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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十五章 希望の結盟
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一  『世界を敵に回しても』

 百鬼夜行を止める。誰かを犠牲にすることなく。妖怪を殺してしまうこともなく。


 雅臣まさおみは、それを止めたくて結希ゆうきに攻撃を仕掛けたらしい。説得で止まるわけがないと思われているのは、結希が雅臣と朝日あさひの実子だからだろうか。


 一瞬にして雅臣との距離を詰めたセイリュウは、間に入ったククリと刀を交わらせる。二人の力は互角のようだったが、スザクや義彦よしひこ、そして芦屋あしや義兄弟たち全員の式神しきがみが加わればククリに勝ち目はないだろう。雅臣とククリは今、四方八方を敵に囲まれていた。

 跳躍したセイリュウはククリから距離を取り、流れる水のように華麗にスザクと位置を変える。ククリとスザク──髪の色や着ている服は違えど瓜二つの容姿を持つ二人は睨み合いながらも相対し、セイリュウは雅臣へと自らの刀の切っ先を向けた。


「吐け──朝日様はどこだ」


 雅臣を睨みつけるセイリュウは、普段の澄んだ声よりも一段と低い声を出している。


『朝日様が話さないと思うので、これを機に余談をさせてください。朝日様と貴方様の父親である芦屋様は、互いを深く愛しておりました。結果的には離婚してしまいましたが、それもあの方々の愛の形なのだと思います』


 そう言った口で、自らの主が深く愛した人へと刃を向けている。


「…………」


 雅臣は、セイリュウを見つめたまましばらくの間黙っていた。

 何かを待っているわけではなさそうだ。単純に、セイリュウに告げるべきかどうか迷っているように見える。


 迷いがあるのなら、覚悟がないのなら──



「何してんだよ馬鹿野郎ッ!」



 ──最初から、何もかもやらなければ良かったのに。


 ありったけの怒りを込めて雅臣を怒鳴る。雅臣の一連の行いのせいで傷ついた人たちは大勢いるのだ。その人たちのことを思うとますます許せなくなってしまう。


「俺は百鬼夜行を絶対に止める! 母さんを助けることができなくても!」


 瞬間、雅臣の双眸が見開かれた。


「止めないでくれッ!」


 それは、懇願するような叫びではない。命令をするような声色で、親の言うことを聞かない子供を怒鳴るかのような勢いだった。


「止める必要はないんだよ! 百鬼夜行で陰陽師おんみょうじを殺せば、みんなが幸せになれるから! 朝日も! 妖怪も! 半妖はんようの子たちも! 君たちも! わかるだろう?! 陰陽師が死ねば朝日も結希も蔑まれなくなるし! 半妖の子たちが戦う理由もなくなるんだよ! 彼女たちの千年を縛った〝約束〟の相手がいなくなるんだから!」


 雅臣の返事は、結希にとってあまりにも魅力的な内容だった。

 あと数年でほぼ全員が寿命で亡くなるとはいえ、あと何年と断言することができない長い時間──あの罵声に耐えなければならないのだと思うと吐き気がする。


 樒御前しきみごぜんを封印できるほどの魂ではないと思って、仮に封印できそうだとしてもその決断はできないとも思っていて。勝ち目のない戦いに、終わりのない戦いに挑み続けている彼女たち半妖の誰にも傷ついてほしくなくて。

 それが、百鬼夜行を止めないだけで叶うならば──あまりにも魅力的すぎて縋りたくなる。


 だが、結希には誰よりも先に出逢ってしまった二人がいるのだ。


 離れられないことが出逢った時からの運命だったとしても、何度も何度も邪険に扱う自分を見捨てないでいてくれた土地神の風丸かぜまるを見捨てることも。

 記憶を失ってから初めて目が覚めた時に、結希のことを想って泣きじゃくっていた《伝説の巫女》であり予言の巫女でもある明日菜あすなを見捨てることも。


 できないからこそその提案は完全なる魅力的な提案ではない。百鬼夜行が起きているだけで傷ついてしまう二人を結希は──自分の命を懸けても守りたいと思っているから。この土地で眠っている義姉妹たちやその家族たちの大切な人たちの還る場所を、何がなんでも守りたいと思っているから。そもそも、義姉妹たちは〝約束〟があってもなくても絶対にこの戦いから逃げない頑固な人たちだと結希だけが知っているから。


 結希は絶対に百鬼夜行を止めることを諦めない。


 記憶の中では六年も前からで、本当は六年以上も前から妖怪退治に関わっている結希は、《十八名家じゅうはちめいか》の本家の跡取りである風丸と明日菜を自分の運命に巻き込みたくなかった。

