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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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九  『鬼の子孫』

 自分の式神しきがみであるスザクとオウリュウ、はるの式神であるツクモ、紫苑しおんの式神であるタマモを使って、それぞれの家に帰った〝家族〟に助けを求める。

 一緒に来てほしいというわけではなかった。現頭首となった彼女たちを軽率に連れ出して、最終決戦──百鬼夜行のことを考えると最終ではないかもしれないが、それくらいの規模の戦争を仕掛けるほど結希ゆうきは馬鹿ではない。


 求めたのは、知恵を出してほしい、ただそれだけだった。戦場に乗り込むのは〝家族〟だけでいい。それは結希と、春と、紫苑と、美歩みほ芦屋あしや四義兄弟で──多翼たいきとモモは含まれていなかった。


『むぅ〜。式神を出さずに式神の家に行く方法、ですかぁ?』


 結城ゆうき家に連絡をとった途端、すぐにスマホでビデオ通話することになった結希は千秋せんしゅうの式神であるビシャモンに期待の目を向ける。ビシャモンの傍らにはオウリュウがおり、共に何百年と生きている二人は結希の質問を聞いて首を捻っていた。


『そんなことができるならセキュリティガバガバってことになっちゃうんじゃないの?』


 画面には映っていないが、紅葉くれはの声も聞こえてくる。結城家の人間が集まっているのだろう。現頭首であるるいや町長である千秋の声は聞こえてこないが、結希の実母である朝日あさひはそこにいた。


『そうよ。そんなことできないわ』


 破天荒な人間に見えて意外と頭が固い朝日はまだ怒っているのだろう。刺々しさが滲み出ているその声に刺されて、結希は口を噤んでしまった。


『できるできないではなくて、しなければいけないんじゃないの? そうよね、結希くん』


 その姉であり紅葉と千羽せんばの実母の朝羽あさはは、朝日よりも結希の思いを受け止めて尋ねる。結希はゆっくりと顎を引き、「はい」と答えた。雅臣まさおみのことはこの二人には言えなかった。


『絶対に、なのね』


「絶対に、です」


 身を乗り出してビシャモンが持つ紅葉のスマホの画面に映りこんだ朝羽は、『こんなにもはっきりと言ってるわよ』と結希ではない誰かに告げる。現状彼女たちの周辺にいる人物たちの中で朝羽がそう言えるのは紅葉と朝日だけだ。だが、紅葉は朝羽の声の先にはいない。


『結希君……』


 寄ってきたのは朝日だった。刺々しさは特にない──かと言って認めることはできない、そんな表情を思い切り貼り付けている彼女は言う。


『……わかったわ。一緒に考えましょう』


 そう言ってくれたことが奇跡だった。


『では、あなたたちの式神全員借りますねぇ』


 ひょっこりと画面に戻ってきたビシャモンはオウリュウの首根っこを掴み、スザクとツクモとタマモを寄越せと言う。結城家にいる式神は、紅葉のビャッコ。朝日のセイリュウ。朝羽のゲンブ。そして涙のエビスと千秋のビシャモンだけだった。彼らが知恵を出し合ったら、もしかしたらと微かな希望を抱いてしまう。


「頼む、ビシャモン」


 強く強く願った結希は、ビシャモンが知識の宝庫だということを知っていた。本の虫である彼女は町役場に保管されている資料すべてを読んでおり、その中には禁じられた資料も含まれていると本人の口から聞いたことがある。

 武力に長けた式神ではあるが、物を考え人を導く才がある。妻の式神のゲンブが戦闘狂なら、夫の式神のビシャモンは知識欲の獣だ。結希はそんなビシャモンのことを六年前から信頼していた。


 たった一人で結城家の一室に引きこもり、もくもくと本を読み進め、疲弊した紅葉の代わりに自分の面倒を見てくれたことがある彼女のことを──今思えば母親のように思っていた。


 通話が切れると、今の今まで喋ることを我慢していた多翼の糸が切れる。騒がしくなって辺りをようやく見回すと、ソファに座っている多翼とモモの面倒を春と美歩が見ていた。それが日常だったのかどうなのか。芦屋義兄弟たちが全員揃っているところを見たことはないが、四人の様子を見ていると何かが欠けていると感じてしまう。それが長女の真菊まぎくだということは考えなくてもすぐにわかった。

