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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十二章 孤軍の銀狐
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六  『魂と力』

 地下に戻った瞬間、姿を現したゲンブに《鬼切国成おにきりくになり》を押しつけられる。そのまま加勢に向かったゲンブに届かないであろう礼を言い、リボンを中に戻したお守りを強く強く握り締めた。


結希ゆうきに〜ちゃん!」


 帯刀した直後に駆け寄ってきたのは多翼たいきで、兄らしくモモの手をしっかりと握り締めている。その背後にはきちんと真菊まぎくら兄姉もおり、結希は唇を引き締めた。


「さっきも、行ったけど、私たちも行くから」


 千里せんりから伝言を聞いて走ってきたのだろう。なんでもない表情をしているが息を切らせている。


「確かにあいつらと連携ができるのは兄さんだけだ。けど、だからって陰陽師おんみょうじが一人で行くのもやべぇだろ」


「そもそも俺たちの式神しきがみだって呼び出しても来ないくらいに戦ってるんだから、主の俺たちが行くのを止める権利はあんたにはないよね?」


 はる紫苑しおんの言い分はあまりにも正しく、拒絶する言葉は一つも口から出てこなかった。


「この三人は連れて行って」


 迷うことなく美歩みほもそう言う。


「あたしはここに残って、多翼とモモと一緒に女狐の供給点を見つけるから」


「あっ、待て美歩、阿狐頼あぎつねよりは千年前の大妖怪の天狐てんこが乗っ取ってる可能性が高くて、その天狐が阿狐家の祖先の可能性が高くて……」


 情報を一気に得たせいだろうか。上手く伝えている自信がない。


「だから、どうして今になってそんなことを言うのよって何回言わせる気なのよ貴方は……!」


「痛い痛い痛い痛い!」


 ぐりぐりと足を踏まれたが、真菊の言い分も正しかった。


「阿狐頼に娘は?」


「確実にいる。この町に一番強い術をかけたのがその娘で、多分、今上で戦ってる」


「戦ってる? 今兄さんが言ったことが正しいなら、乗っ取られかけてるって言った方が理屈が通ると思うんだけど?」


「あっ?!」


 その発想はなかった。家族を守って、少女を救う──それはそういうことだったのかもしれない。


「春! 紫苑! 急ぐわよ! これ以上あの女狐の思い通りにはさせないんだから!」


 妖目おうま家の蔵へと走る真菊の腕を掴む。「そっちは塞がれた! 小倉おぐら家だ!」真菊は疑い深い表情で結希の表情を一瞥したが、わざわざここまで下りてきた結希の尋常ではない汗の量を信じて双子の義弟に合図を出す。


「美歩、二人のことは頼んだわよ」


 そして、思い出したように残される三人の弟妹を抱き締めた。


「それと、式神のことだけど……出せとは言わないわ。それでも、いざという時は誰よりも貴方たちの力になってくれる。それぞれの家に生き残っている野良の式神の名前だけ、伝えておくわ」


 三人から離れた真菊はすぐに双子を追いかける。美歩と多翼とモモは今生の別れを告げられたかのような──絶望に染まった表情で走り去る兄姉を見ていたが、追いかけることはしなかった。


「美歩、父さんから何か芦屋あしや家に関することとか聞いてない?」


 姉として弟妹を守らなければならなくなった美歩に今尋ねるのは酷だったかもしれない。だが、どうしようもないくらいにその時は今だった。


「蔵とか家宝とか! なんでも!」


「……母さんが言ってた。芦屋家はずっと隠れて生きてきたから、そういうのは全部式神の家にあるんだって」


 だが、その式神の家は阿狐頼が破壊した。それを囲んでいた結界は、芦屋義兄弟たちの知恵で破壊した。


「でも、芦屋家の式神なら、何か知ってるかも」


「なっ、名前は? さっき真菊が言ってたのか? なら契約してなくても呼び出せる可能性が高いから言ってくれ!」


 少しでもいいから情報がほしい。少しでもいいから勝率を上げたい──そんな結希の焦燥が伝わっていないのか、美歩は穏やかに微笑んでいた。


「姉さんに言われて思い出した。母さんと一緒にいた式神の名前──」


 それが、欠けていたものを取り戻した者の表情なのだろうか。その幸せに触れてずっと心臓を握り締めていた何かが溶ける。



「──馳せ参じたまえ、イザナミ」



 その名前は、この地下よりも遥か下に位置する世界で暮らす者の名前だった。

 一瞬の突風。それによって世界が揺れたわけではなかったが、立っていられずによろめいた美歩を明日菜あすなと共に引っ張りあげる。


玉依たまえの娘、契約をせずにわたくしを呼んだのは賢明だったわね」


 先ほどの美歩のように微笑んでいたのは、三十代前半──今まで見てきたどの式神よりも大人びた容姿の長身女性だった。

 金魚の装飾をつけた簪で柚葉色の髪を纏め、蒼色の着物と薄緑色の袴を着崩すことなく着ている様はビシャモンに近いものを感じる。だが、自害の為だけに生まれたかのようなビシャモンよりも確実に強い──イザナミはそんな青緑色の式神だった。


