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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十四章 悪鬼の巫女
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四  『神の我儘』

 愛と憎しみは表裏一体である。憎しみを負の感情とするならば、表裏一体である愛にも少なからずの負の感情が内包されている。

 そんな負の感情から生まれてしまったのが瘴気で。この世から永遠に消えることがないであろう瘴気から生まれてしまったのが紅椿あかつばきで。


 間宮宗隆まみやそうりゅうに出逢う前から愛を知っていた紅椿は、宗隆からの愛を愛で返した。宗隆と出逢って紅椿が得たものは、名前と肉体のみで。人間と生きる中で紅椿が望んだものは平穏で、永遠はあって当然だと思っていた。


 それは、紅椿が妖怪であるが故に信じ切っていたたった一つの常識だった。


 千年前の百鬼夜行で奪われたのは人間の命だけではない。人間から返り討ちに遭った妖怪の命も。人間との永遠を信じていた紅椿の命も散っていった。それは、紅椿が宗隆と出逢ってから死ぬまでの時の崩壊でもあった。


 妖怪に死という概念は存在しない。だが、九字くじを切られた妖怪が自我を喪失するのは事実で。同じ自我を持つ妖怪がもう二度と生まれないという点を踏まえると、そこには人間の死と大差ない悲劇が生まれる。

 大差があったのは、世界への影響だった。陰陽師おんみょうじから名を与えられ、陰陽師を愛し愛され、陰陽師の子を産んでもなお紅椿が妖怪である事実は変わらないから──紅椿は人間とは違い、この世に深い恨みを遺した。その恨みは紅椿が国成くになりと共に打った宗隆の愛刀、《紅椿》に宿り、《紅椿》はそれを継ぐ間宮家の人間の魂を喰らおうとした。


 喰らえば、信じていた永遠が生まれる。いつまでも共に在ることができる。──例えそれが宗隆の魂でなくても、心が満たされなくても、紅椿は喰らうことを望んでいた。力の強い者がいるこの世界に望む平穏はないのだから、圧倒的な妖怪の力で間宮家を我が物にする方が紅椿にとって数倍も現実的だったのだ。


 間宮家にとって唯一の不幸だったのは、土地神であるカゼノマルノミコトが宗隆の家人であり《伝説の巫女》でもあるあけぼのの死を憐れんだことだった。

 カゼノマルノミコトが宗隆と曙の魂を人間の廻りから引き剥がし、同じ時代へと送ったことが。二人が──いや、曙の想いが実を結ぶようにと祈ったことが、すべての歯車が完璧に壊れた原因だった。


 紅椿にとって唯一の幸福だったのは、宗隆の魂が廻ってきたことで。宗隆の魂が廻らなくても呪い同然の愛憎で鬼寺桜きじおう家に生まれ落ちていた紅椿は、宗隆の魂を持つ者と結ばれた。

 出逢った瞬間から惹かれ合った二人は、互いを運命の相手だと疑わず。土地神が祝福していると疑わず。愛を誓って生を終えた。



 間宮宗隆と紅椿の出逢いは、一度ではない。



 宗隆と曙が結ばれることを祈っていたカゼノマルノミコトの手によって何度も何度も廻った二人は、何度も何度も生まれ変わる紅椿の存在によって結ばれない生涯を繰り返す。


 紅椿を止めることは、カゼノマルノミコトにはできなかった。

 紅椿の生まれ変わりが存在している時点で、宗隆の魂を持つ者との結納は避けられなかった。それくらい紅椿の生まれ変わりは宗隆の魂を持つ者を愛しており、宗隆の魂を持つ者も紅椿の生まれ変わりを愛していた。


『──さん、が?』


 間宮家と妖目おうま家の間には、すべてが始まったあの日から切っても切れない縁がある。

 どの時代でも仲の良かった宗隆と曙の魂が、どの時代でも想い合わなかったわけではない。


『どうして……どうして、私を置いて……』


 宗隆の魂が妖怪に殺された時代もある。


『……必ず、生きて……帰ってきてください……』


 泣いて願う曙の魂を置いて、町外に出て死んでしまった時代もある。

 曙よりも後の時代に生まれた《伝説の巫女》は、誰一人として理不尽な死は迎えていない、と思う。その代わりに逝くのは宗隆の魂で、最期まで添い遂げることができるのは紅椿の生まれ変わりと結ばれた時で。


「なんで…………っ」


 風丸かぜまるは、いても立ってもいられず自分の心臓を鷲掴んだ。

 祈る幸福も、結末も、些細なことのはずなのに、何故千年経っても上手くいかないのだろうと苦しむ。なんの為に繰り返しているのだろうと悩む。



『我は、其方の幸福を願っていた』



 あぁそうだ。自分は曙の幸福を願っていた。《伝説の巫女》を不要だと言い切った宗隆にぶつけたい不平不満は多々あるが、曙を救った彼に曙を幸福にしてほしかった。

 これはカゼノマルノミコトの、そして今となっては風丸の我儘だ。宗隆と曙の魂を持つ男女が一度でも添い遂げることができたら輪廻を断つつもりだったカゼノマルノミコトを、風丸は肯定する。あれほど想い合っている結希ゆうき明日菜あすなが結ばれないなんて嘘だと思うから。


 だが、風丸は、椿つばきのことを邪険に扱うことはできなかった。

 椿は土地神の目から見ても風丸の目から見ても異様に映るほどの優しい子だ。紅椿の輪廻が断たれることはないだろうが、宗隆の魂が関わらなければ無害であることは椿が証明している。ただの鬼寺桜家の半妖はんようとして生き続けていくだろう。


「…………っ」


 目覚めてしまったのはカゼノマルノミコトだけではない。樒御前しきみごぜんの瘴気に当てられた紅椿の魂が結希の前に立っている。


 唯一の救いだったのは、結希に芦屋あしや家の血が入っていることだった。

 妖怪の声が聞こえる芦屋家の血を引いている結希は、紅椿の憎しみを知っている。だが、紅椿を愛した宗隆の魂を宿す彼は、紅椿の愛も泣きじゃくってしまうほどに知っていた。

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