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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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八  『生徒会の上下関係』

 依檻いおりから生徒会役員を発表され、その後の授業を結希ゆうきはまともに受けることができなかった。

 陽陰おういん町の重要機関を牛耳る《十八名家じゅうはちめいか》しか選ばれないはずの生徒会に、誰とも血が繋がらない自分が選ばれたこと。それが結希にとっては本当に重荷だったのだ。


 そもそもの始まりは四月上旬。

 朝日あさひが養母として育て上げた百妖ひゃくおう家の中に、血の繋がった息子を居候させたところまで遡る。


 居候をさせた理由は、結界が張ってある町の外で次々と妖怪が現れたから。そして、その原因を突き止める為に陰陽師おんみょうじである彼女は町の外へと出て行ってしまった。


 実母と養母が同じという意味で考えると、結希たちは本当の家族かもしれない。

 それでも結希は、自分が家族──百妖家に対して未だに壁を作っているという自覚があった。


「百妖結希」


 不意に名前を呼ばれた。

 放課後になっても自分の席から動かなかった結希は、不審に思って顔を上げる。視線の先には、ずっと目の前に座っていた──白院はくいんえぬ・ヒナギクがいた。


「貴様、まさかとは思うが生徒会室に顔を出さない気か?」


 カツ、とヒナギクは威圧するようにブーツの踵を鳴らした。シャープな眉がつり上がっているように見えるのは、気のせいではなかったようだ。


「できればこのまま帰りたいよ」


 その瞬間、結希は親しくもなく身分の高いヒナギクにある程度の距離を作った。


「私の目の届くところで家に帰ってみろ。貴様を容赦なく握り潰すぞ」


 フランス人形のようなヒナギクの持つコバルトブルーの瞳は真剣で、出てきた言葉は棘を含んでいる。

 彼女は、生徒会という組織に対して誰よりも真摯に向き合っていた。


「白院さんならできそうだね」


「当然だ。風丸かぜまる阿狐亜紅里あぎつねあぐり、貴様らも同様だぞ」


 ヒナギクが結希に気をとられている隙に逃げようとしていた風丸は、教室から一歩廊下に足を踏み出した途端に固まった。それは何故か窓枠に足をかけていた亜紅里も同じで、風丸とは違い悪意のない表情でまばたきを繰り返す。


「……おい、風丸」


「っち、違う! 誤解するなよ結希! 俺ももちろん生徒会室に行こうとしてた!」


「あーっ、思い出した思い出した! あたし何話してるか全然わかんなかったから、ちょー忘れてた!」


 両手を大きく振って否定する風丸には結希が、こつんと自分の頭に手を当てて舌を出す亜紅里にはヒナギクが白けた視線を送る。


「ならいい。行くぞ」


 ヒナギクの監視の下、結希たちは問答無用で生徒会室へと連行された。





 高校二年生の教室から数分かけて例の部屋の前に辿り着く。広大な敷地を誇る陽陰おういん学園の片隅に、結希ゆうきたちが目指していた生徒会室はあった。

 ヒナギクが扉を開けるとそこには既に明日菜あすな八千代やちよが揃っており、ソファに座って四人のことを待っていた。


「そこの四人、遅い」


 腕を組んでいた明日菜は瑠璃色の瞳で結希以外の三人を睨む。


「まぁまぁ。ホームルームが長引いたのかもしれないし」


 隣に座っていた八千代は軽く眉を下げ、扉の前に立つ四人を庇った。


 《十八名家じゅうはちめいか》で資産家の一族である芽童神かいどうしん家の本家筋──芽童神八千代に初めて会った結希は、八千代が履いている緋色のズボンを視界に入れて目を疑う。

 名前も声も柔らかそうなたんぽぽ色のボブヘアも。すべてが女性そのもので愛らしい。なのに、着ている服はそうではなかった。


 所謂男の娘と呼ばれる部類の存在である八千代は、明日菜から四人に視線を移してにこっと微笑む。八千代は無愛想なヒナギクや明日菜、豪快な亜紅里あぐりよりも本当に女性らしかった。


「いいや、明日菜の言う通りだ。遅れてすまなかった」


 意外とあっさり謝罪したヒナギクは、教室よりも少し大きな部屋の奥にあるホワイトボードの前まで歩く。残りの五人はホワイトボードとヒナギクを取り囲むようにして集まり、仁王立ちをするヒナギクの様子を伺った。


