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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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十  『尽きない感謝』

 雅臣まさおみ真菊まぎくが無事だという報せが入ったのは、その翌日だった。無事ではあるが、無事ではない。正確に表すとそういう内容だったが、生きている。それを伝えたのは結希ゆうきも使用したことがある擬人式神ぎじんしきがみだった。


 阿狐頼あぎつねよりの潜伏場所はやはり芦屋あしや家の式神の家で、そのことを知った美歩みほは怒り狂ったがすぐに雅臣に宥められる。


『森の中には逃げることができたんだけど、ククリの案内があってもここから出られそうにないんだ。カグラも出られないみたいだからどうしようかと思ってたんだけど、念が届いて良かったよ』


「あっ、あたしが式神と契約すればいいの?! そうしたら二人のこと……」


『駄目よ、美歩』


「どうして姉さん!」


『美歩は力が強すぎるの。式神が持てないくらいにね』


「おいババァ、マジでそんなことがあんのかよ」


「俺もそんなこと聞いたことないけど……」


『前代未聞だと思うよ、俺も驚いたくらいだから。美歩の力に耐えることができる式神の依代が、この世のどこにも存在しないなんてね』


「じゃあ、式神を持たせないっていう選択は……」


『正解だよ。ありがとう、結希。俺の意図を汲んでくれて』


 瞬間に場が凍ったことに雅臣は多分気づいていない。養子がいる前で実子を褒めるということはそういうことだった。


「と〜ちゃん、ね〜ちゃん、大丈夫なの?!」


 即座に発言した多翼たいきに救われたと思ったくらいに、養子である全員が気まずい空気を出していた。美歩も、あの紫苑しおんでさえ、そうだった。

 そんな芦屋義兄弟たちを愛したいと思った自分の考えは甘かったのかもしれない。


『今のところはなんとかね。山菜もあるし食料には困ってないけど、いつ見つかるかわからない。ビシャモンたちがなんとかしてくれる方向に賭けよう』


「俺が、芦屋家の式神を召喚するのは」


 そんな中でこんな提案はしたくなかった。


『駄目だよ、結希には既に二人の式神がついてるんでしょ? 美歩の逆になるけれど、そうしたら結希の体が耐えられなくなる。この町の為にも、結希は生きなさい』


 三人目と言っても過言ではない存在がいるとは言えなかった。体に不調は感じられないが、四人目ができたらこの身が引き裂かれてしまうのだろうか。


 結局、雅臣の言う通りビシャモンを頼ることになってしまった。それを呑む条件として一日に一回擬人式神を飛ばすことを要求したはるは、最年長者として弟と妹たちのこと真菊から任されて、すぐさま表情を強ばらせた。


 あれから一週間が経過しても、事態に進展は見られない。本当に一日一回届く擬人式神が二人の無事を告げていたが、食料はなんとかなっても精神的に参っているようだった。

 椿つばき鬼寺桜きじおう家に度々足を運んで現頭首としての仕事をしており、亜紅里あぐりと芦屋義兄弟たちは結城ゆうき家に宿泊し、ビシャモンたちに混ざって議論を続けているらしい。結希が百妖ひゃくおう家に残ったのは、目の前でリハビリをしている真璃絵まりえただ一人の為だった。


 見守っていてほしい、そう言われて立ち上がろうとする真璃絵をリビングのソファの端でただ眺める。結希が支えた状態で歩行することはできたが、自力で立ち上がることはまだ難しいようだった。


「ふっ……」


 自分とほとんど同じ食事をとることができるようにもなった彼女の発声筋もだいぶ元通りになっており、時々力むような声が漏れ出ている。その声を平常心で聞くことはできなかった。


 視線を逸らすと通知が鳴り、結希の手はすぐに机上のスマホに向かう。義姉妹全員がバラバラになり、義兄弟たちとも離れてしまい、兄弟だけではなく《十八名家じゅうはちめいか》の旧頭首たちとも連絡を取ることが増えた結希はスマホの充電が切れないようにこの一週間でよく充電をするようになっていた。

