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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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三  『結ぶ希望』

 戻ってきたククリとスザクの戦いは、決着がつかなかったらしい。雅臣まさおみ結希ゆうきの実力自体は互角だったのだろう。勝敗をつけることができなくて不満そうなククリと落ち込んでいるスザクを先頭にして、椿つばきと共に森の中へと足を踏み入れる。すぐに目の前に現れたのは、日本家屋──新しい芦屋あしや家の式神しきがみの家だった。


「私はここまでしか案内しませんよ」


 ククリが腕を組んで足を止める。


「そんなことより、雅臣様は丁重に扱ってくださるんですよね?!」


「当たり前じゃないですか! セイリュウは乱暴なことをしませんよ!」


 ククリに反論したのはスザクだった。セイリュウは雅臣を間宮まみや家の式神の家に閉じ込めてから合流してくれるらしい。雅臣は結希に負けたが、雅臣の願いが打ち砕かれたわけでも変わったわけでもないのだ。そんな雅臣を自由にしておくわけにはいかない。雅臣が朝日あさひにしたこととまったく同じことをすることで、セイリュウは自らの戦いに決着をつけようとしているらしかった。それまでの間に、結希は朝日を芦屋家の式神の家から救出しなければならなかった。


「確かにあの方は暴力は振るいませんけど! 拷問ならなんの躊躇いもなくやるんですよ!」


「えぇー?! でっ、ですがそれも朝日様が望んでいるとは限らないでございますよ?!」


 セイリュウが雅臣を閉じ込める際に何かをするのかはわからないが、それ以上に朝日が今何を思っているのかもわからない。

 結希は玄関の扉を開け放ち、朝日の陰陽師おんみょうじの力を辿った。閉じ込めたと表現している時点で可能性はほとんどなかったが、居間や厨にその姿はない。のんびりとこの家で暮らしているわけではなさそうで、結希は少しだけ安堵した。


 もしも朝日がこの家の中を自由に動き回ることができていたら、朝日も陰陽師の全滅を望んでいるのだと思うから。違うと言われても嘘だと思うから、その可能性がほとんどなくなった今、結希は足早に歩いて朝日の力の前で立ち止まった。


 この家の玄関からここまでの間に数々の部屋の前を通り過ぎていったが、そのすべての部屋の扉は襖だった。だが、目の前にある部屋の扉は襖ではなく南京錠がつけられている木製の扉で。振り向いた結希は大人しくついて来たククリに無言で問いかけ、彼女が差し出してきた鍵を受け取った。


『結希君?』


 その声は、朝日の声だ。結希が朝日の力を辿ってここまで来れるように、朝日も結希の力を感じて声をかけている。


「……母さん」


 声をかけたが、早く開けなければならないという気にはならなかった。


『……良かった、無事だったのね』


 本当にそう思っているのだろうか。朝日の声は安堵しているのかいないのかを感じることが一切できないほどに疲れ切っている。


結兄ゆうにぃ


 鍵を握り締めている結希の右手をそっと両手で包み込んだのは、椿だ。この場所に辿り着いたら椿はさっさとこの扉を開けるだろうと思ったが、そうはしない。結希の意思で開けるその瞬間を待っている。


「…………」


 椿は後先考えずに突っ込んでいく人間のように見えるが、他人の顔色を伺う人間でもある。自分の誰かを助けたいという感情を押し殺して結希の気持ちを尊重しようとする子だから、結希は南京錠に鍵を挿してゆっくりと回し解錠した。


「開けるから」


 一声をかけて扉を押す。朝日は、部屋の奥で毛布に包まりながら横たわっていた。

 暖房が効いているのか、冷え切った廊下と比べると温かい。部屋の真ん中にはカップラーメンの空の容器やまだ中身が残っているペットボトルが置いてあり、起き上がって毛布を取った彼女の手足は自由だった。


 想像を絶するほどの酷い扱いを受けていたわけではないようだ。それでもこの部屋から出られなかったという事実が朝日にかなりのストレスを与えていたのか、朝日から気力を感じることができなかった。


