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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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序幕 『《Quartz》』

挿絵(By みてみん)


 ステージの照明が落ちて、ポップなイントロが流れ出した。俯いてイントロが終わるのを待つ三人は、暗闇の中でも堂々としていて輝いている。


 前座の三人は、異様な存在感を放って一斉に顔を上げた。刹那、元々ポップだった曲に華やかさが足されてステージに眩い光が差す。

 スポットライトを全身に浴びて、音楽と共に彼女たちは踊り出した。


 キラキラと輝くその様は、アイドルに興味を持たなかった結希ゆうきの心をどくんどくんと動かしていく。


 メンバーの誰よりも圧倒的な歌唱力でファンを魅了するセンターの歌七星かなせは、ターンをした直後客席にいる結希を見つけて微笑んだ。

 作り笑顔だとわかっていても、その笑顔は多くの人々を魅了する人の笑顔だった。




 本日町役場で行われている《陽陰おういんフェスティバル》は毎年五月に開催されている陽陰おういん町主催の祭だ。

 町役場周辺には屋台が立ち並び、役場の中にあるステージではこうしてパフォーマンスが行われている。その前座として、陽陰町だけではなく全国的に有名なアイドルグループ《Quartzクォーツ》がライブをしているのだが──


「これで前座だもんなぁ」


 ──と、結希の隣に座っていた風丸かぜまるが感嘆の声を上げた。


「すっげーよな、結希!」


「あぁ」


 今まで見たことがない歌七星の姿を前にして、結希はこれ以外の言葉を出すことができなかった。

 風丸は瞳を輝かせてステージの上で歌って踊る三人組を見上げている。そうしている間にも、《Quartz》のライブは終わりを迎えていた。


「みんなーっ、今日はカナセたちの為に来てくれてありがとう!」


「こらこら、違うでしょ? 私たちは前座。観客のみなさんはこの《陽陰フェスティバル》に来ているんだから」


「今年も呼んでくれてありがとでーす!」


 歌七星と他の二人、千都せんと瑠花るかが満面の笑みを浮かべて喋り出した。三人ともフルネームは非公開で、世間が言うには本名なのかも怪しいらしい。

 それでも結希は、少なくとも歌七星のことだけは知っている。それがほんの少しだけ擽ったく思えた。


「……お前、なんでニヤニヤしてんの?」


「は? してねぇよ」


「いやしてた。絶対してた。もしかしてあれか? 大火事で背中を火傷しただけじゃなく、頭も打ったのか?」


「それはない」


 四月に張った結界の関連の出来事を、百妖ひゃくおう家は周囲に山火事があったと説明していた。その際火傷を負った結希は、そのまま火傷を負い入院していたと知らさせている。


「ま、だよなぁ。なんてったって主治医は愛しの姉さ……」


熾夏しいかさんだ。熾夏さんの前でそれ言ったらぶっ飛ばすぞ」


 言わなくても千里眼があるけどな。

 結希は内心で嘆いて密かにため息をついた。


「おー、こわこわっ!」


 わざとらしく身震いをする風丸の頭を叩くと、風丸は頭を押さえながら涙目で結希を見上げる。


「てか、熾夏さんて……。姉さんとは呼ばねぇの?」


「呼ばない。というか、多分一生呼ばないと思う」


 結希がそう答えると、風丸はぽかんと口を開けた。


「は? なんで?」


「なんでって……」


 間違った答え方をしたことに後悔しながら、結希は口篭る。そんな結希に風丸は「んんん?」と眉を潜めた。


 約一ヶ月前、結希は朝日あさひに百妖家に居候するよう言われていた。が、百妖家の長女の麻露ましろが、父親の再婚相手の連れ子として結希を紹介したことがすべての事の発端だった。

 結希自身、何故自分がそんな立場になったのかわからなかった。それでも、麻露のおかげで家族であると周囲に嘘をつく羽目になったことだけは理解できた。


「どうせ恥ずかしいんでしょう?」


 自分たちの複雑な関係を言えずにいると、結希の隣に座っていた幼馴染みの明日菜あすなが口を挟んだ。風丸と反対側に座っている明日菜は、一瞬だけ結希を見上げて首を傾げる。

 明日菜と瞳を交わした結希は、逡巡して「言うなよ」と短く言葉を返した。


「あー、なるほどな! お前恥ずかしいのか!」


 ニヤニヤと結希を指差す風丸を、明日菜が睨んで黙らせる。

 幼馴染みに嘘をついた罪悪感が少しだけあったが、真実を言えないのは昔からだったことにすぐ気がついた。気がついて、なるべく嘘をつかないようにしなければならないことを肝に銘じた。


「じゃあ次は、我が事務所の期待の新人アイドル! 私たちの後輩になる泡魚飛和穂ほうぎょうひかずほちゃんです!」


 ライブ後の《Quartz》のトークが終わり、千都が指し示す方向にスポットライトが一斉に当たった。

 多くのスポットライトに照らされた和穂は、微笑みをたたえて前に飛び出す。


 ウェーブがかった紫色の髪。黒を基調としたシスター風の衣装。真珠のように透き通った肌に映えた、紫色の瞳。ソロで活動している点が印象的だったが、それさえも彼女の強みとして生きていた。


