表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
278/331

十三 『義姉妹の絆』

 瘴気の山のような鬼の一歩はあまりにも大きくて、動く度に大地が揺れる音が響く。かなねぇが琵琶湖に落ちた音もかなり大きかったはずだけれど、何も聞こえないままかな姉は水の奥底に消えてしまった。

 お姉ちゃんたちを乗せた鈴姉れいねぇは速度を上げて鬼を追い越し、お兄ちゃんたちがいる陽陰おういん町へと急ぐ。ぼくはお兄ちゃんたちの傍にいることができないけれど、お姉ちゃんたちならお兄ちゃんたちを守ってくれると信じていた。


 でも、本当は、お兄ちゃんの傍で戦いたかった。お兄ちゃんのことをぼく自身が守りたかった。


 お兄ちゃんと同じように冬乃ふゆのお姉ちゃんも星乃ほしのちゃんもお母さんも逃げないはず。そんなみんなが傷つかないように絶対にここで弱らせる。

 助けられるような頼りない女にはなりたくない。みんなを助けることができる女になりたい。ぼくは小白鳥こしらとり家の現頭首でもあって、お姉ちゃんたちの妹だから──きっとできる。大丈夫。


「『弾けろ』ッ!」


 伸ばされた鬼の手を弾く。


「ありがとう心春こはるちゃん!」


 お礼を言うのは乗せてもらっているぼくの方なのに、千里せんりさんは今日もぼくに優しかった。


 千里さんを守りたい。守らなければならないとすぐに気づく。千里さんはお兄ちゃんの式神しきがみだから、千里さんやスザクさんが倒れたらお兄ちゃんも倒れる。

 それだけは絶対にダメだった。そうでなくてもぼくは千里さんのことが大好きだった。


 千里さんは勢いをつけて瘴気の中に身を投じる。真っ黒な世界、先月の天狐てんことの戦いと比にならないくらいの酷い闇で──鬼の体なんてわからなかった。

 それでも千里さんは勢いを殺さないまま手の中の剣で鬼の手を刺す。千里さんにしがみついているぼくでもわかるくらい、そこには感触という名の命がなかった。


「──ッ!」


 ぼくたちの全身を包み込む瘴気がぼくたちを追い出そうと風になる。貫くことができないほどの巨体から離されて、真っ逆さまに落ちていく。千里さんや他の式神の皆さんは、鬼に追いついた瞬間からこんな戦いを強いられていた。


 そんな相手に勝てるとは思えない。落ちている間も鬼は陽陰町へと進んでいく。


 待って。ダメ。勝てなくても負けちゃダメ。


 追いかけなければ。引き止めなければ。鬼にどんな言葉をかければ、ここにいてくれるのだろう。


「『土地神の加護を受けた精霊よ、我に力を与えたまえ』──」


 琵琶湖の各所に渦が出現する。水の力を持つ土地神様の、加護を受けた精霊たちがぼくに力を貸してくれる。



「──『停止せよ』ッ!」



 これはとても簡単な言葉だった。それでも、鬼のあの巨体を止めるにはとても弱い言葉だった。


「かはッ」


 生まれて初めて喀血する。喉の奥が痛い。血の味がする、千里さんを汚したくないのに……お兄ちゃんにそうしてしまったように千里さんに吐き出してしまう。


「心春ちゃんッ?!」


 千里さんが悲鳴に近い声を上げた。ごめんなさい、大丈夫だから──そう思って鬼を指差す。


 鬼は少しずつ動いているけれど、一歩は踏み出せていなかった。琵琶湖で生きるすべての精霊と土地神の力が鬼の力を上回っている証拠だ。でも、それにぼくの体が追いついていなかった。ぼくは知らぬ間にとんでもない賭けをしていたらしい。


 鬼の妖力が今よりも強力だったらぼくは絶対に死んでいた。ぼくの言葉がもう少し強い言葉だったらぼくは絶対に死んでいた。

 覚醒していなかったら、ぼくは絶対に死んでいた。


 死ぬ気で戦おうとは思ってない。だから、喉に負った傷を治すことに専念したい。だから、誰か。誰か──!


