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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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七  『町の守護者』

 芦屋雅臣あしやまさおみの息子でも、半妖はんようたちの義兄弟でも、生徒会長で総大将でもあるヒナギクの命令を無視することはできない。結希ゆうきはすぐに風丸かぜまるがいる階下のリハビリ室に向かい、風丸の様子を確認する。

 風丸は文句も言わずにリハビリを受けていた。動いている姿も話している姿も元気そうだが、内にはどれほどのダメージが蓄積されているのだろう。それは、結希にもるいにも明日菜あすなにも言えることだった。


 陽陰おういん町には主戦力が残っていない。残っているのは六年前に生き残った半妖の旧頭首たちと、妖怪の研究を続けている人工半妖のいぬいまこ星乃ほしのと、陰陽師おんみょうじの主戦力から外れてしまった千秋せんしゅうと結希と涙と老人だけだ。

 イギリスから駆けつけてくれたイヌマルやステラたちは数々の縁がある《カラス隊》と共に行動をしており、翡翠ひすいという武器を持って戦える子供たちを戦力に入れても──まだ、弱い。陽陰町を徹底的に攻撃されて正面から迎え撃てば、あっという間に潰れてしまうだろう。それでも主戦力たちが揃って陽陰町から飛び出せたのは、信じているからなのだろう。


 陽陰町に悪の手が伸びるならば、乾が必ずそれを予知する。旧頭首たちがいれば、《十八名家じゅうはちめいか》の人間を総動員して避難を迅速に終わらせることができる。結希がいれば、必ず、自分たちが戻ってくるその時まで持ち堪えることができると──防御に徹すれば、誰も死なせずに守ることができると信じているからなのだろう。


 そんな結希だから、ヒナギクは「死守しろ」と言う。そんな結希だから、スズシロの前でさえ「行きたい」と言ってはならなかった。


「…………あえ、結希?」


 視線に気づいたらしい。風丸がリハビリ室から出てきて、「どうしたんだよ」と首を傾げる。それはいつも通りの風丸だった。


「いや」


 風丸が自分は土地神だと認識したその日から一ヶ月が経過したが、風丸は今でも覚醒しない。風丸は風丸だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「『いや』ってなんだよ。ちゃんと言えよ」


「用があったわけじゃねぇから」


 土地神はずっと眠っている。六年前、百鬼夜行が終わったその日からずっとこの土地を守る役目を放棄している。


「でもお前、なんかあった顔してるぞ」


「父さんが見つかったらしい」


「あるじゃねぇか用! なんで俺がほじくる前に言わねぇんだよ!」


「いやお前に話して何になるんだよ……」


 結希はずっと、風丸には自分の話をしていない。陰陽師であることも、記憶喪失だということも、話していなかった。風丸は風丸で結希に雷雲らいうんの子供ではないこと、記憶喪失だということを話しておらず、自分たちはとてもよく似ているのだと思う。


「何にもならなくても親友の話だろ!」


 結希を殴り続ける風丸は、本当に元気だった。


「で? 他には?」


「え?」


「それだけじゃないって顔してるぞ、お前」


「……いや別に」


「嘘吐くな」


「別に」


「お前さぁ、俺が何年お前の親友やってると思ってんだよ」


「五年だろ」


「五年で充分! それくらいお前の性格はわかってんだよ! その性格がこの一年で変わってるのもわかってんだからな!」


「…………」


 相性がいいのか悪いのか。そっとしておいてくれない風丸は──今回もまた結希の殻を破ろうとする風丸は、紛れもなく結希にとって必要不可欠な親友だった。


「行けよ!」


 言い間違えたのかと思う。「言えよ」、そう言われると思っていたから。


「ほら! 親父のところ! 行きたいんだろ! 行けよって!」


 半回転させられた上に背中を押される。


「俺と明日菜は大丈夫だからさ!」


 とても明るい声で言われた。結希が心配しなくてもいいように──そんな風丸の優しさを感じる。結希が毎日風丸と明日菜の様子を見ていたように、風丸と明日菜も毎日結希の様子を見ていたのだ。一年も共に戦っていた義姉妹たちが徐々に危険に近づいているのに、何もできない自分の体の弱さに打ちのめされている結希を慰めていたのだ。「行け」と言う風丸の気持ちも理解できる。


