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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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二十 『麗しき夜』

 ホームルームの最中に生徒会室として使用している部屋に呼び出されたのは、椿つばきはる紫苑しおんの一年トリオだった。三人は同い年のステラと式神しきがみのイヌマルを前にして表情を強ばらせ、問うように結希ゆうきに視線を移す。結希の傍らには家族である依檻いおり真菊まぎくだけではなく、風丸かぜまるとヒナギク、そして千里せんりが立っていた。


「やっぱり……見えるか?」


「見えるって何が? そこの二人が?」


「着物を着た男の方。女の子の方は人間だ」


「ただの人間じゃないってことはさっきも言ったよ? わたしは〝クローン人間〟なの」


「〝クローン人間〟が本当に存在しているのかは未だに信じられないが、私たちに違いがあるようには見えないが?」


「そう言ってくれて嬉しいけれど、ただの人間じゃないからわたしは陰陽師おんみょうじ祓魔師ふつましなんだよ」


「悪いけれど、正直そこはどうでもいいわ。貴方たちは私たちに一体何が言いたいの? 返答によっては警察行きよ」


「貴方たちのマナコには、この子たちが不審者に見えるんですか?」


 依檻に答えた男性の声は、どう聞いてもイヌマルの声ではなかった。声が聞こえてきた方──いや、窓の外に視線を移すと、見知らぬ青年が逆さまになって部屋の中を覗いている。


「──ッ?!」


 戦慄が走った。イヌマルを一目見た時には感じなかった人ならざる者の気配が痛いくらいに伝わってくる。


「こっ、ここは三階だぞ?! なんなんだこのばけ……ば、ばけ……?」


 言い切ろうとして言い切れなかったヒナギクは、口内で何度も〝化け物〟という単語を繰り返す。その単語は結希にも聞き覚えがあり、どこで聞いたのだろうと再び思った。


「化け物じゃなくて亜人だよ。レオは吸血鬼だから」


 ステラに応えるようにぬるりと中に侵入したレオは、確かに血よりも綺麗な紅の双眸を持っていた。尖った耳と時折覗く牙は人間のもののようには見えず、背中には悪魔のような黒い羽根が背中からはみ出さない大きさで生えている。

 肩までしかない暗いグレー色の髪はハーフアップにして纏めており、長い前髪の下で輝く双眸で一人一人を品定めするように眺めていた。


「レオ、ティアナはなんて?」


 長身美形のレオはイヌマルと違って黒に近い青年だった。《カラス隊》に似たグレーの軍服を着用しており、目深に被った軍帽を脱いでレオはぐりぐりと首を回す。


「地下都市全体にも謎の魔法がかけられている、解くのは難しいって。不機嫌そうですよ、いつにも増して怒ってます」


「謎のって何? わかってるからわたしたちには効かないようにしてくれたんじゃないの?」


「ティアナは幻を使う魔女なので、幻系の攻撃ならなんでも防ぐことができるんですって。けど、この町の魔法は複数人が同時にかけたのか、似ているようで異なっている魔法がかなり複雑に絡み合っていて、ダンタリオンの力を最大限に引き出しても時間がかかるって言ってました」


「ティアナが持っているのはあくまでも魔力で、半妖はんようが使っているのは妖力だから……もしかしたら解けない可能性もゼロじゃないかも」


 話している内容を理解することはできなかった。突然呼び出された一年トリオは結希たちよりもわかっていないだろう。混乱の色がよく見える。

 だが、何か──切っ掛けのようなものがあれば、何かを掴めるような。そんな気がして、もどかしくて、話し込む三人に声をかけた。


「教えてください。貴方たちが知っていること、全部」


「こっちだって聞きたいことがあるんだけど……? 百鬼夜行が来るかもって言われて、はなたちが行くって言って聞かなくて、あの手この手使ってやっと辿り着いたと思ったら百鬼夜行の最中で、地下のことを思い出して入ってみたら誰も俺たちのこと覚えてなくて……って、確かにこれって幻術のようで幻術じゃない?」


「幻を見ている人もいますし、妖怪だけでなく俺たちのことを忘れている人もいますし、記憶をイジられてる可能性も否定できないんですよね。ティアナがそう言ってたんですけど」


「……酷い、けど、酷い、のかな?」


 言葉が出て来なかった。脳の一番深いところが熱くなったような感覚がして、口元を抑える。


 妖怪? 彼らは今、妖怪って言った?