「契約をしたら今度はわたくしが死んでしまうもの。それは貴方にとって、本意ではないものね」


 美歩の傷口を抉るような言い方だ。だが、イザナミにとって美歩は主の娘ではなく主の仇なのだろう。それは美歩が誰よりも感じているはずだった。


「イザナミ、あたしたちに力を貸して」


「ほほほっ。生意気ねぇ、玉依の旦那に似たのかしら」


「あんたもあたしの母さんに似てないんだけど? 生意気なこと言ってないで力貸して。あたしが死んだらあんたは永遠に野良のままなんだから」


「本当に……良かったわねぇ、貴方。玉依に似なくて」


 イザナミは決して不快感を顔には出さなかった。本当に不快だと思っていないのか、嘘を吐くことに長けているのか。


「壊されたのはククリが勝手に作った式神の家よ。わたくしたちが暮らしているところを見てくるわ」


 協力者は一人ではない。姿を消したイザナミにも希望を抱く。


「兄さんも早く行け」


 余韻に浸る暇もないまま美歩に蹴られた。さすが真菊と紫苑の義妹だ。こんなにも簡単に足を出される。


「兄さんたちは知らないけど、姉さんは絶対に、いつだって死ぬ気で戦ってるから──お願い」


 その願いは愛だった。


「任せろ」


 多翼とモモがこれ以上不安にならないように、力強く頷く。結希は真菊の死を願わない。生きていてほしいから、明日菜の手を握り締めて遠く離れてしまった三人を追いかける。


 小倉家の蔵は他の《十八名家じゅうはちめいか》とは異なっており、そのすぐ傍に小倉家が建っていた。


「あっ」


 雷雲らいうんと幻の風丸かぜまる、そしてもう一人の男性が、蔵の中に入ろうとする三人の首根っこを掴んで止めている。当たり前だ。雷雲は三人のことを知らないのだから。


「雷雲さん! その三人は俺のキョーダイです! 今から上に行くので通してください!」


 結希が千秋せんしゅうに会っている間に百妖ひゃくおう義姉妹の中の誰かから話を聞いて記憶を取り戻していた雷雲には、結希の話が伝わるはずだ。


「……わかりました、輝久てるひさ


 雷雲は義弟の輝久に命じて蔵の扉を開けさせる。婿養子として小倉家の一員になった輝久に蔵を開けさせるということは、彼を《十八名家》の人間として認めていることの証であり──婚姻をせずに子供を授かることが珍しくない《十八名家》に身を置く明日菜は驚きを隠せないようだった。

 予定日を二ヶ月後に控えている陽縁ひよりは家の中から自分たちを見つめており、目が合った瞬間に祈られる。このような世界で子供を産むのは不安なのだろう、調子が悪そうに見えた。


「行くのか?」


 走り出す三人には目もくれずに結希と明日菜に尋ねた風丸は、笑っていない。


「お前を助けに行ってくる」


「そうしたら俺が消えるじゃんよ。絶対行くな」


「俺が知ってる風丸はんなこと言わねぇよ」


「はぁ? ……お前、俺を前にしてよくそんなことが言えるな」


「言えるよ。お前、阿狐だろ」


「なっ……?」


「幻にしては自我がありすぎるからな」


「…………」


 見破られるとは思っていなかったらしい。風丸は──いや、阿狐家の少女が見せる強い幻は、戸惑いを隠し切れない表情で数歩下がる。


「俺は、お前と風丸を助けに行く」


「待ってゆうきち、妖目を忘れないで」


「忘れてないよ」


「…………ならいいけど、風丸? 阿狐さん? 妖目は何がなんだかよくわかってないけど、妖目だって二人を助けたい。ヒナギクも、八千代やちよも、絶対にそうする。だから、諦めないで足掻いて待ってて」


 悲しみに満ちた今の風丸の表情は、阿狐家の少女が浮かべている表情なのだろうか。


「酷なことを言うねぇ、妖目明日菜は」


 その声は風丸のものだったが、言葉は紛れもなく別人のものだった。放置していたらどこかに消えてしまうだろう──いや、結希が本物の風丸に触れた途端に消えてしまうのだろう。だから結希は、阿狐家の少女がそのまま離れてしまわないように抱き締めた。


「ッ?!」


 風丸が暴れても離さない。風丸の体をこんな風に抱き締める日が来るなんて思ってもみなかったが、そんな彼の体に自分の力を送り続ける。


「明日菜! 手を!」


 突然のことに戸惑う明日菜を呼んで急かした。必要なのは間宮まみや家の魂なのか、陰陽師の力なのか。土地神の魂なのか、土地神の力なのか。あけぼのの魂なのか。《伝説の巫女》の力なのか。


 それらが天狐の魂と力に触れたらどうなるのだろう。

 世界は再びぐるりと巡った。

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