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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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十二 『それぞれの戦場』

 芦屋あしや義姉弟を率いるように走っているのは、結希ゆうきの従妹で結希の父親の姪でもある美歩みほだった。京都はどこの道も真っ直ぐで、人の手が加えられ過ぎていると気持ちが悪くて吐き気がする。美歩を含めた芦屋義姉弟たちが見知らぬ土地でも迷わなかったのは目的地が震源地でもある鬼の封印場所で、鬼が京都を覆った瞬間の気配を覚えていたからだった。


 真菊まぎくはる紫苑しおん多翼たいき、モモを守るように暴れ出す妖怪を倒しているのは、カグラ、ツクモ、タマモ、カグツチ、エンマで。私は彼らの式神しきがみと共に妖怪を狩る。

 鬼がもう京都にいないからかその数はすぐに減少したが、陽陰おういん町がそうなるとは限らない。一刻も早くヒナギクの元に駆けつけたかったが、私は、彼らを二度も見捨てたくなかった。


「あっ……!」


 目的地に辿り着いて声を漏らした美歩の隣に降り立って、全壊した神社らしき建物を見つめる。それが神社だったと判断することができたのは、傷一つついていない鳥居のおかげだった。


「美歩! 亜紅里あぐり! 父さんは──」


 追いついた真菊も絶句する。探していた陰陽師おんみょうじの力はここにはない。結希は望んでいないと言うかもしれないが、私は、世界の敵となってしまった結希の実父を結希に会わせることができなかった。


義彦よしひこッ!」


 他の義姉弟とは違う呼び出し方で自らの式神を呼んだ美歩は、すぐに現れた義彦に縋る。次々と神社に辿り着く義姉弟と式神は、そんな二人を呆然と眺めていた。


「オウリュウが言ってた! ここは千年前……」


土御門つちみかどの祖が鬼を封印した神社、だろ?」


 義彦が確認した相手はエンマで、息を切らしたモモを支えるエンマは「肯定なのだ」と顎を引く。


「ここは、俺たち土御門の帰るべき場所。俺たち土御門が千代に八千代に護らなければならなかった神社だな」


「ねぇパパは?! いないの?!」


「いないならハズレだろうな。さっさと鬼を追いかけるぞ、ここにもう用はねぇ」


「待って紫苑、もしかしたらあの下にいるかもしれないでしょ!」


 春が泣きながら瓦礫の山を指差す。陰陽師の力を感じることができないならば、その可能性が最も高いが──彼らも、私も、その覚悟はしたくなかった。



「……お父さん、ここには、いない」



 小さな声で断言したのは、モモだった。この場にいる全員が、あの鬼を封印したのはモモの祖でもあることに気づいていた。


「……お父さん、鬼さんに、飲み込まれてる」


 モモは他の陰陽師とは違う。美歩も他の陰陽師とは違うが、モモの場合は強さではない。

 モモは多分、他の陰陽師には見えないものが見えている。他の陰陽師が感じないものを感じている。


「追いかけるわよ!」


 すぐに真菊が踵を返した。


「待って!」


 誰も引き止められると思っておらず、義彦に縋ったままの美歩に気づく。


「ここは千年前、あの鬼が封印された神社! 何もないかもしれないけど、でもっ、何かある可能性がゼロってわけでもない!」


 美歩も泣いていた。多翼もモモも泣いた。泣かなかったのは真菊と紫苑だけで、真菊が強がりであることを知っている私は──結希から紫苑が強がりであることを聞かされていた私は、二人を正面から抱き締める。


「急に何っ……」


「愛は、隠すべきじゃない」


 隠していたら届かないことを知っている。この愛のすべてを結希に伝えていないから、届いていないはずだから、結希をまだ困らせていない……と思う。それで苦しみ果てても構わないけれど、二人の愛はそうじゃない。それは、伝えて困らせる愛ではない。


「愛してねぇよ……欲しかったわけでもねぇ……」


 紫苑が私を抱き締め返す。紫苑の腰には、私を斬りたがっている《半妖切安光はんようきりやすみつ》が下げられていた。


「……けど、死んでほしいわけでもねぇ、もう誰も、妖怪から奪われたく……ねぇっ!」


 私を振り解いて全壊した神社へと走る。そんな紫苑の後を全員が追いかけていく。

 百妖ひゃくおう義姉妹も似た者同士の集まりだったが、芦屋義姉弟も似た者同士の集まりだった。


 彼らも間違いなく、家族だった。





 京都で鬼から受けた傷はまだ塞がっていない。それでも膝をつく間もなく鬼を追いかけていった家族がいる。

 鈴歌れいかに拾われたわたくしは、ほとんどの家族と共にいた。追いかけたのは熾夏しいか和夏わかな愛果あいか椿つばきとヒナギクさんのみらしい。京都に残った亜紅里あぐりたちのことも心配だが、五人のことも心配で心配で仕方がなかった。でも。


