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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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十四 『侵入者と協力者』

 耳を劈くような音が響き、ガラス製のテーブルが激しく揺らぐ。


「なっ、何?!」


「何者ですか!」


 突然の来訪者に驚く依檻いおりや、今にも変化へんげしそうな勢いの歌七星かなせに答える余裕もなく。奇跡的に割れなかったテーブルの上で膝をつく白髪の少年は、大きく乱れた息を整えた。


「ビャッコ!」


 陰陽師おんみょうじ結希ゆうきの下に現れた式神しきがみのビャッコは、結希の従妹──結城紅葉ゆうきくれはの式神だった。


 両腕に包帯を巻きつけ、白が基調となっている胸元の開いた和服姿は今も昔も変わらない。乱れた短髪を直すことなく、まろ眉を下げながら紫と金のオッドアイをまばたきさせるビャッコは今にも泣きそうだった。


「助けて結希!」


「助けてって、一体何が起こったんだ?!」


「ちょっと前に町役場の結界が破られたんだ! 早く張り直さないと妖怪に占拠されちゃう!」


「──?!」


 すぐさま結希の脳裏に浮かんだのは、先月の陽陰おういん学園での激闘だった。依檻と歌七星は息を呑み、すぐさま結希に視線を寄せる。


「現状は!」


「紅葉が一人で退魔と人避けの札を張って、なんとか凌いでるけどっ……! それも時間の問題で! とにかく早く来て! 紅葉を助けて!」


 慌てるビャッコに釣られて冷静さを失わないように。記憶を失った直後から鍛え始めた自制心で、結希は落ち着きを取り戻す。


「わかった」


 深く頷くと、立ったまま隣で事態を静観していた青年が口を開いた。


「クソガキ、言っとくけどもうアウトだぜ」


「……どういう意味だ、ゲンブ」


 黒髪から覗く、鋭くくすんだ灰色の眼球が結希を睨んだ。

 結城千秋せんしゅうの妻で朝日あさひの姉の式神ゲンブは、面倒臭そうに一つに纏めた黒髪を掻く。その長い髪を掻く左腕の、蛇のような紫の刺青が結希の視界に何度か入る。


 ──ドクンッ


 テーブルの上にさらなる来訪者が着地した。ビャッコやゲンブほど荒々しくはないが、その二人らしくもなく焦っているようにも見える。


「お待たせいたしました、結希様!」


「町役場の中を調査していた為、遅れてしまい申し訳ありませんでした」


「スザク、セイリュウ」


 ピンク色のツインテールに緋色の瞳を持つ少女姿のスザクは、両手いっぱいに結希の狩衣かりぎぬを。露草色の長髪に輝く菜の花色の瞳を持つセイリュウは、札と道具を持っていた。


「セイリュウ。それで中はどうだったんだ?」


 セイリュウはテーブルの上から下りて、持ち前の澄んだ声を出す。


「千秋様の指示で、中にいた人々は全員避難いたしました。しかし、人命を優先した為一人の半妖はんようの侵入を許し──その半妖と共に行動をする、不審な陰陽師を確認いたしました」


「な? アウトだっつっただろ」


「口が悪いですよ、ゲンブ。それと貴方たち、人様の家のテーブルの上に乗ってはいけません。下りなさい」


「ケッ。てめぇも乗ってただろーが」


 幼い容姿のスザクとビャッコを挟んで、菜の花色と灰色の瞳を持つ青年が睨み合う。それはいつも通りの光景で普段なら無視するところだが、状況がそれを許さなかった。


「二人とも! 今は喧嘩をしている場合ではございません! 結希様、狩衣を持って参りましたがいかがいたしますか?」


「今は着る時間がない。このまま町役場に向かう」


 立ち上がる結希にスザクは一礼して、手元の狩衣を消失させる。


「もちろん私たちも行くわよ。そこのみんなも行くでしょう?」


 尋ねた依檻に答えたのは、リビングの扉を開け放った愛果あいか心春こはる鈴歌れいかだった。


「話は外で聞かせてもらったっつーの! ウチら全員も気持ちは同じだし!」


「が、頑張りますっ!」


「…………しょうがない」


「勿論それはわたくしもですよ、結希くん」


 ぽんと結希の右肩を叩いたのは、歌七星だった。その真似をするように、依檻は結希の左肩を叩く。


「皆様、感謝いたします」


 そう言って、セイリュウはその場で機械的に跪いた。続いてスザクがさも当然のように跪く。慣れていないビャッコはたどたどしく、ゲンブは渋々と、横一列になって間宮まみや家に使役される式神全員が結希に敬意を表した。


