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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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二  『血と縁』

 結希ゆうき雅臣まさおみ、スザクとククリが戦い始めてからどれほどの時間が経っただろう。雅臣との戦いは、加勢があると信じて戦っていた春や夏の頃の戦いとは大きく異なっていた。

 《半妖切安光はんようきりやすみつ》が使用されている戦いで半妖はんようからの加勢を望む気にも、陰陽師おんみょうじとはいえすべての能力がどこにでもいる人間と変わらない芦屋あしや義兄弟たちからの加勢を望む気にもならない。


 実父であり、百鬼夜行を肯定している雅臣には──自分一人の力で勝たなければならなかった。


 今までの戦いと同じようにこの戦いも一瞬の油断が命取りになる。だが、使用しているのは術ではなく刀一つだ。術ならば慣れていることもあって集中力と体力が切れることは滅多にないが、この戦いはそうはならない。


 限界があるのだ。結希にも、雅臣にも。


「……っ、馳せ参じたまえ、カグラ!」


 カグラを呼び出したのは、カグラの主である真菊まぎくだった。真菊が攻撃に転じるらしい、真菊だけは今もどちらの味方でいてくれているのか定かではなくて──一瞬だけ集中が乱れる。


「いるぞ」


 カグラの声は、聞いていると落ち着いてしまう部類の低音だった。今回は敢えてそういう風に言っているのかもしれない。結希の緊張も雅臣の緊張も緩んでいく。


 式神しきがみは陰陽師の写し鏡だ。真菊の式神であるカグラは今、何故落ち着いているのか──



「町の様子を見てきて!」



 ──その答えは、真菊がカグラを誰かを傷つける為に呼び出したわけではないところにあった。


「ババァッ?!」


「どういう……」


 驚くのははる紫苑しおんだが、真菊の中では筋が通っているらしい。


「私はここにいるから、私の代わりに早く行って」


 そんな真菊の真っ直ぐな視線を、結希も雅臣も感じ取っていた。


「承知した」


 カグラの気配が消える。その間だけ、結希も雅臣も攻撃の回数を僅かにだが減らしていた。


「父さん! 結希!」


 その声色は、真菊が生半可な気持ちで声をかけたわけではないことを物語っている。


「私はどっちの味方もしないから!」


 その言葉に一番衝撃を受けたのは、芦屋義兄弟たちだった。


「本気なの姉さん!」


「なんでだよバカ!」


 声を上げる春と紫苑は真菊の両側に立っている。真菊の真意を問い質すように彼女のことを見上げている美歩みほも、悲しそうな表情のまま何一つとして言えないでいる多翼たいきも、出す声もないまま泣いているモモも、真菊に噛みつくことはしない。春と紫苑がなんの躊躇いもなく真菊に対してそう言えるのは、百妖ひゃくおう家をずっと守ってきた者が長女の麻露ましろ、次女の依檻いおり、四女の歌七星かなせだったように、芦屋家を守り支えここまで引っ張ってきたのが長女の真菊、長男の春、次男の紫苑だったからだ。……その足並みが、どれほど揃っていなくても。


「血の繋がりも、縁も、切っても切れないの。私は父さんと結希の繋がりを切りたかったけれど、切れなかったし……もう切りたいとも思わない。朝日あさひさんのことは知らないけれど、父さんが結希の親だったことがこの六年で一度もない原因は私たちにも多少はあるから……もう遅いかもしれないけれど、せめて、今だけは邪魔をしたくない。見守りたいの。償いにはなっていないし、選ぶことから逃げたと言われても反論できないけどね」


 結希は、真菊たちに原因がないとは嘘でも言うことができなかった。彼らが暮らしていた芦屋家に結希に関係する物がないことは正月の時に確認している。結希の話をしたことは一度もないらしい。結希の存在を悟らせないようにもしていたと紫苑の口から聞かされていたが、真菊たち六人が悪いとは思っていなかった。

 春と紫苑は何も言わないまま結希と雅臣へと視線を戻す。美歩は暇そうにしている義彦よしひこにカグラの後を追わせ、声を出せる状態ではなさそうだった多翼とモモもカグツチとエンマに同じことを命じる。呼ばれていないはずなのに現れた気配はツクモとタマモのもので、じっと、全体の状況が見える木の上から見守っていてくれるのを肌で感じた。


「────ッ!」


 刀と刀がぶつかり合う度に火花が散る。音は綺麗な音とは言い難い、不格好な汚い音が響き続ける。結希と雅臣の戦いは長い間鍔迫り合いの接戦だったが、先に限界が来たのは結希の予想通り雅臣だった。

 それほど長い時間ではなかったとはいえ、式神の家で刀を振るい続けてきたのは結希だ。妖怪を救おうとしている雅臣が妖怪退治をしているわけがない。そんな雅臣が刀を手に取る理由がない。使用する刀だけを見ても、最初から雅臣に勝ち目などなかったのだ。


