幕間 『骸の答え』
「歌七星、私の後ろから離れるなよ」
「けどシロ姉、わたくしももう戦えます!」
「別に足手纏いって言ってるわけじゃないわよ? ちゃんと見ててね、それだけだから」
「戦い方を知ったら好きなように戦っていいのよ〜? かなちゃんのことはお姉ちゃんたちが、守るから」
十二歳になったばかりのかなちゃんに声をかけ、四人で真夜中の墓地に行く。毎日毎日倒しているのに、今日もそこには妖怪がいた。
「ひっ」
声を上げ、慌てて口元を抑えるかなちゃんを後ろに下がらせる。麻露お姉ちゃんといおお姉ちゃん、そして私が前に出て、かなちゃんを守る。
「やるぞ!」
両手を前に出した麻露お姉ちゃんが吹雪を出した。すごい勢い。墓地にいた妖怪をほとんど凍らせるけれど、墓石も凍ってしまっている。
「も〜、シロ姉ってその辺の加減下手くそよねぇ〜」
ため息をついたいおお姉ちゃんが、人魂の姿に変化した。燃え盛る炎。それに合わせて私も餓者髑髏に変化する。
「──ッ!」
かなちゃんが息を呑んだ。炎になったいおお姉ちゃんを全身に纏った巨大な骸骨の正体は私で、掌で麻露お姉ちゃんが作った氷像を潰す。
いおお姉ちゃんの炎は他の氷を溶かしていった。それだけですべてが終わる優しい優しい世界だった。
「あっ!」
一匹だけ逃してしまった妖怪をかなちゃんが指差す。あれは弱い、私たちは誰も手を出さない。
「いっ!」
謎の声を発して妖怪を水玉の中に閉じ込めて、水圧で殺す。かなちゃんは人魚だけど使い方によっては恐ろしい殺し方ができる半妖だった。
「よくやったな、歌七星」
「あっ、ありがとうございます!」
人の姿を外れて声帯を失くした私たちの代わりに麻露お姉ちゃんがかなちゃんを褒める。これからは三人じゃない、四人になるんだと思ってかなちゃんと一緒に嬉しくなる。
「けど、危ない目に遭いそうな時は絶対に私たちを呼んでくれ」
「でも、わたくし一人でも戦えます!」
「いいや、そうしてくれ。私は〝何があっても家族を守りたい〟んだ」
「そうね。かなちゃんだけじゃなくて、下の子たちもそうだけど──亡くしたくない宝物だから」
人の姿に戻ったいおお姉ちゃんが麻露お姉ちゃんに同意した。かなちゃんは泣きそうになりながら麻露お姉ちゃんといおお姉ちゃんを見て、私を見上げた。
「誓え」
「誓います!」
勇ましい声に心が震える。同時に、かなちゃんもこちら側の人間になってしまったのだと思って心が空っぽになる感覚がする。
「ついでに私も誓おうかな」
ニコニコと笑っていおお姉ちゃんが二人の間に割って入る。
「私も、誓うから──」
三人の中に混ざりたくて人の姿に戻った。そうしたら私たちは四人になった。
「──だから、ずっと一緒にいましょ〜」
それだけが心からの願いだった。
れいちゃんも、しいちゃんも、朱亜ちゃんも、わかちゃんも、愛ちゃんも、椿ちゃんも、はるちゃんも、つきちゃんも、ささちゃんも。そして、忘れちゃいけないのが──
『えっ、お腹の中に赤ちゃんがいるの?!』
『男の子?! 女の子?! 朝日さんどっち?!』
『それはまだわからないの。わかったらすぐに教えるわね』
『はぁ〜い』
『どっちかなぁ』
『どっちでもいいよ〜』
『ふふっ。どっちかしらね〜』
『朝日さん、私は弟がほしいわぁ』
──私の、大切な弟も。
『えぇ? どうして?』
『確かに女の子はお腹いっぱいだもんね。私も弟がいいなぁ〜!』
『そんなこと言って女の子だったらどうするんだ……』
