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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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三  『餓者髑髏』

 真璃絵まりえとの面会時間はあっという間に終わりを迎え、名残惜しみながらも全員で妖目総合病院おうまそうごうびょういんを出る。


「じゃ、気をつけて帰ってね」


 まだ仕事が残っている熾夏しいかは軽く手を振って、白衣を翻しながら病院の中へと戻っていった。見上げた空は黄昏時の色に染まっていて、麻露ましろは静かに眉を潜める。


「そろそろだな」


 麻露の言うそろそろとは、妖怪が活発に活動する時間帯のことを差していた。


「今日はどうする? ほとんどここに揃っちゃってるけど」


 依檻いおりが車のキーを指で回しながら麻露に尋ねる。百妖ひゃくおう家には歌七星かなせ結希ゆうきが乗ってきた車の他にもう一台あり、依檻たちはそれに乗って妖目総合病院まで来ていた。


「そうだな。歌七星、結希と愛果あいか月夜つきよを乗せていけ。私たちは依檻の車で別行動をする」


「へぇ。今日はほぼ全員で退治やるのね」


「了解です。そうと決まれば早く行きましょう」


 依檻と歌七星は素早く反応して、それぞれが妹と結希を連れて自身の車へと向かっていく。

 結希は視線を歌七星に向け、楽しげな月夜と僅かに微笑む愛果と共に歌七星の後を追った。


「お兄ちゃんっ、スーちゃんも一緒にいるの?」


「そうだよ」


「やったぁ!」


 弾ける笑顔の月夜に結希も思わず笑みを返す。


 月夜の言うスーちゃんとは、結希の式神しきがみのスザクのことだった。何故か月夜に好かれているスザクは、結希のポケットの中にある紙切れで呼び出すことができる。

 普段は陽陰おういん町のどこかにある家で他の式神と共に暮らしているが、その場所は誰も知らなかった。


「スザク、ねぇ……。アンタ、戦闘以外ではあんまり式神スザク使わないから、最近会ってないんだけど」


「……あぁ。スザクはなんて言うか、世話好きなんだよ」


「つまり、自分のことは自分でやりたいと?」


「いや、家事とかそういうのができないんだ。やる気があるだけで」


 結希がそう説明すると、愛果は「あぁ〜……。そういうタイプか」と納得する。


愛姉あいねぇと一緒だね!」


「いや、あれは愛果以上かな」


「うるさい!」


 瞬間、一瞬にして月夜と共に回し蹴りされた。

 二人して前のめりになりながらバランスを崩していると、振り向いた歌七星が「何をしているんですか」と呆れる。


「愛姉が蹴ったー!」


「自業自得だし」


「やめなさい愛果、大人気ないですよ」


「っうぅ……」


 車の鍵を開けた歌七星は運転席へと乗り込み、月夜は後部座席へと乗り込む。結希が助手席に乗ろうとすると、愛果に服の裾を掴まれ無理矢理後部座席に入れられた。


「あづッ! あっ、愛果?!」


 鼻から座席に倒れた結希は、遠慮なく乗り込む愛果に踏まれる。


「ったく。とろとろしてるとウチが守らなきゃいけなくなるでしょ? ちゃんとしてよね」


 愛果は先月覚醒して以来、かなりの頻度でそう言うようになっていた。


「かなねぇかな姉! こういうの、〝りふじん〟って言うんだよね?」


「そうですよ。よく知っていますね、月夜。そして愛果は自分の都合が悪くなると結希くんに当たる癖を直しなさい」


「ふんっ!」


 座り直す結希の隣で、腕と足を組んだ愛果がそっぽを向く。


「……何故結希くん相手だとそんなに強情なんですかね?」


 歌七星は疑問を口にしながら、車のエンジンを入れて発車させた。愛果は歌七星の疑問を無視して窓の外の景色を眺めている。


「歌七星さん、今日はどの辺りに行くんですか?」


 鼻を擦りながら尋ねる結希に、歌七星は一瞬だけバックミラー越しに彼を見つめて即答した。


陽陰おういん学園周辺にしましょう。シロねぇたちは墓地に向かっているようなので」


「わかりました」


 百妖家に来る前、陰陽師おんみょうじの結希は市街地や住宅地を中心に妖怪退治をしていた。対する半妖はんようの百妖家は、人気のない墓地や森林、陽陰学園などバラバラな場所で妖怪退治をしていたと言う。

