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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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四  『絆を繋げば』

「なんであいつが……」


 ヒナギクの声を聞いて思い出す。


『彼は俺たちの、俺のたった一人だけの義兄です。……俺たちは、綿之瀬小町わたのせこまち芽童神亜子かいどうしんあこ朝霧愁晴あさぎりしゅうせい、俺、白院はくいんえぬ桐也きりや、綿之瀬有愛アリア、綿之瀬いぬい雪之原伊吹ゆきのばらいぶき、そして俺の式神しきがみのエビスを含む綿之瀬九人義兄弟でした。半数を百鬼夜行で亡くし、愁晴は二年前に死亡です。故に、現在は四義兄弟です』


 かつて結希ゆうきにそう話したのは、結城涙ゆうきるい本人だった。


「…………?」


 静まり返った空間に疑問を抱いたのか、式神は不安そうな表情を見せる。生まれたばかりの赤ん坊のようだ。何も知らない無垢な性格がその表情から読み取れてしまう。

 あの人が白院・N・桐也。いや、あの人は当代エビスだ。桐也ではない。どうなっているのかさっぱりわからず、言葉に詰まる。それは彼の表情が見えていた現頭首全員にも当てはまることだった。


「…………ちがう」


 桐也の従妹にあたるヒナギクよりも震えた声を出して否定したのは、鈴歌れいかだった。


「…………あのひとは、せんぱいじゃない」


 五女の鈴歌は中央にいる結希から離れた場所にいる。それでもわかる、彼女は今にも泣きそうだ。

 それを受けて確認した熾夏しいか朱亜しゅあ歌七星かなせも混乱しているように見えた。そんな現頭首たちをじっと見つめていた当代エビスは、立ち上がって視線を巡らせる。それは主を探しているようで、主だと名乗らなければならない涙は未だに反応できていなかった。


 ヒナギクと同色のコバルトブルーの瞳は形までもがヒナギクと酷似しており、結希の心臓を一瞬止める。涙と同色の桑茶色の髪は長髪が多い式神の中では異色を放つ一般的な長さをしており、白院家特有の釣り上がった小さな眉毛までもが彼が白院家の人間であると主張している。

 だと言うのに、着ている服は《十八名家じゅうはちめいか》の人間でもなかなか着ないような、式神特有の変わったデザインをした和服だった。


 見たことがないほどに鮮やかな橙色の袴姿は引き締まっており、南国のような瞳と相俟って常夏の青年のように見える。美形という言葉がもっとも相応しい彼の顔はどこか近寄り難く思えるが、ぽかんとした表情が彼に隙を作っていた。


 こんな無防備な青年で本当にこの町は救えるのだろうか。長寿のビシャモンと生まれたてのエビスを比べるのは違うのかもしれないが、現頭首の式神としての威厳さえまるでない。