 瞬間、渦が生まれた場所から水柱が立つ。真下に怪物がいるかのようなそれはきっと、かな姉の力だ。


「合図……? 皆さん一キロ! 離れてください!」


 痛いくらいに涙が溢れる。さっきよりも大きな渦が鬼を巻き込んで水中に引きずり込もうとしている。

 でも、鬼は大きい。琵琶湖を走れるくらいに大きいから、沈むことなんて絶対にない。かな姉、お願い、死なないで。かな姉だってぼくの大切で大好きなお姉ちゃんなんだよ? これからも一緒に生きたいんだよ。


 鬼の足音ではない謎の衝撃波がぼくと千里さんに襲いかかる。けれど、それよりも、直後の鬼の咆哮の方が痛くて苦しくて悲しかった。


「効いてる……一体何が……」


 かな姉の姿はいつまで経っても見えない。渦の勢いは少しずつなくなっていって、もうかな姉が動かしているわけではないことを知る。


「かな姉ぇぇぇえぇええぇッ!」


 痛いけど叫んだ。



『──わたくしの妹から離れなさい、醜女!』



 あの日助けてくれたのがかな姉だったから。まりねぇのことが大好きで、まり姉があんなことになってたくさん落ち込んでいたのに、歌って踊ってみんなを笑顔にしてたから。お姉ちゃんたちの中でかな姉のことが一番大好きだったから。


 鬼はまた動き出したのに、かな姉の姿はまだ見えなかった。


歌七星かなせさん……!」


「千里さん、追いかけ、て」


「えっ、でも!」


「千里さん、まだ、戦える、から、ぼくは、しばらく、だめ、だから、かな姉は、ぼく、が」


 千里さんが首を左右に振る。千里さんが嫌がる理由もわかるけど、ぼくは、少しでもたくさんの人を千里さんに救ってほしかった。

 千里さんには絶対にその力がある。千里さんは、お兄ちゃんの式神だから。


「かな姉は、ぼくが、つれてく」


 あの日かな姉がぼくを見つけてくれたように、ぼくもかな姉を見つけてみせる。


「だいじょ、ぶ、だから」


 確信していた。ぼくにはまだ切り札がある。

 千里さんは顎を引き、ぼくを陸に下ろして鬼を追いかけた。ぼくはその場に膝をつき、人間の姿に戻る。


「ごほっ、ごぼっ!? ずぁ……っ」


 血を吐き続けた。血を失い過ぎて気持ち悪くなるけれど、これでいい。今日は上手くなれるはず。


『心春ちゃん、自分の力に怯えないで。言霊ことだまは確かに人を不幸にするけれど、それ以上に幸せにすることだってできる。それは他の半妖はんようには絶対にできないことだから、誇りに思っていいんだよ』


 今思い出した。あの日冬乃お姉ちゃんが助けてくれたことを。


『せめて自分だけは、その力を嫌わないで。──先生は、誰がなんと言おうと心春ちゃんの力が一番好きだよ』


 お姉ちゃんたちに負けないくらいずっとずっと愛してくれたことを。


『突然家族になって、家を出るつもりだったのに守りたいと思ったから傍にいて、家族として好きになったのはつい最近のことなんだ。心春ちゃんが怪我をして、この二ヶ月間どれだけ自分がみんなを心配させていたのかもようやくわかった』


 お兄ちゃん。家を出ないでくれてありがとう。お兄ちゃんがいてくれたからバラバラだったぼくたちはまた一つになって、違う道に進んでも〝さよなら〟にはならなかった。そうならないって信じてたからぼくは一歩を踏み出せたんだよ。


『『助けて』って言われたんだ。心春ちゃんの本当の家族に、無事に連れて帰るって約束もした』


 かな姉を連れてすぐに助けに行くから。


『《言霊の巫女》は、土地神の加護を唯一受ける小人こびとが瀕死の時になる別の姿だ。……下手したら、本気を出した総大将ヒナギクよりも強い』


 もっともっと強くなって帰るから、だから、もうちょっとだけ待っててね。





「ッ?!」


 衝撃波が鈴姉れいねぇ一反木綿いったんもめんに襲いかかる。揺れて揺れてしがみついて、ウチはその出処の方へと視線を向けた。


「琵琶湖……!」


 幸茶羽ささはが声を漏らす。全員琵琶湖で何かあったことを悟っていたが、すぐに動くことができなかった。


「…………後ろ! お願い!」


 前だけを向いてウチらを運んでる鈴姉だけがウチらを我に返らせる。鈴姉ってこんな人だったっけ。


『…………ボクには、イオねぇたちに報告をする義務がある』


 いや、ずっと前からやるべきことはやる人だった。ウチらを運ぶことも情報を迅速に共有することも鈴姉にしかできないことで、それが羨ましかったけれど──今はそうじゃない。ウチにはウチの役割がある。


