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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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十九 『百鬼夜行』

 ヒナギクは、月夜つきよ幸茶羽ささはが無事であることを知っていた。月夜と幸茶羽だけはと、双子の義姉妹だけでなく旧頭首たちも命を賭して守り抜いたのだ。


 月夜と幸茶羽は強い。自らの役割を理解して、守られることを受け入れて、自らの意識を鬼ではなく同族に向けた。


 ──だからこそ、今がある。


 火影ほかげに抱えられながら空へ戻った結希ゆうきの視界に樒御前しきみごぜん以外のものが入る。

 黒く濁った空に白はよく映えた。黒のままだったら見逃していたかもしれないそれはあっという間に近づいてきて樒御前を追い越していく。


「──火影!」


 手を離された。落ちていく結希は今度はヒナギクに抱えられ、一反木綿いったんもめんに受け止められる。ゆっくりと着地した火影は疲れていたのか、両膝をついて長い長い息を吐いた。


「結希、ヒナギク、火影……」


 一人一人の名を愛おしそうに呼んだ麻露ましろは、抱き締めたいという愛情を堪えて胸を張る。


「……待たせたな」


 その言葉が聞きたかった。


 今も昔も変わらない態度でひらひらと片手を振る依檻いおりが、柔らかな微笑みを見せる真璃絵まりえが、緊張した面持ちの鈴歌れいかが、明るい未来を見ているかのような熾夏しいかが、そんな熾夏を信じている朱亜しゅあが、早く樒御前と戦いたいとうずうずしている和夏わかなが、樒御前をなんとも言えない表情で見つめる椿つばきが、また会えたことを喜ぶ月夜と幸茶羽が、そこにいる。そして、姿が見えないと思った四人は一反木綿の尾の方にいた。

 眠る歌七星かなせと歌七星を膝枕している愛果あいかはしばらく戦えないのだろう。月夜と幸茶羽の手によって回復はしているが、肝心の妖力が枯渇している。千里せんりは寄りかかる心春こはるを支えており、心春は──月夜と幸茶羽の治癒を拒んだらしい。黄金色の双眸を細めて痛みに耐え、《言霊の巫女》としてそこにいた。


「…………っ」


 喉の奥がきゅっと閉まる。愛果と歌七星と心春は、結希にとって特別な家族だった。出逢ってすぐに覚醒した義姉妹たちの先鋒は、何があっても、どんな時でも、傍にいてくれた。半妖はんようが覚醒するきっかけを知ってしまった後は、もしかしてと考えたこともある。そんな三人が真っ先に潰れた理由も、わかる。


 三人だけが、とっておきという名の切り札を覚醒する前から持っていたのだ。


 それを使わざるを得なかった敵がいる。今すぐに立ち向かわなければならない敵がいる。

 声を出さなければ。彼女たちの王は自分なのだから。彼女たちも自分の言葉を待っているはずだから。なのに──何も、出てこなかった。


「アリア、いぬい、アイラ、まこ星乃ほしのは、先に行っている。貴様らと、私を、信じて」


 結希を下ろしたヒナギクが、少しずつ義姉妹に近づいていく。


「五人には《十八名家じゅうはちめいか》が仕掛けた罠まで鬼を誘導する仕事を任せている。その後は、副会長たち陰陽師おんみょうじの仕事だ。私たちの仕事は、たった一つ。これからあの鬼を半分以上弱らせて、五人に引き継ぐことだ」


 途中で足を止めたヒナギクのことを全員が見ていた。麻露はヒナギクを濁りのない深い青目で見つめ、ヒナギクの心に迷いがないことを知り、顎を引く。



「──進軍だ」



 全員が、麻露ではなくヒナギクに従っていた。全員の中心にいるのはヒナギクだった。


「私に力を貸せ」


 そんな彼女たちの心を裏切らないような口調で、ヒナギクは手元に薙刀を出現させる。


「オッケーよ。すべてが終わったら、何をどうしたら覚醒したのかお姉ちゃんにたぁっぷりと聞かせてね」


 人差し指と親指で丸を作った依檻が触れてはならない部分に触れる。「そうだな」となんでもないように相槌を打った麻露がゆっくりと口角を上げるが、その目はまったく笑っていない。表情や視線が柔らかくなってきたはずの鈴歌は無表情のまま結希を見つめ、月夜はわざとらしく頬を膨らまし、幸茶羽は本気で悲しそうな表情をしている。愛果は疲れたように息を吐き、心春は視線を逸らし、椿は──今までの彼女からは想像もできないほどに静かな怒りを込めてヒナギクを睨んでいた。


