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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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十八 『愛が来る日』

 真璃絵まりえはよく笑う人だった。誰もが口を揃えてそう言っていたが、それは本当のことだった。彼女はどんな状況になっても笑うことができる人で、それが頼もしく思えたが時間が経つにつれて不気味にも思えた。


 休む間もなく襲いかかってくる阿狐頼あぎつねよりの幻術は、熾夏しいか愛果あいかの幻術によって相殺され続けている。結希ゆうきを含めた芦屋あしや義兄弟たちも九字くじで応戦しているが、形成逆転することは一瞬もなかった。

 多数がたった一人に攻撃を仕掛け続けているのに何故彼女には届かないのだろう。本体を──いや、本当の本体がどこにいるのかわかっているのは熾夏と愛果だろうが、影分身のようにどこにでも存在して幻術を繰り出している阿狐頼を倒しているのは、四人の式神しきがみと真璃絵だった。骨の手で阿狐頼を押し潰している真璃絵は微笑みを一切崩さないまま、出現させる数を増やして戦場を骸の墓場にする。どこを見ても崩れた骨が落ちているせいで、徐々に身動きがとれなくなっていた。


「クソッ! おい真璃絵! 邪魔だ退けろ!」


 言葉を吐いた紫苑しおんは行き先を阻む骨を蹴る。瞬間に消えた骨は粒子となり空中を漂い、それさえも風に流されて消えてしまう。阿狐頼はまた新しい自分を生み出し、結希たち十一人をこの世界から排除しようとしていた。


「結希!」


 それを器用に阻止しながら、離れていた距離を縮めてきた美歩みほが言った。


半妖はんようのことはよくわからないけど、これだけしても力が尽きないならどこかに供給点があるはずだ! 見つけてそれを叩けばあの女狐を殺せるかもしれない!」


「──ッ! 確かにそうかもしれないけど、どうやってそれを見つけるんだ?!」


「わからない、けど、あたしが絶対に見つけるから!」


「美歩……」


 自分と同じ色を持つその瞳には、怒りが込められていた。憎しみが宿っていた。それ以外が見つけられないくらいに真っ直ぐで、思わず息を止める。


「……わかった。任せる」


 父と姉を傷つけられたからだろう。親の仇だと言って飛び出してしまった紫苑と同じくらい、彼女には戦う理由がある。


「任せろ!」


 美歩はまた離れてしまった。そんな彼女について行くオウリュウに護衛を任せ、結希は再び十を超える人数に増えた阿狐頼を視界に入れる。


「耐えてください!」


「了解!」


 熾夏と愛果の声が被った。真璃絵も自分のペースで返事をし、再び大地から骨を生やして攻撃と防御を再開させる。

 どれだけ力を使っても、熾夏と愛果同様真璃絵だって疲弊しなかった。どこから力が湧いてくるのだろう、そう思うくらいに覚醒後の半妖の力は無尽蔵で。


 もしかしたら、美歩の言う供給点なんてないのかもしれない。いつまでもいつまでも戦えるのが、半妖なのかもしれない。ただその威力が異様なのが、阿狐頼──。


 何度考えてもわからなかった。実の娘の亜紅里あぐりに聞けば何かがわかるのかもしれないが、亜紅里は今ここにはいない。町で戦っているはずだが、彼女だけがこの戦いの希望だった。

 阿狐頼から何も聞かされていなくても、母親と同じ能力を持っているのが阿狐亜紅里というこの世界でただ一人だけの彼女の娘なのだから。だから。


「亜紅里……」


 彼女の名前を呼ぶ。周りにいる誰にも聞こえないほどの音量で。だが、絶対に来るわけがないとは思わなかった。亜紅里は自分の運命に決着をつけると言っていた、実の母親を倒す意思を持っている、今はただ、信じることしかできなかった。



「君は亜紅里のことを知ってるの?」



 背後から聞こえてきた声は、今まで生きてきた中で一度も聞いたことがない声だった。

 慌てて振り向くと、真っ白な布で顔を隠した青年のような何者かが立っていた。青年というのは声と衣服で判断しただけで、一目見ただけでは性別が判断できない彼は書生が来ているような服を着ている。その色は千羽せんばが着ていた紺碧色の着物によく似ており、一瞬息が詰まりそうになった。慌てて堪えてじっと見つめるが、真っ赤に染まってしまった世界では異様なもののように思えて思考が止まる。


「貴方は……」


 今の今まで気づかなかったほどにまったく気配がなかった青年は、自らの意思で真っ白な布を捲って顔を見せる。その顔に見覚えはなかったが、結希を貫く双眸の色には見覚えがあった。


「……阿狐、さん?」


 そうとしか考えられない天色の瞳は曇っており、かつての亜紅里を彷彿とさせる。顔が似ているというわけではなかったが、茶色い髪も阿狐家特有のものだった。


 敵か、味方か。亜紅里の名を出しているがそれだけでは判断ができない。敵意がないことだけが唯一の救いだったが、阿狐家の人間がまったくの別人を演じることができるのは嫌というほど知っており──信じ切れることができない辛さを改めて思い知った。


「おい兄さん! 何ボケっとしてんだよ!」


「ッ?!」


 怒鳴った紫苑にはこの青年の姿が見えていないのだろうか。この戦場の中では一番存在感がないが、一目見たらもう二度と目を離せない不思議な雰囲気を身に纏っているのに。


「君にしか見えないよ」


 結希の疑問に即答して、青年はぐるりと辺りを見回した。そのどこか機械じみた動きは結希に違和感を残したが、彼は機械人形ではない。血が流れている人間だ。心からそう思えたのはあまりにも近くに立っている青年の人としての熱であり、自分自身の記憶だった。