百妖ひゃくおう家の人はきっと全員そう思ってます。前に愛果が言ってくれたんですが、一人で戦っているわけではないんですよ。愛果の姉の歌七星かなせさんが周りに頼らないで戦ってどうするんですか』


 彼がわたくしにそう言ってくれた。


『歌七星さんは俺たちを信じて、休む時は休んでください。俺たちだって毎日交代して妖怪退治をしてるんですから』


 家族を頼ることを知った。信じるだけではなく、託すことができた。


『それに、俺が必ず守りますよ。俺は陰陽師おんみょうじですし、なによりも百妖家の長男ですから』


 やっと姿を捉えることができた鬼の進撃を止めて初めて、わたくしは結希くんを守ることができる。結希くんは、陽陰おういん町で一緒に戦うことを望むだろうけど。


「鈴歌、良くやった!」


「さーて。鬼っていう瘴気塗れのアレをどう倒そうかしら」


 シロねぇ依檻いおり姉さんは琵琶湖で鬼を止める気だった。


「大丈夫よぉ。ね? かなちゃん」


 真璃絵まりえ姉さんもここから先へ行かせる気はないようだった。


「えぇ。ここはわたくしに任せてください」


 わたくしも、鬼を無傷のまま陽陰町に行かせる気はない。あの町には守りたい者が多すぎる、わたくしはまだ和穂かずほさんと奏雨かなめさんから許されていない。あの二人に、泡魚飛ほうぎょうひ家の人間に、幸せになってほしい。


「…………置いてかない」


 鈴歌に腕を掴まれる。その瞳はもう、光のない瞳ではなかった。


「ここは水上です。わたくしの戦場はここしかありませんが、貴方たちはそうではないでしょう」


「それはそうじゃが、かなねぇを一人になんて……」


 朱亜しゅあが躊躇う。その気持ちはわたくしも痛いくらいに理解できるけれど──



「ぼくも残る!」



 ──わたくしの肩に乗ったのは、心春こはるだった。


春姉はるねぇも?!」


「バカ! 死ぬ気?!」


 月夜つきよ幸茶羽ささはが声を上げる。わたくしも心春を下ろそうとしたけれど、手を止めた。


「ぼくの戦場もここしかないの! 陽陰町には精霊がいないから、これ以上陽陰町に近づいたら戦えなくなっちゃう!」


 そうだ。陽陰町はもう、心春の戦場ではなくなっている。


「わかりました。行きましょう、心春」


 鈴歌が鬼に追いついて並走する。攻撃を弾かれて真っ逆さまに落ちていく熾夏を受け止めると、全員が足場を求めて一反木綿いったんもめんに着地した。


「おっそい!」


「帰ったら罰金百万円な」


 怒る愛果と人格が変わっている和夏。無言の椿は鬼から片時も目を離さず、どこにもいないヒナギクさんの代わりに千里せんりさんがやって来る。


「皆さんもここは私たちに任せて行ってください!」


 見ると、結希くんの式神しきがみたちが戦っていた。熾夏のように落とされても瞬間移動を駆使して再び鬼に接近しており、そういう意味では苦戦していないようだ。


「いえ。わたくしと心春はここで戦います。千里さん、心春のことをよろしくお願い致します」


 千里さんが驚いたようにわたくしを見下ろす。千里さんは結希くんのクラスメイトで結希くんの式神だ。千里さんの存在を知った時は嫉妬で気が狂いそうになったけれど、彼女が愛している人は結希くんではなかった。彼女は主として結希くんを愛していた。

 彼女の立場を羨んだけれど、彼女はわたくしたちの家族としての関係を羨んでいた。千里さんとわたくしたちは同じだ。仲間だ。信頼できる。他の誰でもない結希くんの式神でもあるから。


「この子はわたくしたちの大切な妹です。貴方もわたくしたちの大切な妹です。生きて必ず結希くんの元へと帰りましょう」


 心春のヒーローになってくれた結希くんの式神でもあるから、託す。


「はっ、はい!」


 心春を掌に乗せた千里さんは、溢れた涙を拭えなかった。それを、依檻姉さんが優しく拭う。


「かなちゃん、私の大切な生徒をよろしくね」


 わたくしも依檻姉さんから大切な生徒を任された。


「えぇ。千里さん、わたくしが合図を出したら他の式神たちと共に鬼から一キロほど距離を取ってください」


 だから微笑んで琵琶湖を目指し落ちていく。


 鬼の力を削れる自信がわたくしにはあった。わたくしは生まれてから今日まですべての力を出し切ったことがない。わたくしにはまだ力がある。


 人魚にんぎょの〝とっておき〟である、〝滅びの歌〟。自分を含めた生きとし生けるものを滅ぼす、太古の歌。


 滅ぼしてしまうならば誰も知らないはずの歌なのに、わたくしはそれを知っていた。

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