「私はずっと待ってたけどね。ヒナギクちゃんが覚醒するの」


 背筋を伸ばした熾夏は既に、樒御前をどう倒そうかと思考を巡らせている。


「だって、総大将が覚醒してないとなぁんにも締まらないでしょ〜?」


「土壇場で間に合ったという感じじゃのぅ。頼りにしておるぞ、総大将」


「本当です。これで雑魚のような実力だったら、火影は一生総大将の人の言うことは聞きませんから」


「きっと大丈夫よぉ。ヒナちゃん、どうかしらぁ。その体にはもう慣れた?」


 静かに尋ねた真璃絵は、覚醒前と覚醒後で大きく姿を変えた者の一人だ。見た目に大きく変化がなくとも、実力は大きく異なっている。覚醒は決して楽ではない。



『……覚醒は、禁忌だよ』



 便利な力では──ない。


『……とっても、強すぎるから。身を滅ぼしちゃうかも、しれないから』


『かも? 滅ぼしたわけじゃないってことか?』


『……うん。でも、あれはとっても危険だってソウリュウが言ってた。嫌な気配がする、って』


『……わかった、信じる。間宮宗隆まみやそうりゅうは覚醒について他に何か言ってたのか?』


『……言ってない。まだ何もわかってないから。けど、陰陽師の力に当てられた妖怪が死んでいくのは確か』


『死ぬのか? 妖怪が? 九字くじを切ったわけでもない、陰陽師の力に当てられて死ぬならこんな苦労はしないだろ』


『……でも、紅椿あかつばきは死んじゃった』


 どうして今になってこの話を思い出したのだろう。結希は息を止め、恐る恐る樒御前を見上げる。

 紅葉くれはの札の力で未だ一歩も動かない樒御前だったが、いつ動き出してもおかしくはない圧を身に纏っている。


 そんな樒御前の傍に陰陽師がいたら──樒御前は弱るのだろうか。


 半妖がヒナギクの傍にほとんど集った今、自分にできることは何もないに等しい。そう諦めかけていた結希に一筋の光が差し込む。



『……その死に方は正しくない。だからもっと、呪われちゃう』



 だが、駄目だった。何もできなかった。


 それでも、彼女たちと歩んできた〝今まで〟があることを忘れていない。〝これから〟を掴みたいから、まったく動かない歌七星を見つめる。


『結希くんが、この楽園を完成させてください』


 歌七星の楽園を、潰させはしない。


「この体には充分慣れた。真璃絵、出せ」


「出せ、って」


「貴様のすべてをだ」


「……あら」


 ヒナギクの両手が真璃絵の肩甲骨辺りに触れる。真璃絵は珍しく驚いて一瞬だけ固まったが、すぐにヒナギクの意図を察して手と手を合わせた。


「みんな」


 真璃絵の攻撃が開戦の合図だ。



「──百鬼夜行、始めるわよぉ」



 こんな時でも真璃絵の声は柔らかくて温かい。一反木綿に乗っていても、大地が震えているのがよくわかる。何かとんでもないものが来る現れだ。だが、下にいる彼らは──そこまで考えてすぐに安堵する。この世界は千年も前から戦乱の世だった。そんな世界で生きる彼らは命を粗末にしない。妖怪たちの戦場にい続けるほど愚かではない。


 割れた大地からこの世に生を受けたのは、手でも足でもなさそうな骨だった。骨の大地、と表現できるだろうか。ただそれだけが顔を出して──頭蓋骨であることに遅れて気づく。手足ばかり出していた真璃絵が何故それを。何故頭を。それがなんの役に立つのか。