「俺も行きたい」


 風丸の前でこれ以上何かを隠すことはできなかった。


「でも、俺がいない間にこの町が滅んでしまったら……お前や明日菜が消えてしまったら、家族が一人も消えていなくても俺は絶対に首を括る。俺がこの町から出る時は、『俺がいなくても大丈夫だ』っていう確信を得た時だ」


 ずっと傍にいてくれた全員が前線に出たのは、自分たちがいなくても大丈夫だと思った理由が陽陰町に残るからだ。その理由の一つが自分自身だという自覚はある。それくらい、過大評価だと思うくらいに、結希は信頼されている。


「お前がそう思うくらい俺が強くなればいいんだな?」


 否定することはできなかった。結希が死守しなくてもヒナギクが不安に思わなくても、大丈夫だと言えるくらいの力を取り戻してほしい。口には出さないが少しでもそう思っていることは事実で、六年前にあれほど力を借りたのに、また風丸を戦わせてしまうことを心苦しく思う。

 風丸が風丸のまま土地神の力すべてを引き出せるとは思っていなかった。現実は決して都合のいいものではないから、何かしらを捨てなければならないのだと思う。それが風丸の人格ならば結希はここに残ることを選択するが、それが土地神の力の一部ならば結希は前線に出ることを選択する。


「……俺は」


 誰のことも失いたくない。そんな本音を口にする前に大地が震えた。


「おわっ」


「地震?!」


 小さな地震や戦闘中の大地の揺れはこの一年でも何回かあったが、これほどまでに大きな揺れは天狐と戦った時にしか経験したことがない。結希も風丸も困惑して何もできなかったが、すぐにリハビリ室の扉が開いて我に返る。


「窓から離れて! 伏せて!」


 妖目おうま家の人間なのだろうか。周りに指示を出しながら逃げ道を確保する男性は、あまりにも堂々としていて尊敬する。この人の指示には従うべきだ、そう思った瞬間に風丸が不自然にしゃがみ込んだ。


「風丸!」


 結希もしゃがんで風丸の顔を覗き込む。


「長い長い長い長い!」


「震度五じゃない?!」


 人々の混乱や焦りや恐怖が風丸を苦しめることは知っていた。土地神である風丸は土地と土地で暮らす人々の異変には敏感なのだ。そんな彼自身が急に震えて怯え出したのには、きっと理由がある。

 結希はすぐに陰陽師の力で町を探った。感じ取れる半妖の力や妖怪の力に異変はない。陽陰町は今日も平和過ぎるくらいに平和だった。


 徐々に揺れが小さくなっていったが、まだどこか揺れているような感覚が残る。ゆっくりと立ち上がって周囲を確認し、窓の外の景色も確認するが、何かが変わったようには見えなかった。

 妖目総合病院は天狐と戦った場所に最も近い建物だったが、被害はまったく出なかったらしい。とても頑丈な建物は今回の地震でも持ち堪えたが、他の場所はどうなっているかわからない。


 不安が広がる。陽陰町の外に出て前線に出ている方が安全だったと思えるくらいに大きな揺れだったが、陽陰町に残っている人々の無事はまだ確認できていない。


「震源地は京都だって!」


 誰かがそう言った。

 鼓動が止まったかと思った。


 風丸は今でも震えている。

 もう一度周囲を見回して、瞳を閉じて、異変を探る。


「…………〝来る〟」


 何かを感じたわけではなかった。それでも、そう思わずにはいられないくらい──何もかもが繋がっていた。

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