「そういうのはいいから、顔を上げてくれ。全員戦えるのか?」


「んな訳ねぇだろ。なんで俺が……」


「ゲンブはこう言っていますが、私とゲンブは現在交戦する主の下に向かわねばなりません」


 すぐさま跪くのを止めたゲンブの台詞を、姿勢を変えないセイリュウが代弁した。

 二人の主──それはつまり、町の外に出ていった母親と叔母が現在進行形で戦っているということだ。


「なら早く行ってくれ」


 手遅れにならないうちに。どうか。


「お前に言われるまでもねぇよ」


「心配なさらないでください、結希様。結希様のご家族であり我らが主は、貴方様が思っておられるほど弱くはありませんよ」


 微笑むセイリュウは、ゲンブの肩やへそを丸出しにしている灰色の和服を掴んで一礼。直後に揃って姿を消した。


「ボクは戦うよ!」


「私もです!」


「ありがとな。なら、ビャッコはすぐに紅葉の下に戻って無事に家に帰らせてくれ」


 ビャッコはオッドアイの両目を見開いたが、直後にしっかりと頷いた。


「そこで紅葉を守ること。あと、『よく耐えた。ありがとう』って伝えてくれ」


「うん、わかった!」


 姿を消したビャッコに続き、スザクは期待に満ちた瞳で結希を見上げる。


「スザクは俺と来てくれ」


「承知いたしました、結希様っ!」


 笑ったスザクは立ち上がり、セイリュウの残した札と道具を手に持った。


「次は私たちの番ね。鈴歌はすぐにシロねぇたちに報告、熾夏しいかの迎えに行って私たちと合流した後は君の判断に任せるわ」


「…………らじゃ」


 鈴歌はすぐさまベランダの窓を開け、一反木綿いったんもめんに変化し飛び去っていった。


「今日は特例だから、残った私たち全員で結希と一緒に戦闘、必要があれば結界を張るサポートをするわ。移動手段は──スザクたちの瞬間移動みたいなものって、私たち相手にも使えるのかしら」


「いいえ、依檻様。あれは式神にしか使えません」


「なら心春に頼むわ。全力を使いなさい」


 依檻に名指しされた心春は、臆することなく小さな拳を作って頷いた。


「うんっ!」


「サポートはウチに任せろ!」


「全員、準備はいいですね?」


 それぞれ短い返事をした後、歌七星を先頭にベランダへと出る。

 五月の涼しい風が結希たちを撫でた刹那、愛果と心春も変化した。


 愛果は早くも見慣れた覚醒後の豆狸まめだぬき姿に。が、同じく変化したはずの心春の姿がどこにも見当たらなかった。

 不意に、愛果が屈んで自らの掌に何かを乗せる。よく見るとそれは、十五センチほどの身長に縮んだ心春だった。


「もしかして心春ちゃんって……小人こびと?」


 変わらない桜色の長髪を夜風に靡かせて、心春は若草色から赤色に変わった瞳を俯かせる。少し大きめなピンク色の和服は、同じくピンク色と金色の防具のような布で留められており──中学二年生にしては不相応に大きな胸を支えていた。


「は、はい」


 どうやって移動するのかと結希が思案していると、心春は大きく息を吸い込んだ。


「『風になれ』!」


 声が響き、後ろから突風に押されたかのような感覚が全身を走り抜ける。実際結希たちは風のように駆け出して、すぐさま住宅街を突っ切った。


「心春の力は言霊ことだまなのよ、結希」


 戸惑い気味の結希とスザクを一瞥し、依檻が授業のように二人に教える。


「風になれ。ということはつまり、わたくしたちは今風になっているんです」


「風……っ! すごいです! 私、こんなの初めてですっ!」


「けどさすがにこの姿のまま風のように町中を走るのはマズイでしょ? だからウチが幻術をかけてるの」


「なるほど……。すごいね、心春ちゃん」


 愛果の掌に乗った心春を見れば、男性恐怖症の心春は愛果の指で自分を隠した。変わらない心春の反応に苦笑していると、気づけば住宅街を抜けた遠くの方に町役場が見える。


「紅葉の札が効いてるな」


「てかさ、なんでその紅葉を帰したの? 戦力は多い方が良くない?」


「紅葉様は術がお得意ではないのです! その代わりに紅葉様はお札がお得意なので、紅葉様の作ったお札は効果が抜群なんですよ!」


 結希が答える前に口を挟んだスザクは、結希の時ほどではないが誇らしげに語っていた。


「だから、紅葉にできることはもうないんだ」


「ふぅん。……ねぇ、結希」


 愛果に名前を呼ばれて振り返る。


「…………今回も、無理すんなよ?」


 リン、と愛果の狸耳についた鈴が鳴った。

 不安そうな表情の愛果が言いたいことはなんとなくわかる。先月愛果の目の前で何度か死にかけた結希は、「なるべく努力する」とぼかして答えた。


「ちょっ、だから……」


「結希くん、止まりますよ!」


 歌七星の声が愛果の声を掻き消した。その瞬間、今まで感じていた言霊の力が消滅する。


「うわっ」


 突然のことでバランスを崩した結希は、誰かの手に腕を引かれた。目を開くと、その先には人魚にんぎょに変化した歌七星がいた。


「しっかりしてください。ここから先が問題なんですから」


 両足を地面につけると、等間隔に札が貼られているのが見える。そして見上げた町役場は、朝に見た町役場とはまったく別の雰囲気を放っていた。


 誰でも利用する温かな公共施設が、短時間で誰も寄せつけない廃墟になったように見える。


 結希は深呼吸をして、結界が破られた町役場へと一歩ずつ歩を進めた。

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