「時間が惜しい。早速だが役職を指名する」


「へぇー、これも指名なんだ」


 亜紅里が素朴な疑問を口にした瞬間、ヒナギクは亜紅里を指差してはっきりとした口調でこう告げる。


阿狐あぎつね亜紅里。貴様は庶務だ」


「おぉー! らじゃあー!」


 亜紅里と同じようにこの制度を初めて知った結希は、亜紅里の受け入れの早さに驚きつつも少しだけ羨んだ。そんな柔軟さが自分にもあれば、こんな面倒な悩みを抱えずに済んだかもしれないのだから。

 役職さえも白院はくいん家が指名する理由を教えてもらえないまま、彼女は次々と指を差す。


「明日菜は会計、八千代は書記、風丸かぜまるは雑用」


「ちょっと待てヒナ! 最後のはどう考えてもおかしいだろ!」


 風丸が突っ込まなければ流してしまうほど、ヒナギクはなんの違和感もなくそう告げた。

 風丸を一瞥したヒナギクは表情を変えないまま首を傾げ、残酷なことを言い渡す。


「貴様の使い道がその程度しかなかったからな」


「嘘だ! 俺はこの中の誰よりも人気者だし……」


「黙れ。それ以上言うと容赦なく握り潰す」


「なんで?!」


 今日ほど風丸のコミュニケーション能力が使えなかった日はないだろう。結希はぼんやりとそう思いながら、内心で親友を励ましてみる。

 昨日の明日菜や今朝の亜紅里に引き続き、ヒナギクの前でも風丸は膝を折って泣きじゃくった。


「ぐっちぃー! しっかりしろー!」


 そんな光景に慣れていない亜紅里は、しゃがんで風丸の背中を思い切り叩く。

 ぐっちーは風丸の名字、小倉おぐらから取ったのだろう。風丸は表情を弾けさせて顔を上げ、嬉しそうに亜紅里の手を取った。


「あっちゃん……!」


「安心して! ぐっちーはあたしの次に人気者だから!」


「俺の人気は転校生以下か!」


「あったりまえでしょー」


 ニヒッと笑う亜紅里に見下ろされた風丸は、泣くことを止めて床に寝そべる。そんな風丸を見たのは初めてだった。


「……女性陣強いな」


「結希君は知らないかもしれないけれど、ほとんどの《十八名家》は女系なんだよ。だから昔から風丸君とヒナちゃんはこんな感じなんだ」


 珍しく結希が思ったことを口にすると、八千代がにこやかな笑顔で相槌を打った。


「へぇ。……あぁ、確かに百妖うちも女系だわ」


「あはは。百妖ひゃくおうさん家は本当にそうだよね。男の子一人で大変じゃない?」


「大変大変。かなり気ぃ遣うし」


「やっぱりそうだよね。うちの次期頭首は僕なんだけど、他の家はほとんどが女性だから肩身が狭いんだよ〜」


 苦笑して頬を掻く八千代を視界に入れ、結希は一瞬だけ固まる。今の今まで話したことのなかった同い年の少年と、生まれて初めて素で話せたような気がしたのだ。


 こんな感覚は初めてで、口を開こうとした瞬間にヒナギクは風丸から結希の方へと視線を移す。見ると結希を指差しており、コバルトブルーの双眸は結希をまっすぐに見つめていた。


「百妖結希、貴様が副会長だ。そして生徒会長は当然私、白院・えぬ・ヒナギクが務める。以上が今期生徒会役員の役職だ。質問は受けつけな……」


「ちょっと待って白院さん! 今のはどう考えてもおかし」


「質問も、当然異論も受けつけない」


 ヒナギクは風丸の時とは違い、射抜くような瞳で結希の反論を突っぱねた。


「ゆうきち、諦めた方がいい。ヒナギクには何を言っても全部無駄だから」


 さりげなく結希の隣に立っていた明日菜は、不満げな表情で腕を組む。全員から放置された風丸はよろよろと立ち上がり、八千代は困ったように眉を下げ、亜紅里は理由もなくニヒッと笑っていた。


「よくわかっているな、明日菜。百妖結希、そして阿狐亜紅里。貴様らも私の下で働く以上、それだけは理解しておけ」


「らじゃあー! っていうかヒーちゅわぁん、あたしのことはフルネームじゃなくてあっちゃんって呼んでよー」


 結希が返事をする前に、亜紅里がヒナギクにすり寄ったことでヒナギクの注意が亜紅里に逸れる。


「離れろ」


「やだねー」


「ふざけるな」


「おふざけ担当なのがあっちゃんだもーん。それは無理ぃー」


 話は終わったとでも言うように、明日菜はさっきまで座っていたソファへと戻ってしまった。なんとなくで終わってしまった会話を続けようにも続けられないと判断した結希は、明日菜の隣に腰をかける。