 鳴ったらすぐに確認するようにどの連絡手段の通知も入れており、今回来たのは百妖家のグループチャットだった。


「あっ」


 和夏わかなが送信した画像を凝視し、目を逸らした結希にぷりぷりとした表情で怒る真璃絵にそれを見せる。


「見てください、和夏さんと麗夜れいやさん!」


 その写真は、和夏と麗夜の成人式の写真だった。


「……ッ!」


 真璃絵の瞳は一気に輝き、結希のスマホを奪って嬉しそうに眺め始める。


「こうすると拡大しますよ」


 教えると限界まで拡大しだし、未知の領域に足を踏み入れた彼女はさらなる喜びをその表情で表現した。

 相手が義妹と実弟だからだろう。真璃絵が喜んでいる姿を見ると結希まで嬉しくなってしまう。生まれた頃から和夏を見ていたからか、誰よりも先に反応したのは長女の麻露ましろであり次女の依檻いおりであり四女の歌七星かなせだった。


 祝福の言葉が途切れる間もなく投稿されていく。そんな三人の後を追いかけるように、他の義姉妹たちからも次々とメッセージが届き始めた。


「おめ、でと、おめ、でと……」


 メッセージを送りたくて仕方がないのだろう。スマホのキーボードでゆっくりゆっくりと文字を打って、送信する。


「あっ」


「?」


「いや……まぁ、大丈夫です」


「??」


 完全に結希のメッセージとして送られてしまったが、文面でなんとなく察してくれるだろう。『もしかしてまりねぇ?』というメッセージを確認した結希はスマホを真璃絵に貸し、改めて和夏と麗夜の写真を思い返した。

 一刻も早く真璃絵に見せたくて隅々まで見たわけではないが、和夏は深い緑色の振袖を、麗夜は紺色の袴を着ていた。《十八名家》の会でそんな姿を何度か見ていたが、成人式の写真だからか年相応の若者に見えて。ずっと亡くなった当時の姿をしていたが、千羽せんばはそんな二人の一つ上だった。


 町長として千秋せんしゅうが挨拶したのだろう。消えてしまった彼が生み出した二度目の傷は結城家の人間の誰からも消えていない。

 まだ大人になったわけではないが、結希はもう子供ではない。今の自分に一体何ができるのか、本当にビシャモンに任せるしかないのか、そんな彼らの議論に混ざらなくていいのか──現頭首として義姉妹たちも動き出している以上、何もできない自分自身の無力さをまた思い知った。


「うー!」


 真璃絵に呼ばれて視線を戻し、突き出されていたスマホを受け取る。


「見て、見て」


「え?」


 画面を見ると、義姉妹全員からメッセージを求められていた。意味がわからずメッセージを遡ると、和夏が自分からの反応がほしいと言い出したのが発端らしい。


「…………」


「うーも、家族の、一員よ」


 まさか、真璃絵からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。自分は一年前から真璃絵を家族として見ており、真璃絵は一週間前から自分を家族として見ていたはずなのに。


「本当に?」


 なんとも子供らしいことを聞いてしまった。口に出してそう思った。恥ずかしくて顔が熱くなるが、真璃絵はまったく気づいていない。


「うーが、お母さんのお腹の、中に、いた頃」


 それには聞き覚えがあった。


「から、ずっと、会いたかったの」


 似たようなことを言っていたのは、熾夏しいかだった。


『ず、と』


 声が聞こえる。


『まっ……て』


 真璃絵は一年前から結希のことを待っていたのではない。



『あいた、か、た』



 十七年も前から結希に会いたいと思っていたのだ。彼女もまたその頃から弟だと思ってくれていた人だったのだ。


「ありがとう、真璃絵……姉さん」


 ずっとずっとありがとう。尽きない感謝を恩人に告げる。

 真璃絵は微笑んで首を左右に振った。優しい人だと知っていた。


 メッセージを送り、着信音を聞いて電話に出る。


『明日の午後三時に研究所に来い』


 そう言って返事を聞かずに切ったのはいぬいだった。《カラス隊》の本部ではなく研究所に来いということは、タマ太郎たろうを連れて来いという綿之瀬わたのせ家からの命令だろう。


