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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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十三 『二人ぼっち』

 半妖はんようの力を数値化することができたように、瘴気の数値化にも成功していたふうの判断は結希ゆうきの仮説を立証していた。

 あんことタマ太郎たろうは町内の妖怪と比べて瘴気がほとんどない。瘴気に還さなかったママは死なず、ポチは赤子のようで。次はそんな二匹で検証を行うことになり、今日はその場で解散することが決定する。


鈴歌れいかさん」


 声をかけると、風やいぬいと違って研究者として振る舞うことができなかった鈴歌がゆっくりと視線を上げた。

 現頭首としてできることは進んでやっていたが、未知の世界に飛び込んだ彼女はほとんど役に立つことができず。微妙に落ち込んでいるように見える彼女のことが気になって気になって仕方がなかった。


「鈴歌さんにしかできないことが、この世にはたくさんありますから……」


 自分はこんなことしか言えない。鈴歌が求めている言葉がわからない、現頭首でもない自分には。


「…………うん、わかってる」


 にこりと微笑んだ鈴歌のそれは嘘ではなかった。隣に立つ真璃絵まりえはそんな鈴歌をじっと見つめていたが、やがてニコニコと笑顔を見せる。


「…………ユウキ、この前の話だけど、まだ進展してない感じ?」


「っ……はい」


「…………そう。あまり力になれなくてごめん。もし行くことがあったら行って、必ず連れて行くから」


「鈴歌さん……」


 ありがたい。鈴歌のその気持ちだけで救われる心がここにはある。

 いつかのあの日もそうだったように、鈴歌は式神しきがみの家の結界を通ることができる。退魔の札が貼ってあったら彼女だけでなく全半妖が通ることができないが、結希が目指すあの家には退魔の札が貼ってある。それを貼ったのは芦屋雅臣あしやまさおみ本人かもしれない。真菊まぎくかもしれない。その上幻術までかけられているのだから、現状で鈴歌の出番はほとんどない。


「……実は」


 それをすべて話した。解散となっても実験室には全員が残っており、結果的に全員に話すことになってしまったが構わない。どうしても助けたい命がある。


「なので、まだ助けることができないんです」


 改めて言葉に出すと情けなくて情けなくて仕方がなかった。ビシャモンたちは頑張ってくれていると思う、それでもまだ何かが足りない。


「でも、どうにかならないことはないと思うんです。絶対に道はある、それを俺たちが知らないだけで」


「まぁ、それだけを聞くとなんとかなりそうではあるけどね」


「え?!」


「…………っ、それ、本当?」


 口を挟んだのは、実験結果を眺めていた風だった。風の隣で同じくそれを眺めていた乾は一切反論せず、可能であることを暗に言っている。日頃から最前線で戦っているまこ恭哉きょうやは結希と同じく可能だと思わなかったらしく、そう告げたのは綿之瀬わたのせ家故にだということを知る。


「式神の家に幻術がかけられているのなら、半妖の力が充満しているはずだ。瘴気が変に濃かったり、薄かったり、そんな変化がこの町のどこかにあるようならビンゴかもしれないよ」


