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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十二章 孤軍の銀狐
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一  『最悪な賭け』

「現時点での目標は三つ。小倉風丸おぐらかぜまるの救出と、この世界を作り出したすべての術者の捜索と、阿狐頼あぎつねよりの退治だ。異論がある者はいないな?」


 ヒナギクの言う通り誰も異を唱えなかった。散々話し合った末に出た結論がそれなのだから、ヒナギクは勝手に未来へと進んでいく。


「だが、一番の問題は誰がどこを担当するかだ」


 そして一人一人の顔を見つめた。誰もが申し分ない実力を持っており、たった一つだけの個性──妖力も持っている。だからこそ一つを間違えたらすべてが崩れる、慎重にならざるを得なかった。


「風丸の方は小倉家の蔵からすぐに行ける。だが、術者はどこにいるのかわからない。場合によっては町中を探し回ることになる」


「女狐を狙うなら妖目おうま家の蔵が一番早いって認識でいいのよね? 私は誰がなんと言おうとこっちに行くから」


 広げられた陽陰おういん町の地図、その東に位置する妖目総合病院を指で啄いて真菊まぎくが宣言する。《十八名家じゅうはちめいか》の本家は西側の田園地区に集中しており、北北東を闊歩する阿狐頼の元へと最短で行くことは難しい。研究所や裁判所や小倉家は東側にあるが、妖目家の方が最も北側に近かった。


「俺もだ」


「俺も」


「珍しく意見が合ったな。兄さんたち」


「うるせぇな。美歩みほは? 一緒に来るのか?」


「行かない。兄さんたちがそっちに行くなら残りはあたしと結希ゆうきとステラだけでしょ? これ以上女狐に陰陽師おんみょうじをぶつけることはできないから」


「ちょっと待ってよ美歩ね〜ちゃん! 僕もモモも戦うよ?! 戦えるよ?!」


「お願いだから何回も言わせないで。二人は今回もお留守番だから」


「そんなのやだよ真菊ね〜ちゃん! 何回もお留守番したくない!」


 あからさまに駄々をこねたのは多翼たいきだったが、モモも不満げな表情で自身の姉と兄を見つめている。何があっても下の子は守る、それが百妖麻露ひゃくおうましろ芦屋あしや真菊の共通点の一つで、真菊は眉を顰めて反対した。


「お願いだから言うこと聞いて。今回の任務は今までで一番難易度が高いのよ? 貴方たちに構ってる暇は誰にもないの」


「構ってくれなくてもいいもん!」


「知らない間にモモが大怪我を負ってもいいの?」


「えっ、それは良くないよ!」


「そういうことよ」


「一応言っておくが、ここが安全だという保障はどこにもないぞ」


「えっ」


「当たり前だろ。陰陽師の術で蔵の入口は護られているが、今この瞬間突破されてもおかしくない。そうなったら、雪崩込んで来るのは妖怪だ」


 ティアナの言うことは一理ある。この町には、最初から、安全なんてどこにもないのだ。この町は、千年以上も前から、妖怪と戦っているのだから。


「けど二人はまだ戦えないわ! 外の人間が勝手なこと言わないで!」


「別に二人を擁護しているわけじゃない。事実を言っただけだ」


「というか、術で護られているのなら何故キミたちはここに来れたんだ」


「わたしとはなが破ったんだよ。花は祓魔師ふつましだけど三善みよし家の……というかわたしの師匠の〝クローン人間〟で陰陽師でもあるから、手伝ってもらった」


 ステラの紹介で楽しそうに片手を振ったのは、一言も言葉を発しない三善花だった。無口で無表情というわけではなく、空気を読んで黙っているらしい。その反応は空気が読めているものではなかったが、京子きょうこによく似た黄色い瞳はほんの少しだけ不安そうだった。

 レオを含めた六人の男女は平然とした表情を浮かべていたが、ステラの一個下──紅葉くれは火影ほかげと同い年の花は緑色がかった黒色の短髪を手櫛で整えて表情を隠す。それだけが気がかりだった。


