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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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八  『解かれた封印』

「──馳せ参じたまえ、スザクッ!」


 場所を選ばずに彼女を呼び出す。京都に着いているのか着いていないのか、無事なのか無事ではないのか。それがわかっていてすぐに情報を共有させることができるのは、半妖はんようの義姉妹たちと片時も離れずに行動しているはずのスザクとオウリュウと千里せんりのはずだから。


結希ゆうき様ッ!」


 目の前に姿を現したスザクは軽くよろけるが、なんとか踏ん張る。真っ白なその服は泥に塗れており、戦いは既に始まっているのだと──知る。


「姉さんたちは?! 真菊まぎくたちは?! っ……ヒナギクは!」


 スザクをここに呼び出すべきではなかったのかもしれない。今すぐに戻って自分の変わりに戦うことを命令すれば誰かの命は救えるのかもしれない。


「わかりませんッ!」


 大粒の涙を流してスザクが叫んだ。そんな状態では戻ってもすぐには動けないだろうと思ってしまった。


「皆さんすぐ傍にいたんでございます! あと少しでククリさんに届くはずだったのに、大地が揺れて……離れ離れになったんでございます!」


 それだけでは何も伝わらなかった。


「戦いが始まったのか?! 何が起こってるのかはまだわからないのか?!」


「それもまだわかりませんッ! ですが、雅臣まさおみ様が封印を解いたとオウリュウが言っていました!」


「ならオウリュウと代わってくれ!」


「承知っ……致しました……!」


 スザクはすぐにオウリュウと入れ替わったが、式神しきがみの中でもかなり高い戦闘能力を持っているオウリュウを長時間この場所に縛りつけることはできない。煤けた山吹色の狩衣や乱れた金色の髪がオウリュウにも余裕がないことを表しており、結希を右目で捉えた彼は「……〝来る〟」と、結希と同じ言葉を吐いた。


「何が!」


 思わず風丸かぜまるの服を鷲掴む。この町に残っている者の中で最も狙われる可能性が高いのが風丸だからだ。


「……千年前に京都で封印された大妖怪。陰陽師おんみょうじを今でも強く恨んでいる鬼の……樒御前しきみごぜんが」


 その名に聞き覚えはない。姿形を想像することもできない。だが、天狐てんこと同じ大妖怪であることと──京都で目覚めた鬼の影響で陽陰おういん町の大地も揺れたということは事実だった。


「なんで、父さんがそいつの封印を……」


「……樒御前が、陰陽師を恨んでいるから」


 すべての妖怪を幸福にする。そのすべてに大妖怪である樒御前も含まれているのなら──芦屋あしや義姉弟たちはまた雅臣に力を貸すのだろうか。樒御前の声や言葉を聞いたら、結希は雅臣の行動に納得することができるのだろうか。


 納得することができなかったから、朝日あさひは式神の家の中に閉じ込められているのだろう。

 樒御前が陰陽師を恨んでいるから、朝日は式神の家の中に閉じ込められているのだろう。


 イザナミもエビスもスザクもオウリュウも、朝日を見たとは言わない。雅臣が朝日を殺すことはあり得ない。


『その上で人を、母さんを選ぶなら……母さんを守ってあげてくれ』


 雅臣がそう言ったから。


『……朝日ならそう言うだろうね。けど俺は、母さんが間違ってると思っているよ。だから、例え死ぬことになったとしても、彼女のことを止めたいんだ』


 例え死ぬことになったとしてもと、言っていたから。


「……………………父さんは?」


 遅れて気づく。その陰陽師の中には雅臣も含まれているはずだ。誰よりも樒御前という名の鬼の傍にいるのなら、その命はもう──雅臣の覚悟を知る者ならば、その命はもうないと、覚悟しなければならない。


