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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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六  『思い出話』

椿つばきちゃんッッ!!」


 頭がくらくらするほどの大音量で椿の名前を呼んだのは、彼女の実兄の虎丸とらまるだった。両目を閉じていた結希ゆうきはすぐに開け、近づいてこない虎丸と恭哉きょうやに視線だけで助けを求める。


 ──どうか、椿を元に戻してほしい。


 それだけが椿の義兄である結希の願いだった。そんな自分自身の願いを叶えられないのは、椿が陰陽師おんみょうじでもあるからで。陰陽師の術は一つも効かないことを意味していた。


「伯父さん! 虎丸! なんなんすかあれ! 椿ちゃんどうなってんすか?!」


 恭哉が虎丸に声をかけるのは、わかる。彼は鬼寺桜きじおう家から縁を切られた分家の息子だ、鬼寺桜家のことをそれほど知らないのは普段の言動からも滲み出ている。

 だが、伯父さん──? 恭哉にとっての伯父ということは、虎丸にとっての父親ということで。結希は彼の存在を今の今まで知らなかった。だが、一歩下がって鬼寺桜家の二人を見守る蒼生そうせいの隣に、蒼生とは異なる黒髪を持つ男性ならばいる。


「どうもこうも、見たまんまでしょう。鬼寺桜家の祖である鬼になっているようですが……槐樹えんじゅさんから聞いていた話とは少し違いますね」


 男性はどこからどう見ても《十八名家じゅうはちめいか》の人間ではないが、その落ち着きっぷりと堂々とした佇まいからは虎丸や恭哉以上に《十八名家》の血肉を感じた。

 彼が、椿にとっての父親でもあるのだろうか。義姉妹たちの母親は何人か見てきたが、父親らしき人間を見たのは初めてだった。


「…………」


 そんなことを思っている場合ではないのに、鬼寺桜家は不思議な家だと思う。

 半妖はんようである彼女たちの一族はすべてが女系で、父親の影はどこにもなかった。父親は不要であるかのように、その存在がなかったことにされているのだ。だというのに、彼はなかったことにされていない。それどころか逃げもせずに最前線にまで出て娘をその双眸に焼きつけている。結希は、存命だと知っていてもまったく思い出せない熾夏しいか明日菜あすなの父親の靄がかかった顔と彼の顔を比べて脱力した。


「結希くん! 逃げて!」


 叫んだのは虎丸だ。彼は、実妹であり現頭首である椿を敵だと思っているかのように今の椿に心を許していなかった。


「……え」


「母様がずっと言ってたんだ! 椿ちゃんは鬼寺桜家の鬼の生まれ変わりだって! 椿ちゃんに〝もしも〟のことがあったら、鬼寺桜家の威信にかけて──」


 その先の言葉は聞きたくなかったが、聞かないということは、椿の異変をこの世界の誰よりも素早く察知してこの場に駆けつけた虎丸の心を踏み躙るということだった。



「──殺せって!」



 虎丸が大粒の涙を流している。椿の命を奪うことは虎丸の本意ではないことが痛いくらいに伝わってくるのに虎丸は発言を撤回しない。何もできない結希が託した虎丸が出した答えは、結希にとっても──結希が受け継いだ宗隆そうりゅうの魂にとっても受け入れられないことだった。


「えっ?! マジで言ってるんすか?!」


「何故そこまで……」


 恭哉も蒼生も、虎丸が出した答えを受けて困惑する。だが、ただ一人だけ、虎丸と椿の父親は動じていなかった。


「……そんなの虎丸らしくないよ! 京馬きょうまさんもそれでいいんですか?!」


 蒼生の隣で笑っていた本来の虎丸ならば到底受け入れられないことを幼い頃から強要し続けていた虎丸の母親。そして、その夫として生きる京馬の意見を蒼生は友として聞きたいのだろう。だが、それでいいのだと京馬の双眸が語っている。


「てことは……鬼寺桜家、滅ぶんすか……」


 滅ぶ滅ばないは結希にとってどうでもいいことだったが、虎丸の母親に勘当された恭哉が気にかかっていたことはそれだった。


 ──幸福な未来の為ならば死ねる。そう言ったのは恭哉だ。


 だから彼は、未来の為ならば鬼寺桜家が滅ぶことも椿が死ぬことも構わないと言うだろう。現に困惑はしているが蒼生のように反対の色は示さない。


『そうだね。みんながいたから〝昔の話〟なんだよ』


『んん? おい、そこは〝思い出話〟って言えよ〜』


 結希は、初めて虎丸と蒼生に出逢ったあの日に笑ってそう言った虎丸の感性が好きだった。


「虎丸! 君、昔俺にどんな警察官になりたいかって聞いてきたことあったよね?!」


 鬼寺桜家の人間に訴えても無駄だ。蒼生はそう判断したが、長く共に居続けた友にだけは訴えを止めなかった。


「ずっと考えてたけど今なら言える! 俺はッ、人を救う警察官になりたいんだよ! そこには虎丸も、椿ちゃんも、恭哉さんや火影ほかげもいるから! 諦めたくないんだよ!」


「蒼生! 俺は最初っから言ってるだろ! 俺は〝悪いヤツを倒す警察官になる〟んだって!」


 椿に出逢ったあの日のように、鈍器で頭を殴られたかのような感覚が走る。


『悪いことしたヤツはやっつける! これは常識だっ!』


 一年前、椿はそう言って親指を立てた。あまりにも無垢な、悪意なきその正義感が薬となって結希や義姉妹たちの心の傷口を塞いだことを結希は今でもはっきりと覚えている。その曇りなき真っ直ぐな正義感に、その場にいた義姉妹たち全員の心が救われたことも。椿の悲しむ顔は見たくないと思ったことも。義姉妹たちを守ると誓ったことも。嘘じゃないのに、〝思い出〟が少しずつ崩れていく。


「悪い……ヤツって……」


「俺たち鬼寺桜家の祖の鬼は、まだ死んでねぇ! 俺たちが人間の振りして《十八名家》の中に紛れてたことがそもそもの間違いだったんだ! だから俺は──妖怪を討つ!」


 虎丸の声は結希にも刺さった。恭哉も、そして京馬も虎丸に異を唱えることはしなかった。

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