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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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十五 『二つの家族』

 北北東を目指して森にぶつかった車は停車し、中からはる紫苑しおん、そして美歩みほが飛び出してくる。春と美歩だけではなく、紫苑も焦っているような──そんな表情を見せていて、家族じゃないと言うその心は本心でも、紫苑にとって二人は他人ではないのだと理解した。それを知って安心したような、少しだけ寂しいような。雅臣まさおみも紫苑の父親だったのだと再認識して、この感情を複雑と表現するのだと思う。だが、運転しているはずの朝日あさひが出てくる気配はなかった。雅臣の元妻で結希ゆうきの母親である彼女のことも気になるが、出てこないなら置いていく。


「乗れ!」


 生身のまま森の中へと突っ込もうとする三人に向かって声をかけた。

 一反木綿いったんもめんに乗った結希たち六人が途中で合流したのは愛果あいか椿つばき心春こはるで、目的地へとすぐに辿り着ける足を持たない麻露ましろ依檻いおり歌七星かなせ朱亜しゅあ、そして月夜つきよ幸茶羽ささははまだ来ていない。


「ッ!」


 一反木綿の体を自分の手足のように操作して三人を無理矢理乗せた鈴歌れいかは、低空飛行のまま森の中へと突っ込んでいく。そういう能力も産まれた時から備わっているのだろうか。今まで気にしたこともなかったが、鈴歌は器用に木々の枝葉を避け続け、「…………どこ?」と最前列を陣取るいぬいと彼女の通話相手に尋ねた。


「あっちだ」


「…………わかった」


「乾さん、鈴歌さん、周りの妖怪は俺たちがなんとかしますからよろしくお願いします!」


「いやいやちょっと! 妖怪はなんとかするけどどうやって式神しきがみの家の中に入るのさ! 見つけることができた理由はさらっと聞いたけど、結界の中に入ることができるならそっちも聞いときたいんだけど?! 自分だけ弾き返されたら嫌だし!」


 騒いだのは、最後に合流した愛果だった。


「……確かに」


 そこでようやく、一番大事なことを忘れていたことに気がつく。綿之瀬わたのせ家の協力でできるようになったのは、式神の家を見つけることだけだ。中に入ることができるようになったわけではない。


「てめぇは俺たちのことなんだと思ってんだよ」


「痛っ!」


 自然と頭を殴られた。殴ったのは紫苑だ。春と美歩も紫苑がいなければ殴っていた、とでも言うような表情を見せている。

 どうして彼らの機嫌が急に悪くなったのだろう、最初から良かったわけではないが、愛すると決めた彼らとの関係をこれ以上悪くするわけにはいかなかった。


「俺たちはこの一週間寝てたわけじゃねぇ。全員で知恵を出した、考えた、実験した」


「できなかったのは場所の特定だけ。あの空間にいたのは式神と陰陽師おんみょうじ半妖はんようだから……綿之瀬家の案は多分一生かかっても出てこなかったよ」


「ってことはじゃあ……!」


「結界は破れる。一年間ずっと結界を破り続けたあたしたちの言うこと、あんたは信じられる?」


 芦屋あしや義兄弟たちのことは信じている。彼らの心の中に結希が見抜けない悪意が潜んでいたとしても、ここには乾がいる。熾夏しいかもいる。彼女たちが心を見抜く。


「信じてる」


 彼女たちの方を見ることはしなかった。ただ美歩の瞳を、血が繋がった彼女の瞳を、父親が自分にできなかったことを全部すると言った彼女の瞳を、真っ直ぐに見つめた。


「紫苑のことも、春のことも、信じてるよ」


 彼らがしたことはどの立場から見ても許されないことだろう。実際に紫苑と美歩は短期間とはいえ独房に入った。彼らを裁く為の法はどこにもないが、この町の法である《十八名家じゅうはちめいか》が決めたことには従わなければならなくて。二人はその法に従った。逆らう気もなかっただろう。だから短時間で出てこれた。

 閉じ込めすぎず、放し飼いをして、春と多翼たいきとモモが来たように次々と仲間をおびき寄せる。大家族が使うにしても広すぎたあのおんぼろ芦屋家には、もう誰もいない。芦屋義兄弟たちは集まった。だがそれは、全員ではない。彼らの保護者も、いない。