 その存在は知っていたが、自分たちが思っている以上に身近にいなかっただろうか。いや、いたはずだ。なのに何故こんなにも──こんなにも、記憶が空っぽなのだろう。


「妖怪……」


 確かめるようにヒナギクが呟く。


「妖怪……!」


 思い出したいのに思い出せなくて、頭を強く押さえつけた。なんだ、なんだ、なんで──!


「覚えていませんか? あし……結希君」


 髪を握り締めた手首を掴んだのは、千里だった。結希君? 彼女はずっと自分のことを芦屋あしや君と呼んでいたはずなのに。


「いいえ……いいえ。私が知っている貴方の名前はそうじゃない、貴方の名前は──」


 自分はずっと、神城かみじょうさんと呼んでいたはずなのに。



「──百妖ひゃくおう結希君です」



 雷に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る。電流が走ったかのように情報が駆け巡る。


「ひゃ、ひゃくおう……? ひゃくおう? アタシの、名前は……?」


「思い出した、なんで……? 私は芦屋依檻じゃない、百妖依檻よ、炎竜神えんりょうしん依檻、なのに」


「え……あれ……俺たち、あれ?」


「なんでてめぇら、芦屋って名乗って……」


「え? え? ちょっと待てよ、俺はまだ何もわかんねぇぞ?!」


「…………風丸、お前、本当に小倉おぐら風丸か?」


「は? なんだよヒナ、急に何言ってんだよ! 俺は小倉風丸だぞ?! なぁ結希!」


「…………いや」


 咄嗟に出てきた言葉は否定だった。自分は何故否定した? 隣にいる男はこんなにも小倉風丸なのに。


「いや、お前は……」


「え?! 何?! なんだよこえーよ!」


「……お前は、確か、土地神で」


「……そうだ。土地神だ。これは正しい記憶のはずだ、だから、百鬼夜行の最中なら、お前がこんなに元気なはずが……ない」


 風丸の存在は綻ばなかった。ひび割れることも、消えることも、心が壊れることさえなかった。

 唇を真一文字にぎゅっと結んで辺りを見回す。風丸はまだ、そこにいた。


「…………嘘、だよな? なぁ」


 捻じ切れそうな、掠れた声だった。


「幻かどうかはティアナが見ればわかると思いますよ。で、ここにいる全員が思い出したってことでいいんですか?」


「さぁ? わからないわ。だって私たちをこんな目に遭わせたのは女狐だもの。他に何があってもおかしくないわよ」


 視線を移す。真菊は渇いた笑みを浮かべており、目が合った途端に結希を睨む。


「……吐きそう。さっきまであんたのことを家族だと思ってたなんて。自分が憎い」


 依檻につけられた火傷が消えたその顔は、果てない憎悪で歪んでいた。先ほどまで家族だと思っていたのは結希も同じで、だからこそ、その心を受け止めることができなかった。


「待って、姉さん」


「何、春」


「もう、やめよう」


「やめるって何を」


「この人を恨むことをだよ」


「どうして」


「意味がないから」


「そんなのは最初からわかってるわよ」


「なのにやめることができねぇんだな。父さんの態度は七年前からのと同じだったし、兄さんと俺たちで違ってたこともなかったのに」


「……そうね。どうしてかしらね」


 真菊の視線が伏せられた。消えそうな声で誰かにそう問うた彼女はどこか寂しそうで、独りぼっちで立っているようで、何故だか胸が締めつけられる。

 真菊の問いに答えを出す誰かはいつまで経っても現れなかった。それはきっと真菊の中にしか存在せず、真菊自身が出すべき答えだった。


