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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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十八 『同じ傷』

 笑えるほどの余裕が結希ゆうきにはない。それでも、二週間前を想うと亜紅里あぐりがこんな風に笑ってくれることも隣にいてくれることも奇跡に近く──いつか今年を笑い話にできそうな気もしていた。

 遠い未来で椿つばきが隣にいてくれることが奇跡だと言えるように、笑えるように、今を戦う。だから結希は口角を上げた。


「もう椿が死ぬほどボコボコにしてるけどな」


 それは、自嘲に近い笑みだ。そう突っ込んでしまうほどに結希も亜紅里も何もしていない。樒御前しきみごぜんを追い詰めているのは麻露ましろを始めとした依檻いおり真璃絵まりえ歌七星かなせの年長組と椿で。体を逸らし、樒御前の心臓が依檻とヒナギクによって撃たれたことを確認する。


 これでもまだ倒れないのだから、鬼の体は頑丈でしぶとい。結希は《鬼切国成おにきりくになり》を持ち直して千里せんりに下ろすように頼み、樒御前の肩の上を全力で駆けた。

 嫌でも視界に入る樒御前は自らの左肩に乗る椿へと右手を伸ばしており、椿が朱亜しゅあ、亜紅里、千里、スザクを巻き添えにしないように一蹴りで飛び退いた気配を感じる。既に張ってある結界の上を駆ける椿が距離を取ろうとした相手は樒御前ではなく、半妖はんようたちと式神しきがみたちだった。


 半妖たちも式神たちも椿の想いを汲んで椿から敢えて距離を取る。彼女たちが椿を守る為に間に入らなかったのは、この短時間で見せつけられた椿の実力を信じたからだ。そして、結希が振り返らなかったのは、彼女たちの強さを信じていたからだった。

 剥き出しのままの首に突っ込んでいく生身の自分の方が危険だという理解もしていた。両手を《鬼切国成》によって塞がれている結希は襲われても結界を張ることができない。


 ──左手が結希を狙っていると理解していても、結希は《鬼切国成》を手放さなかった。


 樒御前が、《鬼切国成》で樒御前の首に傷をつけるまで見向きもされなかった結希を狙っている。

 それに気づかない者はこの場にはいない。誰よりも早く駆けつけてきたのは猫又の和夏わかなで、大胆でありつつも靱やかな走りで間に入った彼女は樒御前の左手を鉤爪で弾く。


 椿は樒御前の手が届く範囲を飛び回っていたが、椿に対する執着よりも死に対する恐怖を覚えたのか右手まで結希へと伸びていた。

 和夏よりも数秒遅れて間に入ったのは熾夏しいかと朱亜の三つ子の二人だ。半妖の素の力だけではなく日本刀でも戦えように幼い頃から訓練していた二人は、樒御前の右手首を半分ほどの深さまで斬る。が、着地のことを考えていなかったらしく勢いのままに結界の上を滑って止まった。


『…………してる。だって、シュアはうちの主戦力じゃない。元々はボクと同じ、特殊型で援護に特化した妖怪。日本刀はただの付け焼き刃だから』


 かつて朱亜にそう言ったのはもう一人の三つ子の鈴歌れいかだ。当時の鈴歌は朱亜だけを差していたが、それだけを考慮するならばそれは熾夏にも当て嵌っている。だが、鈴歌が朱亜だけにそう言ったのはあの時傍にいたのが朱亜だけだったからという理由ではない。熾夏が主戦力でなくても充分に活躍できる力を持っていながら、主戦力に加わる為だけに朱亜と同じく力をつけていたからだ。


『…………だから、ユウキ。ボクたちは姉だから、キミを守る努力はする。けれど、あまり期待しないでほしい。本当ならシイカがいないと役に立たないゴミだけれど、キミを守る盾にならなれるから』


