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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十三章 大将の進軍
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序幕 『愛してる』

挿絵(By みてみん)


 町の外にも妖怪はいる。


 熾夏しいかるいが見つけて、朝日あさひを含めた多くの陰陽師おんみょうじたちが調査に乗り出した。結希ゆうきもその目で妖怪たちを見、その耳で妖怪たちの声を聞いた。町の結界に意味がなかったことを知った。それでも、壊れていいと思ったことは──一度もなかった。


 鈴歌れいかに頼み、涙と、無理矢理乗り込んだ義姉妹たちと共に空を駆ける。式神しきがみを呼び出し、頼れる陰陽師たちに連絡を取り、夜明けを見た頃結城ゆうき家に呼び出される。

 妖怪が町に集おうとした気配はなかった。妖怪が外に出ようとした気配もなかった。町の妖怪は百鬼夜行後の妖怪で、凶暴性はほとんどない。町の外の妖怪は最初から凶暴性なんてない。


 だから、今はゆっくりと休んでほしい。それが二人の伯父であり王である千秋せんしゅうの願いだった。


 紅葉くれはに後ろから抱き締められていた結希と涙は、千秋に逆らうことができなかった。大切な家族にこれ以上の心配をさせたくない。後は任せてほしいと告げる千秋と紅葉にすべてを託す。

 千秋は町中の陰陽師を集めて再び調査に乗り出した。その中に、結希の両親である朝日と雅臣まさおみはいなかった。無事だったステラとはな千里せんりはなんの躊躇いもなくその中に加わっているのに、大人である二人はあの日から姿を晦ましたままだった。


 朝日の実姉の朝羽あさはは二人のことを心配していたようだったが、女王として成すべきことがある。表立って二人を探すことはできず、二人のたった一人しかいない実子の結希も何もしなかった。


 会いに行くことが怖かったのだ。それ以上に会いに来てほしかった。そうしてくれたら良かったのに、二人はいつまで経っても会いに来なかった。自らの手で育てた義兄弟たちにも会いに来なかった。妖目おうま総合病院に来てくれたのは義姉妹たちの血が繋がった家族だけで、結希はずっと、明日菜あすな風丸かぜまるを遠くの方から見つめていた。明彦あきひこ雷雲らいうんと言葉を交わす二人を見ていることしかできなかった。それくらい、今日は平日だというのに多くの見舞い客が病室に来ていた。


「何故、貴様はここにいるんだ?」


 ロビーのソファに座っていた結希の背後に、ヒナギクが立っていた。火影ほかげには蒼生そうせい輝司こうしが、亜紅里あぐりには衣良いらが会いに来ていたが、ヒナギクには誰も会いに来ていない。ヒナギクは結希と同じだった。


「いや……別に」


 病室に話す相手がいなかったわけではない。それでも笑っていることができなくて、トイレと言って逃げ出した。だからといって妖目総合病院から出て千秋と紅葉の想いを踏み躙ることもできず、ただ呆然と座っていたのだ。


「なんでもない」


 この場から離れて他のところに行きたくなった。他の誰でもない、ヒナギクにこんなところを見られたくなかった。

 心を見透かしているようなコバルトブルーの瞳とつり上がった短い眉。そんな白院はくいん家特有の見た目と、生徒会長としての立場と、半妖はんようの総大将としての立場に怯えているわけではない。


 ヒナギクは特別なのだ。


 共に暮らしていた義姉妹たちや、火影や亜紅里とは違う。ヒナギクとは共に暮らしたことがない。ヒナギクとは同じ釜の飯を食べたことがない。ヒナギクとは共闘したことがない。

 ヒナギクは家族ではない。ヒナギクはクラスメイトなのだ。ヒナギクは仲間なのだ。抱く感情は他の誰とも異なっている。


『話が少し逸れたが、これで私が貴様を〝右腕〟に指名した理由がわかっただろう。この学園内で私の右腕が務まるのは、現状貴様しかいないのだから』


 あの日、半妖の総大将として伸ばしてくれたその手を振り解くことができなかった。振り解きたくなかった。義姉妹たちの傍に行かず、行くこともできず、たった一人で多くのものを背負って立っていたヒナギクのことを支えたかった。そうすることで自分を認めることができたのだ。


