十八 『これから』
鬼によって破壊された陽陰町が美しい黄金色の光に包まれる。これは、座敷童子の半妖の力だった。
私はこの町で生まれて、この町で育って。この町で生きる人々を愛して、この町で生きる人々に愛された。
ここに来るまでに悲しかったことや苦しかったことや辛かったことは山ほどあって。その度に私を救ってくれたのが義理の妹たちの存在で。火影の存在が明らかになった時、月夜と幸茶羽が末っ子となることが確定したから──この子たちが大人になる日が来ることが死んでしまいそうになるほどに怖かった。
お前は姉じゃない。今まで騙していたなんて酷い。そう言われてしまうのではないかと考えただけで毎日毎日憂鬱で、毎日毎日、この時間がずっと続いてほしいと祈っていた。
そんな気持ちはもうどこにもない。月夜と幸茶羽とアリアとヒナギクが、僅か数分でこの町のすべてを修復する。それだけで町民はこの町に何があったのかを知らずに明日を生きることができるから。私たちは何事もなかったかのように明日を生きることができるから、永遠の感謝を彼女たちに伝えたかった。
鬼との戦い、そして百鬼夜行が終わって数日が経った今、陽陰町は完全に平和を取り戻したと思う。
「いってらっしゃい、シロちゃん」
雪之原家の玄関で靴を履き終わった私に手を振るのは白雪お姉ちゃんだった。
「あぁ。いってきます」
季節はもう三月となり、あと数週間もすれば結希と出逢ってからちょうど一年が経つことになる。月夜と幸茶羽が大人になる日を待たずに私は雪之原家に帰ることになるのだろう、そう思っていたが一年前はもっとずっと先の話だと思っていた。
私は雪之原家の現頭首。巫女の仕事はまだ続けているが、それももう長くはない。
結希が風丸神社の神主になるならばその時が来るまで巫女として働きたいという気持ちはあったが、私の時間は有限だ。そんなことをしている暇も、夢見ている時間もないから、タクシーを捕まえて目的地へと辿り着く。
正門付近はどこを見ても人ばかりだったが、本当の目的地である場所には疎らにしかおらず。遠目から見てもわかってしまうのは私の愛しい義理の妹たちだった。
「うげっ?!」
私を視界に入れた瞬間に嫌そうに顔を歪めるのは愛果で、私は思わず口角を上げる。
「ほらね。やっぱり来た」
依檻は嬉しそうに笑っており、「来るって言ったじゃない」と真璃絵が頬を膨らます。
「では、全員で見ましょうか」
歌七星は楽しそうにしており、鈴歌はもう掲示板を眺めている。朱亜も掲示板へと視線を移し、和夏は「愛ちゃん! 受験番号! どれ?!」と飛び跳ねた。
「受かってること前提で聞くなぁ! ていうかなんで来てるのさほんとに!」
「全員シスコン過ぎて気持ち悪過ぎ。あっち行け、しっしっ! 暇人なの?」
「翔太、止めろ」
「でも鬼一郎だってそう思うでしょ?」
私としては愛果の合格発表の日に鬼一郎と翔太が来ていることの方が驚きだが、愛果の今の保護者は多分鬼一郎だ。翔太が鬼一郎について来たならば辻褄は合う。
「そりゃあ愛ちゃんは私の教え子だもの。来るのは当然でしょ?」
「私は復学と転部の手続きをしに来たのよぉ」
「私は真璃絵の付き添いだ」
骸路成家には真璃絵を除くと麗夜しかいない。だから真璃絵が復学して──学部を教育学部から法学部に変えるならば力を貸してあげたいと思っている。
「わたくしは……妹のお迎えです」
「かな姉それ今考えたでしょ! てか和穂の迎えなら学部違うから! シロ姉とまり姉もだけどさぁ!」
「…………ボクは仕事」
「おっ。奇遇じゃな鈴歌。わらわも仕事じゃ」
「大学が声優と作家に仕事出すわけないでしょ……!」
「…………PR動画のナレーション」
「お母さんから講演を頼まれておるんじゃよ。わらわ卒業生じゃし」
「ねぇねぇ愛ちゃん、ワタシは在校生だからいてもいいよね?」
正直ここまで揃うとは思っていなかったが、これも何かの運命なのだろう。突っ込むことを止めた愛果は受験番号が書かれた紙を握り締め、合格者の受験番号が書かれた美術学部の掲示板へと視線を移した。