「任せて!」


 立ち上がって後方まで走った。


愛果あいか! 何をする気だ!」


「他にいいアイデアがあるかもでしょ?! 先走らないで!」


 シロねぇといおねぇがウチを止める。振り向くと、鈴姉以外の全員がウチを見てた。


「鬼に化ける」


 それしか方法はないと思った。


「化ける?! どういうことじゃ、まさか……」


鈴歌れいかから下りて戦うってこと?」


 朱亜姉しゅあねぇとしいねぇはウチがやりたいことをわかってくれたらしい。顎を引いて、鬼を止める力があるのはウチだけだと改めて思う。


「鬼と同じくらい大きくなれるのぉ?」


「なれる。小石にもなれたし……小石くらいならみんなの姿も変えられる」


 亜紅里あぐりの従兄の衣良いらもそれで守れた。だから絶対大丈夫。自信はある。


麻露ましろ依檻いおりが遠距離攻撃できるつっても、それなりに接近しなきゃ届かないしな」


 わかねぇが溜息を吐いた。


「そう。ウチがここで止めるから、みんなは先に行っててほしい」


 シロ姉の氷壁もいお姉の炎も奴の前では意味がない。まりねぇが骸の手で鬼の足を引っ張っても、奴は絶対に止まらない。しい姉も朱亜姉もわか姉も、同じ鬼の椿つばきだって鬼を止める術を持っていない。月夜つきよも幸茶羽も鈴姉と同じだ。二人には二人の役割がある。


「止められる可能性がこの中で一番高いのはウチでしょ?! 違う?!」


「いいや愛果の言う通りだ!」


 叫ぶシロ姉は、それでも認めてくれないようだった。


「一人にさせたくないっ、わかるだろう?!」


「だからってウチ以外の誰かが残っても意味ないだろ!」


 かなねぇ心春こはるも自分の戦場はここだと言って残ったのだ。そうじゃないなら行ってほしい。


「…………シロ姉、一応千里せんりちゃんたちがこっちに来てる。一人にはならないはずだよ」


「かな姉と春姉はるねぇは!?」


「…………大丈夫。生きてる。一緒には来てないけど」


「…………」


 しい姉がそう言うんだから本当に生きてはいるのだろう。でも、無事ではないらしい。


「一人で残るから!」


「愛果ッ!」


「ウチらはヒナギクの右腕と左腕をもいでるの! 結希ゆうきを守り切れなくて亜紅里を京都に置いてってるの! ウチよりも総大将ヒナギクの傍にいて! あいつだけは──あいつと結希だけは絶対に死なせないで!」


「──ッ」


 シロ姉の顔が歪む。ウチの言葉は正論だから。


「あっ」


 月夜も声を漏らした。わかってる。鬼の姿が見えたんだろう。


「お願い」


 鈴姉から下りた。鬼は二百メートルを超えていたはずだ。琵琶湖を走ってたんだから。だから──。

 鈴姉がある程度離れたことを確認して化ける。すごく大きく。もっと大きく。鬼と同じ高さになって止める。


 結希。あんたはその間に戦う準備をしてて。

 ヒナギク。あんたは結希を守ってて。


 かな姉と心春が作った時間は無駄にはしない。かな姉と心春が削った鬼の力をもっと削る。


 鬼が正面に見えた。腕を広げて鬼の両肩を掴み、踏ん張る。化けて姿を変えることはできるけど、これはウチの素の力だ。簡単には止められない。かなり強い力で押されてる。でも──。


『ここはウチのナワバリだ! 勝手なことすんじゃねぇ!』


『やるならさっさとかかって来な』


 こんなの、日常茶飯事だっただろ?


 百鬼夜行で自分の無力さを思い知った。半妖はんようになれたのに力が使えないからって戦わなかったあの時の選択は間違っていたとずっとずっと後悔してた。ウチは心が弱かった。だから強い人に憧れた。誰にも負けないくらい喧嘩が強い不良になりたかった。


 それが強さじゃなかったのに。強さの意味を履き違えて、何度も何度も自分より大きな相手に立ち向かって、半妖の素の力でねじ伏せてきた。


 ウチはバカだ。姉さんたちにも妹たちにも迷惑をかけたバカで──



『怪我したらどうするつもりだったんですか』



 ──心配させ続けたバカだった。


 でも、バカで良かった。バカだったから力の使い方がわかる。踏ん張り直して鬼が進む速度を落とす。右手で鬼の左手を持って、右足を鬼の付け根に当て、ぶん投げる。椿が心春に教えてた柔道の技だ。


 大地が割れる。木々が薙ぎ倒される。


『ウチの傷はもう消えたよ。〝とっておき〟も、もう使わないくらい強くなれたから……だから、さ。早く目を覚ましてよ』


 この手は絶対に離さない。結希が約束を守ってくれたから。結希がウチを強くしてくれたから。


 絶対に、ここで潰す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