 まだ覚醒していなかった鈴歌は自分を必要以上に卑下しており、三つ子の中で熾夏だけが優秀であるような言い方をしていた。熾夏は半妖として力をつけただけではなく、引きこもらずに猛勉強をして町を飛び出し、医者になるという夢を叶えたのだ。鈴歌がそう言った気持ちもわかるが、結希は今この瞬間も三人それぞれがそれぞれの分野で秀でた人たちだと思っていた。

 一人にとってはできないことでも、残りの二人の内のどちらかはできる。産まれた日がまったく違うただの同い年の義姉妹たちだが、三人は誰の目から見ても本当の三つ子のようだった。本当の三つ子のようだったから誰も三人に血の繋がりがないことに気づかなかったのだ。


「…………シイカ! シュア!」


 右手の指先は動いていない。だが、右手はまだ動いている。

 飛んできたのは鈴歌が生み出した小型の一反木綿いったんもめんだった。樒御前の指先に絡まり、二人に逃げる隙を与える為に手首が反る方向へと思い切り曲げる。


「おわっ」


 逃げるつもりがなかった朱亜を肩で担いで熾夏が飛んだ。樒御前の骨が折れる音がする、右手はもう動かないだろう。

 鈴歌、熾夏、朱亜、和夏が食い止めてくれたおかげで樒御前の首が目の前に迫る。止まらずに流れている血は赤く、樒御前の青い着物を紫に染める。


「────ッ」


 結希は再び《鬼切国成》を振り翳した。紅椿あかつばきのこともうめのことも斬ったそれを、樒御前の剥き出しの首に全力で当てる。

 大木を一撃で切ることができないように、その首も一撃では斬れなかった。二回目で斬れるはずもない。結希はただの人間だ。そんな結希について来ていた亜紅里が結希の手の上から柄を握って加勢するが、亜紅里の力を以ってしても斬り落とすことはできない。


「──ハッ!」


 別方向からはヒナギクの薙刀と和夏の鉤爪が首を捉えていた。熾夏と朱亜も駆けつけるが、四人同時に弾かれる。


「斬れるのは《鬼切国成》だけかよ……!」


 震える声で亜紅里が愚痴を零した。怯えているわけではない、本気で斬り落とそうとしているからこそ力が入り、どれほど力を込めても斬れないからこそ体が小刻みに震えるのだ。気を抜けば結希も亜紅里も樒御前に弾かれる。半妖の四人のようにすぐに弾かれない理由が《鬼切国成》で、《鬼切国成》に希望を見ている亜紅里は結希に密着する。


「結希ッ! 亜紅里ッ!」


 心から二人を心配する麻露の声が聞こえてきた。依檻も、真璃絵も、歌七星も、大きな技を放って樒御前を追い詰めることはできるが刀を扱うことはできない。遠くから見守ることしかできず、歯痒い思いをしながらも耐える。


