三 『千年の祈り』
間宮宗隆と紅椿の出逢いは、一度ではない。
二人が千年という時の間で繰り返し出逢っていたことを思い出したのは、風丸ただ一人だけだった。
「ッ!? ぐぁあッ……!」
「風丸?!」
驚く明日菜が咄嗟に支える。それが、明日菜の知らないうちにさらに風丸を苦しめていた。
両膝を折って頭を抱え、そのまま倒れて悶え続ける。そんな風丸を見たことはなく、戸惑って──明日菜は自分の存在意義を胸中で探した。
「これは……」
自身の総大将である万緑から土地神の死守を命じられていた涼凪は、風丸の肩に触れて困惑する。
外部から攻撃されたわけではない。内部から攻撃されたわけでもない。土地神の加護を唯一受けている小人の半妖の涼凪だからこそ伝わってくる事実がある。
「……土地神、様?」
風丸という器から風丸が消えていくような、そんな魂の流れを感じ取っていた。涼凪の言葉を聞いて唇を噛み締めた明日菜は、どうしてもそれを受け入れることができなかった。屋上に集った陰陽師と、森に集った半妖。そして自らの意思で最前線に集った《十八名家》の全員で樒御前を倒したのに──何故風丸が苦しむのだろうと思考した。憤って正常な判断ができそうになかった。
自分は《伝説の巫女》なのに。
駆け寄ってきた涙は涼凪から風丸の状況を聞き、迷うことなく肩を貸す。そのまま町役場の中に戻るようだ、ここを結希から任された涙は代わろうとするエビスを頼らず、たった一人で歩いていく。それが、結希に頼られた涙と頼られなかった明日菜の違いだった。
「…………」
明日菜は風丸から視線を逸らす。探したのは結希の姿で、樒御前が撒き散らす瘴気にようやく気がついた。
「涼凪さん。あれは、風丸を……」
「苦しめるわね、もう少しすれば」
風丸が苦しんでいるのは土地が悲鳴を上げているからではない。風丸の中に眠っている土地神が目覚めようとしているからだ。それを明日菜は結希に伝えたかったが、どう頑張っても届きそうになかった。
熾夏の力が明日菜にあれば、明日菜はどこまでも高く高く飛べるだろう。だが、明日菜は熾夏ではない。熾夏にはなれない。医者としても優秀な熾夏には、何年経っても届かない。だが、明日菜が何もできないわけではない。明日菜はそれを知っていた。
「お……〝私〟は……あれを……」
両足でしっかりと地面に立って、どこまでも空高くまで立ち上っていく瘴気を見上げる。
「……消す、から、風丸を」
声が震えた。結希も、風丸も、ヒナギクも、亜紅里も、八千代でさえ戦っているのに、まだ覚悟が決まっていないかのように心が揺れていた。
「わかっているわ。貴方に言われなくても、ね」
涼凪は明日菜を見もしなかった。他人の為に命を投げ出す宿命を背負う一族の旧頭首は、その一人である明日菜が死に向かっていることを見ても止めるような人間ではなかった。
涼凪が去ると、屋上には明日菜のみが残される。明日菜は大きく息を吸い込んで、吐いて、歩を進めた。
助けてくれとは、言えなかった。
*
『助けは……不要です……わたしは《伝説の巫女》だから……土地神様を穢す鬼を……この身に集めて……土地神様を救う、予言の巫女だから……どうか、お願いします、どうかわたしに……土地神様を……救わせて』
風丸は眉間に皺を寄せ、ソファの上に自分を寝かせようとする涙の温かな手を振り払う。
そんな優しさを受け取れるほど、風丸は優しく素晴らしい人間ではなかった。この土地は、歴代の《伝説の巫女》のおかげで──歴代の《伝説の巫女》の犠牲で成り立っている。それを思い出してしまったら、誰からの愛情も受け取りたくなかったのだ。反吐が出る、そう思うくらいに自分自身を嫌って震えた。
とめどなく溢れてくる記憶に耐えられず、ソファに突っ伏す。あの日も、あの日も、《伝説の巫女》が犠牲になった。最後にこの土地の為に犠牲になったのは千年前の《伝説の巫女》だった曙で、以降は陰陽師の活躍により誰一人として理不尽な死は迎えていない、と思う。
一玻は百鬼夜行があっても生き残った。明日菜は瘴気を取り込んでいるが亡くなってはいない。だが、今回も二人が無事だとは限らない。叫び出したくなるほどに、二人を失うことが怖かった。
「風丸、無事ですか! 風丸!」
涙は風丸の様子が急変したことに対して異様に焦る。それは、風丸が結希の無二の親友だからだ。土地神としての力が戻ってきている風丸は、涙の言葉にはならない感情を受け止めて口角を上げる。そうだ、こんなところで小倉風丸を死なせるわけにはいかない。
そう思うのは、結希の為で明日菜の為でもある。風丸とカゼノマルノミコトはもう二度と、結希と明日菜を──宗隆と曙を傷つけたくなかった。
いや。少し違う。
カゼノマルノミコトは曙しか見えていない。どうでも良かった宗隆がどうでも良くなくなったのは、六年前の百鬼夜行の日。
宗隆の魂を持つ結希と出逢ったからだった。曙の魂を持つ明日菜が結希の傍にいたからだった。
だからずっと、鬼寺桜家に定期的に生まれ落ちる紅椿の生まれ変わりがこの時代にいないことを祈っていた。
神であるカゼノマルノミコトでさえ、祈ることしかできなかった。