 だというのに、その顔は白院家の現頭首の──今は亡き従兄に酷似しているのだから、本人のものではない威厳が彼にはあった。


「きり、や……どうして」


 召喚した本人で主でもある涙はまだ状況が飲み込めていない。そうであるのはエビスも同様だというのに。


「涙、エビスだ」


 涙に聞こえるように声を出して、初めて涙が我に返るほど──エビスは桐也だった。

 辺りを見回したエビスは《十八名家》の人間からも驚かれ、困惑する。そうなっても仕方がない。まだ誰も、何も、わからないのだから。


「……あの」


 エビスが言葉を発した瞬間、水を打ったように静まり返る。その声さえ彼に似ているというのなら、彼は本当に大人になった白院・N・桐也なのではないだろうか。


「ヒナギク、結城家からの報告は以上です」


 瞬間に話を切り上げた涙は、立ち上がって高座から下りる。そしてエビスの手を取って、現頭首らしからぬ走りで大広間を後にした。


「おい!」


 遅れて声を上げたヒナギクも、気になっているのだろう。「今日はもう解散だ」と切り捨てて、二人の後を追いかけていった。鈴歌も、熾夏も、朱亜も、歌七星もそうだった。

 あの四人と涙と桐也が、六年前、百鬼夜行が起きた年の生徒会役員だった。この町の為に戦って、そうして唯一命を落としたのが、桐也だったのだ。


 《十八名家》の面々は、気になっていても追いかけない。一人小さな少女が追いかけていったのが見えただけで、正面の扉から全員出ていく。

 それが過ぎ去るのをじっと座って待っていた陰陽師おんみょうじたちが途端にざわつき出したのを、結希はしっかりと見てしまった。


「裏切り者」


 呼ばれたのは、亜紅里あぐりではない。


「こんな時に芦屋あしやの忌み子に会いに行ったのか」


「その上彼奴の言うことを信じて妖怪と共存じゃと? 笑わせるな、恥を知れ!」


「そもそも百鬼夜行を終わらせたのがお主じゃろ。今さら何を言うておるのじゃ」


「孫にそんな未来を生きろと言うのか。お主は最早裏切り者ではない、鬼の子じゃ」


 鬼を愛した間宮まみやの子孫。直系ではないはずなのに、全員が口を揃えて結希を「鬼の子」と呼んで罵る。


「やめて!」


 悲鳴を上げたのは明日菜あすなだった。町民を守る立場にある風丸かぜまるは結希以上に傷ついたような表情を見せ、八千代やちよは衝撃が強すぎたのか恐怖を顔に貼りつけて自らの体を抱き締める。亜紅里はただ結希に寄り添い、義姉妹たちは全員怒りを抑えることに必死になっていた。あの朝日あさひが、耳を塞いだまま動かなかったことも大きかったのだろう。


「いい加減にしな!」


 現頭首としてそう言うことができなかった義姉妹たちの代わりに声を上げたのは、今回も京子きょうこだけだった。


「あんたらはどうせすぐに死ぬんだろう?! だったら黙ってあの子を見てろ! どうせ戦うこともしないんだろう?! 口出しするな!」


 以前よりも怒っているように見える彼女は、立ち上がって歩き出す。その先にいた結希を呼んで、涙とエビスが出ていった扉へと連れて行く。

 廊下の途中で一度振り返った京子は、生徒会も義姉妹たちもついて来ていたことに驚いた。


「聞かれたくない話ならそこの広間を使ってくれて構わないよ」


 仁壱じんいちもいる。京子は現頭首に話しかけられて戸惑ったような表情を見せたが、顎を引いて襖を開けた。


「京子さん、ありがとう」


 結希の代わりに礼を言った麻露ましろに義姉妹全員が続いていく。知らない仲ではないようだ、遅れて駆けつけてきた朝日も「京子ちゃん……」と声を漏らす。


「礼を言われるようなことは何もしてないよ。むしろ悪かったね、あんなのが陰陽師の重鎮たちで」


「謙遜しないでほしい。京子さんは私たちのことを大切にしてくれた、大切な人なんだ。その上彼のことも庇ってくれて……」


「あたし自身が耐えられなかっただけだよ」


「いいや、ありがとう。京子さんのことも、私は家族だと思っているから」


 瞬間にまた思い出す。


『ずっとタイミングを探してたのよ。ついでだから話すけど、出産するからあの子たちの養母を辞めたの。まだ子供だから、独身の陰陽師が傍で監視しなくちゃいけなくてね? 私が辞めて代わりに京子ちゃんが来たんだけど、麻露ちゃんが拒絶しちゃって大変だったらしいわよ』


