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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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二十 『あれから』

 広大な敷地を誇る陽陰おういん学園の片隅にある目的地。私は教室からそこまで歩いていって、息を整え、生徒会室の扉を開いた。


幸茶羽ささはちゃん!」


 そこで私を待っていたのは、まこ先輩だ。弾けるような笑顔を見せた彼はこの間の生徒会役員選挙に生徒会長として立候補して、当選している。私は──副会長として立候補して、当選して、ここにいる。


「幸茶羽ちゃんおめでとう! 真くんもおめでとう! みんなみんなおめでとう!」


「あはは! 伊吹いぶきもおめでとうだよ!」


 拍手しながら立ち上がった伊吹先輩は、私の背後へと視線を移して「千貴ちきくんも!」と手を振った。私の背後にはいつの間に来たのか千貴が立っている。


「俺が当選すんのは当たり前だろ!」


 千貴は胸を張っているが、その顔はどう見ても嬉しそうだった。


「これで……全員だね。《十八名家じゅうはちめいか》の人間は」


 真先輩は一人一人の表情を確認する。今この学校にいる《十八名家》の人間はもっとたくさんいるけれど、昨年度生徒会長を務めた心春こはると副会長を務めたアイラ先輩は三年生だからもう立候補できなくて、二年生の星乃ほしの先輩、一年生として陽陰学園に入学したばかりの姉さんと翡翠ひすいは私たちと違って立候補していない。


「お前、本当に幸茶羽か? 月夜つきよじゃなくて?」


 千貴が疑うような目で私を見るのも無理はないと思った。私はずっと、姉さんの影として生きてきたから。千貴を含めたほとんどの人が、姉さんが立候補していないのに私が立候補するはずがないと──思っていたのだ。


「私は芽童神かいどうしん幸茶羽だ」


 現頭首はまだ八千代やちよ兄さんだが、私たちが高校を卒業したらどちらかが現頭首になることが決まっている。私は本気でどちらでもいいと思っているけれど、姉さんが生徒会役員に立候補しなかった時点で、姉さんはもう表舞台に立つ気はないような気がした。


「演説の時にちゃんと言っただろう。私はこの学校をより良い学校にしたいんだって」


 姉さんにはその気がない。数年前、誰よりも座敷童子の半妖はんようとしての務めを果たそうとしていた元気で明るくて可愛くて素敵な姉さんはもうどこにもいない。

 そんな姉さんを潰してしまったのは、姉さんの影として生きていた私だ。私が姉さんの隣に立っていたら、姉さんは今でも私の隣にいてくれたのだろうか。


 私は姉さんではないから姉さんの本心はわからない。ただ、図書委員になって図書室で本を読んでいる姉さんを陰から見守っていると──小学生の頃の姉さんを思い出す。弾けるように笑う高学年の頃の姉さんではなく、勉強することが大好きだった低学年の頃の姉さんだ。

 姉さんは努力家で、好奇心旺盛で、あれもこれもと経験していたらいつの間にか多くの賞状を貰うようになっていた人だった。私はそんな姉さんの双子の妹として姉さんと同じになりたくて、姉さんの真似をして賞状を貰うようになってから、姉さんは賞状を貰う為だけに色んなことを経験するようになったような気がする。私が姉のように振る舞って姉さんが妹のように振る舞い始めたように、姉さんは私の行動で自分の行動を変える人なのだ。


紅葉くれはが生徒会を立候補制に変えたように、この学校にはまだ変えられるところが残っていると思う。それを私がこの学校にいる内に全部変えたいんだ。私が、あの時の百鬼夜行を知っている最年少の《十八名家》の人間で──来年度、スズシロが陽陰学園に入学するから」


 陽陰学園の生徒会役員が学園長の指名ではなく生徒の立候補になったのは、紅葉の代からだ。生徒会長に指名された紅葉がそれを拒み、立候補して自分が選ばれないのであれば生徒会長はやらないと言い、選挙活動を必死にやって当選して。副会長には火影ほかげが当選したが、元々立候補者が少なかった当時の選挙は紅葉にとって納得のいくものではなかったらしい。