『妹でも嬉しいしめちゃくちゃ大事にするし! とにかく私とまりちゃんは弟派で!』
『……みんな、あと一つ大切な話があるんだけど』
『え、何?』
『私ね、ここを辞めるの』
『……え?』
朝日さんの子供との日々を夢見たけれど、憧れていた弟だと決まっても、その子と一緒にいることは叶わなかった。
そのことを嘆いても仕方がない。けれど、ずっと心の片隅に刺さっていて一瞬でも抜けた日はない。
私たちには弟がいる。みんながあの子のことを忘れる日が来たとしても、私だけはあの子の存在を忘れない。
「そうだな。ずっと一緒にいれたらいいな」
麻露お姉ちゃんが心から笑った。
「いつか離れ離れになったとしても、キミたちは私の、〝あの人〟がくれた宝物だ」
朝日さんが辞めて彼女と彼女の子供の話はまったくしなくなったけれど、間違いなくあの二人も私たちの家族だった。
*
家族を守る。
「まりちゃん、待って! これは百鬼夜行よ! 突っ走らないで!」
この骸の体で。
「待って……! ねぇっ、待ってまりちゃん!」
ずっと一緒にいたいから。
「私を見て! まりちゃん!」
私にはこの体しかないのだから。
「まりちゃん──……私にもまりちゃんを守らせてよっ! 私は貴方の〝お姉ちゃん〟だからっ!」
妖怪が町役場へと向かうから、私も町役場へと向かっていた。元々四つん這いになって進む妖怪だから、片手片足が欠損したって進むことに支障はなかった。頭蓋骨が半分に割れていても、化け物の私は生きていた。
とても頑丈な生き物だと思う。お姉ちゃんたちも妹たちも、傷ついたら血が流れる。けれど私は流れない、ただ骨が崩れていくだけ。
『慣れちゃ駄目よ、真璃絵ちゃん』
不意に、真っ暗な世界の中で朝日さんがそう言った。私は餓者髑髏の姿で、朝日さんはじっと私の双眸があるべき空洞を見つめていた。
離れ離れになって十年以上が経ったけれど、未だにこうして思い出す──これは何歳の時の記憶だったっけ。大好きだった笑顔を消し、真顔で忠告した朝日さんのことを生まれて初めて苦手に思って、塞ぐ耳がないことに気がついた。
『痛いんでしょう?』
痛くないわぁ。
『否定しても無駄よ。私の旦那ね、妖怪の声が聞こえるの。だから餓者髑髏に……いいえ、すべての妖怪に痛覚があることは知っているわ』
嘘じゃないわぁ。
『その体で家族のことを守れて幸せ? 私は全っ然幸せじゃないわよ』
じゃあ、どうすればいいの?
『真璃絵ちゃん、貴方は間違っているわ』
朝日さんは正解を教えてくれなかった。正解を教えてくれないなら、正解が存在しないなら、どうして私が出した答えを否定するの?
その疑問に答えを出す為に教育学部を選んだ。私は、教師になりたかった。
朝日さん、貴方は今どこにいるの?
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
朝日さんとまったく同じ発音でそんな呪文を唱えたのは、十歳くらいの少年だった。あの子、危ない。けれどあの子、朝日さんと同じ陰陽師──。
「あぅっ!?」
すぐ傍で戦っているのはあの子の式神? 二人はいつからここで戦っていたの? どうして逃げずに戦っているの? そもそも、どうして一番妖怪が集まっているこの場所で──未だに生き残っているの?
少年が私を見上げる。私は味方──そう告げようとした瞬間、彼の顔が見えて思考が途切れた。限界まで耐えてせめてこれだけはと守っていた自我が消えた。
貴方は誰? どうして朝日さんの面影があるの?