「みなさんこんにちは! 泡魚飛和穂です! 先輩の《Quartz》さんに負けないよう、一生懸命頑張りますっ!」


 誰の目からもクールそうに見えた和穂は、アイドルお馴染みの笑顔で喋る。直後に流れたイントロに合わせて体を揺らし、息を吸い込んだ。


 刹那、結希は耳を疑った。


 歌声は違えど、歌七星に似ている歌い方をする和穂のそれに結希は耳をすませる。圧倒的な歌唱力の高ささえも歌七星に似ていて──。


「この人……」


「やっべぇ。なぁ結希、あの子可愛くね?」


「は?」


「ゆうきちは答えなくていい」


 そう言って、明日菜は結希のわき腹に軽く肘を入れた。答える気もなかった結希は、風丸を無視して明日菜の方に視線を向ける。


「この人、歌七星さんに歌い方似てるよな」


 尋ねると、明日菜は難しそうな表情をして首を傾げた。


「……そう? 妖目おうまにはわからない」


「絶対そうだって」


「いや違くね? 歌七星ちゃんと和穂ちゃん、雰囲気真逆じゃん」


「それは……まぁ」


 歌七星も熾夏と同じで百妖家の一員だとは言えなかった。ましてや、家では性格がまったく違うということも言えない。

 口を閉ざした結希を不思議そうに明日菜は見上げて、風丸と同時にもう一度首を傾げた。


「もういいよ」


 いつの間にかいなくなっていた歌七星にならわかるはずだ。結希はため息をついて、和穂の奏でる歌声にもう一度耳をすませる。一曲歌い終わった和穂は、一礼してステージから舞台裏へと戻っていった。


 女性アイドル二組の次は方向性をがらりと変え、演歌歌手、お笑い芸人、陽陰おういん学園の吹奏楽部と様々なジャンルの出演者がステージに上がる。

 誰も飽きずに楽しめるのは、主催者と出演者の技量だった。





 休憩に入ると、風丸かぜまるが首を鳴らして背中を丸める。


「さっすがうちの学校。レベルたけーな」


「全国レベルらしいからな」


 結希ゆうきはパンフレットを開いて、残りの出場者を確認した。前座の《Quartzクォーツ》から会場の盛り上がりが下がることはなく、今も熱気に満ち溢れている。

 歌七星かなせに誘われて初めて《陽陰おういんフェスティバル》に来た結希は、そのクオリティーの高さに驚かされるばかりだった。


 不意に、ズボンのポケットに入れておいたスマホがメッセージの着信を告げる。見ると、相手は歌七星だった。

 四月に開かれた歓迎会の際にスマホを持っている姉妹とアカウントを交換したが、なかなか会わない歌七星のメッセージ欄がこんなにも早く埋まるとは思わなかった。


『本日はお越しいただきありがとうございました。早速本題に入りますが、《陽陰フェスティバル》が終わった後、楽屋に来てください。スタッフにはカナセの弟だと言えば通れるようにしておきます。それでは、後半もお楽しみください』


 あまりにも堅苦しい文章は、辛うじて家族に送る内容だと判断できた。わかりづらい文章を読んだ結希は簡潔に返信をし、スマホを仕舞う。


「誰から?」


 仕舞うのを待っていたのか、明日菜あすながすぐに尋ねてきた。結希は逡巡して、「家族から」とステージに視線を向ける。


「家族……ってことは、姉さん?! 誰さん?! 誰さん?!」


 すると、風丸が大げさに反応して結希に詰め寄った。


「それは言わない」


「言えない人なの? さっきは熾夏しいかさんを名前で呼んでたのに」


 妖目おうま家が経営する妖目総合病院おうまそうごうびょういんに熾夏が勤めているという縁があり、明日菜は熾夏を名前で呼んでいた。


 同じ《十八名家じゅうはちめいか》として、百妖ひゃくおう歌七星の名前を出したら風丸や明日菜はわかるのかもしれない。

 それでも、歌七星の仕事とプライベートの性格の違いや、アイドルだと知られた時の反応を考慮して結希は口を開かなかった。


「なんか、ゆうきち変わった」


「変わった? そんな訳……」


「ある。百妖家に行ってから妖目に隠し事が増えた。これは変化と言ってもおかしくはない」


 明日菜は無表情だったが、瑠璃色の瞳は悲しげに揺らめいていた。それは明日菜の言う通りで、結希は言葉を探す。


「そうだな。確かに明日菜には話せないことが増えたけど、これからも俺たちは幼馴染みだろ? 他の誰よりも長いつき合いなんだし、今さら疎遠になんてならないから」


「……うん。わかってる、信じてるよ」


 わずかに微笑んだ明日菜は結希を見上げた。瑠璃色の瞳が結希を捉えた刹那、揺らめいた悲しみが拭いさられる。


「おーい。俺をおいてイチャイチャすんなよー」


「してねぇよ」


 冷やかした風丸の襟首を掴んで、結希は風丸の両頬を片手で挟んだ。

 すぐに消えた明かりは、休憩の終わりを告げていた。

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