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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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五  『神の使い』

「交渉なのか約束なのかは任せるよ」


 熾夏しいかは妖怪を殺すか妖怪の探し物を探すかならば探す方を選ぶらしい。結希ゆうき美歩みほと視線を交わし、再び妖怪を注視する。結希も美歩も探すつもりでいたが、あまりにも手掛かりと言えるようなものがなかった。


「ママ──」


 町外の妖怪と町内の妖怪は生まれ方が異なっている。だとしても同じ妖怪のママならば何かわかるのかもしれない、そう思った結希が感じた気配は微かな半妖はんようの気配だった。


「ッ!」


 結希だけではない。全員が南西へと視線を向けたのはその方角から半妖の気配を感じるからで、その方角から最初にやって来たのは樒御前しきみごぜんで、その方角から感じるということは──つまり。


「母様!」


 南西へと駆けたのはヒナギクだった。黒き一反木綿いったんもめんに運ばれているのは、樒御前を食い止める為に町外を出た旧頭首たち──彼女たちの母親だ。月夜つきよ幸茶羽ささはの母親は六年前の百鬼夜行で亡くなっているが、怪我人がいるのならば何もしない二人ではない。ヒナギクの次に駆け寄った二人は一反木綿の上で力なく横たわっている五人を次々と回復させて行く。

 最初に変化へんげを解いたのは、傷よりも疲労が目立つ乙梅おとめだった。月夜と幸茶羽は気絶してしまった乙梅も回復させ、「傷口は全部塞いだよ!」と娘である義姉たちに報告する。


「ありがとう、つきちゃん。ささちゃん……」


 月夜にそう返した依檻いおりは長い長い息を吐いた。

 結希とヒナギクは六人が樒御前を倒しに行ったことを知っているが、あの場にいなかった彼女たちはどこかですれ違ったのだろう。安堵しているのにヒナギクのように駆け寄ろうとしないのは、まだ彼女たちの間に壁があるからだろうか。


そうさん、貴方……戦ってたんですか……?」


 無言で起き上がった双に声をかけたのは、娘の熾夏ではなく旧友の朝日あさひだった。


「……当然です。世代交代をしても私が半妖であることに変わりはありませんから」


「で、でも! 半妖は歳を取ったら力がなくなってしまうのに……!」


「そうですね。全員、全盛期と比べると手も足も出ませんでしたよ」


「なのにどうしてそんなことを……!」


 間宮まみや家の人間の朝日と妖目おうま家の人間の双は幼い頃からつき合いがある。


『私が知ってるあの人たちは、全員〝家族への愛〟や〝母親の愛〟を知らないまま育ってた。異様に冷淡なのよ、誰に対しても。怖いくらい』


 朝日がそう言い切れたのは、幼い頃から双を間近で見てきたからだ。双のことならばなんでも知っているという自負があるからこそ、勝ち目がない戦いに挑んだ双のことが信じられなくて──《十八名家じゅうはちめいか》の半妖としての宿命から逃れる為に命を捨てに行ったのではないかと勘ぐってしまいそうになるから、今にも泣きそうな表情を見せている。

 雅臣まさおみが朝日を含めた多くの人間を救う為に樒御前の封印を解いてしまったから。そのせいで双が命を落としたら、朝日は雅臣のことを一生恨んだだろう。


『言っている意味がよくわかりませんね。半妖の力を持っているからこそ、人より死なない体を持っているからこそ、私は現頭首であり最前線で戦うのですよ』


 朝日と違い、結希は双が勝ち目のない戦いに挑む理由を知っていた。朝日は双と親交を深めることができても《十八名家》と親交を深めることができなかったのだ。


『……最期まで静かに暮らしたかったわ』


 燐火りんかがそう言ったから、結希は旧頭首たちが命を落とす覚悟で行ったことも知っている。朝日の考えていることが間違っていないと思っているから、旧頭首たちが生きて帰ってきたことに喜びつつも驚いていた。



「守るべきものがあるからです」



 双のその言葉が胸に刺さる。朝日もそうだったのだろう、言葉を返せていなかった。


「貴方だって、ずっと間宮家の名誉を守っていたでしょう」


「…………そんな立派なものじゃ」


「守るべきものがなんであれ、守るべきものを守っている者は皆立派です」


「…………っ」


 双は立ち上がり、「礼を言います。乙梅、月夜、幸茶羽」と声をかける。戦っていたのは燐火と瑠璃るり茉莉花まりか万緑ばんりょくのみで乙梅と双は四人の援護だったのだろう。起き上がってきたのは双だけだった。