 彼らの目的は達成された。彼らはもう悪さはしない。彼らにとっては悪さではなかった人々を裏切るあの行為は、もうしない。


 だが、それが今、役に立とうとしている。


 彼らの今日までの人生は、無駄ではない。彼らの存在は、忌み嫌うものでも秘匿しなければならないものでもない。


「頼む、三人とも」


「それ本気で言ってんのかよ、兄さん」


「あたしたちにとってはどっちもたった一人しかいない父さんと姉さんのことだからな」


「だから、頼むのはこっちの方。ここまで運んでくれてありがとう、嫌じゃないなら手を貸してほしい」


 全員結希よりも年下で、結希と同じくらいに自分の無力さを知っている。だからだろう。頭を下げた最年長者の春に合わせて紫苑も美歩も頭を下げた。


「中にいるのが紫苑たちの父さんと姉さんってこと?」


「そうなんだよ愛姉あいねぇ! みんなの家族が阿狐頼あぎつねよりに捕らわれてて大変なんだよ! やっと助けにいけるんだな、紫苑、結兄ゆうにぃ!」


 義姉妹の中で唯一覚醒後の姿ではない──先週目覚めた真璃絵まりえにも先を越されたせいで余計に目をつけられてしまった椿がぶんぶんと握り締めた拳を振る。


「はぁ?! 何それ、そいつら纏めてぶっ倒すんじゃないの?!」


「あの電話をどういう風に受け取ったらそんな解釈をするんだ……」


 頭を抱える乾はふうと連絡を取り合い鈴歌に指示を出しながらこちらの話も聞いていたらしい。器用すぎる、それが綿之瀬乾だと言えばそうなのだが、普通に彼女の体を心配してしまう。


「おっ、落ち着いて愛姉! 落ちちゃうよ?!」


「落ちてもいいし! 追いつくし!」


「…………そもそも落とさないから」


「そうそう。うちの鈴歌を舐めないでよね〜」


 こんな時でさえ騒がしい。今にも死にそうな顔色の芦屋義兄弟から見たら異常に映っても仕方がないほどに、百妖ひゃくおう義姉妹はいつも通りだ。

 何一つ壊れていない。初めて会った時から個人単位では変化があったが、全体的にはいつも通りな彼女たちに救われている。だが、そんなことを話している場合ではなかった。


「愛果、椿、心春! 事情は後で話す、悪いけど俺は式神の家に行って二人を救う! 阿狐頼の首はなるべく狙わない!」


「狙わないって、助けるだけなら首も狙えるんじゃないの?! 助ける意味わかんないけどさ! こいつらの父親は知らないけど、姉って要するに真菊まぎくでしょ?! 本気なの?!」


「本気だ! 嫌だったら下りてもらってもいい、軽蔑とかしないし、狙わないのは全員が無事で帰ってくることが目標だから──」


「はぁ?! バカじゃないの?!」


 罵られた。臆病者とも薄情者とも卑怯者とも言っていないのに、感情が倍になって返ってきたかのような勢いだった。


「あとちょっとで一年経つだろうから忘れたのかもしれないけど、結希があの時言ったんでしょ! 『傍にいてほしい』って!」


 一年前、というのはいつのことだろう。そう言うということは多分出逢ったばかりの頃で──結希はすぐに、思い出した。


『それに、前回俺は背中に火傷を負いました。あの時皆さんが傍にいてくださらなかったら……死んでいたと思います。ですから、今回も傍にいてほしいんです』


 それは、あの頃の結希にとって、数少ない本心の吐露だった。


「ウチはすっごく嬉しかったから覚えてる! だから、何があっても結希の傍にいるって決めた! 少なくともウチからは離れていかないって決めた! なのになんで『来なくてもいい』みたいなこと言うのさ! 個人的には真菊のこと死んでも許さないけど、紫苑たちの家族なら助けないわけないし!」


「なら最初からそう言いなよ〜、意味は一応わかってんじゃん」


「だっ、だってアイツだけ改心しそうになかったから助けるだけムダかなって……」


「改心って言い方が気になるけど、姉さんの間宮まみや結希アレルギーならそう簡単には治らないよ」


「別に治さなくていい」


「まぁそれは同意だけどさ! その方がウチとしては助かるし!」


「え〜、そうなの? なんで? みんな仲良しの方が楽しいのに〜」


「楽しくない!」


 愛果も家族想いで仲間想いな百妖家の一員だ。身内だと思った相手のことは大切にし、身内に怪我を負わせた相手のことは相手が屈服するまで攻撃を続ける。

 それは、《風神ふうじん組》を率いる相豆院そうまいん家の血なのかもしれないし──実際愛果の血の繋がった双子の弟の翔太しょうたにも、従姉にあたる乾にも当てはまっている──ただ単に不良故になのかもしれない。