衣良いらは、姦物の傀儡……』


 一度も会ったことがなくても、結希は彼のことを知っている。彼のことを覚えている。


「だって、亜紅里の名を口にしたのは君だけだから」


 自分たちよりも年上に見えて、尚且つアリアたちと同い年に見えて、阿狐頼の傍にいる阿狐家の青年。ママの言うことを信じるならば、それはこの世界でただ一人しかいない。

 ごくりと唾を飲み込んだ。言おうかどうか迷ったが、言わなければ何も始まらないとも思った。息を吸い込んで最初の音の形を作る。青年は結希の瞳ではなく斜め下を向いていた。何かを言おうとしている、誰の視界に入るかを選ぶことができる彼が自分を選んで何かを言おうとしているなら、聞いてあげたい。



「衣良さん」



 呼ぶと、衣良は少しだけ驚いたように目を見開いた。結希の瞳を見つめ、口をぱくぱくと動かして、一瞬だけ唇を引く。


「なんで……俺の名前を……」


 その声は震えており、瞳には少しだけの光が宿った。


「なんでって、貴方は亜紅里の従兄だから」


 亜紅里の口から聞いたわけではない。多分、亜紅里は衣良のことを知らないのだろう。知っていたらヒナギクにでも話していたはずだから。


「そして、アリアさんの同級生だから」


 そこまで知られていたとは思っていなかったのか、衣良はさらに目を見開いて結希から僅かに距離を取った。


「君は、一体……誰なんだ?」


 怯えているようにも見える。衣良は結希のことを何一つ知らないようだった。


百妖ひゃくおう結希です」


 結希は今でもそう名乗っている。間宮まみや家でもあり、芦屋家でもあるが、大切な家族と出逢ったのは百妖家だったから。

 衣良は一瞬だけ眉間に皺を寄せて考え込んだが、やがて心当たりがあったのかまた数歩近づいてくる。


「君が、結希なんだね」


 確かめるように問うたその声色は、どこか期待に満ちたそれだった。どうやら下の名前を知っていたようで、衣良はすぐに結希という存在を瞳で認める。


「はい」


「君が……そうか。そうなんだね」


 衣良から敵意を感じることは、変わらずなかった。結希という名を聞いて百鬼夜行を思い出した人間が大半だった今までで衣良が百鬼夜行を思い浮かべないことは皆無に等しく、だからこそ味方なのだと信じられた。


「衣良さん、お願いです。阿狐頼のことを教えてください。どうしてあれほどの力を持っているんですか、どうして阿狐頼はあんなことを……」


 聞きたいことが多すぎて言葉に詰まる。希望は亜紅里であり、衣良なのだ。阿狐頼の毒牙にかかっていない次世代の二人が奇跡を起こさない限り、完全なる勝利はない。


「それには答えられないよ」


 希望というものはあまりにも不確かで、呆気なく崩れ落ちていく。結希は呆然と衣良の無表情を眺め、「なんで」と声を漏らした。


「それは、俺が阿狐家の人間だからだね」


 絶望は簡単にやって来る。


「そして、亜紅里も阿狐家の人間だから」


 いつの間にか、周囲の音が消えていた。



「──亜紅里はどこ」



 この世界で生きているのは二人だけ──そんな勘違いをしてしまいそうになるほどに、衣良との距離は近く。


「どこ」


 その声色に心はなかった。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 目の前に亀裂が入る。馴染んではいないが聞き覚えのあるはるの声は必死そのもので、ぽかんと口を開いた結希は慌てて春の方へと視線を向ける。


「ボサっとすんな!」


 吠えられた。普段あまり大きな声を出さず、ボソボソと喋る春に怒鳴られたのだ。


「衣良さ──」


 崩れていく視界の中でも衣良はすぐ傍に立っていた。


「結希様ッ!」


「誰だてめぇ!」


 衣良の姿が全員の視界に入ったらしい。阿狐頼と協力して結希に近づいてきた衣良は、口を割らない結希に対して何を思ったのか──真っ白な布を捲っていた手を離してそれを振り上げていた。


「結希!」


 瞬間に飛び込んできた影は、今一番見たくなかった後ろ姿で。


「やっちまえ! 亜紅里!」


 衣良の拳を受け止めた亜紅里も何を思ったのか、銀色の毛を逆立てていた。


「春! 紫苑! 美歩!」


 その声にも驚く。亜紅里と同時に駆けつけてきたのは、衰弱していたはずの真菊まぎくだった。


「姉さん?!」


「なんで……父さんも?!」


 振り返ると、鈴歌れいか一反木綿いったんもめん雅臣まさおみと真菊が乗っていた。

 地面に着地した真菊はカグラを呼び出し、互いにあり得ない速度で芦屋義兄弟の元へと駆けつける。その体に美しくもあり醜くもあった火傷痕は一つもなかった。


「──ハッ!」


 無力な衣良を蹴りで気絶させ、亜紅里はすぐにただ一人の阿狐頼を睨む。


「まっ、待て! 亜紅里!」


 衣服を掴むことはできなかった。亜紅里は阿狐頼の元へと一直線に駆け出して、懐から銃を取り出す。


「亜紅里ッ!」


 追いかけた。嫌な予感がする。目の前が光った。視界が眩しい。阿狐頼は──結希の想像通り、待ってましたと言わんばかりの表情で口を開いていた。

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