辛うじて残っていた全身が砕けた。あぁ、私、この子のことを庇ったのね。二人ともどうして〝敵〟が自分たちを助けたのかわかっていないって表情をしている。
それでいい。私は餓者髑髏の半分妖怪。半分は人間だという答えは飲み込んで、彼を生かす。生きてと願う。私の憶測が正しければ、朝日さんよりも大切な貴方に幸せになってほしいから。
「まりちゃぁあぁぁぁあぁぁあぁぁあん!!」
ごめんね。いおお姉ちゃん。ごめんね。みんな。命を懸けて戦っても何も終わらない酷くて惨たらしいちっぽけな世界で私は散る。
「あの者の魂を繋ぎ止め、この町を救いたまえ!」
私の願いを叶えてくれた貴方のことが、器を失くして彷徨いかけた私の魂を掴まえてくれた貴方のことが、私は大好き。
その心が零れ落ちないまま、深い深い眠りについた。何も見えない闇の中。手を伸ばそうと思っても体はまったく動かなくて、喋ることもできなくて、音だけは聞こえるそんな世界。
時々聞こえてくる声が芽生え始めた絶望を消し去り、希望へと導く。絶望と希望の波音は好きになれなかったけれど、一人ぼっちの私に会いに来てくれる家族のことはもっともっと好きになる。
私はまだ、生きている。私はいつか、あの世界に──大切な人たちとの居場所に帰れる。
みんなが幸福を抱き締めて生きているなら、過去の人間同然の私は帰れなくても構わなかった。けれど、帰りたい。そう強く思ったのは。
『真璃絵、驚くなよ? これから歌七星と一緒に来るのは、キミの恩人で朝日さんの息子だ。そんな彼が大きくなって私たちの弟になったなんて、奇跡みたいだよな。信じられないよな』
会いたい、そう強く願ったのは。
『だって、家族つっても今まで一度も会ったことないんだろ? ほぼ他人なんだろ? なのにここまでやるってすっげーつーか、ちょっと意外だなって思ってさ』
大好き、そう伝えたくて、伝えられなくて、自分自身を呪ったのは。
『俺は真璃絵さんに会いたいです。真璃絵さんも姉さんだから、絶対に』
まだ見ぬ弟が姿を現して私の傍にいてくれるからだ。
『俺だって会いたい。生きていてほしいんだ。だがな、時々、骸路成家は滅んだ方が幸せなんじゃないかと思ってしまうんだよ』
頑張ったわねって言って抱き締めてあげたい弟がいるからだ。
電気が体中を駆け巡って、電源が入った機械のように私の瞼はぎこちなく開いていく。眩しい光の中に立っていたのは、記憶の中よりも大人びた麻露お姉ちゃんといおお姉ちゃんとかなちゃんだった。
また会えたことが嬉しくて、体が心に追いついてくれない。こんなにも世界が輝いて見えたのは初めてで、れいちゃんも、しいちゃんも、朱亜ちゃんも、わかちゃんも、愛ちゃんも、椿ちゃんも、はるちゃんも、笑顔でいてくれて。また会えて嬉しいって本気で思っていてくれて、それが奇跡で。
「まりちゃん、覚えてる?」
息を切らして駆けてきた少年には見覚えがあって、涙が溢れる。つきちゃんとささちゃんだけでなく、朝日さんもいることが余計にこの世界の優しさを教えていて。体はほとんど動かないのにとめどなく溢れてきた涙を止めることが、私にはどうしてもできなかった。
「真璃絵さん……」
今でも貴方に幸せになってほしいと願っている。両頬を両手で包んでくれた彼の顔はとても近くて、逸らしてしまいそうになる。
「……真璃絵、姉さん」
あの頃の面影がある彼の体が喜びで震えた。振動が私に伝わったのか、ぴくりと動いた自分の指先へと視線を落とす。
そんな私を叱るように今度は彼の指先が動いた。強い力だったわけじゃないけれど顔を無理矢理上げさせられて、また、彼の顔を間近で見つめる。彼の瞳の中に映った私は、どう見ても綺麗とは言い難かった。
「ありがとう……ございます」
どうしてそんなことを言うの? 私は貴方に何もしていない。
「あいた、か、た」
この世界に生まれる前から今日に至るまで、何もしてあげられていない。
それでも今は喜びの方が勝っていた。体を前方に傾けて彼の方へと落ちていく。ごめんね。けど、ずっとこうして抱き締めたかったこと──貴方が思っている以上に私が貴方のことを大好きなこと、貴方はきっと知らないわよね。
*
「亜紅里ッ!」
式神の家があった空間に飛び込んできた狐の半妖。あれが亜紅里ちゃん? 半妖だと聞いていたけれど、不思議。私たちとは少し違う、どうして顔を隠すような姿になっているのだろう。
