 強がりではなく、心の底から歌七星はそう言っていた。


「傍にいられなくてすみません、結希くん。彼女を片づけたらすぐに向かいます」


「…………。スザクは二人とここで残って援護を頼む」


「え、結希様?!」


 何かを言われる前に結希は駆け出した。


「あの子と戦闘経験のあるお前がいた方がいいだろ!」


「わ、わかりました!」


 式神のスザクは主の命を断れない。それを使わなくてもスザクならば承知の上で残ってくれると信じていた。


「結希くん!」


 少女から放たれる業火を避け、まっすぐに隠し扉へと走る。もう、自分の名を呼んだ歌七星の方を振り返ろうとはしなかった。


「待っていてください! 必ず……、必ず駆けつけますから!」


 術で扉を開けて滑り込もうとした刹那、業火が再び飛んできた。避けきれないと悟ったが、飛来した水の槍が業火をすぐさま消し去っていく。

 扉が閉まる直前に目が合った歌七星は、微笑んで。


 どこか儚げなそれは、結希に泡を連想させた。

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