 ただ、風丸と明日菜は結希と違ってこの世界に生まれた時から妖怪を避けては通れない宿命を背負っていた。


 例え間宮まみや家と芦屋家の子供だったとしても、陰陽師の家に生まれてこれて本当に良かったと思っている。二人のことを命懸けて守れる力がある血を継いでいるから。命を懸けて守る理由を持っているから。



「──妖怪は誰かを殺す為の〝道具〟じゃないッ!」



 風丸と明日菜に出逢っていなければ、結希は完全に雅臣側の人間だっただろう。風丸と明日菜に出逢っていなければここまで義姉妹たちを想うことも──隣で息を呑んだ椿つばき紅椿あかつばきの呪縛から解き放たれることもなかっただろう。こうして出逢って今日まで共に生きてきたからこそ怒りで叫ぶ。


 タマ太郎たろうも、ママも、ポチも、あんこも、紅椿も、樒御前も。そして天狐てんこでさえも結希にとっては〝道具〟ではない。


 妖怪にも自我がある。だからこそ半分妖怪という中途半端なこの世界に存在している。


 妖怪を使って陰陽師を殺そうと思い、そうやって妖怪を幸せにしようとしている雅臣には妖怪を救うことができないだろう。雅臣が進む先にある未来は地獄だと、見ていなくても断言することができるから。だから結希も譲れない。


「…………」


 雅臣は驚いたように目を丸くしたが、《半妖切安光はんようきりやすみつ》を紫苑しおんに返すことはしなかった。


「ならば……倒すよ」


 《半妖切安光》構えられる。


「ごめんね、結希。この世界に産んでしまって」


 悲しそうなその声が、雅臣と結希の縁を切る。


「俺を産んだのはお前じゃなくて母さんだ!」


 その朝日の願いでさえも結希は叶えてあげることができない。叶えるつもりも、言うことを聞くつもりももうなかった。



『最後の最後、間宮の名前が途絶える前に──また、この世界を救ってね』



 その願いでさえも聞く気がない。結希は命を懸けて風丸と明日菜のことは守るが、世界を救う為に命を懸けるつもりはない。


 世界が救われなくていいと思っている。結希が望む世界がこの世界の幸福でなくても。人間と妖怪が共に生きているのならば、大切だと思う人たちが笑ってくれているのならば、どんな世界でも構わない。

 陰陽師からだけではなく、世界中から憎まれてしまったとしても。



 ──世界を敵に回しても。



 雅臣は何故か、今にも泣きそうな表情をしていた。

 泣きたいのは雅臣ではない。親に命を否定されている結希が一番泣きたいと思っている。


「そうだね……ごめん。俺と朝日が親であったことも謝るよ」


「あんたらが俺の親だったことがこの六年で一度でもあったかよ!」


 気を抜いたら本当に泣いてしまいそうだった。


 椿の母親である槐樹えんじゅは、紅椿の生まれ変わりである椿に何かがあったら身内で方をつける為に、虎丸とらまるに椿の殺害を頼んでいる。

 椿の父親である京馬きょうまは、《十八名家》の血が入っていない──百鬼夜行が起きてもその身を呈して誰かのことを守らなくてもいい立場にいるのに、最前線に出てきて妻の遺言と息子の決断と娘の魂の行く末を見届けようとしていた。


 なんの確執も呪いもない普通の親子は山のようにいるだろうが、結希の目にはそんな親子でさえも羨ましく思えた。二人の娘である椿は雅臣と結希という親子を悲しそうな目で見つめていたが、先ほどのように何かを言うことはなかった。

 芦屋義兄弟たちは、動き出した結希をどう援護すればいいのか迷っているようだった。だが、ここまで来たら雅臣と結希、どちらの味方をされても何も思わない。


 雅臣の願いは既に始まっているが、結希の願いを貫き通す為には──かなり、何もかもが遅すぎるのだ。

 百鬼夜行を止めずに陰陽師の全滅を望んでいる雅臣の願いや、すべての妖怪の全滅を望んでいる朝日の願いの方がずっとずっと現実的なのはわかっている。わかっているのに、子供のように駄々を捏ねてしまうのだ。


 ──大切な人の手を、離したくないから。


 雅臣が休む間もなく結希に攻撃を仕掛けてくるからこそ、全員いつまで経っても迂闊に手を出すことができないでいた。

 雅臣が使用している《半妖切安光》は恐ろしい刀だったが、陽陰おういん町一の妖刀と言っても過言ではない《紅椿》を《鬼切国成おにきりくになり》は折っている。


 今の結希にとって、勝てない理由を見つけることの方が難しかった。──勝った後のことは、まだ考えていなかった。

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