「…………お願い!」


 瞬間に鈴歌が放ったのは、あの小型の一反木綿だ。複数生み出された一反木綿の内の一匹は《鬼切国成》を握る結希と亜紅里の手を結ぶ。


「首が弱点なのは間違いないよ!」


「じゃが、これで本当に斬れるのか?!」


「この大きさだから骨はさすがに斬れないけど、関節なら絶対斬れる! この角度のまま進めばね!」


「わかった! 結希、亜紅里! 行くぞ!」


 結希と亜紅里に覆い被さったのは熾夏と朱亜だ。鈴歌も二人も樒御前を追い詰めることはできないが、いつも共に戦ってくれる。


「うおっ?! 熾夏! 左手が来るぞい?!」


「わかちゃんやっちゃってぇ!」


 手伝おうと駆けていた和夏は、すぐに方向転換をして左手と向き合う。あれの相手をすることができるのは、現状──そしてこれからも和夏と椿だけ。


「ちょっとしぃねぇ! わかねぇだけだと不安だって思わないの?!」


 聞こえてきた声は、しばらく聞くことはないと思っていた声だった。


「あっ……?!」


 声が漏れる。あの和夏に追いついて共に左手を防いだのは、残って妖怪と戦う決意をした愛果あいかだった。


「思わないよ! あいちゃんだけの方が不安!」


「むっかつく! この中でいっちばん目に覚醒したのはウチなんだけど!」


 和夏と共に結界の上に着地した愛果は、元気そうだ。


愛姉あいねぇ! なんで!」


 全員疑問に思いつつそんなことを聞いている場合ではないと口を噤んでいたが、椿が尋ねる。


「鬼が弱った気配がしたからさ! 今ならウチの力でも戦えるし!」


「いやいやナメすぎでしょぉ……!」


 亜紅里が苦戦しているのだ。愛果も朱亜と同じく楽観的だと思うが、共に戦ってくれるならば愛果以上に心強い援軍もなかった。


「そっか! じゃあ左手は任せた! 結兄ゆうにぃ! あぐねぇ! しい姉朱亜姉!」


 左手を和夏と愛果が防いでくれるならば、椿は攻撃に回ることができる。駆けつけてきた椿を一瞥した熾夏と朱亜は結希と亜紅里から離れ、椿に場所を譲った。


「後ろから押すよ!」


「頼むぞ、三人とも!」


 椿も《鬼切国成》の柄を握り締める。小型の一反木綿も《鬼切国成》と椿を結び、《鬼切国成》が一気に刺さる。


「あともう一押し……!」


 熾夏はそれがわかっていた。


「うわっ!」


 その願いが叶ったかのように、再び《鬼切国成》が深く刺さる。視線を巡らせると、心春こはるに手を添えているヒナギクがいた。


「──っ」


 ヒナギクは、心春の枯れてしまった力を引き出そうとしているらしい。歌七星を支えている心春の目は本気だった。

 月夜つきよ幸茶羽ささはは固唾を呑んで自分たちの義兄姉を見守っている。すべてが終わった後で活躍する彼女たち双子を悲しませない為にも結希はここでは絶対に引けない。


「もう少しぃ……!」


 まだ、何かが足りなかった。結希は亜紅里へと視線を移し、亜紅里に余裕がないことを確認して椿へと視線を移す。

 椿は、真っ直ぐな瞳で樒御前の首元を見ていた。絶対に諦めない、絶対に負けない──その心にはまだ余裕がある。


「つば、き……」


 椿と視線が絡み合う。


「結兄……」


 椿は不思議そうにしていたが、熾夏と朱亜も全力を出している時点で一番不思議なのは椿だ。まだ全力を出せていないとも言える椿はまた樒御前の首元を見つめ、踏ん張る亜紅里と熾夏と朱亜に気づき、息を止める。

 椿が覚醒していなかったら、自分たちは樒御前をここまで追い詰めることができなかっただろう。できたとしても追い詰めていたのは紅椿で、紅椿ではなく覚醒前の椿だったとしてもかなり時間が経っていたはずで。


「……任せて」


 椿がはっきりとした声色でそう告げた。瞬間、しゅるりと一反木綿が椿の両手から離れていく。


 椿が取り出したのは《紅椿》で。《鬼切国成》がつけた傷の上から、《紅椿》でまったく同じ傷をつける。


「────」


 同じ場所だからか《紅椿》は弾かれなかった。それどころか《鬼切国成》と共に深く深く樒御前の首を斬る。


「結希様!」


 飛び下りてきたスザク、セイリュウ、ビャッコ、ゲンブ、オウリュウ、千里は、椿を真似て同じ場所に傷をつけた。

 首を一周しなければ斬り落とすことはできない。結希は椿と共に結界を張って足場を作り、樒御前の正面へと回って一気に傷をつける。式神たちは背後へと回って傷をつけ、一周する頃には──頭と体と繋げているのは首の中央のみだった。


 全員樒御前からすぐに離れて様子を見る。樒御前が叫ぶことはなかったが、椿と結希を睨んでいた。

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