 今まで陰陽師と半妖が出逢わなかったのが奇跡と思える反面、活動場所がまったく違うという点で納得する部分もあった。


「お兄ちゃん、スーちゃん出してっ! 出してっ!」


 結希の左隣に座っていた月夜が結希の服の裾を引っ張る。


「え、ここで?」


「だってスーちゃんとお話したいんだもん!」


 にぱっと笑う月夜に根負けし、結希はスザクを呼び出す為にポケットに手を伸ばした。右隣にいる愛果も視線を窓の外から外し、結希の手元をじっと見つめた。


「──馳せ参じたまえ、スザク」


 小さな光が結希の手元を照らす。

 瞬間、スザクが天井に頭をぶつけて結希の真上に落ちてきた。


「ひゃう!」


「ぐえっ!」


 陰陽師ゆうき式神スザクも同時に奇妙な声を上げる。


「なっ、何事ですか!?」


 衝撃で揺れる車のハンドルを必死に握り締めながら、歌七星が大慌てで振り向いた。


「バッ……! かな姉、前! 前っ!」


 真後ろの愛果が歌七星の顔を正面に戻し、さらに車内が大きく揺れる。


「スーちゃんっ!」


 月夜だけが、頭を打って泣きじゃくるスザクと腹部を打って悶える結希を無邪気に抱き締めていた。


「うぇぅ……結希様ぁ〜! 痛いですぅ〜!」


「す、スザク。大丈夫か……?」


 ぶつけたスザクの後頭部を結希が撫でると、それを見て愛果はわざとらしくため息をつく。


「ちょっとスザク。アンタ式神なら頭ぶつけた程度で泣かないでよ」


「……ふぇ、あ、愛果様! お久しぶりでございます!」


 ビシッと結希の膝の上で背筋を伸ばしたスザクは、ピンク色のまろまゆを釣り上げた。すると、ツインテールまでもが引き締まったようにまっすぐに伸びる。


「久しぶり」


 答え、愛果は無邪気なスザクを観察した。


「月夜様も歌七星様もお元気そうでなによりです!」


「スーちゃんっ!」


 すりすりと頬ずりをする月夜に、スザクは擽ったそうに身を捩る。


「スザクさんもお元気そうですね」


「はいっ! 先ほどまでセイリュウが作ってくださったご飯を食べていましたから!」


 スザクは自慢げに袖を捲り、どこにもない力こぶを見せつけた。

 意味ありげに愛果の方に視線を移すと、愛果は結希を「これのことか」と言うような視線で見つめ返す。月夜は、そんな二人を不思議そうに見上げていた。


「悪かったな、スザク。食事中に呼び出して」


「いいえ、むしろ嬉しいです。最近はこうして結希様とお話する機会がありませんでしたから」


「今日アンタに用があるのは、結希じゃなくて月夜だっつの。ていうかさっさと結希の上から下りろ!」


 愛果は結希の膝の上に乗っているスザクを全力で押すが、スザクは両腿でしっかりと結希の足を挟んでなかなか離れなかった。おまけに首根っこにしがみつき、「嫌です!」と頬を膨らます。


「そもそも私の座る場所がないではありませんか!」


 スザクの言う通り、二列目には既に三人が座っていた。空いているのは助手席と三列目だけになっているが、場所を移動する余裕なんてない。


「そんなの詰めたらなんとかなる! だって、ほら……その……」


「月夜も愛果もスザクさんも、体は小学生ですものね」


「かな姉のバカぁー!」


 ガンッガンッと運転席を蹴り飛ばす愛果の足を掴みながら、結希は膝の上のスザクごと愛果の方へと詰め寄った。


「危ないだろ愛果」


「結希ぃ〜!」


 キッと結希を睨む愛果の碧眼は、若干涙目だった。結希は愛果の視線を避けるようにスザクの緋色の瞳を見つめ、「スザク。座れそうか?」と尋ねる。


「はい! 余裕です!」


 歌七星の言う通り、三人は誰が見ても幼児体型だった。

 本物の小学生の月夜でも六年生にしては幼く、高三の愛果も豆狸まめだぬきの半妖のせいかまったく成長していない。そして、結希と同じ年に術で生まれたスザクは今年で一応十七歳だが──生まれた時に決まった容姿が成長することはあり得なかった。