結希が神主になる為には神学部に合格しなければならないように、真璃絵が弁護士になる為には法学部に転部しなければならないように、私が検察官になる為には法学部に合格しなければならない。依檻や真璃絵、歌七星や朱亜、和夏、そして今日は愛果の合格発表を見ているが、次は私の番なのだと思う。来年度受験をするのは結希、ヒナギク、亜紅里、明日菜、八千代、千里、真菊だけではない。受験はもう、他人事ではない。
「……え?」
紛らわしいことに、声を漏らしたのは愛果ではなかった。翔太はじっと正門がある方向を見ており、鬼一郎も釣られてそちらへと視線を移す。
「父さん!」
そこにいたのは、愛果たち三人の母親が病死してから《風神組》を追放された──相豆院家の名を持ちながらも《十八名家》とは無縁の生活を送っていた男だった。
鬼一郎だけではない。愛果も同じように相豆院家の血が流れていない男を驚いたように見つめている。
百鬼夜行が終わったこと。これから先百鬼夜行が起きる可能性が低いこと。故に私たちが半妖を産むことが強制される時代ではなくなること──それらがあの男をこの場に呼んだのだろう。
《十八名家》はこれから変わる。ここにいる現頭首全員で変えていかなければならないのだと彼女たちの長女である私は思う。これは、結希が私たちにくれた生き方だ。
あの日、そんな結希の隣に立っていたのが明日菜だった。
明日菜はただ立っていただけではない。明日菜がこの未来を掴み取ってくれたから、私は生まれて初めて悔しくなったのだ。彼の隣で、半妖の長女として、私がこの未来を掴み取りたかったのに──その気持ちが叶わなかったから悔しくて悔しくて仕方がないのだ。
ただ、これからの未来を掴み取るのが私たちだから。悔しいという気持ちを力にして《十八名家》を変えていったら、少しは結希に尊敬されるだろうか。……少なくとも、まだ〝姉さん〟と呼んでくれるだろうか。
元々結希とは十一歳も年が離れていたのだ。だから、一生〝姉さん〟のままでもいい──〝姉さん〟ではない何かになりたいと感じた時点で私はこの気持ちに蓋をするべきだった。
結希の隣にこれからも立ち続ける相手はもう決まっている。
そのことについて全員何も言わなかったが、これから先も言わない方がいい。言わなければ私たちの間には何も起きなくて、いつも通りにまた会えるから。あの二人が別れたとしても、私たちは家族である限り別れないから。少しだけ狡いことを考える。結希が誰かを自分の家族に選ぶその日まで、この気持ちは消えてくれないのだろう。
──だからどうか、これからも愛することを許してほしい。
*
「うわぁあぁあっ!」
「うるさいぞ副会長」
陽陰学園の生徒会室に集まっているのは、高等部の生徒会役員だ。二日後に行われる卒業式の準備──卒業式で使用するアーチの花を作らなければならないのに、副会長は先ほどからずっとスマホを弄っている。
「愛果が! 受かったって!」
「えっマジ?! 裏口入学やっちゃった?!」
「愚か者。そんなの白院家が許すわけないだろう」
「でも愛姉自己採点したらギリギリだったんでしょ? てか鬼ぶっ倒してこの町救ったんだから受けなくていいじゃん試験。合格させてあげてよ〜」
「合格してるんだよ馬鹿! 実技でなんとかなったっぽい」
「あぁ、愛果先輩美術学部志望だもんね。絵とか上手いんだ?」
「意外だよね〜。人は見かけによらないってやつだ」
「いやでもあの人私服すっごいオシャレだから……ぽいっちゃぽいんだよな」
愛果は昨年度の生徒会長で、その年の副会長は私が務めている。私と副会長が今年度よく共に仕事をしていたように、愛果とは共に仕事をすることが多かったが──私は愛果のことをよく知らない。私も、愛果も、仕事中に私語を交わすことがなかったから。送辞を読めと言われても定型文以外で思いつく言葉も言いたい言葉もなかった。