 ただ、紅葉が卒業してからは違う。立候補制が当たり前になって、《十八名家》や陰陽師おんみょうじ以外の人間が生徒会役員として既に活躍しているのだ。


 《十八名家》は少しずつ変わっている。

 社会に出た〝姉さんたち〟が少しずつ変えている。


 スズシロがヒナギクのように生徒会長になるのかはわからない。ただ、ヒナギクの代で変えようとしたからスズシロの代で一区切りつけてあげたい。


「だから私はここに来た」


 もう守られてばかりの私じゃない。あと一年であの時の〝兄さん〟と同い年になるから、私は私が好きだと思った兄さんに誇れる自分になりたい。


 姉さんに今までの行いを謝ることも、姉さんの代わりとして頑張ることも、違うような気がしている。


 私の名前は芽童神幸茶羽。芽童神月夜の妹で、双子だけど同じ人間じゃないから同じ道に進むことはもう止める。姉さんもきっと自分の道を自分で選んで進んでいるだろうから、私はもう姉さんの道には干渉しない。


「僕もだよ」


 今年度の生徒会長となった真先輩は、遅れてやって来た残りの二人を迎え入れる。選挙活動の時に見かけた二人は《十八名家》の人間でも陰陽師の人間でもない。かなり緊張した面持ちで私たち四人の前に立っていたけれど、私たちはこれから生徒会の仲間としてこの学校と町を駆け回るのだ。


 心理学部に入学して人間の心を学んでいるヒナギクのように。神学部に入学して神主になろうとしている結希ゆうきのように。どっかの誰かさんのようにアメリカの医大に入学した明日菜あすなのように。経済学部に入学して経済を学んでいる八千代兄さんのように。そして、大学で学びたいことはないと──鈴歌れいかを連れて東京に出て、女優となった亜紅里あぐりのように。


 窓を開けると、今日も心地よい風が体を撫でる。命を懸けて戦う理由はどこにもない、それでも、彼らに負けない仲間になりたい。


「改めて、生徒会長の猫鷺ねこさぎ真です! みんな、これから一年よろしくね!」


 私もだけど、笑っている真先輩ももう子供じゃなかった。三年前に百鬼夜行が終わって、妖怪になった歌七星かなせが半妖に戻った時、真先輩と星乃先輩は人工半妖ではなくなった。自動的に力が消えたのではなく、風丸かぜまるが贈ってくれた桜に触れて妖怪の力を吸われたらしい。アリアといぬいとアイラ先輩はまだ人工半妖だけど、真先輩と星乃先輩はもう人工半妖じゃない。千貴と翡翠も所属していた《コネコ隊》は既に解散しているけれど、彼らは今でも同じ養護施設で暮らしているから──真はみんなの兄だ。王だ。そんな彼だから生徒会長に立候補したのだろう。

 今の真を見守っているのは星乃先輩じゃなくて伊吹先輩だ。伊吹先輩は多分今でも妖怪や半妖のことを知らない。雪之原ゆきのばら家の現頭首になった麻露ましろが雪之原家ではなく百妖ひゃくおう家で育っていた理由も知らない。


 そんな伊吹先輩と共に仕事ができる機会があって良かったと思う。真先輩も、私も、千貴も、三年前は隣にいた星乃先輩や姉さんや翡翠と離れて表舞台に立つから、今初めて表舞台に立つ伊吹先輩が私たちを繋いでくれるのだろう。そして残りの二人が私たちが知らない世界を見せてくれる。彼らの目にこの世界がどう映っているのかを教えてくれる。


 それはこれからの陽陰町に必要なことだと思うから。私は彼らと歩いていく。


 私は伊吹先輩と違って麻露が何をしているのかを知らない。教師を辞めた依檻いおりが何をしているのかも、真璃絵まりえが何をしているのかも。アイドルを引退してミュージカル女優となった歌七星が色んな公演に出ていることも鈴歌が色んなアニメに出ていることも知っているけれど、私生活はまったく知らない。熾夏しいかもまったく話を聞かないし、朱亜しゅあも教師になったと聞いただけでどこの学校で働いているのかは聞いていない。和夏わかなは陽陰大学を卒業したとは聞いたけど、その後どうなったのかは──真先輩に聞けばわかるのだろうか。愛果あいかも結希たちも椿つばきも大学に在学中なのは知っている。麻露も落ちていなければ結希たちの同学年として通っているはずだ。