「なるほどな」


 麻露は納得したようだが、はぐらかされた多翼とモモは納得していない。


「私も阿狐頼のところに行くわ。神社や捜索には向いていないもの」


「…………ボクは捜索」


「わらわは神社かのぅ。風丸を回収して地下に放り投げたら鈴歌れいかと合流しようぞ」


「ワタシは捜索で〜」


 だが、百妖義姉妹が彼らに不満を出させない。依檻いおり、鈴歌、朱亜しゅあ和夏わかなの戦うという意思が二人を黙らせる。

 彼女たちも姉だ。寄り添えるのは、真菊の心のみだった。


「私も阿狐頼のところに行く。捜索はできないからな」


「そうねぇ。私も頼さんのところかしら〜」


「わたくしも、と言いたいところですが……椿つばき月夜つきよ幸茶羽ささは。貴方たちはどうするのですか?」


「つきとささちゃんはお姉ちゃんたちと一緒に行くよ」


 迷いのない瞳で告げた月夜と幸茶羽を誰も止めない。多翼とモモはそれさえも不満そうだったが、その声は本人たちの手によって殺された。


「アタシも……けど、だけど、アタシは自分の力のことよくわからないから捜索に行くよ」


 唯一覚醒していない椿は全員に負い目を感じているのか、多翼とモモのように視線を伏せる。


「椿……?」


 虎丸とらまる恭哉きょうや辺りからあの話を聞かされたのだろうか。いや、そんな時間はなかったはずだ。

 ならば答えはただ一つ。彼女はたった一人でその事実に気づき、たった一人でその事実を抱え、たった一人で傷ついている。


 どうして自分たちはこのような宿命を背負っているのだろう。


 花も、椿も、逃げることが許されていない。哀れだと思うこともできない、それは二人に対する侮辱だと思うから。

 だから、結希も花と同じく何も言えなかった。考えなければならないことは一つではない。救わなければならない命も。選ばなければならない道も。人も、妖も、守りたいと思うから慎重になる。


 だが、結希は期限までに仮説を立証することができなかった。できなかったから殺さなければならない。そんなことはしたくなかったのに。


「わかりました。ヒナギク、ティアナ、わたくしもこの振り分けで問題ないと思います……が……」


「攻撃に長けた者が不自然に多いな……。我々は《十八名家》、十六家が半分妖怪を生み出す家。ここにいるのは十一人で、火影の姿は確認しているから地下にいるのは十二人、欠けているのは四人で、消えている者も四人と考えていいだろう」


「引き算したらそうなるわよね〜。記憶を消せる子とか幻を出せる子とか索敵に長けている子とか。そんな子たちを探し出すってなんて言うの? 無理ゲー?」


「どうかしらぁ……。その子たちって、私たちの家族だと思うのよぉ。その子たちが私たちを裏切るとは思えないし、小人の子が頼さんの背中に乗っているってことは頼さんと戦ってる可能性もあるんじゃないかしらぁ」


「あり得なくはないな。貴様らはそういう人間だ、もしそうなら早く加勢しなければならない。……できるならの話だが」


「えっどっどういうことだよ! 家族が戦ってるなら行くべきだろ?! 行かないって選択肢はないだろ?!」


「駄目だ、椿」


「なっ、なんで結兄ゆうにぃがそんなこと言うんだよ! 結兄らしくないっ……そんな言葉聞きたくないっ!」


 椿が吠えるのも無理はなかった。真っ赤な瞳は今にも泣きそうで、いっぱいいっぱいになって押し潰されてしまいそうな──そんな切羽詰まった表情をしてほしくなかった。誰よりも。


「阿狐頼との戦いで一番やっちゃいけないのが〝加勢〟だ。何があっても阿狐頼に操られない人じゃないと戦えない、そんな人じゃないとあいつには勝てない、だから俺たちをここに封じ込めた。もしそうだったら……俺たちがしなければならないことはそうじゃない」


 徐々に声が小さくなっている自覚があった。一年だけだが結希は百妖義姉妹たちと暮らしていた、だから真璃絵の推測が外れているとは思わない、だからこそそう思う。


「少なくとも、ここにいるほとんどの人は阿狐頼に手を出せない。手を出したらその人たちのこの一ヶ月の戦いが無駄になる、そうなったらもう二度とチャンスは訪れない。俺たちの負けだ」