彼女は実母の頼さんの方へと駆け出していき、銃を構えて照準を定めた。そんな彼女の後を全力で追いかけていたゆうくんは、亜紅里ちゃんの銀色の尾を、掴むことができなかった。
頼さん自身が光を放つ。一番離れていた私でも視力を奪われてしまうような強烈な光の中で見えたのは、肉を動かして姿を変えていく頼さんだった。
あれは、何? とても大きな銀の狐──最初に見た九尾の狐よりも巨大なのに、たった一つしか尾を持たない妖狐が大きく口を開けて亜紅里ちゃんを喰らう。
「──ッ」
ゆうくんも巻き込まれてしまったけれど、亜紅里ちゃんに押し出されて落ちていった。亜紅里ちゃんは飲み込まれた。
助けなきゃ。そう思った瞬間にわかちゃんと椿ちゃんとはるちゃんが吐き出される。それは頼さんがしたことではないらしい。再び喰らおうとする妖狐を一番近くにいたしいちゃんと愛ちゃんが拳で阻止した。
「わかちゃんつばちゃんはるちゃん立てる?!」
「結希も立てよ! なんで倒れて──誰か早く!」
骨だけの腕を地面から生やしてゆうくんを掴む。助けようと飛び出していた春くんたちは私の元へと運ばれていくゆうくんを追って下がってくる。
「ッ?!」
彼らから姉さんと呼ばれていた少女が目を見開いた。自分とすれ違った三人の弟妹たちを視線で追いかけて、足を止めていた。
「クソッ、どうなってんだよ兄さんは!」
「落ち着いて、紫苑くん、意識を失っているだけに見えるわぁ」
「な、なんでこんなことに……どうすれば……」
「女狐を殺す、それしかないだろ」
告げた美歩ちゃんの瞳には光が宿っていなかった。ゆうくんに似ているそれは闇色で、無表情のまま私の腕の中のゆうくんを見つめている。
「いいよな? 父さん」
振り返ると、れいちゃんから下りて駆けつけてきたゆうくんのお父様がいた。
この人が朝日さんの旦那さんだった人。ゆうくんのお父様もゆうくんに似ている。瞳の形は朝日さんに似ていて色はお父様の方に似ているけれど、今のお父様の光のない闇の瞳は美歩ちゃんに似ていた。美歩ちゃんのように無表情のまま怒りを押し殺している姿はぞっとするほどに怖くて、私はゆうくんのすべてを知っているわけではないけれど、ゆうくんはそんな顔をする人ではないと思った。
「『裂けろッ』!」
瞬間にはるちゃんの声が響く。亜紅里ちゃんを飲み込んだ妖狐が苦しみから解放されようとしているように暴れており──しいちゃんと愛ちゃん、そして二人を援護するはるちゃんが全力で戦っていた。そして、それ以上に亜紅里ちゃんが命懸けで戦っていた。
「あれは何?」
わかちゃんが片手で首を絞めていたのは衣良くんで、なのに衣良くんは抵抗しなくて、椿ちゃんがわかちゃんを止めている。
「知ってること全部吐かないと……どうなるかわかるよね?」
「わか姉ストップ! その人死んじゃうって! わか姉ッ!」
「……殺したら何もわからなくなるわよ」
「その子の言う通りよぉ、わかちゃん。そっちに行ったら戻ってこれなくなるわぁ」
わかちゃんは衣良くんを離したけれど、納得はしていないようだった。これが、私の知らない多重人格のわかちゃん……。わかちゃんにとってあの時の百鬼夜行がどれほど辛かったのかを物語っている。
「けど、あれはもう半妖じゃねぇ。力が完全な妖怪のそれだ」
「そうだね。早く殺さないと、死人が出てもおかしくないよ」
「あたしたちはまだ何もしてない。このまま半妖に戦わせっぱなしじゃ、あたしは結希に胸を張って『家族だ』って言えなくなる」
「……待って、美歩、本気なの?」
「本気だよ姉さん。あたしは血の繋がった家族として、あいつの傍にいてあげたいんだ」
「……意味がわからないわ、貴方だってあんなにあの男のことを憎んでたのに」
「憎んでたのは本当だよ。あいつがいなければって考えなかった夜はない。あいつがいてくれたから、私は私を愛することができたんだ。生まれてきて良かったって思えたんだ」
「……は?」
私は美歩ちゃんのすべてを知っているわけでもないけれど、ゆうくんがいてくれたから私は今生きている──それと似たようなものを心で感じた。
「愛してくれたことには感謝してる。けど、姉さんは別に、私じゃなくても良かっただろ? 私だったからじゃなくて、義兄弟になったから愛してくれたんだろ?」
その言葉は私にも刺さった。家族になった半妖だったらどんな子でも──亜紅里ちゃんでも愛しただろうと思う。
