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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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二  『夢の果て』

 バレンタインから二日が経過して退院になったのは、百妖ひゃくおう義姉妹と芦屋あしや義姉弟、そしてヒナギクだった。


 明日菜あすな風丸かぜまるは未だに回復しておらず、毎日リハビリに専念している。結希ゆうきるいは入院したばかりの頃から動き回れるようになっていたが、何故か未だに退院できなかった。


千秋せんしゅうさんが止めてるんじゃないわよぉ?」


 病室に来た明彦あきひこに問い詰めると、すぐにそう返ってくる。


「一回体が崩れたからだと思うんだけど、ありとあらゆる数値が基準値から外れているのよねぇ。それでなんで病気にならないのか不思議でしょうがないんだけど、薬を飲ませたら回復してきたからもう少しだけ入院ってことよ」


「なんでそんな大事なこと今まで一回も言ってくれなかったんですか?!」


「肯定です。提訴です」


「言ったわよぉ? 千秋さんに」


「なんで千秋さんなんですか!」


「肯定です。俺は成人です。俺に説明を実行です」


「あら、ごめんなさぁい。結希ちゃんのことを説明しないといけなかったから、ついでに涙ちゃんのことも話してそれで終わりにしちゃったのよ」


「不満です。俺が現頭首で結希の保護者です。そして伯父様は多忙です。俺に説明するべきです」


「だからごめんなさいってば」


 だが、明彦は反省しているようには見えなかった。涙にもそれは伝わっており、明らかに不満そうな表情をしている。


「今度からは涙ちゃんにも話すようにするけれど、医者としては今度なんて来て欲しくないわねぇ」


 そんな涙の感情を無視して、明彦は掌をひらひらと振った。浮かべた微笑みは明彦の従妹である熾夏しいかに似ており、それだけで許してしまいそうになる自分がいた。


「ところで、今日アタシがここに来た理由を言っていないのだけれど……言っていいかしら?」


「え? 検査以外で何か用があったんですか?」


「えぇもちろん。貴方たちに外出の許可を言いに来たのよ」


「え出ていいんです?!」


 あまりにも突然のことすぎて驚く。先ほどまでそんな気配はまったくなかったのに。


「いいわよぉ。ずっと閉じこもっていたらしんどいでしょう? 二人の健康の為にも、近場だったらどこでもいいわよ? もちろん、誰かの付き添いの下だけれど」


「ありがとうございます!」


「す、すっごい食い気味ね結希ちゃん。そんなにどこかに行きたかったの?」


「行きたかったですもちろん!」


 自分だけじっとしていることはできない。それでもじっとしていなければならない。そんな葛藤でずっとストレスを溜めていたのだ。嬉しくないわけがない。飛び跳ねて喜んでしまいたくなるほどだ。


「結希、どこへ?」


 そんな結希の行き先が気にならない涙ではない。結希は涙の方へと視線を移し、「研究所です」と答えた。


「あぁ、ふうちゃんのとこ?」


「風さんといぬいさんそこにいますよね?」


「いると思うわよぉ。あの二人、あそこからまったく出てこないから……」


「それは駄目です。二人にも外出が必要です」


「だからって外に出てくるような子たちじゃないのよねぇ。アリアちゃんとアイラちゃんがしょっちゅう様子を見に行ってるらしいから、その件に関しては二人に任せた方がいいんじゃないかしら」


「あぁ……」


 その四人は血が繋がっていないが、他人である者はいない。


「……でも、俺は行きます」


 二人を連れ出す為ではない。二人に会わなければならない理由がある。

 《十八名家じゅうはちめいか》を集め、想いを伝え、来てもらって、すべてが狂ってしまったから。陰陽師おんみょうじの方は任せてほしいと言った紅葉くれはの思いに応え、まだ諦めてないかと問うた火影ほかげの思いに応えたいから。だから結希は歩いていく。


 涙と共に訪れた綿之瀬わたのせ家の研究所の前に立っていたのは、見ず知らずの少女だった。

 月夜つきよ幸茶羽ささはと同い年くらいだろうか。黒い髪と黒い目は結希が知っているどの家にも当て嵌らない。ただ一人──麻露ましろの従甥である伊吹いぶきを除いては。


「…………翡翠ひすい?」


 涙が首を傾げてそう尋ねた。


「はい。翡翠です」


 翡翠は真顔で頷いた。

 表情の変化が乏しい少女だ。そんなところが誰かに似ていると思って──ヒナギクの実妹であるスズシロを思い出す。


「翡翠は鴉貴からすぎ家の人間です。火影の再従姉妹です」


 そして、翡翠のことを思い出すことができた涙を無言で見つめた。だが、何故翡翠を思い出すことができて自分のことは思い出せなかったのかは問わなかった。


「翡翠、何故外に? このままでは凍死です」


「お二人のことを待っていました。乾お姉さんが、迎えるようにと」


 鴉貴家の人間である翡翠が何故乾のことをお姉さんと呼ぶのか。そう思って、あと一人乾のことをそう呼んでいる少年を思い出す。

 翡翠が指紋認証で開けた扉の先にいたのは、風と乾とまこだった。


「結希お兄さん! 涙お兄さん!」


 真は誰に対してもそう呼んでいる。


「翡翠ちゃん、案内してくれてありがとう!」


 そんな真に翡翠が似るのは当然のように思えた。

 翡翠が彼らの同類であることは言われなくてもわかってしまう。だが、人工半妖はんようとして紹介されていない以上そうだと断言することはできなかった。


「別に」


 そっぽを向いた翡翠は、足早にこの部屋から去っていく。ここは少し前に真璃絵まりえが半妖の姿を見せた場所であり、タマ太郎たろうとあんこが実験を受けた場所だ。そこに自由に出入りできる翡翠は風と乾にとって信用できる人物なのだろう。翡翠のことが気になって視線で追いかけるが、「翡翠はなんの力も持ってねぇよ」と乾に突っ込まれた。