 三善みよし京子も、義姉妹たちの養母だったことを。


「思わずついて来ちゃったけど、来て大丈夫だったかしら? 京子さん」


「大丈夫だよ。一応あんたらにも関係のある話だから」


 車輪の音がした。見ると麗夜れいやとアイラが真璃絵まりえをつれて来ており、広間の中を伺っている。


「真璃絵にも関係のある話かもしれないね」


 その言葉の意味を、今はまだ誰も知らない。


「六年前、あたしは弟を亡くしたんだ」


 呟き、広間に集まった全員が体を強ばらせた。


「当然百鬼夜行でね。その少し前にあの子は式神を召喚していたんだけど、結希、覚えてないかい?」


 覚えているわけがない。それでも、京子は覚えていることを願っているように見えた。


「誕生した式神の名は、イヌマル。大太刀を武器に持っていて、町役場で戦っていた結希に助太刀をして、町役場をほとんど一人で守り切った男型の式神なんだ」


「まさか、あいつのことか?!」


「知ってるのかい? 麻露」


「当たり前だ、私もそこにいたんだから……! あいつは生きているのか?!」


 その話が本当ならば、イヌマルはこの町の第二の英雄になる。たった一人でこの町を守り切った、そう思っていた結希を守ってくれていたイヌマルは結希の恩人ということにある。


「生きているよ。ただ、この町にはいない」


「どういうことですか?」


「弟には弟子がいたんだ。その弟子の名はステラ・カートライトといって、今はイヌマルと一緒にイギリスで暮らしている。本人がイギリス人だからっていうのもあるが、二人がイギリスに行ったのは、ステラが〝クローン人間〟だからなんだ」


「その人、って」


 アイラが一歩前に出る。控えめなアイラにしては珍しい──いや、彼女はイギリス人と日本人のハーフだ。もしかしたら。


「正解だよ。ステラはアイラの叔母の〝クローン人間〟なんだ。弟にも〝クローン人間〟がいて、その子も今はイギリスにいる。陰陽師があぁだからね、ステラは三善家の評判が落ちないようにって、自分を殺すようにイギリスに逃げたんだよ。〝クローン人間〟を生み出していた綿之瀬五道わたのせごどうが死んで、〝クローン人間〟の存在が暴かれて、すぐに」


 ごくりと唾を飲み込んだのも、アイラだった。愁晴が〝クローン人間〟だと知って憤った麻露もそうだった。


「結希、ステラはあたしの弟が育てた陰陽師だ。イヌマルの実力も、さっき言った通り充分に高い」


 結希は息を止めた。京子の言いたいことがわかったからだ。



「今朝、二人のことを呼んだ。すぐに帰国してくれるらしい」



 英雄が帰還する。その事実に歓喜する。


「二人にとってあたしの弟は師匠であり主だった。あたしも、猿秋さるあきを奪った百鬼夜行が死ぬほど憎い。家族を奪った百鬼夜行は、仇だ」


 そして同時に心臓が潰れる。あの京子の目が本当に憎しみに染まっていたのだ。そんな目を京子がするとは思わなかった。

 あれほど陰陽師の重鎮に噛みつくことができたのは、ステラとイヌマルがこの町から去った原因の一つだったからだろう。陰陽師に潰される結希がステラとイヌマルに見えたのだろう。何もかもが腑に落ちた。


「終わらせよう」


 叔母の〝クローン人間〟の帰還を知ったアイラは背筋を伸ばし、この場に集った全員の表情をゆっくりと見回す。


「ゴドウさんは、〝家族〟を守りたかった。〝家族〟を死なせたくなかっただけなの」


 綿之瀬五道の手によって人工半妖はんようになったアイラは、そう訴えた。


「わたしは、コマチと、アコと、シュウセイと、ルイと、キリヤと、アリアと、イヌイと、ゴドウさんの名誉の為に戦うって決めた。〝家族〟の為に戦うって誓った」


 痛いくらいに結希と同じ気持ちでアイラはそこに立っている。本当の家族である麗夜と真璃絵はそんなアイラを今にも泣きそうな表情で眺めている。



「……みんなで、生きよう」



 そう言ったアイラにこの場にいる全員が同意する。そして、絆を繋げば全員が〝家族〟になることに結希は遅れて気がついた。

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