 すると、明日菜が口を開いた。


「生徒会、ゆう吉はやっていけそう?」


 それを受け、結希は静かに室内を見回す。


 命令口調で高飛車な態度を取り続け、どことなく麻露ましろに似ている──ヒナギク。


 異常なほどに明るい、五月という微妙な時期にやって来た転校生──亜紅里。


 中学の頃からつき合いがある、自分とは正反対な性格で自他共に認める人気者──風丸。


 きっとこれからの生徒会で唯一の癒し担当となる──八千代。


 陰陽師おんみょうじでない普段の自分を理解してくれている幼馴染み──明日菜。


 生まれた時から《十八名家》という巨大な責任を背負っている五人と、たった六年しか記憶がない自分。その両者を比べる必要はどこにもない。天と地ほどの差が存在することは子供でもわかることなのだから。

 その差を埋めることはどうやったってできなくて、全身が情けない悲鳴を上げる。これ以上、風丸や明日菜との違いを認めたくない。劣等感にこの身を支配されたくない。少しでも対等でいたいのに、結希には何もない。


 ただ、百妖十三姉妹が──彼女たち半妖はんようが陰陽師としての結希を認め、家族として受け入れてくれるのなら。生徒会役員と自分を結んでくれる糸になってくれるなら、情けない姿を見せたくないと思うのも真実だった。

 だから、この世界のどこかには自分たちを結ぶ何かがあるのだと思えた。


「……無理とは言わないけど、やれる自信もないな」


 それでも、今はまだ胸を張れない。自分はまだ何もやっていないのだから。


「なら大丈夫。自信なんて後からいくらでもついてくる」


 明日菜は結希の想いも知らずに手を取って、ぎこちなく微笑んだ。


妖目おうまは、信じてるから」


 ぎこちなくても、滅多に笑わない明日菜のそれは美しく。


「あす……」


 瞬間、生徒会室の扉がノックもなしに開かれた。


「全員、揃っとるかのぅ?」


 視線を寄せると、青髪の男性が扉の目の前に立っていた。男性は今期生徒会役員の中で頭一つ分背が高い結希よりも身長があり、黒縁眼鏡とスーツがよく似合っている。


「あぁ。既に役職は伝えてある」


「なるほどのぅ、我輩が遅れてしまったのじゃな。それは申し訳ないことをしたのじゃ」


 若い見た目の割りには朱亜しゅあと同じような口調をし、男性は役員を見回してあることに気がついた。


「……っと。初めて顔を合わせる者もおるのじゃな。我輩は首御千青葉しゅうおんぜんあおばじゃ。担当教科は古典で、今年度からは生徒会顧問も務めておる。よろしく頼むぞい」


 にこやかに笑う首御千家の彼もまた、《十八名家》の一つだった。


 主に教員を輩出しており、教育委員会を運営している首御千家が他の十七家と違うのは、学業を司る白院家に雇われているという点だろうか。


「やはり貴様が顧問だったか」


「そうじゃ。久しぶりじゃのぅ、ヒナギク」


 その両家の跡取りは、生徒と先生ではない関係のオーラを放っていた。それはどこか、自分と依檻との関係に似ている。

 思えば、学園内で問題を起こした依檻の尻拭いをしているのがいつもこの青葉だった。


「青葉、例の物は」


「廊下にあるぞい。全員、取りに来てくれるかのぅ?」


 青葉に言われて廊下に出てみると、それぞれの名前が書かれた箱が並べてある。中身は見えない。危険なものではなさそうだが。


「何これ! あっ、そんなに重くない!」


「貴様らの新しい制服だ。代金はすべて白院が持つ」


「新しい制服なんてあるの?! この学園一体何者?!」


「何者でもない。ただの学舎だ」


 亜紅里とヒナギクの会話は、結希たちにとって新鮮だった。

 今の今まで一体どこで何をしていたのだろう。《十八名家》であるはずなのに、亜紅里は結希以上に無知だった。


「あっちゃんの反応見てるとさ、この学園の異常さっつーのを思い知らされるよなー」


「異常じゃない。これが妖目たちの普通」


「僕たちにとってはね。でも、この学園と違う制度の学校がほとんどを占めているのは確かなんだよ」


「この学園はそれを売りにしているからな」


「売りっつっても、なんでここだけ特別なんだよ」


「そんなの俺に聞くなよ」


 風丸の疑問に、結希はただそう返した。

 知ってるけれど俺には絶対に聞かないでくれ、そういう意味を密かに込めた。


 地域交流や避難場所と言えば、町役場だけでなく様々な学校も含まれている。そのおかげで町役場と学校代表のこの学園には結界が張られることになり、緊急時の避難場所にも指定された。