「朝日様!」


 声が出ない結希の代わりにスザクが叫ぶ。前に出た彼女は朝日の傍らにしゃがみ込み、「ご無事でございますか?! お怪我はございますか?! 寒いでございますか?!」と一つ一つ確認を取った。


「……大丈夫よ、ありがとう」


 夢ではないと気づいてようやく安心することができたのだろうか。それとも過剰に心配するスザクを安心させようとしたのか、力なくとも朝日が微笑む。


「喉とか渇いてないか?」


 椿が置かれていたペットボトルを持ち上げたが、朝日はこれも「大丈夫よ」と断った。


「ククリと結希君がいるってことは……あの人、結希君に負けたのかしら」


 朝日のその双眸には雅臣を嘲る色がない。かと言って結希の勝利を喜んでいるわけでもないようだった。


「そうだよ」


 ククリは何があっても雅臣の敗北を認めない。肯定したのは結希で、ククリと同じく扉の前から一歩も動かないまま朝日にかける言葉を探した。



「今ここで母さんと戦っても勝つ自信がある」



 そして、不意に思ったことを口に出した。そして自己嫌悪に陥った。意識したわけではなかったからこそたちが悪い。結希は今、無意識に朝日を傷つける言葉を吐いてしまったのだ。

 だが、スザクも椿も結希を止めなかった。二人とも結希が本気で朝日を倒したいと思っているわけではないとわかっているからだ。


「…………そうね」


 朝日は否定しない。朝日は雅臣のように結希を止めたいと思っているわけでもないようだった。


「陰陽師が全員死んだわけでもないみたいだし」


樒御前しきみごぜんは俺とみんなで倒したけど、百鬼夜行が起きてるから無事かどうかはわからないよ」


「貴方たち、本当に強くなったわね」


「結兄のおかげだよ」


 朝日は椿を育ててはいないが、椿の強さは知っていたようだ。朝日は結希だけではなく椿にも視線を向けてそう告げる。



「だから、朝日さんのおかげ!」



 いつもの調子でそう答えた椿は、朝日にピースサインを向けて今まで以上に輝く笑顔を見せた。


「え……」


「朝日さんだろ? 結兄を百妖家ウチに預けたの。だからありがとう、朝日さん!」


 朝日はぽかんと口を開けたまま黙ってしまったが、その双眸には微かに光が戻り始めている。朝日は椿の強さを知ろうと思って京子きょうこ辺りに聞いたようだが、椿の性格は知らなかったようだった。

 椿は強烈な光だ。結希にとっても。そして、朝日にとっても。


「……結希君、あのね」


 俯いた朝日の声は涙声だった。


「私、今でも、誰のことも許してないの」


 そんな朝日を見たかったわけではなかった。


「雅臣のことも、結希君のことも、陰陽師のことも……お父さんのことも」


 雅臣はどうかは知らないが、結希は許してほしいとは思っていない。だが、朝日が父親を──結希にとっては祖父に当たる男を許せないと思っているとは思わなかった。


「私も、結希君に許されてない……結希君に、母親らしいこと……できてない……」


 その自覚があるとも思わなかった。


「……だから、お相子だって、思ってたけど…………でもね、ずっと考えてたの」


 頭を抱えたまま顔を上げた朝日の双眸が結希を貫く。涙で濡れているが、その双眸には光が戻っていた。



「妖怪と共に生きる世界って、どんな世界なんだろうって」



 朝日の口からその言葉が出てくるとは思っていなくて息を呑む。


「今日は夕日が綺麗だなぁ、とか。あっちの方が涼しくて気持ちいい、とか……そんなことを妖怪と話しながら生きる世界は、雅臣と結希君にとってすっごく生きやすい世界なのかな、って。椿ちゃんたちにとっても、幸せになれる世界なのかな、って」