 雅臣は《半妖切安光》を持っているだけで精一杯のように見える。真剣は木刀とは違って軽くはない。壮年とはいえ長い間隠居していた雅臣には厳しい戦いだっただろう。

 結希はその一瞬の隙を突き、《半妖切安光》の峰に《鬼切国成おにきりくになり》を全力で当てた。そしてこれも予想通り、《半妖切安光》を持ち続けることができなかった雅臣の掌から《半妖切安光》が飛んでいく。


 刀の急所だった峰を攻撃したが、雅臣が手放してしまった《半妖切安光》は折れることがないままあらぬ方向へと飛んでいった。それを無言で追いかけていったのがツクモとタマモで、《半妖切安光》が誰かを傷つけることも紛失することもないと確信を得た結希はほっと息を吐く。

 ツクモとタマモ、そして椿つばきとセイリュウがいる時点で大丈夫だと判断していたが大事には至らなくて済んだらしい。


「大きくなりましたね、結希様」


 そう告げたのは、刀を持った結希が最初に戦った相手であり師匠とも言えるセイリュウだった。大きくなった、という言葉は結希が強くなったという意味ではなく赤ん坊の頃と比べると大きく成長したという意味に聞こえるが、セイリュウは間違いなく産まれたばかりの頃の結希を知っていた。


 《半妖切安光》を手放してしまった雅臣は戦意喪失しているわけではなさそうだったが、芦屋義兄弟たちが見ている手前再び攻撃することができないでいるらしい。

 セイリュウはそんな雅臣へと歩を進め、自分との戦いはまだだとでも言うように自らの刀である太刀を構えた。


「私は、主の為ならば貴方を殺しても構わないんですよ」


 本当は自分が雅臣と戦いたかっただろうに、芦屋義兄弟と同じようにずっと見守ってくれていたセイリュウが毒を吐く。


「朝日様の居場所は、主を亡くしたばかりの拷問にも似た痛みに苦しむククリから吐き出させればいいんですからね」


 間宮まみや家の式神の中でオウリュウの次に長く生きているセイリュウは、主を亡くした式神を数え切れないほど見てきたのだろう。そして、自分自身もその痛みに数え切れないほど苦しんだのだろう。たいしたことではないと考えている──その麻痺した感覚を他でもない雅臣のみに見せたことが、セイリュウが朝日の写し鏡であることを強く強く物語っていた。


「……それで構わないよ」


 雅臣もそう感じたのだろう。顎を引き、負けを認める。


「言われなくてもそうするだろうけど、セイリュウ──朝日のことを、どうかその命を懸けて守ってくれ」


 雅臣に関することでこれ以上感情が揺さぶられることはないと思っていたが、心からそう頼んでいるように見える雅臣に胸が締めつけられる。


 結局、セイリュウが言っていたことが正しかったのだ。


 朝日も、そして雅臣も、今でも互いのことを深く深く愛している。その愛が自分に向けられた記憶はまったくないが、それだけは真実であることに安堵する自分がいた。


「やるわけないでしょう貴方馬鹿ですか」


 セイリュウは盛大に溜息を吐き、納刀する。それだけは見守れないと駆け寄ってきた芦屋義兄弟たちは安堵するように足を止めた。


「朝日様は貴方の死を望んでいません。残念でしたか?」


「……そういうわけではないけれど」


「結希様も、彼の死を望んでいるわけではないでしょう」


「…………」


 否定する言葉は吐けなかったが、無言のまま顎を引いた。

 雅臣のことは許せない。ただ、老陰陽師たちに対してもそう思ったように自分の手を汚してまで死んでほしいとも──百鬼夜行でうっかり死んでほしいとも本気で思うことはできなかった。


 それは、生きていてほしいと思う人たちが大勢いるからなのだろうか。


 老陰陽師たちが亡くなれば、その孫である若い陰陽師たちが悲しむのだろう。雅臣が亡くなれば、朝日や芦屋義兄弟たちが悲しむことは目に見えている。


「もう一度尋ねます。朝日様はどこにいますか」


 セイリュウの双眸は、雅臣のことを恨んでいるような双眸ではなかった。きっと、今もどこかで生きている朝日も雅臣のことを恨んでいない。


「ククリが作った、新しい芦屋家の式神の家だよ」


 吐き出した雅臣は、ゆっくりと結希に視線を移す。


「百鬼夜行が起きている最中に助けに行くのか行かないのかは結希の自由だ。俺は、樒御前しきみごぜんを使って陰陽師を殺そうと思っていたから朝日をそこに閉じ込めたんだけど、ククリの案内があれば俺じゃなくても行けるからね」


「自分で行けよ」


「俺は行けない」


「なんで」


 なんとなく、雅臣が言おうとしていることは聞かなくてもわかっていた。


「会ってしまったら、俺はきっと朝日を傷つけてしまうだろうから」


 朝日と雅臣は、同じことを考えている。傷つけたいわけじゃなかったとしても、会ってしまったらそうなるということは二人がよくわかっているらしい。


「行こう! 結兄ゆうにぃ!」


 声をかけてくれたのは、同じくずっと見守っていてくれた椿だ。彼女がそう言ってくれなかったら、結希も朝日を助けに行こうとはしなかっただろう。


 会ってしまったら傷つける。それは、朝日と雅臣に対して結希が思っていることと同じでもあったから。

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