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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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十七 『反撃開始』

 椿つばきから視線を逸らさない樒御前しきみごぜんが一歩を踏み出す。瞬間に麻露ましろが足元を凍らせ、巨体の足止めを成功させた。


「弱ってきてる!」


 熾夏しいかが言うのだから間違いはない。両腕を斬り落とされて片足を地面に固定された満身創痍の樒御前を、すかさず出された餓者髑髏の両腕が貫いていく。

 元々、依檻いおりとヒナギクが力を合わせて胸元に大きな穴を開けた体だ。ぼろぼろと簡単に崩れ落ちていく肉片は一つではない。あと一つ衝撃が加われば樒御前の体は真っ二つにちぎれてしまうと思うほどに、樒御前の上半身はぐらぐらと不安定に動いていた。


 それを見逃さない椿ではない。結界を踏み台にしなくても高く飛べる彼女は双刀を納刀しており、その足一つで樒御前の上半身を蹴り落とした。


「おぉ!」


 朱亜しゅあが興奮気味に叫ぶ。半妖はんようたちが封印から解かれた樒御前を視界に入れた時も。結希ゆうき陽陰おういん町に辿り着いた樒御前を視界に入れた時も。こんな未来が脳裏を過ぎることはなかった。

 死が目の前に迫ってきているとわかっていながらも立ち向かった樒御前に攻撃が効くのは、ヒナギクと椿が立て続けに覚醒したからだろうか。落ちていく樒御前の上半身を片時も目を離さずに見ていた結希は、それが消滅しないことを確認して速度を上げた。


「まだだ!」


 楽観的になっていたのは朱亜だけのようだったが、声を張り上げる。


結兄ゆうにぃに会う前から夢を見てた。理由はわからないけどアタシには首しかなくて、たくさんの人を噛み殺してる夢だった』


 それが椿の、忘れることができない紅き記憶だ。鬼は体が首だけになったとしても動くことができる、どこまで斬っても安心することはできない恐ろしい妖怪だ。

 結希の声に押されて半信半疑だった和夏わかな亜紅里あぐりが樒御前の上半身を追いかけていく。椿はかなり強く蹴ったらしく、百妖ひゃくおう家がある方向へと落ちていった。


「うっわぁ」


 熾夏が眉間に皺を寄せる。


「墓地に当たってる」


「…………近所の?」


「近所の」


「全員、北半分も壊れる覚悟をしておけ。終わった後のことは考えるなよ」


 ヒナギクの言葉で全員の表情が強ばった。陽陰町の南半分にある建物はほとんど壊れている。南と北のちょうど真ん中に位置する場所に建っている百妖家の近所の墓地ということは、これからは北半分が戦場になるということだ。

 残された樒御前の下半身は麻露が固定したおかげで町に被害を出していない。南半分から北半分に戦場が変わるということは、今まで背にして戦っていた町役場が中間地点になるということで。結希は未だに戦闘に加わることができない自分の鈍足を呪う。


「…………ユウキ!」


 視線を上げると、全員が鈴歌れいか一反木綿いったんもめんの上に乗っていた。結希が乗り移りやすいように低空飛行させた鈴歌に感謝して飛び移り、誰よりも先を行く椿の為に何ができるのだろうと思う。

 彼女に手伝ってほしいとは言った。だが、半妖でもあり陰陽師おんみょうじでもある椿は最早一人でなんでもできる。樒御前に九字くじを切れない今、椿が結希を求める理由がない。


 誰よりも遅く覚醒したのに、全員の実力を飛び越えて行ってしまった椿の背中が相変わらず遠かった。


「動いているな」


 ヒナギクが短く溜息を吐く。


「足も腕もないのに、なんで……」


 結希にも、荒ぶる森が見えていた。木々が薙ぎ倒されているのは先行した椿、和夏、亜紅里が暴れているからではない。三人は絶対に百妖家の傍にあるあの墓地では暴れないという確信があった。


「妖怪には姿がない」


 耳を疑う。


「人間に名で縛られて初めて、己の姿を持つんだ。本来は触れることも叶わない。姿を捉えることも叶わなかった妖怪は──姿を変えることができる」


 結希の双眸が捉えた樒御前は、今までの半分──二十メートルほどの身長しかなかった。

 今までの感覚だったらそれでも充分に高い。だが、百メートルを知っている結希は樒御前を恐れない。


「鈴歌さん樒御前の真上まで!」


「…………ユウキが行くの?」


 鈴歌は最初からそのつもりのようだったが、結希を下ろすつもりはないようだった。


「行きます!」


 《鬼切国成おにきりくになり》に触れ、半妖と式神しきがみ全員を見回す。


 何ができるのだろう。そう思うことと行かないことは同義ではない。戦っている最中でも答えを出すことはできる。


「行きましょう! 結希様!」


 拳を振り上げたスザクだけが結希の心を汲んでいた。

 全員、結希にスザクがつくならばと思っているのかスザクが名乗ってからの反論がない。出逢ってから一年が経とうとしているが未だに心配させているのだろうか、そう思いつつも無言でスザクと共に飛び下りる。


 椿、和夏、亜紅里は、各々の武器を手に手足が復活した樒御前の心臓を狙っていた。


 全員、樒御前の足元ほどの大きさしかない。心臓に双刀を、鉤爪を、銃弾を届かせるには高さが足りない。だが、椿だけでなく和夏と亜紅里も力では負けていなかった。

 瘴気は明日菜あすなるいのおかげでほとんど見ることができなくなっている。歌七星かなせがした〝何か〟が効いているおかげでもあるだろう。この一年で千里せんりを除いた半妖全員が覚醒している。多分、その力のおかげでもあり──