「あいつには私が必要なんだよ」
この世界は誰でも良い人間で溢れている。この人じゃなきゃ──そう思える人間はほんの一握りで、誰かが消えても自分の人生にはなんの影響もなくて、そんな中でゆうくんだけが誰でも良かったわけではなくて。ゆうくんだけが、一人一人を必要として求めてくれていた。だからみんながゆうくんを愛す。
三人同時に駆け出した。式神たちはみんな頼さんの分身と戦っていて、三人を助ける余裕がない。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
三人の九字に合わせたのはしいちゃんと愛ちゃんとはるちゃんだった。分身が一気に消えていき、妖狐の体が溶けていく。亜紅里ちゃんが妖狐の腹部から現れた。体が半分埋まっているけれど、抜けられないようには見えない。のに。
「これじゃまだ弱い! あたしが中からなんとかするから、弱ったところをまた叩け!」
亜紅里ちゃんは藻掻くこともなく、また、飲み込まれていった。亜紅里ちゃんを引っ張り出そうと伸ばしていたしいちゃんと愛ちゃんの手は、はるちゃんの言葉は、亜紅里ちゃんの手を掴むことができなかった。
*
この世界は幻でできている。ゆうくんに呼び出された私は、陽陰学園の生徒会室で家族と共にその事実を知らされた。
「……全員、どこまで覚えてる」
麻露お姉ちゃんでさえ衝撃を隠し切れないような表情だったけれど、やっぱりみんなのお姉ちゃんだわ。率先して場を仕切っている。
「……それがよく覚えてなくて」
ゆうくんが悔しそうに顔を歪めた。みんなゆうくんと同じだった。
「そのことも大事ですが、これは父さん……雅臣さんと朝日さんにも共有した方がいいのでは?」
「……すみません、これは俺のわがままなんですけど、二人には何も知らせたくなくて」
「…………それは、二人がユウキの両親だから?」
「はい……」
消えそうな声で肯定する。麻露お姉ちゃんも、いおお姉ちゃんも、かなちゃんも、れいちゃんも、朱亜ちゃんも、わかちゃんも、椿ちゃんも、つきちゃんも、ささちゃんも。
真菊ちゃんも、春くんも、紫苑くんも、美歩ちゃんも、多翼くんも、モモちゃんも、黙ってゆうくんを見ていることしかできなかった。
「……すみません」
泣きそうになりながら謝るゆうくんは、なんにも悪いことをしていない。
「怖いんです。真実を知ったあの人たちがどんな風になってしまうのか……考えただけでもしんどくて」
私たちがこの数週間で見た雅臣さんと朝日さんは、自分たちが離婚していることを覚えていなかった。敵対していたことも覚えていないのだから今この瞬間もきっと幸せで。私たちの帰りをずっと待っているのだろう。
「今まで黙っていて、本当にすみませんでした」
「謝る必要はないじゃろ。誰だって言いたくないことの一つや二つはある」
「けど、姉さんたちには話しておくべきだったと思います」
「黙っていたせいで不利益を被ったわけじゃないんだから、謝らなくてもいいわよ別に」
それでも、ゆうくんは申し訳なさそうな表情を止めなかった。朝日さんが育てた百妖家たちと雅臣さんが育てた芦屋家たちが別れて立っているからだろうか。
そんな顔はしてほしくない。笑っていてほしいと思ったのは私だけではなかったらしく、つきちゃんがゆうくんを抱き締める。
「ありがとう、月夜」
ようやくゆうくんが微笑んだ。
「おい、脱線してんぞ」
「悪い紫苑。それで、相談したいのはどうやって百鬼夜行を──阿狐頼を、というかこの幻を止めるかです」
「幻を止める?」
「あぁ。ここにかけられた幻が消えたら、みんなが正気に戻る。そうなったら倍以上の戦力が手に入る」
「そこで両親がすべてを思い出してもいいんだな?」
「はい。なので、その日までみなさんには〝いつも通り〟でいてほしいんです」
言葉を切ってみんなの反応を伺うゆうくんは何もわかっていない。
「心配しなくても大丈夫よぉ。みんなきっと、〝この日常〟が大好きだったはずだから」
何者でもない自分としての日々をみんなが欲していたことを。
『──だから、ずっと一緒にいましょ〜』
私がどれほど前からこの日々を願っていたのかを。
『真璃絵ちゃん、貴方は間違っているわ』
ねぇ朝日さん。私は間違えていたけれど、間違えていたから日常の大切を知ることができたわ。
これを正解と言っては駄目かしら。