 会話らしい会話をしたことがないモモは普段以上に不安そうな表情をしており、彼女がいつも誰かの後ろに隠れていることを思い出す。彼女にとって義兄弟は何よりも大切なのだろう、そう思うくらいに必死になって義兄弟たち──紫苑以外の彼らにしがみついていた。多翼に変化らしい変化は見られないが、普段以上に苛立たしそうな美歩、真菊に頼ってばかりいた長男の春は今すぐにでも助けに行きたいようで、落ち着きがないように見える。


 次男の紫苑を視線で探すと、ソファとは反対方向の、普段食事を取っている長テーブルの方の椅子に膝を抱えて座っていた。紫苑は自分の義兄弟たちを警戒するでもなく拒絶するわけでもなく眺めており、椿つばきはそんな同い年の紫苑を、亜紅里あぐりは同い年の自分を眺め、真璃絵まりえは疲れたのか眠っていた。


「で? 私たちは待機か?」


「待機って……。亜紅里はそもそも行く必要が……」


「馬鹿。お前は未だに私に遠慮してるのか」


「そうだぞ結兄ゆうにぃ! アタシらの仲じゃん、アタシは拒否られても絶対行くぞ!?」


 椅子から立ち上がった椿が拳を強く握る。彼女は正義感が強すぎる子だ。努力家で、それが空回りがちで、勉強よりも運動が得意で、明るくて、強く熱く燃えている赤い鬼の子。そして優しく、強く、脆い義妹。

 そんな彼女の優しさに甘えることができないのは、彼女が義妹だからなのだろうか。春に頼みごとをすることはできて、椿に頼みごとをすることができないのは、そういうこととしか考えられない。陰陽師おんみょうじの春よりも鬼の半妖はんようの椿の方が強いはずなのに。従妹の美歩にも負けないくらいの強い力を秘めた半妖だと思うのに──。


「椿、静かに」


 今となっては裏の顔も表の顔もなくなった亜紅里は椿のことを〝椿〟と呼び、窘められた椿は顔を真っ赤にして「あぐねぇごめん」と素直に謝る。


「真璃絵さん寝てるからな」


 亜紅里の言葉を補足すると、ずっと話していた多翼が急に黙った。振り返ると口元を両手で覆っており、そんな多翼の頭を褒めるように春が撫でている。


『キュー!』


 瞬間に嬉しそうに飛び出したのは、先月春について行ったポチだった。


『ポチコ!』


 亜紅里の膝の上に乗っていたママが身を上げる。


「あっ、ほんとだ! ポチ子いたー!」


 幼い妖怪だからかあまり気配がないのだろう。ずっと共に過ごしていたママや同種の妖怪の半妖である亜紅里でさえ存在に気づけなかったポチ子は、春の肩の上を動き回っていた。


「とにかく、椿ちゃん」


 ポチ子の元へと駆けるママと亜紅里を放っておき、恥ずかしそうに縮こまる椿の隣に腰を下ろす。


「……結兄ぃ」


 椿の顔をこんなに近くで見たのは久しぶりかもしれない。つり目がちな赤目は涙目になっており、自分の愚かさを恥じている彼女の心は義姉妹たちの中で一二を争うほどに清らかだと思う。


「俺は椿ちゃんを巻き込みたくない」


 心春こはるのことは心春と、月夜つきよのことは月夜と、幸茶羽ささはのことは幸茶羽と呼んでいる。それでも椿のことを呼び捨てにできないのは、春や紫苑のように本音でぶつかり合ったことがないからだろう。