 だが、結希はその特別になっている理由を風丸には言わなかった。


 荷物を持った六人は、青葉の指示で男女別々の空き教室へと向かう。空き教室も想像以上に広いもので、落ち着かなかった結希は素早く着替えた。


「おぉ〜!」


 今朝はあれほど嫌そうな表情をしていた風丸だったが、制服を見回して満足そうに笑っている。

 デザインは普通の生徒となんら変わりはなかったが、緋色の部分が群青色になったこと。ネクタイに白いラインが入ったこと。群青色の腕章と黒いベストが追加されたことにより、だいぶイメージが変わっていた。


「俺、ちょー似合ってんじゃん!」


 金髪に、愛果あいかの碧眼とは少し異なる深海色の瞳をした風丸は、確かに緋色よりも群青色の方が似合っていた。


「似合ってる似合ってる」


「お〜ま〜え〜。さっきは俺のピンチを知らん顔で見てた上に適当だな!」


「あれはピンチでもなんでもないだろ」


「くぅ〜! そうやって女子の前ではいい子ぶりやがってぇ!」


「ぶってない。明日菜と風丸の前だけ自然体でいられるんだよ」


 自然と出てきた台詞に自分で驚く。

 風丸の手前スザクの名前を出すのは避けたが、これは昨日、歌七星かなせが自分に向けた言葉に酷似していた。


「お、おぅ……なんだよ。急に言われると照れるじゃん」


(歌七星さんも俺と同じで、自然体でいられる人が限られているってことか……?)


 実の家族に対しても敬語で話す歌七星の姿を、結希は時々疑問に思っていた。それが、ただ単に礼儀正しいのではなく、結希と同じように自然体でいられないだけなのだとしたら。


「って無視かよ!」


 百妖歌七星という人間が見え始めてきた刹那、風丸の叫びで結希は現実に引き戻された。


「悪い。考えごとしてた」


「……何を考えてたんだよ。って、あれ? そういえば八千代、お前着替え終わったのか?」


 結希も教室の隅に視線を移すと、八千代が腕章をつけるのに手間取っていた。


「う、う〜……ん。これ難しいよぉ。二人ともどうやってつけたの?」


 八千代は今にも零れそうな涙を目に溜めて、うんうんと一生懸命奮闘している。


「……可愛い」


「風丸、ちょっと待て。八千代は男だ」


「でも可愛いだろ八千代は! ヒナや明日菜やあっちゃんにも負けてねぇって!」


「確かに八千代はそうだと……じゃなくて、阿狐さんはともかく二人はどちらかと言うと美人だろ」


「ほぅ。着替えが遅いと思ったら、貴様らはそんなくだらない会話をしていたのか」


 気配もない声に心臓を握り潰されながら振り返ると、そこにいたのはこめかみに血管を浮かび上がらせたヒナギクだった。


 男子同様女子の制服も大きなデザイン変更はなく、変更点もほとんど同じである。唯一変わったのは緋色のリボンが白いラインの入った群青色のネクタイになったことで、ヒナギクは仁王立ちと相まって普通の女子高生にはない迫力を放っていた。


「ごっ、ごめんヒナ! 謝るから握り潰すのだけは勘弁してください!」


「白院さん、俺からもごめん」


「ごめんねヒナちゃん」


 それぞれの謝罪を黙って聞いていたヒナギクは、一拍置いて首を僅かに横に振った。


「百妖結希と八千代の謝罪は不要だ」


「俺は?!」


「貴様には早速雑用をやってもらうか」


「早速過ぎるだろヒナ!」


「着替え終わったのなら生徒会室に戻れ。五秒以内にな」


 開けっぱなしの扉からヒナギクが出ていく。しばらく呆然としていた結希は八千代の腕章づけを手伝うが、何かに気づいた風丸がぼそりと──


「……なんであいつ、男子が着替えてる部屋に堂々と入ってきたんだ?」


 ──そう呟いたことを結希は聞き逃さなかった。

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