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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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十  『二人の王』

 天狐てんことの戦いで、いとこの人とるい様が負傷した。姫様は、決着がつくまで記憶を取り戻せなかった自分自身を責め続けていた。

 火影ほかげもそうだ。涙様に電話で呼び出されて駆けつけなければ、あの戦いに間に合わなかった。火影は六年前に走り出したばかりなのに、また、何もできないまますべてが終わるところだった。


 悔し涙を流すだけの姫様の気持ちも理解できる。大切な人の役に立てないことは死ぬことよりも辛いから。

 けれど、あの日火影が飛翔しながら全員に配り歩いたのは姫様の札だ。姫様を連れて行くことはできなかったけれど、姫様の想いは連れて行ったと思っている。姫様の札があって、火影が飛んで間に合ったから、いとこの人と涙様の負傷があの程度で済んだと思っている。そのことを姫様に伝えても、姫様の表情が晴れることはなかった。


 総大将の人たちが京都に向かうことになって、火影はすぐに北東へと向かった。北東を調査しに向かった姫様の傍にいたいと思ったのは、不安になったからだ。

 半妖はんようとしてこの世に生を受けたあの人たちと共に戦いたかったけれど、それ以上に陰陽師おんみょうじ式神しきがみのみで構成された隊を率いている姫様のことが心配だった。


『火影ッ! 行って!』


 火影の選択は間違いだった。涙様から受け継ぐ陰陽師の王としての器に相応しくなれるように頑張るようになった姫様は、自分の感情をかなぐり捨てて最善の選択をしようとする。


 京都に出現した大妖怪の気配に火影が気づいて陰陽師の方々が気づかないわけがない。誤魔化せもしない。火影は唇を噛み締めて姫様と繋いだ手を離す。


『お願い……ッ!』


 姫様はきっと、火影以上に最前線で戦いたいと思っていた。姫様はまた泣いていたけれど、天狐との戦いとは違う道を進もうとする。火影に持っていたすべての札を託して、火影を送り出そうとしてくれる。


 ──姫様は、千羽せんば様の代わりではない。


 千羽様を知らない火影にとって、姫様は最初から誰の代わりでもない姫様だった。守りたい、たった一人だけの大切な女の子。そう思ったのは、いとこの人に頼まれたから。あの人たちの家族になれなかったから。

 きっかけはそうだったと認めるけれど、百鬼夜行があったあの日、未来なんてなかった火影に姫様が死にたいって言ったことを火影は今でも鮮明に覚えていた。誰かの痛みに触れたのは初めてで、共感したのも初めてで、泣けなかった火影の代わりにたくさん泣いた姫様の傍から離れたくなかった。


『泣かないで──』


 火影は、姫様を通して様々な感情をこの身に刻んだ。姫様が泣いたから火影も泣くことができたけれど、姫様の泣き顔を見たいわけじゃないからあの日に誓った。



『──火影が姫様を守るから』



 姫様は、あの日のことを覚えているだろうか。姫様の表情は泣き顔のまま変わらない、化粧をしていないから酷い顔にはなっていないのが新鮮だ。

 そんな風に、姫様はどんどんと火影の知らない姫様になっていく。姫様が大人になると言うのなら、火影も大人になりたいと思う。大人になるという意味はあまりわからないけれど、姫様から託されたものすべてをこの戦いに投じれば──少しは違う自分になれるだろうか。


 火影は火影の言葉を嘘にしたくなかった。今ここで鬼を倒さないと姫様が殺されてしまうから、火影は力を出し惜しみしたくない。いとこの人を二度も殺させはしないから、だから──。


芦屋あしやの人ッ!」


 叫び、瘴気の中に突入しようとする芦屋の人たちの視線がすべて火影に向いたことを確認する。

 降下して彼らに手渡したのは姫様の札だ。火影は陰陽師ではないから札を正しく使うことができない。使う場面を理解していないからどうしても出し惜しみしてしまう。ならば、芦屋の人たちに託した方がいい。火影には火影の戦い方がある。


「えっ、いいの……?」


 素直に受け取らなかったのははるだった。芦屋の人たちの中で最も人を信じていないのは春だろう。


「生きることを諦めないでください。…………いとこの人は、絶対にそれを許しませんよ」


 芦屋の人は、火影が言ういとこの人が誰なのかを知っている。火影はいとこの人のもう一人の従妹──姫様と火影の一つ下の美歩みほの思い詰めたような表情を見て、いとこの人に似ているなと感じてしまった。


 いとこの人の血の繋がった従妹は姫様だけ。ずっとそう思っていたけれど、姫様に涙様がいるようにいとこの人には美歩がいた。

 美歩の存在を知った時は氷水に浸かったかのように心臓が火影の体を叩いたけれど、美歩は何故か血の繋がらない姫様にも似ている。姫様ほどではないけれど、美歩のことも気になっていた。


「わかってるわよ、貴方に言われなくても……!」


 真菊まぎくが苛立たしそうに言葉を返した。それでいいはずなのに、姫様や火影やあの人たちと同じくらい芦屋の人たちにいとこの人を理解されるのは──ほんの少しだけ、嫌だと感じる。


 ずっと、姫様と火影といとこの人だけの小さな世界があったのだ。そこにあの人たちが入ってきて、芦屋の人たちが入ってきたのが嫌だったのだろう。


 いとこの人のことは、なんとも思っていないはずだった。この感情は嫉妬ではないと思いたかった。


 振り払うように瘴気に身を投じて鬼を探す。流れで芦屋の人たちと一緒に行動することになってしまったけれど、鬼は見えない。もっと奥にいるのだろうか、半妖とはいえ瘴気の中でも視界が悪く、動きづら──。