別に愛果に向けて読むわけではないから、適当に文をつけ足して読むことはできる。ただ、去年送辞を読んだ愛果はそんなことをしていない。愛果は送辞の定型文を無視して自分の言葉で最初から最後まで話したのだ。あの時は馬鹿なことをしていると思ったが、適当に書いて思っていないことを述べることの方が馬鹿なような気がして困る。
愛果の背中は思っていた以上に大きくて、影響力は思っていた以上に強い。
あの鬼だって、愛果が一人で食い止めた時間がなければ倒せなかっただろう。六年前の百鬼夜行だって、愛果が椿と月夜と幸茶羽を守らなければ私はもっと傷ついていた。
「…………」
今の今まで気づかなかったが、あの人には感謝しかない。愛果にそんなつもりはなかっただろうが、愛果から与えられたもの、教えてもらったこと、たくさんあり過ぎて胸が熱くなる。
「愛果さん、美術学部に行って何するの?」
「なんかデザインの勉強がしたいらしい。デザイン科? だったかな」
「へぇ……」
「そういえば、最近歓楽街の雰囲気が変わってるって噂になってるけどそれってやっぱり愛果先輩が色々変えてるからなの?」
「そうじゃない? 愛姉歓楽街嫌いって言ってたし」
「副会長、亜紅里、変えるのは良いが変えすぎるのは止めておけと言っておけよ」
「え、なんで?」
「自然公園がキャンプ場になったら嫌だろう。心春はそんなことしないだろうがな」
裁判所がある自然公園は小白鳥家の管轄で、愛果が嫌がる歓楽街は《風神組》の本拠地を置いている相豆院家の管轄だ。まだ高校を卒業していなくても現頭首というだけで簡単に変わってしまうものがあるから、変える時は慎重にならなければいけない。
「あぁ〜、確かにそれは嫌かも〜。けど、それってヒーちゃんからでも言えるでしょ」
確かに、一年前と比べると愛果と話す機会は格段に増えた。私たちは現頭首としてこれからもたくさんの言葉を交わしていくのだろう。そう思ったら言葉がぽつぽつと生まれてくる、言いたいことを言葉にすることはまだできないが、愛果は変わらず定型文を無視した答辞を読むだろうから──それに相応しい送辞にはしたい。
「そうだな。校舎裏に呼び出すか」
「呼び出すな普通に言え」
「あたしも行きたい呼び出してボコボコにしよう?! 愛姉の不良魂受け継ごう?!」
「なんでだよ」
陽陰学園に入学した時、私は白院家の次期頭首として多くのものを背負わなければならなかった。それは、卒業しても背負い続けるものだと思っていた。だが、一人で背負わなくてもいいのだと──一人ではないのだと彼らと共にいて初めて気づく。
私たちの卒業式まであと一年。それまでの間にどれほど多くの思い出を作ることができるのだろう。
*
少し前まで雪が降るくらい寒かったのに、百鬼夜行が終わって桜が咲いてから陽陰町はすっごくあったかくなった。
春は出逢いと別れの季節で、明日も見えなかった冬にはできなかった荷造りをしたアタシはダンボールを抱えて百妖家別宅の一階に下りる。
「じゃ、菊姉! 今日はありがとお邪魔しました!」
アタシが下りていることに気づいてリビングから出てきたのは、菊姉だった。百妖家の別宅には今、結兄と菊姉、春と紫苑と美歩と多翼とモモしか住んでいない。
あぐ姉は衣良さんと暮らすことにしたらしくて、数日前にママとポチ子と一緒に出ていった。菊姉たちは雅臣さんと一緒に暮らせなくなって、壱兄がここで暮らしていいって言ったから空いている部屋を使って暮らしている。アタシたちがいた時は満室だったけど、菊姉たちだけが使うと空室が目立っていた。だから少しだけ寂しく思う。この家が次に満室になる時はアタシたちの次の世代の半妖が揃った時だろうけど──そんな日は多分一生訪れないから。
「もう二度とここには来ないの?」
「え? うん、もちろん来ないぞ。ここはもうアタシの家じゃなくて菊姉たちの家だから」
菊姉たちは、六年くらい暮らしていた芦屋家に帰るつもりはないらしい。アタシも鬼寺桜家の現頭首だから百妖家に帰るつもりはない。少し前までお姉ちゃんたちが帰ってこなくて寂しいと思っていたけれど、自分の帰りを待っている家があって、この家が違う人の家になるならば、自分の家だと思って帰ってくることはもうできない。