 そんな彼女に少しでも弱い姿を見せたら、見捨てられてしまう。


 この町を救えて良かった、真璃絵まりえや他の人々の命を救えて良かった、今ならば胸を張ってそう言えるが、真っ先にそう思わせてくれたのはヒナギクだったのだ。

 自分が英雄になったから、義姉妹たちの頂点に立つヒナギクに見つけてもらえた。選んでもらえた。右腕に相応しい人物がいないと嘆いていたかもしれない一人の少女を孤独にしなくて済んだのだ。それだけだったが、自分自身がとてつもなく誇らしく思えた。生まれて初めてそう思えたのだ。


 義姉妹たちは、自分でなくても良かったはずだ。涙でも務まっていたはずだ。それでも、ヒナギクだけは町を救った自分のことを求めてくれたから。ヒナギクの前ではかっこつけていたかった。


「なんでもないわけないだろう。隠しごとをするな」


 正体を明かしたあの日から、ヒナギクはずっと結希に対してそう言っていた。


「別に隠しごとじゃないって」


「隠しごとだろう、その顔は」


「いや本当に何もないから」


「嘘を吐くな」


 ヒナギクはしつこい。ヒナギクは半妖の総大将だ。誰よりも──諦めが悪い。


「逆にヒナギクは?」


 適当に言った。


「えっ」


 だが、そんな反応をされるとは思っていなかった。思わず逸らしていた視線を戻すと、ヒナギクはコバルトブルーの瞳を見開いていた。


「……ヒナギク?」


 何か嫌な予感がする。結希が知っているヒナギクは絶対にそんな反応はしない。


「……何かあったのか?」


「…………いや、それは」


 ヒナギクの方から視線を逸らされた。間違いない。あれは何かがあった時の──。


「あっ、いたいた!」


 嬉しそうな声を上げたのは、明彦だった。手を振りながら近づいてくる明彦は、「探したわよぉ、二人とも」と言って持っていた紙袋の中を漁る。


「ちょっ、ちょっと待て!」


 ヒナギクが慌てて明彦の腕を掴んだ。だが、時は既に遅く──結希の目の前にラッピングされたチョコレートが出される。それは市販のように美しかったが、市販にしては多すぎるハートがチョコペンで描かれていた。


「……え?」


「やだ、今日はハッピーバレンタインよぉ? はい、二人にあげるわぁ〜」


 言われてようやく思い出す。今日は二月十四日、バレンタインの日だ。

 明彦は男女関係なく配り歩いているらしく、紙袋にはまだまだ多くのチョコレート菓子が入っている。


「あ、ありがとう……ございます……」


 受け取ったチョコレートのラッピングには見覚えがあった。中のチョコレートの出来はまったく違うが、明日菜も毎年似たようなラッピングを使用している。今年も貰えるのかと期待して──すぐに、明日菜がずっと入院していることを思い出した。