 瞬間に視界が開けた。眩しくて目を細め、気配のみを頼りに敵と芦屋の人たちの位置を探る。


「──え」


 すぐに取り戻した双眸が捉えたのは、妖怪というよりも半妖に近い青鬼だった。

 なんの音もなく現れたそれの周囲にはあの人たちがいて、あの人たちはそこに鬼がいると思っていなかったのか驚きで僅かに固まっている。


 瘴気が晴れた音も、鬼が現れた音もなかった。相手が強いのかも弱いのかもわからない、それでもあの人たちは攻撃を仕掛ける。

 先に手を出したのは、妹たちを守ろうとする熾夏しいかだった。


「行くわよ! 春! 紫苑しおん!」


 真菊も美歩と多翼たいきとモモを巻き込もうとしない。弟妹を守ろうとする二人のその姿は火影には毒だ。得られたはずなのに得られなかったその光はあまりにも眩し過ぎる。


「火影! 何固まってんの!」


 羨ましすぎて幻聴が聞こえたのだと思った。真横に人が立った気配がして、匂いがあまりにもその人に酷似していて、その人の姿を視認する。



「……姫、様?」



 何故そこにいるのかわからなかった。ビャッコも火影もいないのに、こんな短時間で陽陰おういん町に戻ってこれるとは思えない。陰陽師の人たちがここに行くことを許すとも思えなかった。





「……姫、様?」


 ずっと聞きかった声だけど、言ってほしかった言葉はそうじゃない。


「こんな時くらい紅葉くれはって名前で呼びなさいよ」


 けれど、火影ほかげが無事そうで本当に良かった。なんだかんだゆぅのことを守ってくれてた百妖ひゃくおうの連中にも芦屋あしやの連中にも目立った傷はない、事態は思っていたほど最悪ではない。


「どうして」


「くぅの気持ちって、そんなにあんたに届かない? あんたがくぅを守りたいように、くぅもあんたを守りたいんだけど?」


 火影はずっと、くぅのことを守ってくれていた。同い年なのに。女の子同士なのに。対等な関係なのに。現頭首になった今でも、火影はくぅのことを守ろうとしてくれている。だからってわけじゃないけれど、今度はくぅが火影のことを守りたかった。


「駄目です、駄目……ッ!」


 強く拒まれる。長い間付き人として扱ってたから染みついていても仕方ないけれど、これからは現頭首同士力を合わせていきたいと思うのはそんなに駄目なことなのだろうか。


 現頭首になりたいと思えたのも、陰陽師の王にもなりたいと思えたのも、火影が鴉貴からすぎ家の次期頭首だとわかって今では立派な現頭首になったからだ。

 きっかけはそうだったと認めるけれど、ここ最近王の代理として陰陽師を率いて、自分がにぃの代わりではないことを知ったことが大きかった。


 誰も、くぅのことをにぃやるいの代わりだと思っていなかった。くぅはお父さんの代わりでさえなかった。


 紅葉様、そう呼んでくれたから、自分がずっと何から逃げていたのかわからなくなった。


『生きて、にぃ……』


 くぅは二度にぃを亡くした。失敗作のくぅじゃなくてにぃが二度も死んでしまう理由がわからなかった。


『……この町を、守って……』


 にぃはもうこの世界にはいない。けれど、にぃが教えてくれた術は覚えている。にぃはくぅの中で生きていて、くぅに札作りの才能があると教えてくれたるいは死にかけていて、ゆぅを二度も失いたくないから。


「守られてばっかりなのは嫌なの!」


 くぅはすぐに追いつくつもりで火影を先行させた。るいもゆぅもずっとずっと戦っている。姫君として大切に育てられたくぅだけが戦っていない世界で王になりたくなかったから、くぅの札で戦う芦屋の連中に続いていく。


「姫様ッ!」


「くぅだってみんなを守りたい! 百妖の連中も! 芦屋の連中も! 火影だって守ってみせる!」


 百妖の連中も、芦屋の連中も好きではなかった。百妖の連中は結城ゆうき家と犬猿の仲だから、百妖の連中がゆぅを盗ったことを知った時憎くて憎くて仕方がなかった。芦屋の連中がゆぅの家族で、その中に血の繋がった従妹がいると知った時、寂しくて悲しくて嫌になった。


 けれど、それでくぅたちの関係が変わるわけじゃないことをゆぅはちゃんと伝えてくれた。


『この現世は俺たちだけの世界じゃない。色んな人がいて成り立つ世界なんだ。そんな自分本位な考え方じゃ、この国の王には決してなれない』


 ゆぅの言う通り、この世界には色んな人たちがいる。百妖の連中や芦屋の連中を特別好きになったわけではないけれど、ゆぅの特別ならば守りたいとは素直に思う。

 そいつらを亡くして平気でいられるほどくぅはそいつらのことを知らないわけじゃない。一緒にいた時間はゆぅほど多くはないけれど、うっすらと繋がりがあることは感じていた。



『──人を愛せ』



 ゆぅはちゃんと、愛せたんだね。



『陰陽師として、人との縁は大切にしなさい』



 お母さん。今ならわかるよ。陰陽師は、人と絆を結べば結ぶほどに強くなれるんだって。

 上手く説明することはできないけど、溢れてくる力がそれを証明している。ゆぅ、だから、くぅは絶対ゆぅのことを守れるよ。


 瞬間、鬼が姿を消した。


「え……?」


 いない。どこにいるの。


結希ゆうきッ!」


 美歩みほが叫ぶ。美歩の視線の先にはゆぅがいて、椿つばきがいて、風丸かぜまるがいて、鬼がいて。


「あ……」


 椿がゆぅを守る為に戦っていた。

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