「……わからない」


 諦めようとしたが、諦めさせてはくれなかった。


「オウリュウ、頼む。姉さんたちや、真菊たちや、ヒナギクや千里を守ってくれ」


「……当然」


「頼む」


「……けど、ユーの命が安全っていうわけじゃない」


「わかってる」


「……ううん、わかってない。樒御前は、千年前に倒せなかった唯一の大妖怪。強過ぎるから封印された、大妖怪」


「でも天狐も」


「……やっぱりわかってない。あの天狐は清行きよゆき星明せいめいうめが倒した。ユーたちが戦ったのは、人間に産ませた子供を喰い続けていた天狐。千年前の天狐の残骸」


「…………」


「……千年前の陰陽師も、土御門つちみかどの先祖の〝あの人〟も倒せなかった大妖怪が、こっちに来てる。陰陽師がみんな、北にいるから」


 詳しくは聞いていないが、外に出ている陰陽師は全員陽陰町の北東にいるらしい。半妖たちがイザナミが負傷した場所である南西に向かったその日から、逆方向を調査するようにるい紅葉くれはに頼んだらしいのだ。


 同じ南西にいたら、止められなかった。京都と北東の間に陽陰町があるのなら、ここで樒御前を止めなければ──陰陽師は全滅する。

 もしかしたら、それが雅臣の本当の望みなのかもしれない。陰陽師が全滅したらこの世界はどうなってしまうのだろう。間宮まみや家の血が流れている自分を必要としてくれている妖目おうま家の半妖たちは、望んでいなくてもこの世界を滅ぼしてしまうのだろうか。そんな未来は──欲しくない。


「絶対に止める! オウリュウは早く真菊たちのところに行ってくれ!」


「……了解」


 オウリュウが消えた。

 息を吐き出している余裕はない。


「風丸立て! みんなを避難させろ!」


 結希以外の陰陽師や、義姉妹たちの母親は気づいているだろうか。結希がこの瞬間に頼ってしまうのはやはり千秋せんしゅうで、この日ほど甥で良かったと思う日はない。

 この一年で持ち歩くようになったスマホで千秋に電話をかけ、風丸を引きずり、明日菜あすなの母親である妖目家の旧頭首、そうがいるであろう院長室へと走る。


『鬼の樒御前……聞いたことはないのぅ』


「千秋さんもですか……京都の大妖怪だからですかね」


『陰陽師が暮らしているのは陽陰町のみであるぞ。千年前、妖怪をこの地に追いやる為に全国の陰陽師がこの地に来た。樒御前を封印した陰陽師の末裔ならばいるだろうが、探してもあまり意味はないのぅ』


「そう……ですね」


『うむ。報告感謝するぞ、結希くん。我らの王国ならば我に任せろ。涙くんには……迎え撃てとだけ伝えておくれ』


「……っ、はい!」


『あ。結希くん』


「えっ、なんですか?」


『樒御前が女の鬼であることは、わかっておるかの?』


「…………はい?」


 何を言われたのかわからなかった。


『すまぬの。結希くんは間宮の子であるから、少し心配してしまった。偏見であったの』


「…………」


 結希と千秋の心の中で、きっと、同じ女性が嗤っている。


『《鬼切国成おにきりくになり》で斬るのだ。千年前、我らの先祖である結城ゆうき星明が紅椿あかつばきを斬ったように』


 そして、その娘である梅を斬ったように。


「斬れるか斬れないかなんて、わかりません」


 千秋の無言が結希を貫く。それでも。



「俺は間宮宗隆そうりゅうじゃないけど、椿の兄だから──」



 ──そして、芦屋雅臣でもないが、芦屋家の子孫だから。


『結希くん。我は、結希くんが優しさに溺れないように祈っておるよ』


 千秋との通話が終わる。結希は足を止めなかったが、今一番心配されたくない風丸に心配されてしまった。


「大丈……あっ、おばさん!」


 叫ぶ。双は廊下に立っており、妖目家の人間と共に患者の避難を始めていた。


「なんでもう……」


いぬいちゃんから連絡が来たからよ」


 その中にいた明彦あきひこが結希と風丸に気づいて声をかけるが、二人を避難させるかどうか迷っているようだった。


「いつですか?!」


「地震の直前にね」


 瞬間に着信音が響く。結希が慌てて電話に出ると、乾からだった。


「乾さん!」


『結希! 鬼が陽陰町に来てる! 他の町はガン無視してるから来るのは早くても一時間だ! 奴は絶対に陽陰町で暴れる! けど、狙ってんのは町じゃなくてお前ら陰陽師だ! お前は逃げねぇと思うが逃げても無駄だって老いぼれどもにはちゃんと言えよ! 戦場は何があっても陽陰町だ! ここで潰すぞ!』