「どういたしましてっ! お返しはいらないから、大人になったら肺を見せてねぇ!」


 明彦は嵐のように去っていく。ヒナギクは盛大に溜息を吐き、「あのな」と持っていたポーチの中からチョコレート菓子を取り出した。


「これを渡しに来たんだ」


 そう言ったヒナギクはまったく照れていない。渡されたものも院内のコンビニで売っているものだ。


 これは決して、本命ではない。


 明彦と同じように義理だと思いつつ、ヒナギクがバレンタインに関心があったことに驚いた。


「いいのか?」


「いいも何も、私だけ渡さないのはおかしいからな」


「え」


「そんなに驚くようなことじゃないだろう」


 ヒナギクは呆れたように溜息を吐く。


「なんの為に全員が揃っていると思っているんだ」


 言われてようやく、今日の見舞い客が多いことに気がついた。


「……戻った方がいいのか?」


 何もできない子供のようにヒナギクに尋ねる。見舞いに来る全員の目的は結希ではなく、自分の本当の家族だと。結希に話しかけてくれるのはついでだと思っていたから。


「戻らなくても、戻ってこなかったら向こうから来るだろ」


 本当だ。半妖の気配が近づいてくる。


「お兄ちゃ〜ん!」


 声を上げ、大きく手を振ったのは月夜つきよだった。隣には幸茶羽ささはが、というか義姉妹たち全員とその家族がいる。


「はい! バレンタインチョコ……ってもうもらってるの?!」


「あ、明彦とヒナギクが……」


「うわぁズルい! 抜け駆けだ! みんなで渡そうねって約束したのに!」


「何故私が貴様らが決めたルールに従わないといけないんだ」


「秩序が乱れちゃうからよ〜。まったく、生徒会長がルールを守れないなんて先生泣いちゃうわ〜」


「何を言っている。そのルールを決めたのは生徒じゃないだろう?」


「じゃあウチと椿つばきが決めたら文句ないわけ?」


「生徒の過半数以上が同意したなら文句はない」


 腕を組んで依檻いおり愛果あいかに反論し続けることができるのは、生徒会長のヒナギクだけだ。


「少し違いますね。このルールはヒナギクさん以外の半妖全員が同意しましたよ」


「総大将がルールを守れないなら、この先も思いやられるな」


 そして、歌七星かなせ麻露ましろに反論できるのも総大将のヒナギクだけだった。



「──私のは義理だ。貴様らのと一緒にするな」



 自分たちの周りだけ静まり返る。そんな空気を壊せるのは、二人だけだった。


「はい、ゆうくん。チョコレートよぉ」


「ワタシのはこれね〜。多分美味しいと思うよ〜」


 ニコニコと笑って結希に同じラッピングのチョコレートを渡したのは、真璃絵と和夏わかなで。


「私も一緒じゃないから先に渡しちゃお〜っと」


「わらわも! ふふん、どうじゃ結希、美味しそうじゃろ〜? 食べたいじゃろ〜?」


 前に出てきた熾夏しいか朱亜しゅあのラッピングも同じだった。


「あははっ、どれが誰のかわからなくなってるわねぇ」


「味でわかるじゃろ。結希はわらわたちの料理を毎日食べておったからのぅ」


「確かに。食べる時クイズにして食べさせましょ。愛があればお姉ちゃんの愛情たっぷりのチョコレートがどれかわかるはずだから」


「止めてください」


 わかるのは、それを外した時の罰だけだ。依檻からのチョコレートも受け取った結希は、すべてを膝の上に置いて中身の菓子がすべて違うことを確認する。


「被らないようにしようって話をしたのよ」


「同じものばかりでは飽きてしまうでしょうからね」


 目の前に立ったのは愛果と歌七星だった。誰よりも先に覚醒した二人は互いの出方を伺って、笑い、それぞれ差し出す。


「はい。あげる。……失敗なんてしてないからね?」


「ふふっ。アイドルの手作りチョコ、ちゃんと味わってくださいね?」


「つきもつきも! お兄ちゃん、つき初めてお菓子作ったんだよ!」


「さ、ささも初めてだけど……みんな美味しいって言ってくれたから大丈夫だと思う」


 愛果と歌七星を押し退けて来た月夜と幸茶羽からも受け取って、礼を言う。


「…………初めてなら負けない」


「そ、そこ威張るところじゃないよ?」


「…………誰にも負けない」


「えっ?! あ、ぼくもちょっと工夫したから、美味しくなってると思うよ!」


 鈴歌と心春こはるはそう言うが、普段はまったく料理をしない二人だ。味の信用はできなかった。


「結希」


 名前を呼ばれて視線を移す。そこには麻露と、椿がいた。


「これは感謝の気持ちだ」


 差し出されたものを見つめて麻露に視線を戻す。


「そして、大好きだというキミへの気持ちだ」


 麻露の微笑みは綺麗だった。


「朝日さんと雅臣さんのことは聞いている。だが、キミには私たちがいることを忘れないでいてほしい」


 一瞬だけ表情が曇るが、それでも結希に伝えようと微笑んでいる。想いを、伝えようとしている。


「キミが──」


結兄ゆうにぃは一人じゃないよ」


 麻露の言葉を遮ったのは、椿だ。椿も結希にチョコレートを差し出しており、それが全員のラッピングと異なっていることにすぐに気づく。


「アタシがいる。ずっと、アタシは結兄の傍にいる。結兄を愛することができるのはアタシだけ」


「は?! 何言ってんの椿! ぶっ飛ばすよ?!」


「愛してるよ、結兄」


「…………」


 その声色は、結希が知っている声色ではなかった。


「椿……?」


 椿は笑っていたが、その目はまったく笑っていなかった。そんな椿の異変に全員が気づいていたが、黙ってしまった周囲に気づいた時の反応は──あまりにもいつもの椿だった。


「あ、えっと、やっぱりアタシのは要らないよな! ごめん結兄!」


 そんな風に、自分を嫌ってしまうようになった椿だった。


「要る」


 答え、椿の手からチョコレートを奪い取る。椿のものが要らないなんて、そんなことは絶対にない。あり得ない。


「ありがとう」


 伝え、全員にも改めて伝える。


 要らないなんて、あり得ない。例え朝日と雅臣にとって自分が要らない子だったとしても、ヒナギクが必要としてくれる。義姉妹たちが愛してくれる。


 それだけで充分だったと気がついた。

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