「うー」


 覚悟を決めると、またふにゃふにゃとした声に名前を呼ばれる。


「うー、の、小さい頃の、写真、見たい」


 それは、真璃絵が知らず──結希が忘れた名もなき過去の話だ。


「いいですよ」


 アルバムを最後に開いたのは一年前だったか。愛果あいかに見せてから部屋の中のどこかにしまったような気がするが、どこだったか覚えていない。

 紫苑が来て家具の配置がだいぶ変わったせいでどの辺りにあると予想することもできないが、見つけて見せてあげたいと思った。


 真璃絵に朝日あさひを。そして自分を。自分は雅臣を。


 真璃絵を支えてなんとか五階まで上がり、紫苑が来てから一度も片づけていないぐちゃぐちゃの部屋の中を進む。

 紫苑の布団の上に腰を下ろした真璃絵を待たせてクローゼットの中に頭を突っ込むと、紫苑が仁壱じんいちを脅して買った漫画の中に紛れているのが見つかった。


「…………」


 手を伸ばし、端がところどころ破れたアルバムを取って、一瞬固まる。紫苑の漫画の中に紛れているということは、紫苑はこれを一度手に取ったのだろうか。

 そうとしか考えられない。中身は絶対に見ているはずだ。だが、紫苑は一言も見たとは言わなかった。見ても何も感じなかったのだろう、結希を雅臣の実子として意識はしているが、雅臣に愛されたかったわけではない子だ。


 唾を飲み込んで真璃絵に手渡す。だが、筋力が全体的に衰えている真璃絵だ。あまりにも重そうにそれを持つから、代わりに結希が持って開いた。


「ありが、と」


 微笑みで礼を言う彼女は、開いてすぐのページに貼られた赤ん坊の写真に瞳を輝かす。麻露と歌七星も時々そんな瞳を見せるが真璃絵はその頻度が異様に高く、真璃絵が喜ぶならなんでもしてあげたいと思わせるような力がそこにはあった。

 朝日にだっこされている自分。指をしゃぶっている自分。雅臣の頬を蹴っている自分。家族三人で映っている写真もあれば、愛果と共に見た雅臣と明日菜あすなと自分だけの写真もある。


 あの頃はまだ、父親のことを知らなかった。会えるとも思っていなかった。空白の六年を知ることになるとも思わなかった。


「可愛い」


 その単語だけはすんなりと聞こえた。


「そういえば、百妖家のアルバムってあるんですか?」


「ある、よ」


「……それ、ちょっと見たいです」


「えー」


「えーってなんですかえーって」


「恥ず、かし」


「人の見といて何言ってるんですか」


「むり」


 笑顔で拒否する真璃絵のことが一気にわからなくなってしまった。ゆっくりと自分のペースでページを捲る真璃絵を見守り、リハビリのことを思い出す。


「ほら、真璃絵さん。リハビリ再開しますよ」


「え」


「休憩終わりです。早く立ってください貴方重いんですから」


「?!」


 ショックを受ける真璃絵を見ても特に何も感じなかった。大切な糸が切れてしまったようだ。

 真璃絵は義妹ではなく義姉だ、たった今それを思い知ったからもう遠慮はしない。ぐいぐいと引っ張って部屋から出し、階段の手摺を持たせて自分はさっさと階下に行く。


「な、なんで〜?!」


「早く下りて来ないと夕飯抜きですよ」


 気持ちを伝えたい気持ちが勝ったのか、今までで一番大きな声だった。それでも結希は無視をして、リビングに戻る。

 真璃絵は、結希の想像以上に早く下りて来た。筋肉が衰えただけで本当はもう元気なのだ。早々に筋肉痛になって床に倒れた真璃絵の写真を撮って百妖家のグループチャットに送信すると、各家に呼び出しを食らってしまった。

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