「ありがとう、愛果」


「っ」


「自分たちだけの問題だと思ってたんだ。だから、あんなことを言った。ごめん」


「あのさぁ……」


「そんなのないよ、お兄ちゃん!」


「そうだよ結兄! そんなのない!」


「…………ユウキらしいとは思うけど」


「そうよぉ。だれかの問題を、だれかだけで、解決する必要なんてないのよぉ」


 食い気味に否定した心春と椿は一体何が言いたいのだろう。鈴歌は特に否定せず、真璃絵に文字通り包み込まれる。


「まりねぇそういうのはだめーっ! ねぇお兄ちゃん、ぼくもそれが言いたかったの! お兄ちゃんは前にぼくだけの問題を一緒に解決してくれたでしょ? おかげでぼく、もうお兄ちゃんのことも紫苑さんのことも春さんのことも怖くないんだよ?!」


 真璃絵を必死に引き剥がそうとする心春の言いたいことはよくわかる。


「そうそう! 一人はみんなの為に、みんなは一人の為にってやつ?」


「それちょっと違うんじゃない? つばちゃん。まぁでも概ねその通りだよね〜。私は視えたから君たちの事情も把握したけど、なら尚更頼りなよって感じだし」


「えっ」


「私にとっての百妖家と妖目おうま家と同じ。どっちも家族、だからどっちも大切。そんな私を弟クンは軽蔑する? どっちかを選べって詰め寄るの?」


「そんなことしません!」


「だから私たちもそんなことしないよ。わかるからね、君の気持ち。この世界の誰よりもわかるから、遠慮なんてしなくていい。君だって私が妖目家がピンチだから助けてよ〜って言ったら面倒だって一ミリも思わずに駆けつけてくれるでしょ? きっと、誰よりも早く。そんな弟クンだからみんな大好きなんだよ。春クンだって口で言うほど嫌ってないしね」


「……嫌いだけど」


「私の前では隠しごとができなくて残念だったね」


 熾夏はニコニコと笑っていた。結希と芦屋義兄弟の関係性を正確に理解してもなお、笑っていた。

 この関係性は自分が思っていたほどに特別ではなかったのだろう。熾夏の例えがあまりにも優しくて、この関係が壊れてしまうと怯えていた自分が救われたことに気づく。


 さすが明日菜あすなの実姉だ。半妖姿ではなく明日菜に似た普段の姿で、何かの間違いがあったら思わず抱き締めてしまったかもしれない。


「お喋りはそこまでにしておけ。芦屋三兄妹、お前らが言う結界は私の目には見えないが、そろそろ視界に入ってくる頃だぞ」


 ──来た。背筋を伸ばして前方を確認する。だが、式神の家の結界は見えない。

 思えばこれが普通だった。気づいた瞬間には着いているのだ。ならば誰が式神の家を建てて結界まで張ったのか──そんな疑問が残ってしまうが。


 妖怪を倒す役目があったが道中で妖怪を見かけたことはなく、黄昏時の森の中にしては異様に静かで何かがおかしい。ましてや百鬼夜行の準備が整っていたのなら尚更だ。

 仮に今この瞬間に百鬼夜行が起きたら誰のことも守れないだろう。そんな最悪な事態が頭を過ぎって、紫苑の声で現実に引き戻される。


「てめぇら全員この辺薙ぎ払え!」


 無茶苦茶な命令だった。鈴歌も熾夏も和夏わかなも愛果も椿も心春も乾だって戸惑うような内容だったのに──あちこちに生えた餓者髑髏がしゃどくろの腕が、木々を根こそぎ引きちぎった。


「あった!」


 真璃絵がいなかったら一瞬でこうはならなかっただろう。いや、真璃絵以外の誰だったら実現可能だったのだろう。

 これは真璃絵の能力で個性だ。まだ抱き締めている真璃絵の体を思わず抱き、遠くの方に聳え建っている洋館を見つめた。

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