『……わかった、信じる。間宮宗隆まみやそうりゅうは覚醒について他に何か言ってたのか?』


『……言ってない。まだ何もわかってないから。けど、陰陽師の力に当てられた妖怪が死んでいくのは確か』


 ──樒御前に取り込まれていた雅臣まさおみのおかげでもある気がした。


『……その死に方は正しくない。だからもっと、呪われちゃう』


 結希の目の前に立っている樒御前から陰陽師の気配を感じ取ることはできなかった。その代わり、結界を駆使して樒御前の頭部まで飛び続ける椿から陰陽師の気配がする。

 樒御前は、飛び回る椿を掴もうとしていた。先ほどよりも体格差がない分掴みやすくなっているらしく、椿の足を樒御前の指が掠る。


「スザク! 俺を上へ!」


「承知致しました!」


 スザクは、椿を真似して上へ上へと張り続けた結希の結界を踏み台にして結希を椿と同じ世界まで連れていった。空は相変わらずの灰色だが、消えない薄明光線が夜明けが近いことを物語っている。だが、先ほどまで嫌というほど感じていた樒御前の視線を感じることができなかった。

 樒御前が結希のことを見ていないのではない。どこを見ているのかがわからないほどに樒御前の瞳に輝きがなく、焦点も合っていないように見えたのだ。


「来い! 樒御前!」


 結希が樒御前の腕が届く範囲の中に入っても、樒御前が執拗に狙っているのは椿だった。椿のことさえ見ていないのに、精度はやはり上がっている。椿は器用に避けているが、避けることに力を注ぎ過ぎて攻撃に転じることができなかった。


「椿ッ!」


 冷気が結希の頬を掠る。的確に樒御前の右手を凍らせた麻露の援護だ。左腕は真璃絵まりえの餓者髑髏の腕が掴んでおり、ヒナギクに支えられた依檻が再び樒御前を狙い始める。


「さっきからずっと幻術出してるんだけど視えてないみたい! 視力を犠牲にしてるのかも! その分早く体を治したんだと思う!」


 熾夏にしては曖昧な言い方だったが、熾夏が持つ能力は幻術と千里眼だ。樒御前の状態を正確に把握することができるのはサトリのいぬいだけだろう。


「見えてても見えてなくても変わんねぇよ!」


 椿と結希の結界を利用して上ってきた亜紅里は拳銃を持っていても構えはしない。狙ったところで意味がないほどに、樒御前にとってはちっぽけな銃弾だからだ。


「妖力だろうね〜」


 同じようにして上ってきた和夏がのんびりとした声でそう言うが、多分、全員が同じ答えに辿り着いていた。

 嗅覚で判断しているならばなんとか誤魔化すことができるが、妖力となるとどうすることもできない。猫又ねこまたの妖力と鬼の妖力と天狐てんこの妖力を入れ替えることは例え陰陽師や研究者であってもできないのだ。


「小細工はしない!」


 椿は双刀を構えたまま樒御前に飛びかかる。


「アタシだけは絶対に、樒御前の全部を受け止めるって決めてんだ!」


 椿は自分の意思を曲げなかった。それは、鬼寺桜きじおう家特有の誰かの為の正義感だ。椿は樒御前の為に、自分の意思を曲げずに戦っている。


「ほぅ? 小細工という言葉を知っておったのか。感心感心」


「え?! ちょっ、それくらい知ってるし!」


 振り落とされて空中に放り出された椿は、暴れつつも的確に樒御前の首を狙った。そして「ぐっ」と小さな声を上げ、顔を顰める。

 椿は今日まで、天狐の首と樒御前の両腕を斬り落としている。椿に斬れないものはないと思っていたが、そうではないらしい。もしくは──。


「首の強度が凄まじいのぅ」


 同じく椿と結希の結界を使って近くまで来ていた朱亜は、途中で狙いを変えて樒御前の頬を斬る。樒御前の血が付着した打刀をくるくると回して樒御前の肩に椿と共に着地した朱亜は、「弱点見つかったぞい」と高笑いをした。


「スザク、ここからは一人で行く」


「援護致します」


 自分で結界を張って樒御前に接近する結希は、やはり椿と違って狙われない。半妖ではないせいで滑らかに動くことはできないが、《鬼切国成》で椿と同じく樒御前の首を狙う。


「────」


 祈っていた。確信がなかったからだ。

 それでも、結希は《鬼切国成》の歴史を知っている。伝説を知っている。


 ──《鬼切国成》に斬れぬものなし。


 そう信じていれば、世界はひっくり返せる。全長二十メートルもある樒御前の首を椿のように刎ねることはできなかったが、全身に襲いかかるほどの血が樒御前の首から溢れた。


「結希様ッ!」


 同じく樒御前の首を狙っていたスザクは樒御前に掠り傷もつけることができなかったようだ。結希はそれを見届けて、樒御前の血を避けようともせずに考える。樒御前は、どうすれば倒れてくれるのだろう──。


「結希君!」


 結希を庇ったのは、千里だった。背中に樒御前の血を浴びた千里は結希を抱えてスザクと共に椿と朱亜の下へと向かう。


「千里?!」


「結希君、駄目です! ちゃんと避けてください!」


 母親に叱られた気分だった。視線を逸らしたいが、抱えられているせいで難しい。


 千里とスザクの着地を待っていたかのように依檻とヒナギクの炎の弾丸が再び樒御前を貫いた。位置は不明だったが、軽く樒御前の体が揺れる。


「反撃開始だな」


 瞬間、いつの間にか隣に来ていた亜紅里が笑った。

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