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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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九  『親から子へと』

『《紅椿あかつばき》を、折る……?』


 結希ゆうきは今でもカゼノマルノミコトの服の裾を掴んでいる。カゼノマルノミコトの体温は感じないが、カゼノマルノミコトの困惑は感じていた。

 カゼノマルノミコトは話の通じない神ではない。千年前の百鬼夜行の時も、二週間前に目覚めた時も、カゼノマルノミコトは会話に重きを置いていた。六年前の百鬼夜行は覚えていないが、依檻いおりの寿命と結希の記憶を丁寧に奪ったことを考えると会話は成立していたのだろう。だから──理解してくれると信じていた。


「止めないでほしい」


 それを打った紅椿は、まだ結希のことを止めようとしない。紅椿は明日菜あすなるいが立つ町役場の屋上を凝視しており、結希は、溢れ出した妖怪の気配に震えた体を拳で叩く。


『其方は、《紅椿》を折れば紅椿の呪いが解けると思っているのだな』


 カゼノマルノミコトは、危機感のない表情で淡々と尋ねてきた。だが、思っていることを伝えれば、カゼノマルノミコトは引いてくれる。例えそれが根拠のない話であっても。


「思ってる。紅椿を斬ったのは《鬼切国成おにきりくになり》だけど、紅椿の怨念が宿っているのは《紅椿》だ。俺はそれを血で感じてる」


 《紅椿》を持てなくなったから、結希の先祖は涙の先祖と刀を交換したのだ。折ってどうにかなる根拠にはなっていなかったが、辻褄は合う。


『おにきり、くになり……』


 カゼノマルノミコトにしては珍しく、風丸かぜまるのような声色で結希の腰に下げられている太刀を見つめた。


『……この時代ではそう呼ばれているのか』


 カゼノマルノミコトは《鬼切国成》の歴史を知っている。無数に存在するという別名もきっとすべて知っている。

 結希は所有者だと言うのに片手で数える程度しか知らなかった。《天空てんくう》、《雨切国成あめきりくになり》、《人切国成ひときひくになり》──どれも《鬼切国成》の一部だった。


『我は止めぬ』


 納得したようには見えなかったが、カゼノマルノミコトは二週間前と同じことを言う。止められなくて安堵はするが、カゼノマルノミコトの意思は紅椿の排除以外何一つとしてわからなかった。

 風丸を取り戻したいということは、カゼノマルノミコトを再び弱らせて眠らせるということだ。カゼノマルノミコトを排除したい、そう願っていると解釈されてもあながち間違っているとは言えない結希の意思を、カゼノマルノミコトがどう思っているのかさえわからない。


『ユウキッ!』


 紅椿の肩に抱えられた。わかっている、結希を目指して妖怪が進行を始めたのだ。わかっている、守る為だったから結希が張っていた結界は消えて紅椿が結希の隣に立ったのだ。


間宮宗隆まみやそうりゅうの血を継ぐ者が……』


 紅椿に抱えられたせいでカゼノマルノミコトの服の裾を離してしまったが、カゼノマルノミコトは紅椿を襲わない。


『……この千年で数を減らしていったことには、気づいていた』


 カゼノマルノミコトが、自らの意思を話そうとしている。そう感じた結希は自らの命が危険に晒されていても真剣に聞いていたが、カゼノマルノミコトが何を言いたがっているのかをすぐに理解することはできなかった。


『我に、当時間宮の唯一の男であったぎんが産まれてくる我が子が女子であることを願った時、あけぼのの願いが叶わぬ願いになることを悟った』


 それは、顔も知らない祖父のことなのだろうか。カゼノマルノミコトは明言しなかったが、朝羽あさは朝日あさひと名づけられた姉妹の父の行いに酷似している。


結城ゆうきに嫁入りした朝羽に宿った生命が男であるとわかった時、朝日は芦屋あしやに嫁入りしていた。……我は、祈ることしかできなかった』


 カゼノマルノミコトの話は終わらなかった。結希は周囲に結界を張り、警戒する紅椿を落ち着かせて明日菜に目を配りながら、カゼノマルノミコトを急かす。


『朝日と雅臣まさおみの間に男子が誕生することを。朝日が生命を宿すことも、その性別を決めることも、土地神である我にはできぬことだ。我にとって其方は奇跡だった。六年前に其方に呼ばれた時、例えこの土地が滅んだとしても其方の命だけは奪いたくなかった。依檻には感謝している』