「菊姉は帰ってきてほしいのか?」
少しだけ意外だった。菊姉が大切なのは春たちで、アタシたちのことはそれほど大切だと思っていなさそうだったから。
「別に。ただ、紫苑が結希が寂しそうだって言うから」
結兄には、結兄の帰りを待っている家がない。結兄が望めば結兄を受け入れてくれる家は山ほどあると思うけれど、結兄は自分からそれを望まない。
「…………」
結兄は朝日さんと雅臣さんの子供だ。朝日さんに育ててもらったお姉ちゃんたちには帰る家があって、雅臣さんに育ててもらった菊姉たちにはここが帰る家で、結兄だけが宙ぶらりん状態な気がする。
結兄だけが不幸になることは誰も望んでいないのに。アタシは、なんの為に身を引いたのだろう。
結兄が選んだのは明日菜さんだ。明日菜さんを選んだから結兄が悲しい思いをしているならば──アタシは明日菜さんから結兄を奪いたい。
『迷惑じゃないよ。俺は、椿ちゃんが妹で良かったって本気で思ってる。母様は鬼寺桜家の現頭首として、陽陰警察署の警視監として、ずっと自分を殺したまま死んでしまったけど──俺も、自分を殺して椿ちゃんを殺そうとしたし、椿ちゃんは俺や母様と違って簡単に自分を殺せそうだけど、椿ちゃんにはありのままに生きてほしいよ』
ありのままに生きようと思ったら、紅椿がここにいなくてもアタシはそういう風に動いてしまうから。そういう風に動いてしまうのは紅椿がここにいなくてもアタシが紅椿の生まれ変わりだからで、アタシが結兄のことをすっごくすっごく大切に思っているからで。結兄じゃない人と恋人になるなんて考えられないから次の世代も考えることができないのだ。
結兄が明日菜さんや風丸さんと一緒に妖怪と共に生きる道を切り開いたから、アタシたちが次世代を無理矢理産まなくてもいいようになって。
誰もそんな道を切り開かずに結兄が明日菜さんを選んだら、結兄を奪わなければ鬼寺桜家の未来を切り開くことができなかっただろうから──そんなことはしたくないから、結兄には本当に幸せになってほしい。今すぐ結兄を幸せにしてほしい。
結兄と明日菜さんが結婚することになったら、明日菜さんはしい姉の妹だから結兄が妖目家の人間になるのだろう。その日は多分他の《十八名家》の人を選ぶよりもすっごく遠い未来にある。しい姉は特別だからすぐに免許を取ったけれど、普通お医者さんになる為にはかなりの時間がかかるらしいから。
「……えっと、菊姉たちが傍にいてあげて」
「……嫌でもいることになると思うけど、なんで?」
菊姉が怪訝そうな顔をする。
「──〝アタシたち〟は、結兄が手の届かない人にならない限り会えないや」
それ以外の言葉が見つからなかった。
*
ゆう吉と一緒に呼び出されたのは、百妖家の本宅だった。呼び出したのは仁さんらしくて、ゆう吉はすっごく不安そうな顔をしている。
「あっ、仁壱……!」
だからかゆう吉は迎えにきた仁壱さんに近づこうとしなかった。
「結希、明日菜、早く来な。父様は暇じゃないからね」
「いやわかってるけど……! なんで呼び出したのか理由だけでも……!」
「知らないよ」
「この役立たず!」
ゆう吉は千秋さんや雷雲さんのことはすっごく好きだと思うけれど、仁さんのことはどうしてあまり好きではないのだろう。
「うるさい!」
仁壱さんから怒鳴られてもゆう吉はまったく動じなかった。仁壱さんとは仲が良いらしい、百妖家は女ばかりの家だったからすぐに仲良くなれたのだろうか。
妖目は仁壱さんに首根っこを掴まれて引きずられていくゆう吉について行く。仁さんが百妖家の一員であるゆう吉に用があるのはなんとなくわかるけれど、妖目に用があるのはどうしてだろう。妖目は仁さんを恐れていないから不安ではないけれど、なんで、というのはゆう吉以上に思っていた。
「ここだよ」
本宅の中にある応接間に通される。ゆう吉が足を止めたのは既に仁さんがいるからで、妖目はゆう吉の背中を押す。ゆう吉と仁さんの間に壁があるように見えるのは会う機会がなかったからだろうか。妖目は話すことが得意じゃないから、背中を押すことだけはしてあげたかった。