「姉さんたちがどうなっているかわかりませんか?!」


『全員死んでねぇけどなんとも言えねぇぞ! 追いついた奴から鬼を足止めしようとしてるみてぇだからな!』


 そういう人たちであることを結希は知っていた。陽陰町に辿り着く前に倒す、そう決めているはずだから──かなりの無茶もするだろう。それを止める術を持っていない。結希が彼女たちの立場ならば、同じことをするだろうから。


「必ず倒します」


 結希も、紅葉たちがいる北には絶対に行かせなくないと思っているから。陽陰町に残った陰陽師と樒御前で相打ちになったとしても、紅葉たちが生き残っているのなら結希たちの勝ちだから。


「力を、貸してください」


 それでも、生きようと藻掻くことは止めたくない。


『当たり前だ!』


「えぇ。これは、貴方だけの戦いではないわ」


 いつの間にかすぐ傍にいた双の瞳は、結希が知る瞳ではなかった。

 琥珀色の瞳と翡翠色の瞳が──熾夏しいかにとてもよく似た瞳が、結希のことを見上げている。


「おばさん……」


「千年前の戦争の続きよ。貴方は人と妖怪の共存を望んでいるようだけれど、諦めた方が懸命かしら」


 樒御前は、千年前に封印された大妖怪だ。そのせいで陰陽師を恨んでいるならば、その恨みが千年前と同じならば、樒御前にとっては確かに千年前の戦争の続きになる。


「俺はまだ樒御前に会っていません。会ってから考えます」


 ただ、その道中で義姉妹たちが倒されたならば話は別だ。


「その考え、気に入らないわ」


 結希の方が双よりも身長が高いが、見下されているような感覚が走った。結希の考えは甘く、存在は未熟かもしれない。それでも、どうしても、この戦いを終わらせたいのだ。


 義姉妹たちが千年前の約束を守らなくても済む世界にしたい。《十八名家じゅうはちめいか》の人々が戦わなくても済む世界にしたい。


 その中に双がいることを、背中を向けて歩き出す双の背中に──なんと言えば伝わるのだろう。


「明彦。旧頭首として、後のことは任せます」


「伯母様ッ?!」


「〝熾夏〟は死なせません。一玻ひとはには、明日菜を守るように伝えなさい。貴方には妖目のすべてを託します。覚悟はできているでしょう、嫌だとは言わせません」


「……嫌です。お母様と明日菜ちゃんの為に、伯母様には生きて帰ってきてもらいます。もちろん熾夏ちゃんにも生きて帰ってきてもらいます。私は、死ぬ覚悟はせずに生きるって決めてるんです、貴方たちにも生きることを諦めないでほしい」


「……貴方は昔から変な子でしたね。生きることに躊躇いを覚える妖目の人間の中で、誰よりも輝いて生きていた」


「だって私、男として生まれてきた女だもの。二つの妖怪の血を引く化物だって思う出来事も、家族を救う為に生まれてきただけの道具だって思う出来事もなかったんだから、最期まで楽しく生きてやるわ」


「幸せな人生ね」


「伯母様の人生もそうなるように、結希ちゃんは戦っているのよ」


 明彦の瑠璃色の瞳に見つめられる。そんな瞳にまた吸い込まれそうになるが、吸い込まれてはならない。今だけは。



「諦めませんから!」



 明彦のように上手く言うことはできなかった。悔しいが、それでも双が振り向いてくれた。

 それだけだったが、それだけでも、結希が望む幸福な未来はそこにあるように思えた。

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