「ちょっとスザク。なんでアンタは結希の言うことだけ素直に聞くのよ」


「それは愚問でございます、愛果様。私は結希様の式神ですよ?」


 愛果はむすっと仏頂面になり、再びそっぽを向く。


「せっかく座っていただいたところ申し訳ないのですが、着きましたよ」


 そう言って歌七星はブレーキをかけた。

 窓の外に視線を向けると日はすっかりと傾いており、陽陰学園の大きな正門から中にある校舎がよく見える。目を凝らすと、四月に張り直した結界が姿を現した。


「結界、破れてないでしょうね」


「大丈夫だ。行こう」


 扉を開けた愛果が先に出て、結希とスザク、月夜が続く。歌七星は車に鍵をかけ、周辺の木々を見渡した。

 陽陰学園は他の学校とは違い、市街地にも住宅地にも近くはなかった。と言っても同じ町中にある以上、徒歩で通える距離にはある。住宅地から孤立している百妖家からは近いが、百妖家と同じく周辺は小さな森になっていた。


「でも、やっぱり結界の周りには妖怪がいるんだよな」


 愛果が音もなく変化へんげする。リン、と覚醒後の姿で鈴の音を鳴らせ、愛果はまっすぐに背筋を伸ばした。


「不気味なものですよね。倒しても倒してもまた新たな妖怪が出現するのですから、キリがありません」


 気づけば、既に歌七星も変化していた。歌七星の変化姿を初めて見た結希は、その姿の美麗さに息を呑む。


 青い巻き貝の耳に、人間の姿と同じ星形のイヤリング。右耳の上で一つに結ばれた紫色の髪は腰まで伸び、その腰からは煌々と輝く紫色の鱗が生えている。


 その姿は、人魚にんぎょそのものだった。


 上半身は誰もが知っているようにほとんどの肌を曝け出し、貝殻だけが胸を隠すように存在している。腕や腰には半透明の布を巻きつけており、乙姫のような雰囲気が歌七星にはあった。


 歌七星は空中に水の玉を作り出し、その中に自ら入る。そうすることで、足が尾びれに変わった歌七星は安定感のある立ち方をすることができていた。


「……そういえば、結希くんと一緒になるのはこれが初めてですね」


「……そうですね」


 普段の歌七星からまったく想像ができないほどの大胆な変化に、結希は内心で戸惑いながら月夜の方向へと視線を逸らす。

 月夜も月夜で変化していたが、歌七星と比べたら色気の欠片もない姿だった。


 腰まであったたんぽぽ色の長髪は肩まで短くなり、前髪を黄緑色の紐リボンで上げている。両耳の真後ろだけが白髪になった髪はふんわりカールされており、丈の短い黄色い着物はレースがふんだんに使われていて、柄は星やうさぎなど子供っぽいもので飾られていた。


「月夜、貴方は下がってなさい」


「や! つきもお兄ちゃんたちと戦う!」


 地団駄を踏む月夜を訳がわからないままスザクと一緒に見ていると、ボソッと愛果が耳打ちをする。


「月夜と幸茶羽ささは座敷童ざしきわらしの半妖なんだけど、まだ力が使えないの。年齢的にはもう戦えるはずなのに、どんな能力なのかはまだわかってないからシロ姉たちは戦わせたがらなくてさ」


「わからない? そんなことがあるのか?」


「あるんだよ。ウチらは手探り状態なんだから。……まぁ、でも、しいねぇは回復系だって言ってる。千里眼でなんとなく視えたんだってさ」


 ふと、自分たちが初めて出逢った日のことを思い出した。

 あの日、まだお互いの秘密を知らないまま自己紹介をして。幸茶羽に蹴られたあの痛みを、月夜が「いたいのいたいの飛んでいけ」と言って治そうとしたのはそれが原因だったのだ。