「……嘘でしょ」


 声を漏らしたのは依檻だった。頭蓋骨には頚椎だけでなく、肩甲骨もついている。胸骨や肋骨までが出てくると、大地から上半身を出した餓者髑髏がしゃどくろそのものになる。


 その大きさは──現時点で樒御前の半分ほど。餓者髑髏の全身を拝める瞬間が待ち遠しいくらいに期待に胸が膨らむ百鬼夜行だ。


「平気なのか、真璃絵!」


 いくら覚醒したとはいえ、これほど巨大な餓者髑髏の全身を出現させることは容易いことではない。


「平気よぉ」


 だが、真璃絵はこの瞬間も自分の命がこれから先何年も続いていくと信じて疑っていなかった。



総大将ヒナちゃんがついているもの」



 真璃絵の肩甲骨に触れているヒナギクは、義姉妹たちの中で唯一餓者髑髏の出現に驚いていない。まるで、真璃絵とヒナギク二人が出しているかのようだ。


「だから、いってらっしゃい」


 会社や学校に向かう義姉妹たちを送り出すかのような声色で、真璃絵は義姉妹たちの背中を押す。次々と一反木綿から飛び出していく彼女たちは、樒御前を囲ってそれぞれの攻撃を開始する。


 始まった。ここでの結希の使命は、一反木綿に残った義姉妹たちを守ることだった。


 餓者髑髏を操る真璃絵。深い眠りにつく歌七星。義姉妹たちを運ぶ鈴歌と動けない愛果。義姉妹たちの援護をする心春と、そんな心春を泣きそうな表情で見つめる月夜と幸茶羽。そして。



「いってこい! ヒナギク!」



 薙刀を担ぐヒナギクも一反木綿から飛び出していく。そのまま、樒御前と比べたらちっぽけな半妖たちの乱舞に交わっていく。


 これで負けるわけがない。


『ユウキ』


「兄さんッ!」


 タマ太郎たろうの声と紫苑しおんの声が真上から降ってくる。そして──。



「結希」



 一反木綿に落ちてきたのは、半妖姿の亜紅里あぐりだった。


「遅かったな」


 あまりにも会うのが久々すぎてつい揶揄うように言ってしまったが、亜紅里の雰囲気はそれに応えない。


「落ち着いて聞いてくれ」


 それどころか、嫌な報せを持ってきたようだ。


「何を」


 亜紅里が無言で樒御前を指差す。その間に、芦屋あしや義兄弟を抱えた式神しきがみ全員が一反木綿に着地する。


「モモ、本当にそうなの……?」


 否定してほしい。あの真菊まぎくが他でもないモモにそう言っていた。真菊だけでなく、芦屋義兄弟全員がモモのことを疑っているような──信じられないような表情で見つめている。


「お父さん……っ!」


 モモは、いつものように泣いていた。



「あの中に、お前の父親がいる」



 状況を理解できていない結希に亜紅里が告げる。結希は一瞬だけ口を開き、樒御前へと視線を戻し、そして泣いた。


 芦屋家が──芦屋家の血を継ぐ者たち全員が、呪われて。穢れてしまう。

 美歩みほが呪われることも避けたかったが、それ以上に、もう誰にも呪われたくなかった。


 呪いが二つになれば、複雑になり解けなくなる。間宮家と芦屋家の血を、本当に結希で最後にさせなければならなくなる。


 今の家族は大好きだ。偽りだとは思っていない。それでも、少しだけ夢見ていた。


 誰かの夫になることと、誰かの父親になること。そんな些細な夢が壊れる音がする。


 いや。


 樒御前が弱らなければ、自分たちには未来さえない。今の家族の未来を守れるならば、自分一人に二重の呪いがかけられる今を、受け入れよう。その方が楽だ。


「父さんッ!」


 泣きじゃくる真菊の声が聞こえる。だが、結希は、父親の為には泣けなかった。母親の夢が叶ったことばかり考えていた。

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