 今まで何度も阿狐頼と戦ってきた。その時々の敗北が蘇る。あの時に勝っていれば良かったと後悔する。それが滲んでしまって息ができない。倒していたら名も思い出せない四人に辛く苦しい愚かな決断はさせなかったのに。


「どうして今になってそんなことを言うのよ」


 声に怒りが滲む。かつて自分のことを見てくれないと喚いていたのに無視し続けていた真菊と結希の視線が交わる。


「既に交戦してるなら話は別ってことだ」


「どっちにしろ陰陽師は必要でしょう」


「そうだけど真菊は辞めておいた方がいい。戦ってるのが姉さんたちなら俺の方が連携できる」


「ちょっと待ってください、そういう話は確認してからです。ティアナさん、もう一度水晶を出して阿狐頼さんを見せてください」


 優しく止められて我に返る。危なかった。感情的にはならなかったが、あのまま続けていたら真菊と決別していたかもしれない。

 千里せんりに心から感謝するがどうして彼女はここにいるのだろう。千里の血筋を知らないヒナギクと義姉妹たちに謝罪と説明をしたが、戦闘命令は出していないのに。


 千里を摘み出す間もなく浮かび上がった妖狐は、今日も何も変わらなかった。身体を掻いて木々を倒す。何度も何度も繰り返している。


「これ、やってるね」


「あぁ。やってるな」


 視力が良い和夏とティアナの答えは擦り切れた心を半分にした。頭を抱える、もうこれ以上時間を無駄にすることはできないと塵同然の心が逸る。


「……貴様らは、本当に、どうしようもないくらい家族だな」


 だが、今にも泣き出しそうな声を出したのは意外なことにヒナギクだった。百妖義姉妹たちの関係に一度も口を出さず、秘密を知っていたにも関わらず一度も口を割らなかったヒナギクだった。


「あぁ。家族だ。だがこれは裏切りだ」


「それ、私たちの中で一番言っちゃいけないのがシロねぇだと思うけどねぇ」


「うっ……す、すまない依檻」


「構いませんよ。老いて死ぬまで償ってくだされば」


「遠回しに戦死するなと言っているのか?」


「…………当たり前。勝手に死んだら絶対に許さない。だから、加勢できなくても力になってあげたい。家族じゃなくても」


「そうじゃのぅ。こうして守られているのはわらわたちの性に合わぬ」


「できることがあるならなんでもしてあげたい。待ってるのはワタシたちらしくないよね」


「そうねぇ。本当の一番の問題は、頼さんの化けの皮の剥がし方かもしれないわぁ」


「えぇっ?! そんなのつきたちできないよ?!」


「化けの皮剥がしてもささたちは近づけないし……」


「あぅ〜! なんでバーって行ってガツンッ! って殴ってめでたしめでたしすることができないんだよー!」


 何が一番の最善なのだろう。何をするにしても地上の奪還と他者の協力がないと不可能な気がして、心の中で塗り潰していく。


「おい兄さん、マジで俺たち詰んでるのか?」


 紫苑しおんが言った兄は自分であってはるではない。


「俺にとって最悪な案なら、一個」


 答え、全員の視線を受け止めた。


「阿狐頼と同じ代の生徒会役員だった──父さんと母さんの記憶を取り戻すこと」


 これは本当に最悪な賭けだ。今まで各々と交わしてきた会話を何度も何度も思い返して、またしんどくなる。

 勇気を振り絞って、尋ねて、収穫が一つもなかったらどうする?


『……憎いわ。あの人は、私じゃなくて頼ちゃんを選んだのね』


 その後は地獄が待っている。それに耐えられる心はもうない。


「副会長、震えるくらいに最悪ならばそれはするな。その年の代の生徒会役員ならば他にもいるじゃないか」


「……え?」


「貴様らがよく知る人物だろう? 百妖じんと小倉雷雲らいうん結城千秋ゆうきせんしゅうは」


 口が裂けても言えないが、その三人は──この人たちが自分の父親だったら良かったのにと考えたことのある三人だった。

 そして、当時未成年だったとしても町の秘密を知っていた可能性が限りなく高い三人だった。

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