「……半妖は、最初から能力があるわけじゃないんだな」


「そりゃそうだっての。赤ん坊の頃から能力があったらやってけないって。…………ウチも最初は能力が不安定でさ、アンタも知っての通りよく豆狸に変化しちゃってたしね」


 愛果は瞬時に妖怪を見つけて駆け出していった。

 自分の言葉に対する結希の反応を見るのが、今でも恥ずかしかった。


「スザクは愛果と一緒に戦ってくれ。……できるよな?」


 スザクは以前、愛果と共闘したことがある。いくら強くなったと言っても、一人で戦わせたくなかった結希はスザクにそのことを確認した。すると、スザクは大きく頷いた。


「もちろんでございます、結希様!」


 スザクは出現させた日本刀を抜刀して愛果の後を追った。その後ろ姿を確認した結希は、振り向いて未だに口論している二人に近づく。


「わかってください、月夜」


「やだ! わかんないー!」


「歌七星さん、月夜ちゃん」


 結希が話しかけると、対照的な二人は結希の方をすぐに向いた。


「俺が月夜ちゃんの傍にいます。月夜ちゃんには必ず結界を張るので、それでいいですか?」


 歌七星に尋ねると、歌七星は紫色の瞳を見開いた。逡巡した歌七星は無意識なのか星形のイヤリングに触れて頷く。


「…………わかりました、結希くん。貴方に月夜を託します。月夜、貴方は結希くんの傍から離れてはいけませんよ?」


「うんっ! お兄ちゃんありがとうっ!」


 月夜は駆け寄って結希を抱き締めた。結希はそんな月夜の周りに結界を張り、歌七星に向き合う。


「わたくしは一人でも戦えますよ?」


 歌七星は苦笑して水の玉を作り出し、密かに近づいていた妖怪へと放った。ただの水は目で追いかけるのがやっとという速さで妖怪の身を無残に貫く。

 その妖怪は、どんな妖怪かもわからないまま消滅した。


「歌七星さんはそうかもしれませんが、俺は攻撃が苦手なんです。陰陽師の術は防御が多くて、今みたいに月夜ちゃんに結界を張ることの方がどちらかと言えば得意で」


 今度は結希が苦笑する番だった。

 九字くじを切ることはできるが、あれも妖怪が弱っていなければ成功率は低い。


「なら攻撃は誰が…………あぁ、その為の式神スザクさんなんですね?」


「はい。恥ずかしい話、実はそうなんですよ」


「結希くんにも苦手なものがあるんですね」


 微笑んだ歌七星は、さらに多くの水の玉を作り出した。

 数ヵ月前まで人気があった場所で妖怪退治をしていた結希が、今まで相手にして来なかった数の妖怪をすべて一撃で倒す。


「それを聞いて少し安心しました」


「安心したって、歌七星さんの目に今までの俺はどう映ってたんですか」



「──完全無欠のヒーローです」



 らしくもない表現でも、歌七星の誇らしそうな表情は本物だった。


「第一印象は酷かったですけど、陽陰学園の結界をたった一人で張ったこと。真璃絵姉さんを救ってくれたこと。他にもまだありますが、すべてにおいて尊敬しています」


 歌七星と初めて出逢った時のことを思い出し、今の歌七星の姿と重ねて。顔が熱くなるのを感じながら結希は思わず視線を逸らした。


「お兄ちゃんはつきのヒーローだよっ!」


 何も知らない無垢な月夜は頬を膨らまして歌七星を睨む。

 スザクにもヒーロー呼ばわりされている結希は、歌七星ならまだわかるが月夜にまでそう言われたことに内心で首を傾げてしまった。


「さて。雑談もそろそろここで終わりにしましょうか」


 歌七星は緊張感のある表情で一点を見つめた。歌七星の視線を追うと、巨大な餓者髑髏がしゃどくろが結界の上に乗っている。

 体長十五メートルはありそうな餓者髑髏は、ガチガチと音をたてて結希たちを見下ろしていた。


「愛果、スザクさん! 餓者髑髏はわたくしに任せて他の妖怪を消滅させてください!」


「っえ? か、かな姉が一人でやるの?!」


「わたくしは四女ですよ? ……それに、餓者髑髏の弱点は既に把握しています」


 険しさを表情に加えて、歌七星は水の玉を槍のように鋭く尖らせた。


「月夜ちゃん、ごめん。少しだけ離れてくれる?」


「……お兄ちゃん?」


「歌七星さんだけに戦わせたくはないからさ」


 月夜はゆっくりと頷いた。

 黄緑色の瞳はどこまでもまっすぐで、その意志の強さはさすが百妖家の十二女だと思う。


「結希くん、貴方には月夜を託したはずですが?」


 餓者髑髏に狙いを定める歌七星は、結希が隣に来たことを気配で悟った。


「月夜ちゃんはちゃんと守りますよ。ですが、歌七星さんを守らないとは言ってません」


「…………」


「歌七星さんが百妖家の四女ならば、俺は百妖家の長男です。少しは俺にもカッコいいところを見させてくださいよ」


 そう言って結希は目を閉じた。

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