「翡翠は人工半妖の実験をしてた養護施設の、人工半妖にならなかった方の子だ。妖怪と戦うことはできるけどな」


「えっ、妖怪と戦ってるんですか?!」


「僕と星乃ほしのが人工半妖になってしまった方なので、僕たちの為に戦ってくれてるんです」


「えっ?!」


「誤解を与えるような言い方をするな。綿之瀬わたのせ家が……というか僕が作った武器を使って戦っているんだ」


「あぁ……えっ?」


「もうそんな機会はないかもしれないが、翡翠たちも戦力になる。あいつらは弱くねぇから」


「乾、風、それは……」


 黙って聞いていた涙が一歩前に出る。見ると、動揺しているようだった。


「最後の人工半妖は真と星乃のまま変わってない。でもお前らの……いや、五道ごどうの願いが灰になったわけでもない」


「『普通の人間も戦えるように』。そんな叔父様の願いを叶える為の努力を惜しんだつもりはないよ」


 涙は確か、養護施設の運営側の人間だったはずだ。綿之瀬家に手を貸して、自分たちの夢を叶えようとしていたはずだ。



「──その果てが、翡翠たちだ」



 乾のその言葉を聞いて涙の双眸から零れ落ちた煌めきは、涙の名前だ。


「……桐也きりやの、夢は」


「叶ってるよ。とっくのとうに」


 鼻を啜って、涙は全員に背中を向ける。切られた形跡がまったくない長髪は美しく、涙の背中は細く、やはり今日も彼は未亡人のように見えると思う。


「けど、私たちの夢はまだ叶ってない」


 乾の言葉で我に返った。そうだ。結希の夢も、まだ叶っていない。叶えたい夢があるからここに来た。


「風さん、乾さん、前に話していたママとポチのことなんですけど……」


亜紅里あぐりが退院したその日から既にやっているよ」


「えっ?!」


「お前さっきから驚いてばっかだな。何も聞かされてなかったのか」


 翡翠の件を知らなかったのは仕方がないと言い切れるが、ママとポチ子の件を知らなかったのは亜紅里に問い詰めないといけない。


「どういう状況なんですか?」


 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。二人は結希の表情を無言で見つめ、「まず」と風が口を開いた。


「妖怪になったあんこと町外から来たタマ太郎たろうには瘴気がほとんどないことが確認されたこと。百鬼夜行が終わった今の妖怪にも、瘴気がほとんどないことが確認されたこと。ここまでは覚えているな?」


「はい」


「君は、妖怪を殺すだけじゃ何も解決しないと仮説を立てた。人間の負の感情から瘴気が生まれ、その瘴気から妖怪が生まれると考えた。殺しても死ななかったママと幼すぎるポチ子を根拠にね。妖怪は殺しても瘴気に戻るだけ。陰陽師が九字を切らない限りその連鎖は終わらない──そうだろう?」


「はい」


「で、今だ。町中の妖怪は瘴気を失い、人々を襲わなくなった。半妖がずっと入院できていたのはそれが理由だな。瘴気を町の中に閉じ込めていた結界は消え、どこを見ても何も問題がないように思える」


「そう。びっくりするくらいに何も問題がない。世界は平和になったと思うくらいに」


「町の結界が壊れたのは、呪いが消えた結果なんじゃないだろうか」


「負の連鎖は断ち切れたんじゃないだろうか」


「だが、お前ら陰陽師は口を揃えて『嫌な予感がした』と言う」


「結界を壊してはならないという本能故なのか。それとも、気づいていないだけで何か大変なことが起きているのか。ママとポチ子にも瘴気がほとんどないおかげであまり研究は進んでいないけれど、ポチ子の成長が事実ならば君の仮説を否定することはできない。肯定することもできないけどね」


 風は溜息を吐き、「以上だよ」と締め括った。二人の話を聞いていた結希はごくりと唾を飲み込んだ。


「嫌な予感が、するんです」


 もう散々聞いていただろうが、それでも自分の意見を言う。


「肯定です。胸騒ぎです」


「結希お兄さんも涙お兄さんも同じ意見なんですね」


「確かに結界が壊れたからそう思っているだけなのかもしれないんですけど、やっぱり……色々あるので」


「色々? ってなんですか?」


 それは、大前提を知っている者だけが勘づいている事実だった。


「俺の、父さんと母さんの行方がわからないんだ」


 結希の父親は芦屋雅臣まさおみ。母親は間宮朝日まみやあさひ。片方は陰陽師を裏切って、天狐に力を貸してしまった者。片方は陰陽師を裏切った歴史を持つ家に生まれてしまった者。


 その二人の行方がわからないことが、《十八名家》の王たちにとって最大の懸念点だった。

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