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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十二章 孤軍の銀狐
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二  『道端の孤児』

「ではの、芦屋あしやくん」


 通話を切った千秋せんしゅうが長い息を吐く。


「これで良いかの?」


「す、すみません。ありがとうございます……」


 頼んだわけではないのに雅臣まさおみに子供たちの帰宅が遅れることを伝えた千秋は、結城ゆうき家の頭首を退いても陽陰おういん町の町長として世の為人の為に今もなお働いている。町長室で最も立派な椅子に座る権利を持ち、本来ならば結希ゆうきが町役場として使用している施設の受付で懇願しても会えないような相手なのだ。

 だが、ここには職員として働いている伯母の朝羽あさはがいる。話を聞いて会議室から出てきた千秋を隅に引っ張って妖怪のことを話し、すべてを思い出してもらわないと町長室に入ることは許されなかった。


 その場にいた職員たちは甥とはいえ何故高校生を通すのかと驚き、地下に避難した町民の生活を話し合う為に集った議員たちも町長の離脱には驚いていたが、結希よりも離れた場所に立っているじんは驚いていなかった。

 共に来た麻露ましろの耳打ちで本来の記憶を取り戻した仁は顔を顰めており、誰も寄せつけようとしない。古の時代から対立している二家の現頭首を継いだ議員秘書のるい仁壱じんいちでさえ、思い出しても近づけなかった。


「よいよい。結希くんはこの町の英雄であるからの。結希くんが来なければ、我はくだらぬ会議で時間を無駄にしていたであろう」


「英雄ならば、何故すぐに来てくれなかったのかな。私たちの半月は君たちの半月とは違うんだよ」


「青春真っ只中の半月が我らの半月と異なると何故言い切れるのか。理解できぬの」


「私も貴方の甘さが理解できないよ。陰陽師おんみょうじの王として陰陽師の怠慢を許した罪は重い。涙、現王としてどう責任をとるつもりかな?」


「ちょっ、ちょっと待ってください! そういう話がしたいんじゃなくて阿狐頼あぎつねよりのことが聞きたいんです!」


「頼くん? なるほどの、それで我らということか」


「芦屋と朝日あさひの方が阿狐と仲が良かったのでは?」


「二人を目覚めさせるのは利点よりも不利点の方が大きい。あの二人が仲睦まじいのは事実であるが、妖怪が関わると水と油になる。結希くんの心労は大きかろう」


 陰陽師の前王として雅臣と朝日の関係を──公にされていない裏切り者と公にされている裏切り者の末裔の関係を知っている千秋は、結希が触れてほしくない部分を触れようとはしなかった。だから彼のことが好きだと思う。


「結希くんたちが知っているかはわからぬが、陰陽師が半妖はんようと共闘するようになったのは結希くんの代が──というか結希くんが初めてでの? 頼くんと共に戦ったことは一度もないのだ。芦屋くんも朝日くんもないであろう」


「そ、そうですか……」


「ただ、我は結城家の旧頭首である。頼くんのことをよく知る者はこの世界で我だけかもしれぬの」


「えっ」


 目が合った。千秋の薄花色の瞳は遠くの世界を見ているように透き通っており、飲まれかける。



「千年前に半妖と約束を交わしたのは、我らの先祖である結城星明せいめいであるからの」



 その約束を、結希は知っていた。


「『この地に再び百鬼夜行が引き起こされる時。その時は必ず、互いが互いの力になる』……」


「おや。知っておったのか」


「オウリュウが言ってました」


「なるほどの。オウリュウならば、その場にいても不思議ではない」


 オウリュウは、千年前にこの町と人々を裏切った大罪人──間宮宗隆まみやそうりゅうに仕えた式神しきがみだ。星明が約束を交わしたのは、彼の子供である鬼寺桜きじおう家の誰かだろう。