 高校に入学する際に陽陰学園高等部を選んだ心春は生徒会を引き継ぐ時に顔を合わせたけれど、必要以上には話していない。姉さんとは芽童神家で一緒に暮らしているけれど、共に過ごす時間は小学生の頃と比べると格段に減っていた。


『なっ、なんでささが! あの人との思い出なんてほとんどないのに! ささにとっては他人なのに!』


 私は今でもあの時の自分の言葉を後悔している。本当に真璃絵との記憶はなくて、真璃絵が目覚めた時には既に一緒に暮らしていなかったから、今でも真璃絵という人間がどういう人間なのかはよくわかっていない。


 それでも、私たちは確かに家族だった。


 離れて暮らして数年経ってもみんなのことを忘れた日は一日もない。みんな本当に忙しくなって新年会にさえ顔を見せないことも珍しくないくらい、私たちは別々の道を歩いている。


 それでもずっと、〝いつかは〟と思っている。


 私たちがもっともっと大人になって、現頭首になったらまた。あの大広間で、桜の下で、必ずどこかで──胸を張って会いたいと願っている。





 今年の陽陰おういん町の桜の開花時期は、三月末だった。やっぱり十七年前や十年前の陽陰町がおかしかったのだろう──そう思うのに毎年変な時期に桜が咲くと思うのは、それほど百鬼夜行が起きた年が私にとって衝撃的だったからだ。

 あれから何年も経っているのに消えはしない。薄れることもない。私は学長として祝辞を読むヒナギクお姉ちゃんを眺めながら、時間の重さを感じていた。


 私は今日、陽陰大学の社会福祉学部を卒業する。私が在学中に陽陰大学の学長に就任したヒナギクお姉ちゃんは私が知っているヒナギクお姉ちゃんのままで、他のみんなはどうしているのかなって不意に思う。

 卒業式が終わってキャンパス内を歩いている時に目指していた場所は、普段私が使っていた棟ではなくて。


「────」


 別の棟の入口付近に立っていたのは、記憶の中よりも優しい雰囲気を纏った私の双子の妹だった。


「──ささちゃん」


 声をかけると、たんぽぽ色の前髪の隙間から黄緑色の瞳が見える。顔を上げたささちゃんは私を視界に入れ、「姉さん」と呟いた。


「卒業おめでとう」


 驚いた様子のささちゃんは、すぐに「姉さんこそ」と近づいてくる。


「そうだけど、私よりもささちゃんが凄いんだもん」


 ささちゃんが卒業したのは獣医学部だ。合格するのも卒業するのも、すっごくすっごく大変なことだったと思う。私は大変なことをしっかりと成し遂げたささちゃんが誇らしい。ささちゃんは、小学校を卒業した十年前からずっとずっと私よりも凄い人だった。


「姉さんだって凄いよ。学校通いながら現頭首もするなんて、すっごく大変なことだったのに」


 ささちゃんが獣医学部に進学することになったから、芽童神かいどうしん家の現頭首は私になった。ささちゃんはそれを申し訳ないと思っているみたいだったけど、私はそんなことを思わないでほしいと願う。


 十年前、私たちは八千代やちよお兄ちゃんから現頭首の地位はまだあげられないと言われている。当時の私は現頭首になることに前向きになることができなくてささちゃんだけが前向きだったから、私よりもささちゃんの方が現頭首に相応しいと思っていた。


 今でも私はささちゃんと自分を比べて落ち込んでしまう。高校生の時、生徒会長としてみんなの前に立っていたささちゃんは本当にかっこよかった。

 私はこれからささちゃんを支えて生きていこう。それが一番いいのだとも思っていたけれど、このままだと、ささちゃんは現頭首にはならずに生涯を終える。


「大変だったよ」


 私はお金のことはよくわからない。だから八千代お兄ちゃんは経済学部に進学したんだと受験に合格してしまった後に気がついて、八千代お兄ちゃんに支えられながらなんとか現頭首を続けてきた。


