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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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十  『その意味を』

 陽縁ひよりの体調を見ながらだったのだろう。何度か階段を上り下りしている明日菜あすなが半分ほど上ったと感じたところで涼凪すずな輝久てるひさの姿が見える。両足が千切れるのではないかと思うほどに痛い、頭が割れるのではないかと思うほどに痛い、息が上がるがあと少し──陽縁への用が済んでもまだ何も終わらないから、明日菜はただひたすらに走った。


「ひよ、り……! さ……!」


 陽縁はわからないが、涼凪と輝久は明日菜と風丸かぜまるにすぐに気づく。明日菜は脇腹を押さえながら、無理に彼らを追い越そうとはせずに速度を落とした。


「これ……!」


 ずっと襟の中に入れていたそれを取り出して、拳を強く握り締めている陽縁へと近づける。陽縁の手を無理矢理開いてそれを握らせるつもりはない、それでも陽縁に受け取ってほしいから「陽縁さん……ッ!」と名前を呼ぶ。医者でもない、家族でもない明日菜にできることはこれくらいしかないからただ祈っていた。


「────」


 陽縁は閉じていた瞳を開け、声がする方向へと視線を向ける。明日菜と目が合ったその瞳に魂が宿っているのだと誤認するほどに陽縁は命を懸けて戦っており──明日菜は何故か流れてきた涙を拭う余裕もないまま陽縁の手にそれを握らせた。


「……あり、が……」


 小倉おぐら家に生まれ、風丸かざまる神社で巫女として働き、巫女を辞めてからもずっと土地神と共に在った彼女はそれを見なくてもそれが何かわかったらしい。

 明日菜は陽縁の手に握り締められた〝安産祈願〟のお守りごと陽縁の手を握り締めて、惜しむようにゆっくりと離した。


 ──後はきっと、〝二人〟が守ってくれる。


 大切な人だと心から思っている結希ゆうきのお守りと熾夏しいかのリボンを手離したくなかったが、今渡さなかったら陽縁の子供がどうなったとしても明日菜は絶対に後悔する。後悔するとわかっているならば、明日菜は絶対に後悔したくないから手離すことを選択する。

 持つべき者が持っていて初めて真後ろにいる土地神の風丸がどうにかすることができるならば、どうにかしてほしい。結希から預かった右耳の耳飾りがあるから、明日菜はまだ心折れることなく立っていられた。


「陽縁さん! 頑張れ!」


 その言葉を陽縁に捧げるのは、カゼノマルノミコトではなく風丸だ。風丸にとって小倉陽縁という女性がどれほど大切な存在であるのかを知っているから、カゼノマルノミコトは体を風丸に返したのだろうか。

 痛みで苦しみ続けている陽縁が風丸に言葉を返すことはなかったが、伝わっているとは信じていた。


「陽縁……!」


 輝久が叫ぶ。離れている明日菜は遅れて陽縁が意識を失ったことに気づき、陽縁に意識がないならばと速度を上げた涼凪にどんどんと引き離されていく。それは、言霊をかけられていない輝久もだった。


「足止めんなよ輝久さん!」


 明日菜に手を引かれてばかりだった風丸は明日菜を抜かし、輝久の腰に拳を入れる。


「まぁでも、どうしても無理だって言うから俺がおぶってやるからさ!」


 風丸は誰かを置いて行くような人間ではない。土地神だからなのか風丸自身の性格なのかはわからないが、風丸はいつだって全員で何かを成し遂げるその瞬間を大切にしていた。そんな風丸だったから、全員が風丸を心のどこかで頼りにしていた。風丸だけがいない世界なんて──受け入れたくない。


「まだ……っ、行けますよ!」


 同じく息を上げる輝久は上ばかりを見つめている。風丸はそんな輝久を見上げており、妖目おうま家の蔵の明かりに気づいて目を細めた。


「輝久さん……その、今まですんげー迷惑かけてて……ごめんな」


 これが最後になるわけがないのに風丸はそんな声色で輝久に謝る。風丸には、血が繋がっていなくても雷雲らいうんの子供としての仕事が山ほどあった。それから逃げてばかりだった風丸の代わりに仕事を片づけていたのが輝久だったのだ。明日菜はそんな二人のことも風丸神社で何度か見ている。


「風丸くんの、迷惑がなかったら……俺は、小倉家の人間として……認めてもらえ、ませんでしたよ……」


 雷雲とも陽縁とも血縁関係のない二人が仲良さそうにしているところを見たことは一度もなかった上に、二人が互いに対してどういう感情を抱いていたのかも知らなかったが──



「……ありがとう」



 ──明日菜の目に初めて、小倉家の本当の姿が見えた気がした。


 妖目家の蔵に辿り着いた輝久は、二週間前に土砂崩れで歪められたにも関わらずあっという間に修復された扉からすぐ傍の病院へと走っていく。涼凪は足を止めて明日菜と風丸を待っており、じっと誰かのことを見下ろしていた。


「えっ、叔母さん?!」


 涼凪の視線を追いかけた明日菜は、蔵の至るところに置いてある箱を開けている叔母の一玻ひとはに驚く。彼女は先代の《伝説の巫女》だ。そうと熾夏と明彦あきひこが戦っているその瞬間に明日菜を守るだけの女ではない。


「明日菜……?」


 一玻も驚いたように明日菜を見上げて思わず立ち上がろうとしたが、ふらついたのかすぐに腰を下ろしてしまった。


「大丈夫ですか?!」


 慌てて駆け寄って一玻を支える。一玻は一体いつからここにいたのだろう、蔵のほとんどの箱が開いているように見えた。


「……平気よ」


 一玻は明日菜を拒む。先代として、明日菜がここにいていい人間ではないとわかっているからだ。


「ごめんなさい、もうちょっと待っててくれる? 絶対にどこかにあるはずなの……」


「あるって何がですか? 〝私〟も探すから無理しないでください……!」


「私はここで無理をするの。でも、貴方はそうではないでしょう?」


「ッ」


 一玻がここで何を探しているのかはわからない。が、一玻の探し物を使って当代の《伝説の巫女》である明日菜が何かをしなければならないことはわかる。


「一玻、それは私も探すわ。どういったものなの?」


「勾玉です。それが、妖目家に伝わる家宝で……」


 明日菜は妖目家に伝わる家宝がどういったものなのかを知らない。それを教わる前にこんなことになってしまったのだろう。

 きっと、双や熾夏ならばすぐにわかる。だが、双の妹である一玻や熾夏の妹である明日菜にはそれを見つける術がない。《伝説の巫女》は妖目家の半妖はんようとは違う。


「……《伝説の巫女》が使っているものなんです。もう長い間使われていなかったから、どこにあるのかわからなくて……申し訳ございません。こんな大変な時に」


「いや、小倉家の蔵もごちゃごちゃしてるから大丈夫だって!」


 風丸は一玻を懸命に励ます。自分の家を擁護するつもりはないが、小倉家の蔵を知っている明日菜も妖目家の蔵が酷いことになっているとは思わなかった。

 ただ、小倉家と妖目家は違う。毎年毎年物が増えていく小倉家と、増えるものが何もない妖目家とは。


「『神の加護を受けた精霊よ、我に力を与えたまえ』──」


 優しい光が蔵の中の至るところに出現する。



「──『勾玉よ、我らの前に姿を現せ』」



 その光が、妖目家の家宝の場所を教えてくれる。


「明日菜」


 再び一玻から名前を呼ばれた。明日菜は、その意味を重く受け止めて瞳を閉じた。

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