「結希くんや麻露くんは知っておるかの? 半妖の母と呼ばれる間宮宗隆と紅椿あかつばきの間に生まれた鬼の子を」


「伯父様、紅椿というのはまさか……」


「我が家の家宝、《紅椿》を打った鬼で間違いないの」


「──ッ!」


 ざわり。ざわり。またあの不快な感覚だ。

 結希の腹部から飛び散った鮮血を浴びてケラケラと笑っている〝何か〟。いや、紅椿。それが、間宮宗隆が愛した鬼の名前──。


「結城星明は、その母と約束を交わし鬼寺桜という名字を与えた。生まれたばかりであったあけぼのと九尾の妖狐の子には孤条院こじょういんを与え、誰と誰の子なのかもわからぬ孤児には阿狐を与えた。百鬼夜行後とはいえ妖怪がまだ残っている頃での? 妖怪をすべて退けた時、半妖の数は十を超えており、それらを纏めて《十八名家じゅうはちめいか》と呼んだのだ。土地神様に神主として仕えている小倉おぐら家と、陰陽師の代表となった我らの家と、妖怪を寄せつけない体質を持った者同士を交わらせた──百妖ひゃくおう家を加えての」


 千秋の表情には陰りがなかった。嘲る心もなかっただろう。


「結城。そこで私たちの話をした意味はあるのかな」


 それでも、仁の触れてほしくない部分に触れてしまったらしい。顔を歪めた仁は明らかに怒っていたが、仁壱は眉を顰めてはいたものの悲しみの方が勝っているようだった。


『俺たちが、この世界に存在するすべての半妖バケモノを監視する為だけに作られた一族だって言われても……理解できないだろ』


 仁壱が悔しそうにそう言ったのは初めて仁壱に出逢ったあの日で。自分は仁壱のことを、百妖家のことを、数ヶ月経った今でも何も知らなかったのだ。そう強く思い知らされた。


「貶すつもりで言ったわけではない。妖怪を寄せつける体質を持った曙の末路を知っておるであろう? 結希くん、孤条院家はの、後に百目ひゃくめと交わって妖目おうまと名を変えた一族なのだが、まぁここは本筋には関係がない」


「千秋さん、勿体ぶらないでください。私たちは一刻も早く阿狐頼を倒したいんだ」


「うむ。善処しよう。先ほども言ったが、阿狐家は誰と誰の子なのかがわからぬ孤児が始まりなのだ。道端に捨てられていたへその緒がついたままの子だけでは町民は騒がぬが、その子は狐の耳と尾を持っていての。その子を人と狐の子と理解することは可能であったが、その種類だけは、我も頼くんを見てもわからなかった」


「種類……あっ! ちょっと待ってください! 麻露さん、ティアナさんを!」


「あぁ、わかった」


「千秋さん、てことはつまり種類がわかれば阿狐頼を倒せるってことですよね?!」


「それはないの」


「あっ……そうですか……」


 涙と仁壱の視線が痛い。恥ずかしくて仕方がないが、少しずつ阿狐頼に──阿狐家に近づいている気がする。


「この町には数々の狐の妖怪がいる。種類を把握することができたとして、そのどれもが厄介極まりないことに変わりはない。野狐やこ仙狐せんこ白狐びゃっこ──九尾の妖狐」


「でも……っ」


 妖目家と阿狐家の狐の種類は違う。そう断言しようとしてできなかった。


 自分は何故、妖目家の半妖を知っている?


 妖目家の旧頭首であるそうの半妖姿は見たことがない。幼馴染みで現頭首の明日菜あすなは、半妖ではない。いや。待て。ならば消えたのは──妖目家の半妖?