 そう言われて気がついた。朝日の周りには、朝日が望む世界が最も生きやすい世界だと思う者が朝羽あさは以外にいないのだと。


「それで、思い出したの。貴方の名前……私は、貴方の存在が私に〝勇気〟を与えてくれるって信じてたから、〝勇気〟って名づけたかったのに……雅臣が、この子は希望を結ぶんだって……だから〝結希〟がいいって」


 目頭が急に熱くなった理由はなんなのだろう。

 この名前にどんな意味があるのか。名前の由来を聞かれた時に一度だけ考えたことがあったが、聞いても答えてくれないと思っていた。聞かれても答えようとしなかったのは、雅臣や朝日ではなく結希の方だったのかもしれない。


「……ねぇ、結希君。貴方は、結んでくれるの?」


 無意識に触れたのは、鈴歌れいかが腕に巻きつけてきた小型の一反木綿いったんもめんだ。


『ユウはもしかしたら、人と妖怪を繋ぐ凄い人なのかもね』


 ──思い出したのは、離島での和夏わかなの言葉だ。



「人と、妖怪を」



 何をどうすればいいのか、その答えはまだ見つかっていない。だが、諦めたわけでもない。



「そうしたいって思ってるから、父さんを倒してきた」



 一反木綿から手を離して、結希の話を聞こうとしている朝日へと歩を進める。そして、朝日の目の前──スザクの隣に腰を下ろして、朝日の双眸をかなり久しぶりに思えるほどにきちんと見つめ返した。


「母さんが言ったんだろ? 『道を進む人がいて、その道が間違っていると思ったのなら、死んでもその人を止めなさい。その人のことが大切なら尚更よ』って」


「えぇ……」


 声も出さずに泣いた朝日の傍にずっとい続けることはできない。朝日を助けることがこの戦いの終わりではないのだ。


「……結希君、私も行くわ」


 立ち上がった朝日は、最後に会った時よりも窶れているというわけではないようだった。万全の状態ではないだろうが、朝日にはセイリュウがついている。


「本気か?」


「もう、息子が戦っているのに何もしない母親でいたくないのよ。雅臣は?」


「セイリュウが間宮家の式神の家に閉じ込めてる。……父さんは、百鬼夜行を止めたくないって」


「そう。雅臣がいたらもっと色んな場所の妖怪の声も聞けたのにね」


「なら解放してください! 雅臣様がお可哀想です!」


「母さんをここに閉じ込めてたんだから可哀想なわけないだろ」


「それならそれで一生そこにいればいいわよ。この戦いが終わったら確実に殺されるでしょうしね」


「終わってもいないのに終わった時の話をしないでください!」


 朝日が来てくれるとは思わなかった。驚きつつも、ようやく親子になれたような気がして結希は朝日の隣を歩く。


「結希君、スマホ持ってる?」


「持ってるけど……」


「じゃあ姉さんにかけて。私の無事を知らせるのと状況の把握をしないと」


「わかった」


 確かに、それを同時にするには朝羽以外の適任な陰陽師がいない。電話をかけると、朝羽はすぐに出て──朝日に変わると、心から嬉しそうに笑う朝日を見ることができた。


「……そう、わかった。結希君にも伝えとくわ」


 だが、私情を挟む二人ではない。無事であることがわかった瞬間に互いの情報を出し合って電話を切る。


「なんて?」


「六年前と同じよ。妖怪が町役場に集っているって。陰陽師を町役場に集めていたらしくて、全員を地下都市経由で陽陰おういん学園に集めたらしいんだけど、それでも町役場から離れないって」


「樒御前が陰陽師を狙ってたから、町役場に向かわせる為に千秋せんしゅうさんが陰陽師をそこに集めてたけど……」


「妖怪が町役場に集う理由は陰陽師じゃない、ってことよね。町民の避難も済んでいるらしいし、操られているわけじゃないなら一体何が狙いなんだか」


 ククリに視線を移すが、ククリも妖怪の狙いは知らないようだった。だから──



「だから、貴方が頼りよ」



 ──妖怪の狙いに気づける可能性が最も高い陰陽師や式神は、結希のみだった。

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