「…………」


 ささちゃんの口が開かれるけれど、言葉はまったく出てこない。間違ってもごめんなさいなんて言われたくないから──それが正しい。


「けど、楽しかった」


 ささちゃんの口が驚いたように開かれる。こうやってじっと彼女の顔を見ていると、本当に、表情が豊かな子になったと思う。


「私、福祉の勉強してたから。現頭首としてこの町を見て、学んだことを考える機会がいっぱいあって、現頭首としてやりたいことがいっぱい出てきて……みんなのこと、幸せにできたらいいなって思ったの」


「姉さんならできるよ」


「ささちゃんもできるよ。なるんでしょ? 獣医師」


「……うん、なる。就職先、決まってるから……」


 私たちは双子だ。そして座敷童子の半妖はんようだ。誰かを幸せにすることは本当に幼い頃から考えてきたことで、幸せは簡単に踏み潰されることを百鬼夜行で理解してしまったから、だから──どうしてもそういう道に進んでしまう。


「頑張れ」


「姉さんも。頑張って……八千代兄さんのことよろしくね」


 私は今、ささちゃんから芽童神家の現頭首を正式に託された。私はささちゃんみたいにみんなの前に立とうとしなかったのに。それでも、現頭首という肩書きがなければ変えられないものが未だにたくさんあるから。それを使える立場になれるかもしれないのにならないなら、教授や同級生──今まで社会福祉学部を卒業してきたみんなに何をしているんだと怒られてしまう。


「……うん」


 私には私にしかできないことがある。ささちゃんにはささちゃんにしかできないことがある。

 そのことを見つけて自分の気持ちを整理する為に必要だった時間は十年で、それは決して、短くない。大学を卒業しなければ見つけることができなかった〝自分らしさ〟だから、私はこれからそれを大切に抱えて生きていく。


「ささちゃん、行こう」


 ささちゃんへと手を伸ばして、繋いで、外へと飛び出した。向かう場所はもう決まっている。


「はぁっ、はぁっ」


 バスに乗ってようやく着いたこの場所は、町役場。福祉を学ぶ私はよく来ているけれど、ささちゃんにとっては久しぶりの町役場かもしれない。この場所の少し南側に、あの桜が今年も咲いていた。


「姉さん、走る必要、あった……?」


「ない、けど、たまにはいいじゃん」


 もう十年も妖怪退治をしていない。私たちは半妖だけど体はすっごく鈍っているみたいだ。

 私たちをこんな体にした理由を前にして思うのは、感謝の気持ち。この桜がなければ戦いは今でも終わっていなかったかもしれなくて、私たちも自由には生きていなかったかもしれないから。


「ありがとう」


 そのお礼を言いに来た。桜があったから私たちは一緒に行動する理由がなくなって、同じ家に住んでいるのになかなか会えなくなって、寂しくなった。


 けれどそれが〝普通〟なのだ。


 誰もがいつかは家を巣立つ、《十八名家じゅうはちめいか》ではそれを知らない人が大半だけど──私たちはもう知っている。


「本当に、ありがとう」


 頭を下げた。吹く風は「どういたしまして」と言っているようで、思わず笑ってしまう。


「『良かったな』」


 風に乗って聞こえてきたその声はささちゃんの声じゃなかった。聞き覚えがあって、私やささちゃんと違って全然変わっていないから──十年経っていても気づいてしまう。

 頭を上げてささちゃんと顔を合わせた。ささちゃんの瞳は揺れていて、その瞳の中の私の瞳も揺れていて、二人で揃って振り返る。


 私たちの後ろに立っていたのは、狩衣姿の結希ゆうきお兄ちゃんだった。


風丸かぜまるならそう言うと思う」


 結希お兄ちゃんは微笑んでいる。十年ぶりに会った結希お兄ちゃんは、記憶の中の結希お兄ちゃんよりも大人の男性で。私とささちゃんはもう社会人になるから、記憶の中にいる高校生の結希お兄ちゃんが一気に幼く見えて。今でも〝大好き〟が胸の中から溢れてくる。