「連れてきたぞ」


 施設の外で待機していたティアナを呼んできた麻露はすぐに黙り込んだ結希を視界に入れて、足を止める。


「ティアナ、彼らに阿狐頼を見せてほしい」


 先ほどと雰囲気が異なっていることには気づいたが、麻露は何も言わずに代わりを務めた。


「これだよ」


 見ず知らずの西洋人に戸惑うことなく、水晶に映像が映ったことにも驚かず、千秋は巨大な妖狐をじっと見つめる。気になったのだろう、近づいてきた涙と仁壱も妖狐を見つめ、息を止めた。


「これは……頼くんの今の姿かの?」


「そうだ」


「……なるほどの」


「伯父様、なるほどでは不明です」


「すまぬの。だが、我は神ではない。我の考えが間違っている可能性がある」


「それでもいいです。千秋さん、話してください」


「人と妖怪が愛し合ってできた子は、半妖の母が最初で最後なのだ。他の者は皆百鬼夜行の最中と後に産まれておるしの。絶滅しかけていた彼らが半妖の母の存在を知り、半分人間の妖怪でも構わぬからと種族を残そうとしたのが原因であると推測されておる。が。百鬼夜行の最中に生まれたのは、これも先ほど話したが孤条院家と阿狐家だけなのだ。どちらも狐。そして、当時最も厄介だとされていた大妖怪は巨大な狐──これらは関係があると思うかの?」


「思います」


 即答されるとは思っていなかったらしい。千秋は何故か目を見開き、身を乗り出す結希から身を引く。


「消えた家族のうちの一人は妖目家の人です。関係ないとは言い切れません。でも、どう結びつくのかはわかりません」


「オウリュウに聞くしかないかもしれぬの」


「いえ、オウリュウは呼び出せません。スザクもです」


「……何故?」


「呼んでも来ないんです。だから、そこで戦っている可能性があります」


「なんと。それは痛いのう」


 水晶の中にオウリュウやスザクの姿が映ったことは一度もない。それでも、結希は二人の主としてそこにいると信じて疑わなかった。


「ならば蔵だね。あそこには千年の記憶が眠っている。何かが見つかるかもしれないよ」


「じゃあ、妖目家と阿狐家の蔵だな」


「いや、待て麻露。阿狐家には蔵がない。没落した時に本人の命令で壊したらしいよ」


「なら阿狐家には何も残っていないのか?」


「始まりが始まりであるからの……そもそもたいしたものはなかったはずだ」


「残されたのは妖目家か……。どちらにせよ妖目家の蔵には行かなければならないんだな」


「小倉家の蔵と結城家の蔵にも行くが良い。小倉家にはなんでも眠っておるし、結城家の蔵には《紅椿》が眠っておる。結希くん、頼くんと戦うならば《半妖切安光はんようきりやすみつ》を使うのは止めた方が良いであろう」


「え?」


 結希が使用している刀は紫苑しおんと交換した──いや、そもそも紫苑は町役場から奪ったのだが、《半妖切安光》だ。半妖を傷つけたくない、だから誰の手にも渡らないように自分が所有する。永遠に。そう思っていたのに。


「結希くん。狐はの、体を乗っ取ることもできるのだ。今の頼くんは半妖ではない。もしかしたら、千年前の大妖怪──名もなき狐の〝ヤツ〟かもしれぬ。使用する刀は《鬼切国成おにきりくになり》が最善であろう」


「──ッ!」


 それは、今でも間宮家の家宝の刀だ。それでも、最後の子孫である結希が家族の為に手放した刀だ。それを取り戻せと言っているのか。

 瞬間に着信音が鳴り響く。結希のスマホだ。すべての通知が来るようになっていたままだったらしい。だが、相手が誰かはわからなかった。


「すみません、出ます」


 嫌な予感がした。端の方に寄って小声で「はい」と返事をし、返ってきた声に驚く。


「えっ、双さん?!」


 瞬間に周りにも緊張が走った。


「ちょっ、ちょっと待ってください! どういうことですか! 明日菜が帰ってきてないって!」


 心臓を鷲掴みにされて痛みに苦しむ。紅椿の比ではなかったが、この痛みを気にしている余裕はなかった。

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