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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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十  『笑う道化師』

結希ゆうきッ!」


「あっ、いぬいさん?!」


 動く間もなく三階まで駆け上がってきたのは、白衣を脱ぎ捨てて《カラス隊》の隊服を身に纏った乾だった。


「乾くんも来ておったのか」


「お前ら寝てんのか! バラバラに戦ったら死ぬって六年前に学んだだろ!」


 乾はまこ星乃ほしの、そして翡翠ひすいと十人ほどの子供たちを引き連れており、陰陽師おんみょうじが集っているホール会場の扉へと視線を移す。


「お前がこんなことできるとは思ってなかったが、老いぼれ陰陽師に関してはお前の判断が最適解だな。けど、今、《十八名家じゅうはちめいか》がバラバラになって戦っている。私にはあいつらを纏めることができない、お前も、お前も、お前も、お前でさえ無理だろうな」


 乾が視線を移してその碧眼に移したのは、小白鳥こしらとり家の旧頭首の涼凪すずなと、結城ゆうき家の旧頭首の千秋せんしゅうと、白院はくいん家の現頭首のヒナギクで──最後に見つめたのは土地神である風丸かぜまるだった。


「結希、やれ」


 乾はそれだけしか言わない。


「《十八名家》は対等でなければならない。それを破ることはできないのだから、《十八名家》の出身ではない──風丸のように進むべき道がわかっていないわけでもない貴様だけが、私たちを導けるんだろうな」


 ヒナギクも異論はないようだった。


「気負わなくても大丈夫よ。貴方が導くのは王だけ、王の子供たちを導けるのは王だけだから」


 涼凪は温かい。結希のことを六年も診ていた冬乃ふゆのの母親だからこそ、気を抜くと弱さを見せてしまいそうになる。そんな涼凪に同意する千秋は確かに王だった。頷いただけの真も、星乃や翡翠を含めた子供たちにとってはかけがえのない王だった。


「やります!」


 迷っている時間はない。乾から差し出されたのは乾のスマホで、画面を見ると、各家の旧頭首たちの顔が映っていた。


『ごめんな結希くん! こいつら結希くんじゃないと言うこと聞かないんだよ〜!』


 歯を見せて笑っているのは虎丸とらまるだ。同じ画面の中には蒼生そうせいがおり、困ったように笑っている。


『うるさい! 《十八名家》は対等なんだ、お前らからの指図なんて受けるわけないだろ!』


 吠えるのはめぐむで、こちらも同じ画面の中にひそかがいる。密は無表情だったが、依檻いおりと同じブラウンの瞳には闘志が存在していた。


『非常時でもまだそんなことを言っているのか』


『ほんと恵ってガキだよね〜。でもぉ、ボクもセンパイがいいなぁ〜』


 鬼一郎きいちろうがいるのは最初からわかっていたが、翔太しょうたも画面に映っていた。翔太だけが戦いに巻き込まれない世界は存在しない、翔太も《十八名家》である以上は戦うのだと──思い知らされる。


『ほら。みんな、そろそろ黙って。結希くんの話を聞きましょう?』


『結希くん、頼りないかもしれないけれど、私たちを頼ってね!』


 吹雪ふぶき白雪しらゆきに他の旧頭首たちとの年齢差はほとんどないが、唯一の子持ちである吹雪の精神年齢は他の旧頭首たちと異なっているように見え──吹雪が伊吹いぶきから離れて戦おうとしている事実に胸を痛める。そんな彼女を一刻も早く伊吹の元に返す為に、結希は唾を飲み込んだ。


「鬼は陰陽師を狙っています。全員町役場にいるので、鬼は町役場を狙うはず……だから皆さんは町役場から離れてください」


 町役場は陽陰おういん町の中心にある結城家の領地だ。だから旧頭首たちはここに集まり、陽陰町から出ていった。


「戦える陰陽師は三人しかいません。なので、チャンスは一回だけだと思っています。鬼が陽陰町に辿り着いた時、鬼の敗北が決まっているほどに、鬼の力を削っていなければならないとも思っています。今姉さ……」


 思わず出てきてしまった言葉を切る。だが、旧頭首たちは聞き逃していないようだった。


『何故止めるのじゃ。お主にとっては〝姉さん〟なんじゃろう? 我輩の妹も、子奴らの姉妹も』


 青葉あおばは結希を笑わない。


『ほんと。何つまんないこと気にしてんの』


 和穂かずほでさえ結希を笑うことはなかった。和穂が逃げずにこの通話に参加していることが意外だったが、背後に奏雨かなめがいることに気づく。

 奏雨は真たちが暮らす施設の施設長だ。どれほど恐ろしくても、奏雨はきっと真たちを置いて逃げることはない。奏雨は臆病な人間だが、優しい人間でもあるのだ。


「……今、姉さんたちが鬼と戦っています」


「いや、少し状況が変わった」


「えっ?!」


「追いついたぞ、鈴歌れいかが」


 この場にいる全員が息を呑む。思わず画面の中に視線を移すと、あのふうが泣きそうな表情を見せていた。

 母親である乙梅おとめと妹である鈴歌が前線に出ている風の心情は察するに余りある。アリアも乾も傍にいない風は今、研究所の中に独りでいるようだ。


歌七星かなせが琵琶湖の中に入った。鈴歌は他の半妖を連れてこっちに向かっている。鬼と戦っている主力はお前の式神しきがみだな」


『乾ッ! 歌七星だけが結希の式神と一緒に戦っているのかい?!』


 奏雨が会話の中に入ってくる。旧頭首たちの驚いた反応を気にする余裕もないような奏雨は、唇を噛み締める和穂の肩を抱いていた。


「琵琶湖はでけぇ。瞬間移動できる式神じゃねぇと近づくことさえムズいんだよ」


「だから千里せんりは『行け』と行ったんだ。突破されたら陸地は任せたと」


 結希はスマホを傾けてヒナギクの姿を映し出す。その場にいたヒナギクの痛々しい姿を旧頭首たちに見せる必要はなかったのかもしれないが、少しでも総大将としてのヒナギクではなくただ一人の少女としてのヒナギクを知っていてほしかった。