「お兄ちゃんッ!」


 つい叫んだ。八千代お兄ちゃんは今でも連絡を取っているらしいから、会おうと思えばいつでも会えた結希お兄ちゃんは、もう立派な神主さんだ。


「お兄、ちゃ……」


 急に溢れてきた涙を拭う。駄目だ、私はもう大人なのに。結希お兄ちゃんを前にすると小さな女の子になってしまう。


「結希兄さん……」


 今のささちゃんは結希お兄ちゃんをそんな風に呼ぶらしい。本当に十年会っていなかったから、あの頃の結希お兄ちゃんと今の結希お兄ちゃんは別人かもしれないけれど、今でもちゃんと私たちの〝お兄ちゃん〟だった。今だからちゃんと、〝お兄ちゃん〟って呼ばなきゃ。


「……結婚おめでとう」


 ささちゃんと声を合わせてそう告げる。そのことを知ったのは、二ヶ月前の新年会だった。


『弟クン、明日菜あすなちゃんと結婚したよ』


 あの時も全員揃わなかったけど、久しぶりに会ったしいねぇがそう言ったのだ。あの場にいた全員が一瞬黙ってしまったけれど──〝おめでとう〟ってすぐには言えなかったけれど、今ならば言える。


「ありがとう」


 結希お兄ちゃんが笑ってくれるならば、結希お兄ちゃんが幸せならば、それでいい。私とささちゃんは結希お兄ちゃんの永遠の幸せを願っている。


「結希お兄ちゃん、どうしてここに?」


「……あぁ、その、父さんと母さんに会いに行ってたんだ」


 結希お兄ちゃんは一瞬だけ迷ったような表情を見せたけど、ちゃんと伝えてくれる。結希お兄ちゃんのお父様とお母様は雅臣まさおみさんと朝日あさひさん。二人は地下で生活してるって聞いたけど──


「あ」


「帰ってきたってこと?」


 ──思えば、二人が帰ってくる月日も十年だった。


「そう」


 結希お兄ちゃんは笑っていない。けれど悲しそうにもしていない。


「ちゃんと話してきたんだ。妖目おうま結希になりました、もう間宮まみや家の人間にも芦屋あしや家の人間にもなりませんって」


 結希お兄ちゃんは青い空を見上げている。血が繋がっている人に別れを告げた結希お兄ちゃんは今、どんな気持ちなんだろう。


「今までありがとう、って」


 けれど、もしかしたら今の私とささちゃんと一緒なのかもしれない。結希お兄ちゃんは巣立ったんだ。雅臣さんと朝日さんの下から、十年かけてようやく飛び立てたんだ。


「で、るい紅葉くれは真菊まぎくと話してきた帰り」


 三人は今でも結希お兄ちゃんの家族として結希お兄ちゃんの傍にいるらしい。それが羨ましかった、結希お兄ちゃんはずっと《十八名家》の人間じゃなかったから、《十八名家》の新年会に顔を出したのは十年前が最初で最後だった。

 あの時はささちゃんが家出をして大変な時期で、真菊お姉ちゃんたちのこともよく知らなかったからすっごく怖くて。ささちゃんに会いに行ったあの日は今でも人生で一番の勇気を出した日なのではないかと思っている。


「結希お兄ちゃん、次の新年会には絶対に来て」


 だから私は今日も勇気を出す。あの日の勇気に比べたら絶対にたいした勇気ではないから。


「会おうよ。また、全員で」


 巣立ったばかりの結希お兄ちゃんにこんなことを言うのは駄目だろうか。けれど、私たちは十年待った。会いたくても会えなかった。明日菜お姉ちゃんがアメリカに行ってずっと帰ってこなかったから。会ったら駄目だって思ってたんだ。


「会いたいよ」


 みんなそう思っている。十年は決して、短くない。

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