「式神の家の結界が半妖の力を通すのか、瘴気を通すのか──条件は色々あるだろうけどな」


 風と乾は凄い。綿之瀬家の汚名を返上することができるほどに彼女たちに救われている自覚がある。

 対する結希は何かをしただろうか。まだ何もできていない、するのはこれからと言い切ることができてしまうから恥ずかしい。


「ビシャモンに聞いてみます」


 すぐに紅葉くれはに電話をかける。今まで彼女に電話をかけて繋がらなかったことがないくらいに、紅葉は肌身離さずスマホを持っているような子なのだ。


「あっ、紅葉?」


『ゆぅ? なんかあったの?!』


「悪いことがあったわけじゃないんだ、ビシャモンに代わってほしい」


『わ、わかった。ちょっとビシャモン』


 何かに躓いた音、紙をばら撒いてしまったような音、芦屋あしや義兄弟の声も聞こえてきて、『もしもしぃ〜……』と疲弊しきったビシャモンの声が聞こえてきた。


「ビシャモン、式神の家について聞きたいんだけど」


『家ですかぁ〜?…… いいですけどぉ〜……』


「式神の家の結界は半妖を通してたけど、妖力とか瘴気とかが外に出ることがあるのか?」


『はぁ〜……。試したことはないですけど、なんでなんですかぁ?』


「綿之瀬家の研究でそういうのがわかるようになっていて、もし通すならそれで見つけることができるかもしれないだろ?」


『はぁ〜……。なるほどなるほど、ならば試してみますかぁ? ここには式神も半妖も陰陽師おんみょうじもいますし』


「今すぐ助け出したいけど、確実にやろう。できるならすぐに」


『はいはい〜。あ、瘴気の方は式神の家には全然ないので、通すも通さないもないと思いますよぉ?』


「ないならないで見つけやすいだろ?」


『ははぁ、確かにそういえばそうかもですねぇ? わかりましたぁ、場所は間宮まみや様の家で良いですかぁ? 半妖は火影ほかげ様と亜紅里あぐり様にお願いしますので〜』


 二人で話を纏めて電話を切る。途中からスピーカーにしていたおかげで風と乾には既に伝わっており、血の繋がらない従姉妹の二人はすぐに準備に取りかかった。


「…………あっ、ボクも」


 そんな二人について行く鈴歌は、綿之瀬家の人間になろうとしていた。


「…………マリねぇ、ユウキ、また後でね」


 この関係は永遠でも、継がなければならない血も家も想いもある。義姉妹全員がそのことをきちんと理解していたから、今がある。


「がんばってね、れいちゃん」


 手を振った真璃絵も、目覚めた直後からそのことをきちんと理解していた。


「真璃絵さん、俺たちは出ましょう」


「わかったわぁ」


 スマホを握り締めたまま歩き出す。旧頭首たちは綿之瀬家の彼女たちと共にいるつもりなのだろう。力なき者たちには力なき者たちなりの戦い方がある。その最前線にいる綿之瀬家の彼女たちは全家の希望だ。汚名の数だけ奇跡を起こした。勝機があると思っているから、全家が力を合わせようと努力する。その絆は断ち切れない。例え鬼が襲ってきても。


「……ゆうくん」


 方向がほとんどわからなかったが、なんとか脱出した瞬間に真璃絵が小さな声を出す。


「はっはい?」


「……みんな、変わっちゃったのね」


 それは、初めて見せた寂しそうな表情だった。ほとんど笑顔だった彼女からは想像もつかないような──それでいて感じて当然だと思うような感情の表れは、心を刺す。


「れいちゃんも、しいちゃんも、朱亜しゅあちゃんも」


 瞬間に一人一人の顔が浮かんだ。


「ましろお姉ちゃんも、いおお姉ちゃんも、かなちゃんも、わかちゃんも、あいちゃんも、つばきちゃんも、はるちゃんも、つきちゃんも、ささちゃんも」


 六年前と今の彼女たちがどう違うのかはわからない。眠る前と目覚めた後でどう変化したのか聞くこともできそうにない。


「わたしね、すこしおどろいたけど、わたしもみんなみたいにがんばるね」


「頑張るって……」


 真璃絵のことを鍛える為に冷たくあたった瞬間もあったが、六年前に誰よりも頑張ったのは真璃絵自身だ。


「……程よくで」


「ほど、よく?」


「それなりに、で」


「それなり、に?」


 ぽかんと口を開いて首を傾げた真璃絵を無理矢理おぶる。


「走りますよー!」


「えっ? えっ? えぇ?」


「スマホ、持っててください! 風さんか乾さんから電話がかかって来るはずですから!」


「はぁーい」


 ぎゅうっとスマホを握り締めるその手が顔の目の前にあって上手く走れない。

 それでも行く。足を止めるわけにはいかない。


「わっ」


 紅葉から電話がかかって来た。慌てる真璃絵の手からスマホが滑り落ちたが、それを掴んで耳元に当てた。聞こえてきたのはビシャモンの声だった。


『もしもし結希様ぁ〜?』


「ビシャモン! そっちはどうだ?!」


『準備万端ですよぉ〜、間宮家の式神の家で二人が戦ってますぅ〜』


「それはいいけど怪我すんなって言ってくれ!」


『はぁ〜い。ではでは、見つけてくれるのを待ってますねぇ〜』


「わかった!」


 通話を切って、再び真璃絵に押しつけた。空いた片手で彼女をおぶり直した結希は、研究所を飛び出して森の中からも距離を取る。


「真璃絵さん! 風さんか乾さんのどっちかに電話かけてください!」


「ふぇっ? えー……と」


「俺がかけます!」


「おしえて! かけることできるよ!」


 そんな彼女の変化に驚いた。走り出した足はもう止まらない。

 教えると、風に電話がかかったらしい。なんでもかんでも結希に任せることがなくなった真璃絵は風に準備が整ったことを伝え、自信が生まれたのか首元に回していた腕の力が少し強める。


「ゆうくん!」


 耳元にスマホを押しつけられた。風の声だ。


『町全体の数値が出た。森の中もばっちり入ってるよ』


「ありがとうございます! どうですか?! わかります?!」


『二つほど出てきた。どっちかがどっちかかもしれないよ、これは』


「まっ……じですか?」


『どうする? 〝リーダー〟』


「集めます、みんなを」


『わかった。頼んだぞ、色々と』


「はい!」


 声に出して覚悟を決める。彼らへの連絡手段はスマホではない。

 擬人式神ぎじんしきがみが空高く飛ぶ。それが結城ゆうき家に届くまで、今はまだ、二人ぼっちだった。

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