 まだどこか、心と心に距離があるように感じる。椿は最初から結希に好意的で、害を与えたこともなかった唯一の〝家族〟なのに。



「アタシは、結兄のことが大切だよ」



 涙をぽろぽろと流した彼女のことを傷つけてしまったのは自分だった。

 泣かせたかったわけではない。義姉たちと共に戦いたいのに妹だからと戦場から遠ざけられ、悲しい思いをし続けていた椿には幸せになってほしいと心から思っているのに。



『結兄、ありがと』



 初めて会った時にまともな会話をすることができた相手は。結希が初めて救った相手は。初めてそう言ってくれた相手は、全部椿だ。


『そうよ。あの子たちならきっと、結希君を守ってくれる。──だから結希君も、あの子たちを守ってあげてね』


 あの時初めて、自分がこの世に生まれてきた意味を知った。

 この家での役割を与えられ、長男としての立ち位置を知って、義姉妹たちの傍にいたいと願うきっかけになった出来事は一生忘れないと断言できる。



「俺も、椿ちゃんが大切だよ。椿ちゃんが思っている以上に」



 本心だった。


 今でも目を閉じると桜吹雪が視界を覆う。遠くにいる〝何か〟は未だに黒く塗り潰されているが、何度か目の前に現れたおかげか──それとも四月の時より知識があるからか、その正体に薄々気づいている自分がいた。


 紫苑が所有者となってそのまま《カラス隊》に預けられている《鬼切国成おにきりくになり》に触れた時も目の前に現れた〝何か〟は、結希の心臓を鷲掴んで笑っていた。


 鬼の子の椿と出会った時に初めて目の前に現れた〝何か〟。今からちょうど千年前に間宮まみや家を呪い、その唯一の末裔である結希を殺したいと思っている〝何か〟。その〝何か〟を想って涙を流し、悲しいと思い、寂しいと思い、愛おしいと思った自分。ごめんと謝りたかった相手が〝何か〟で、謝らなければならなかった理由はあの毒々しい赤がすべて教えてくれた。


「うそ……」


 驚く椿は何も知らない。今までずっと近くも遠くもない距離感を保っていたのだから、そう言われると思っていなかったようだった。


「本当に。椿ちゃんだけは、姉さんとも、兄さんとも、妹とも、弟とも、違うから」


 妖目おうま家があけぼのの子孫なら、間宮宗隆そうりゅうが愛した鬼の子孫もこの世界に存在しているはずだ。


 それが鬼寺桜きじおう家だと確信していた。その現頭首が鬼寺桜椿なのだ。


「……結兄、アタシのことあまり好きじゃないと思ってた」


「えっ、なんで?!」


 邪険に扱った記憶はないのに何故そう思われていたのだろう。知らず知らずのうちに塩対応していたのだろうか。だとしたら自分は最低な兄だ。きっと千羽に怒られてしまう。


「だって、結兄、姉さんたちと一緒にいる時の方が楽しそうだったから……」


「えっ」


「えっ、自覚なかったのか?」


「いやだって、姉さんたちの方が明らかに塩対応……してた……じゃん」


 断言することが恥ずかしくて段々と小声になる。塩対応を自覚してやっていたのは義姉たちだけだった。義妹たちは細心の注意を払って誰よりも大切に扱っていたのだから、そう思われていたのなら少し寂しい。


「だからだよ」


 その言葉が胸に突き刺さって抜けなかった。


「なんか結兄ってアタシたちにだけ〝よそよそしい〟というか……姉さんたちと並んで歩いてる時くらいしかキョーダイって思われなかっただろ?」


 確かに、一緒に買い物に行ってキョーダイだと思われたのは義姉たちとだけだったような気がする。月夜や幸茶羽と一緒に行くと兄だと思われたが、心春と椿と一緒に行ってキョーダイだと思われたことはほとんどなかった。

 歳が近すぎるせいだと思っていたが、二人はきちんと自分のことを〝兄〟と呼んでいる。本当に自分の対応が悪かったのだろうか。


「本当に、姉さんたちと同じように……アタシにも遠慮なく、自然体でいてほしい」


 瞬間に視界に入れたのは、真璃絵だった。彼女の前では頼もしくかっこいい弟であろうとしていたような気がして、それを義妹たちにも見せていたような気がして、恥ずかしくなる。



「アタシ、結兄のことが大好きだから」



 こんな自分のことを好きだと言ってくれた椿の愛に応えたかった。


「かっこ悪くなったとか言うなよ……?」


 この時点でだいぶかっこ悪いと思う。それでももう逃げ出せない。


「大丈夫大丈夫! そっちの結兄の方が絶対に大好きだから!」


 これからは義妹たちともきちんと向き合おう。そう思うが、笑顔でそう言った椿にはやはりかっこ悪い姿を見せたくなかった。そして、同じくらい真璃絵にもそんな姿を見せたくない自分がいることに気がついた。

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