「姉さん、俺はね、父さんと母さんには生きててほしかった」


 親の仇を思い出した春は、結希に対する恨みを一切出すことなくそう告げた。親の仇を恨んでいるようには見えなかったが、晴れ晴れとした表情も浮かべておらず、紫苑しおんのように妖怪を恨む可能性を残して長く伸びた黒髪をいじる。


「けど、今までの人生が不幸せだったわけじゃない。いじめはほんとに辛かったけど、姉さんたちが学校に行かなくていいって言ってくれたから、その言葉ですごく救われたから、姉さんも俺たちみたいに救われてほしい」


「私は救われてないって言いたいの?」


「わからない……けど、いじめられて泣いていた俺たちに『逃げていい』って言ったのは姉さんでしょ? 美歩みほにも多翼たいきにもモモにもそう言ってたくせに、どんなに辛くても逃げなかったのが姉さんだって知ってるから、心が叫んでいるならせめて逃げてほしいって思うんだ」


「私はいじめられてないけれど」


「そういうことじゃなくて……」


「おいババァ。てめぇほんとババァだな」


「……紫苑、今の私は機嫌が悪いわよ?」


「うるせぇよ。つべこべ言ってねぇで早く女狐についてなんか教えろよ。これが全部あの女狐のせいで、あの時の百鬼夜行も今回の百鬼夜行もあの女狐のせいなら、俺の方がてめぇなんかよりもよっぽどイラついてんだよ」


 今にも誰かに噛みつきそうな紫苑は、女狐──阿狐頼あぎつねよりだけでなく、真菊にも苛立っているようだった。紫苑が放つ刺々しい雰囲気に気圧されて春は口を噤んでおり、ステラやイヌマルも静観している。誰も止めに入れなかった。


「俺はこれから女狐をぶっ殺しに行く。けど、また同じ手を食らうわけにはいかねーからてめぇが知ってることを全部吐き出せ」


「吐き出したところで対策が不十分なら意味がないぞ」


 レオに続き開け放たれていた窓から侵入したのは、箒に乗った魔女だった。


「はえ?」


「ひぎゃあ?!」


「ティアナ、この人たち驚かせてます」


「なんでだよ。お前ら全員半妖かなんかだろ?」


 レオとお揃いの軍服と、軍帽。その上に魔女特有の三角帽子を被っており、魔女ティアナは箒から下りる。

 レオと同じで二十代前半くらいだろうか。ふわふわにカールされた銀髪のおさげ。赤いアイシャドウを濃く塗った群青色の双眸と必要以上に濃い色で塗られた赤い唇は、近づきがたい印象を周囲に抱かせる。ティアナはステラやレオと同じく西洋人の顔立ちをしており、その中にイヌマルが立っていることがあまりにも異様で目を疑った。


「見てみるか? 外の景色」


 ステラやレオもそうだったが、ティアナも流暢な日本語でそう尋ねる。


「えぇ。見せて」


 依檻の答えに顎を引いて応えた魔女は軽く手を振って部屋の中央に出現した円球を指差した。

 水晶のような透明なそれは中身をどす黒い色へと変色させ、変化を止める。


「え……?」


「これだよ」


 映し出されたのは、星なき世界だった。毒々しい赤ではない。化け物の腹の中のような、一切の光なき世界だった。月さえ存在していない闇色は見ているだけで吸い込まれてしまいそうで、麗しい、そう錯覚してしまう。

 だが、明かりさえない住宅を闊歩する妖怪の群れを一目見て、闇色が絶望の色に染まっていった。


「行くのか? これでも」


 西洋の魔女は、笑っていなかった。

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