 心臓が脈打つ。カゼノマルノミコトにとって、依檻の命は結希の命よりも軽かったのだ。結希は依檻の為ならばこの命を差し出せる。依檻も結希の為ならば命を差し出せるだろう。目の前にいるのが依檻の寿命を奪い結希の記憶を奪った張本人であることを嫌というほどに思い知らされる。


『其方が男子を遺さなければ、宗隆の魂の廻りは其方で終わるだろう。間宮の存在で成り立っている妖目おうまは一家心中を選ぶだろう。紅椿のみが、輪廻から抜け出せぬのだろう』


 紅椿は話の通じない鬼ではない。カゼノマルノミコトの話を聞いて、理解もしている。



『──紅椿は、己の呪いで己を苦しめている』



 カゼノマルノミコトの言葉に反論するように牙を剥いたが、飛びかかるほど理性を失っているわけではなかった。


『どうかすべてを終わらせてくれ。我は、そう願って其方の魂に宗隆の魂を宿らせている。其方は、朝日や雅臣だけではない。我にとっても、紅椿にとっても、曙にとっても──この戦いに身を投じているすべての命にとっても、〝希望〟なのだ』


 息を呑んだ。排除しようとしているのに、何故、そんな風に願ってくれるのだろう。

 纒わりつく負の感情を振り払う為に勢いをつけて首を左右に振って、明日菜と《紅椿》によって瘴気が徐々に消えていることに遅れて気づく。だが、結界に張りついている妖怪は間違いなく凶暴だった。


『行け』


「え……? カゼノマルノミコトは?!」


『我のみで対処可能だ』


「いやいやいや! 無理だって! 風丸の体に無茶もさせるな!」


 そんなことは絶対にさせない。結希はカゼノマルノミコトの脇の下に腕を回し、「紅椿!」と彼女の状態を確認する。


『モンダイナイ』


 すぐに結界を解除した。妖怪が雪崩込むように突っ込んでくるが、紅椿の跳躍は妖怪の集団を軽々と飛び越えていく。


 明日菜と《紅椿》のおかげで息苦しさを一切感じない空中で、五十メートルは未だにあるであろう樒御前しきみごぜんと互角の戦いを繰り広げている家族を視界に入れながら、思う。


 紅椿は多分、大妖怪だ。


 そうでなければ説明することができないほどに、他の妖怪と異なっている。宗隆はとんでもない妖怪を伴侶に選んでいたのだ。



『縁は絆。そして、運命』



 結希にそれを教えたのは朝羽だ。今の今まで思い出すこともその意味を深く理解することもなかったが、今だからこそよくわかる。


 縁は絆。絆は縁。そして、運命と名前がついてしまうのは──千年前に今日を約束したからだ。


『希望はいつでもここにあるわ』


 指差されたのは結希の心臓だ。この心臓がどくんどくんと不気味な音を立てて動いているのは、親から子へと千年間ずっと受け継いできた生命があるからだ。

 朝日と雅臣が結希に親らしいことをしたことは一度もない。いや、結希が覚えていないと言った方が正しいだろう。朝日と雅臣が離婚する前まで、あのアルバムで見たように──自分たちは普通の暮らしをしていたはずなのだから。


 町役場へと向かう紅椿にしがみつきながら、振り返って樒御前の様子を見る。

 結希が思った通り、樒御前は青鬼だ。身に纏う着物の色は青。腰まである髪の色は血を抜いたような雪の色。力を取り戻したのか肉体はどこも腐っておらず、雅臣の姿は確認できない。


 だが、芦屋義兄弟は諦めていなかった。百妖ひゃくおう義姉妹も諦めていなかった。


『……『この地に再び百鬼夜行が引き起こされる時。その時は必ず、互いが互いの力になる』、って。星明せいめいが、約束してた。その約束は、六年前守れなかったもの。けれど今は、ユーが守ってるもの』


 きっと、その約束は各々の血の中に眠っているものではない。それでも、宿命だと言って受け継いできた生命たちがいる。


 ──今回ですべてを終わらせなければ。


 この一年、何かがある度に強く強くそう思った。その気持ちは今でも変わっていない。

 結希が六年前に百鬼夜行を終わらせていなくても、生まれた時から何かある度に最前線に立たなければならないほどにカゼノマルノミコトがしがみついて離れなかった。そういう運命だった。そう思えば何が起きても怖くはない──。


 樒御前と目が合っても。

 樒御前が飛んできても。


 紅椿と樒御前の蹴りがぶつかった。


「なっ……?!」


 何が起こったのかわからなかった。



『オマエ、ズルイ!!!!』



 樒御前が叫ぶ言葉の意味さえ、結希はまだ理解していない。

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