『…………』


 いや、彼らは生まれた時からの仲だ。その姿は最初から知っていたのかもしれない。



『結希君。風丸君。ヒナちゃん。そこも突破されたら、僕たちはどうすればいいの?』



 そんな沈黙に押し潰されなかったのは、八千代やちよただ一人だけだった。思わず微笑んだ雷雲らいうんや、不安そうな表情が拭えない仁壱じんいち明彦あきひこと共に険しそうな表情を浮かべるるいと並ぶ現頭首である八千代は、三人と肩を並べる生徒会役員でもある。


『なんでも言って。なんでもできるよ』


 普段穏やかな表情を浮かべている八千代には似合わない真剣な眼差しは、結希の躊躇いを解していった。


「鬼の姿が巨大なら、俺たちの九字くじは届かない可能性がある。だから、届くようにしたい。転けさせるか、俺たちが空を飛ぶか……何が最善なのかはわからないけど、そこをなんとかしてほしい」


「鬼は瘴気に塗れてる。弱ったら消えるのかはわからねぇけど、消えなかったらお前らが飛んだ方がいい……。が、確実なのは転倒だな」


「え、乾さん、それって周りの妖怪はどうなっているんですか?」


「《コネコ隊》に任せる」


 乾は、視えているようだった。


「《コネコ隊》……?」


「俺たちのことだよ!」


 胸を叩いたのは、子供たちの中でも年上に見える少年だ。くすんだ青色の髪は首御千しゅうおんぜん家の特徴に似ている。


「結希お兄さん、任せて!」


 胸に手を置いた真の双眸は、眩しいくらいに輝いていた。


「僕と星乃と翡翠ちゃんと千貴ちきくんとみんなで! 絶対にみんなを守るから!」


 真を王と慕う彼らの気持ちがよくわかる。真に従っていたら間違うことはないと思えるから。


「子供ってさ、弱いよね。雑魚だよね」


 そんな子供たちの心を穢す言葉を浴びせられる。


「はぁっ?!」


 千貴だと思われる少年がすぐさま怒って声の出処に拳を振り上げるが、振り下ろすことはできなかった。


「…………」


 いつの間に真たちの背後にいたのか。その姿を目撃した結希は息を呑み、恐る恐る乾の反応を伺う。


「……衣良いら


 乾自身は驚いていないようだったが、喜んでもいなかった。


「乾も行くんでしょ? なら俺も行く」


 あの日、《カラス隊》が来る直前に姿を消していた衣良は、幼馴染みの危機を感じ取ったのだろうか。


「……来んな。アリアと朔那さくなに殺されたくねぇ」


 英雄のように現れた青年は、道化師のように笑っていた。


「大丈夫大丈夫、俺は死なないから」


「お前にはまだ話したいことが山ほどあるんだって笑ってたアリアの心を踏み躙ることはできねぇよ」


「本当に大丈夫だよ。ずっとあの人の元で生き残ってきたんだから、そう簡単には死なない。亜紅里の為にも俺は死なない」


「…………馬鹿が」


 その声は震えていた。曇っていた衣良の瞳は、涼凪のように温かな眼差しへと変わっていた。


『転倒させるんだな?』


 確かめるように麗夜れいやが尋ねる。


『それなら任せて。純粋に頑張るから』


 叶渚かんなが力こぶを見せる。


『琵琶湖から来てるってことは南西だよね。みんな、陽陰学園集合で大丈夫?』


 冬乃が提案する。


『大丈夫ですよ。ありったけの布を持っていきますね』


 蒼生が頷く。


『風丸』


 話し合いが終わろうとしている中で声を出したのは雷雲で、なるべく雷雲を見ないようにしていた風丸の体が不自然に怯む。


『町民は今でも土地神様を愛しています。すべては貴方の心次第だということを……どうか、忘れないでください』


 雷雲は風丸の身を案じていただけだった。正体が土地神だと判明した後も雷雲には反抗期の息子のように接していた風丸は、自分が答える前に通話から出てしまった雷雲の名を名残惜しむように眺めている。


『結希』


 他人事だと思っていたが、今度は仁壱が結希に声をかけてきた。


『死ぬな』


「仁壱もっ……」


 聞こえたのだろうか。同じく言い逃げされた結希は、呆然とその場に立ち尽くす。


「行くぞ」


 風丸と共にヒナギクに頭を叩かれた。ヒナギクらしいと言えばヒナギクらしいが、そんな風に接されると自分たちもらしく振る舞わなければと思ってしまう。


「あぁ」


 背筋を伸ばした。


「おうよ!」


 拳を握り締める風丸と共に、ヒナギクの後を追いかける。

 三人が姿を現した屋上には誰もいない。今にも泣きそうな曇天が、茜色に見慣れた結希たちの不安を煽っていた。

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