「結希」


 初めて双から名前を呼ばれて体が強ばる。


「樒御前を倒したようですね」


 最後に会ったあの時、双は結希に妖怪との共存は諦めろと言った。結希は双に、樒御前に会ってから考えると言って言葉を濁した。


「はい。でも……」


「先ほどの言葉は撤回します」


 ……諦めたわけではない。そう言おうとした結希の言葉を遮って、双は自らの腕を組んだ。


「私の人生は、きっと、明彦あきひこに変えられました」


 結希の斜め前に立っていた熾夏が息を呑む。熾夏も双の言葉が信じられないようだった。


「熾夏。私たちは、明彦に生きて帰ってきてもらうと言われています。生きることを諦めないでほしい、一玻ひとは明日菜あすなの為にもと。私は最期まで楽しく生きてやると」


 明彦の言葉が双の心に響いたらしい。知らない仲ではない妖目家の話だからこそ、妖目家の女性は幸せになれない呪いがかけられていると知ったばかりだからこそ、本当の本当に良かったと──結希まで泣きそうになってしまった。

 死ぬ時も、生きる時も、ここにいる半妖や陰陽師おんみょうじたちと共にする。だが、明日菜と風丸かぜまるとは同じ時間を生きていても共に死ぬことができない。同じ世界で共に生きることもできない。そう思った自分を殴りたくなった。


 ──明日菜と風丸と共にいたい。それが本音だから自分の気持ちを無視したくなかった。


「腹が立ちますよね」


 それが双の本音だった。


「…………そうだねぇ」


 それが熾夏の本音だった。


「もしも普通の人間に生まれていたら、ふとした瞬間に死にたいと思うことも妖怪と戦っている最中に生きることを諦めたいと思うこともなかったのだろうか。って、貴方ぐらいの歳の頃の悩みを思い出してしまいました。妖目家の半妖に産まれてから今日までずっと、嫌な思いをしていたこともね」


 結希が知っている妖目双は、無意味な会話を異様に嫌う口数が少ない人間だ。自分が思ったこと、そして感じたことを話すことがほとんどない彼女の言葉がこんなにも溢れ出してくるのは腹が立っているからなのだろう。



「壊せるものなら壊してみなさい」



 半妖の宿命を。陰陽師の運命を。


「《十八名家》千年の歴史は、そんなに軽いものではないですよ」


 そんなことは嫌というほどにわかっている。明日菜と幼馴染みという関係を再び築いたあの日から、《十八名家》がどれほど大きくどれほど尊いものであるのかを何度も何度も思い知ってきたから。


「必ず壊します!」


 他でもない明日菜の母親である双に言われたから、何がなんでも成し遂げたいと思ってしまった。結希と美歩は妖怪と話をすることができる、手掛かりが完全にないと結論を出すのはまだ早い。そして、ママにもまだ──



「きゃあぁあぁああ?!」



 ──悲鳴を上げながら落ちてきたのは、狐の背に乗った心春こはるだった。よく見ると狐は御先狐おさきぎつねのポチで、何故かまた一回り大きくなっている気がする。


「心春?! ポチ子?! なんで……!」


 タマ太郎たろうから落ちてきたのはわかるが、何故落ちてきたのかはわからなかった。心春はすぐに背筋を伸ばして「あ、あの! ポチ子が……!」と口を開いた。


「ポチ子が町役場の中に入りたいって……!」


 初めて会った時と比べると、心春一人を乗せてもまったく潰れる様子を見せないほどに成長しているポチ子の双眸が結希を貫く。


『あの中に、妖怪の探し物があるはずなの』


 ママやタマ太郎と比べると、妙にはっきりとした言葉が聞こえてきた。


「え、ポチ子……? 喋った……?」


 ポチ子の言葉は脳に響くものではなく結希の耳に届くもので、この場にいる全員にポチ子の声が聞こえているらしい。


『〝カイヌシ〟ヲオモイダシタカ』


 ママだけが事情を知っているようだった。


『ママのおかげで思い出せたよ。ありがとう』


『デ? ダレナンダ?』


『わたしの飼い主は神様なの。神様がこの町に用があったんだけど、結界のせいで誰もこの町に入れなくて困っていたの。だからわたし、ママに拾われてと本当に良かった』


『ソウカ。ヨカッタナ』


 ポチ子とママの話について行くことができない。だがそれは結希だけではないようだった。


「結界のせいで町に入れなかった神の使いってことは、その神は土地神様じゃないってこと? 土地神様じゃない神がなんの用で陽陰町に?」


 食らいつくのは熾夏だ。同じ狐として感じるものがあるのだろう、天狐てんこの子孫とはいえ学がない亜紅里あぐりは考えることを放棄しているようだったが。


『そんなに不思議なことかしら? この町はこの国の中心にあるのよ?』


 その事実を深く考えたことは一度もなかった。


『だから千年前の妖怪もここに来たのよ』


 ポチ子は心春を乗せたまま結希と美歩の間まで歩いてくる。ポチ子が神の使いだからだろう、小人として力を借りる相手を新たに見つけた心春も真っ直ぐな双眸で町役場を見つめている。

 心春が戦えるということは、力を失いかけている涼凪すずなも戦えるということだった。

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