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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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四  『探し物』

 焦っているつもりはなかった。そう指示したわけでもそこにいると聞かされたわけでもなかったが、結希ゆうきと別れた半妖はんよう陰陽師おんみょうじ全員が町役場に向かっていると信じて疑おうとは思わなかった。

 ククリの案内で町役場に最も近い森から出てきた結希は、全員の気配が町役場近くに集中していることに気づいて安堵する。何よりも──明日菜あすなの実姉であり千里眼を持つ熾夏しいかが明日菜の危機を見逃すはずがないと思っていたから。妖怪が町役場に集っていると聞かされても明日菜や風丸かぜまるたちは無事だと信じていたから、必要以上に焦ることはないと自分に言い聞かせて呼吸を整えた。


『オソイ』


 事前にそこから出てくると思っていたかのようにやって来たのは、ママだった。


『ノレ。アグリガマッテル』


 腰を落としたママに乗れる人間は、多くても二人だろう。結希は辺りを見回して、「アタシは走ってくぞ!」と何故か力こぶを見せてきた椿つばきと「私も走ります!」と爪先立ちしたスザクに遠慮することなく朝日あさひと共にママに跨った。

 そんな結希の視界に入ったのはタマ太郎たろうで、中からは変わらず歌七星かなせ心春こはるの気配がする。そして、ポチもまだそこから出ていないようだった。


「ククリは……」


「ついて行きますよ。雅臣まさおみ様を人質に取られているんですからね」


「あら。人聞きの悪い」


「事実です!」


 ククリの役目は終わったと思っていたからついて来るとは思わなかった。だが、ククリの言うことは最もだろう。ククリは絶対に間宮まみや家の人間から離れることができない。離れたら、雅臣と会う手段を失うのだ。セイリュウが、主従とはいえ芦屋あしや家に監禁されていた朝日と今日まで会えなかったように。


『イクゾ』


 最初は遠慮していたのか結希に軽く触れるだけだった朝日は、かなりの速度で走り出したママから振り落とされないように全力で結希にしがみつく。耳元で叫ばれたがママを嫌がっているというわけではなく、その速度に慣れていないようで。セイリュウに抱えられたままそれなりの速度で去っていった朝日と同一人物かと一瞬だけ疑ってしまったが──朝日も人間なのだと何故だか不意にそう思った。


 ママが結希たちを連れてきた場所は、町役場に最も近い公共施設の図書館の屋上だった。そこに集っていた彼女たちと合流し、朝日の無事を喜ぶ彼女たちの横目に屋上の淵まで歩いていく。


「……ッ」


 五百メートルほど離れた場所にある町役場の結界に、夥しい数の妖怪が張りついていた。妖怪が集っているとはいえ図書館まで距離を詰めることができたのは結界の形がわかるほどに妖怪が町役場に接近しているからで、気配を確認しなくても四方八方を取り囲んでいることが容易に想像できる。彼らは絶え間なく、『ドコ』『ドコ』と言っていた。

 結希はしばらく彼らの言葉を聞いていたが、『ドコ』以外の発言はない。


「……何かを探してる?」


 そうだとしか思えないほどに、妖怪は町役場以外見向きもしなかった。きっと、ステラたちが相手にしていた妖怪も《カラス隊》や《コネコ隊》が相手にしていた妖怪もここにいるのだろう。彼ら一匹一匹の動きを注視する。


「だから、あの結界を壊していいか聞こうと思ってた」


 妖怪の声が聞こえる陰陽師は結希と雅臣だけではない。先にここに来て妖怪の言葉を通訳していたらしい美歩みほがそれを尋ねた相手は、結希だった。


「えっ」


 結希にその決定権はない。あるのは町長の千秋せんしゅうか──千秋から陰陽師の王の座と結城ゆうき家の頭首の座を継いだるいくらいだろう。そして、それを許可なくやって許されるのは紅葉くれはのみだ。


「一応まだ中に涙先輩と明日菜ちゃんと風丸クン……というか土地神様と涼凪すずなさんがいるんだけどね」


 近づいてきた熾夏が肝心なことを教えてくれる。


「なら駄目だ!」


「だよねぇ。あの四人は逃げてって言われても逃げるような人たちじゃないもんねぇ」


 だが、熾夏はまったく困った素振りを見せなかった。


「妖怪を中に入れて好き放題させて百鬼夜行が終わるなら結界を破ってもいいと思うんだけど、地下に通じる門が破られない保証なんてないからさ」


 つまり、町役場の結界は絶対に破らないから四人の心配をする必要はないと言いたいのか。


「破ったら私たち全員中に突っ込んで妖怪が地下に行かないように肉の壁になるしかないんだよ。それをもう察しちゃってるっぽいんだよねぇ」


「え?」


「涙先輩の連絡先は知ってるから、もう聞いた。そしたら『不許可です』だってさ。勘弁してよ、じゃあ殺すしかないじゃんねぇ? あの敵意の欠片も見当たらない妖怪たちをさ」


「…………」


 熾夏の目から見ても、町役場に群がる妖怪には敵意がないらしい。結希は美歩が自分に許可を求めた理由を知り、結界を破るにしろ戦うにしろ彼女たちが町と人を守る為に身を投げ出すつもりなのだと知り、希望を捨てたくないと──思う。


「美歩、妖怪は『ドコ』以外言ってないのか?」


「言ってない。だから、もしかしたら町役場じゃない場所に奴らの探し物があるのかもしれない」


「それを俺たちが見つけることができたら……」


「交渉できるかもね。共存しようって」


 自分一人で危険なことをしようとは思わなかった。半妖たちが肉の壁になるならば、結希も肉の壁になる。妖怪が何かを探しているなら、そしてそれで事態が少しでも好転するなら、結希は半妖たちにも探してもらうように頼む。


 一人で危険なことをしようとは思っていない。


 ただ、明日菜と風丸が無事でいてくれるならそれでいいのだ。

 結希は半妖たちと様々な死線をくぐり抜けてきた仲だ。死ぬ時も、生きる時も、ここまで来たら一緒だと思っている。だが、明日菜と風丸に対しては未だにそうは思っていない。明日菜と風丸には、笑っていてほしいのだ。



「交渉じゃなくて〝約束〟よ」



 振り返ると、降下する火影ほかげと火影に抱えられている紅葉と目が合う。


「それはくぅがしてあげるから」


 紅葉は、結界を破れとは言わなかった。

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