「座ってくれ」
仁さんの声色はそれほど怖くない。嫌なことを言われるわけではないようだ。
「…………」
ゆう吉はそれがわかっていてもまだ緊張している。その緊張が妖目にも伝わってくるから、妖目はごくりと唾を飲み込んだ。
二人で仁さんの対面に置かれているソファに座ると仁さんはすぐに口を開く。
「──風の噂で聞いたんだが、君たちはつき合っているのかい?」
はっきりと公言したわけではないからか、仁さんは確証を得た言い方はしなかった。
「はい」
迷うことなくゆう吉が答える。まるで、「家族になって幸せだったか」と問われたあの時のあの人たちのようだ。
「そうか」
どうして仁さんがそのことを気にするのだろう。妖目はゆう吉と別れなければいけないのだろうか。
例えそれが《十八名家》全員の総意だとしても、妖目はゆう吉と別れたくない。この気持ちは他人に言われて尽きてしまうような気持ちではない、もう六年も──あと数週間で七年になるくらい長い間妖目の中にあった気持ちだから。
もしかしたら七年以上だったのかもしれない。ゆう吉が目を覚ましたあの日よりももっと前から妖目はゆう吉という人を人として好きだと思っていたから。もう二度と離したくないから思わずゆう吉の手を握る。そうしたら、握り返された。
「結希。君を勘当する」
芦屋家の人間として生まれて、間宮家の人間として育ち、百妖家の人間となったゆう吉の手がぴくりと動く。
「なっ……」
どうして。どうしてどこの家もゆう吉のことを受け入れてくれないのだろう。ゆう吉が心を休めることができる家はどこなのだろう、ゆう吉はこれからどこに行くのだろう。
「どうして、ですか」
震える声でゆう吉が問うた。仁さんの双眸が捉えたのは、ゆう吉じゃなくて妖目だった。
「あの時結城が言っただろう。百妖家は妖怪を寄せつけない体質を持った者同士を交わらせた家。俺たち百妖家の人間だって百妖家を守る宿命を背負っているんだ。だから、妖怪を寄せつける体質を持った妖目家の人間とは決して交わってはならない──それが我が家の掟なんだよ」
妖目の、せいだった。
「結希は百妖家の血を継いでいないから、明日菜と結ばれること自体は否定しない。ただね、その道を選ぶ君に与える姓はここにはない」
「っ」
「君が百妖家に縋る〝理由〟ももうないだろう」
百妖家にはもう、仁さんと仁さんの奥さん、そして仁壱さんとゆう吉しかいない。ゆう吉だけが百妖家の異物になっている。
「……そうですね」
ゆう吉は否定しなかった。
「今月中に君の戸籍を間宮に戻す。それでいいね」
ただ、その問いかけにはすぐに答えなかった。
「母さんに、『一緒に住もう』って言われてるんです」
妖目はそのことを知らない。ゆう吉はあまり朝日さんや雅臣さんの話をしないから。
「けど……断ろうと思ってて。だから俺、もう間宮を名乗れないです」
「だからといって芦屋を名乗る気もないだろう」
「……いえ、仁さんができるなら芦屋に戻します」
「えっ?」
声を出してしまったのは妖目だった。初めて会った時ゆう吉は芦屋を名乗っていて、妖目にとってはゆう吉が芦屋を名乗るのはそれほど不自然ではないけれど──ゆう吉にとってはそうではない。
「いいのかい? 結城、小倉、他の《十八名家》の姓だって名乗ろうと思えば名乗れるだろう」
「だとしても、他の姓を名乗るつもりはないです」
「……そうか。ただ、芦屋ならば自分で結城に言いに行ってくれ」
「はい」
ゆう吉は多分、軽い気持ちで芦屋家に戻ろうとはしていない。雅臣さんがしたことや真菊たちのことがあるとわかった上で芦屋家に戻ろうとしているのは──本当にこれ以上他の姓を名乗りたくないだけなのだろう。
一度きりの人生で二回も苗字を変えたゆう吉は、これからあと一度だけ苗字を変えるか変えないか選ばなければならない時が来る。ただ、ゆう吉が嫌だと思うならば妖目は変えてほしくない。
変えないまま傍にいることは、《十八名家》では決して珍しいことではないから。




