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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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三  『命の扉』

「タマ太郎たろうは町外の妖怪で、お盆の日に幽霊を連れてこの世に来た火車かしゃの群れの一匹なんです」


 真璃絵まりえを六年もこの世に繋ぎ止めていた結希ゆうきは、肩から頭部に移動したタマ太郎を落とさないようにバランスをとる。


「タマ太郎が俺たちをこの町に運んでくれて、俺たちは襲撃されていた百妖ひゃくおう家を守ることができました。間に合ったのはタマ太郎のおかげなんです。その日からずっと友人なんです」

 

「俄には信じ難いが、確かにそいつは凶暴ではないな」


 ヒナギクは手を伸ばし、指先をタマ太郎の顔の前に置いた。そんな彼女の匂いを嗅ぐタマ太郎の行動は他の猫と大差ない。ただ、妖怪であるということ。違いは本当にそれだけだ。


「あの!」


 上がった声は高く、まだ声変わりをしていないそれの持ち主は立ち上がる。幼い彼はまこだ。叶渚かんなが驚いた表情をしたのは、彼がこの場で声を上げた理由がわからないからだろう。


「僕の友達もそうなんです!」


「そう、って……」


「ここには連れてきてないんですけど、あんこって名前の猫で……その子も妖怪なんです」


「何故今まで黙っていたのかは聞かないでおいてやる。真、その猫は一体どういう妖怪なんだ」


 真と叶渚は同居していない。真と同居している星乃ほしの奏雨かなめは驚いておらず、《カラス隊》のアリアといぬいも知っていたような表情だ。


「化け猫です。普通の猫が長生きをして化け猫になったんです。だからあんこは自分のことを妖怪だと思っていなくて、だから僕はあんこを妖怪だって思えなくて……だから、友達になったんです。けれどみなさんから見たあんこは普通の妖怪と大差ないみたいで、あんまり誰かには……話せなくて」


 その隊長の輝司こうしも、あんこの存在は把握しているようだった。


「真、その化け猫を研究所に連れてこい」


「……酷いことをしないって約束してくれるなら」


「善処する。結希、その火車もだぞ」


「誓約書を書いてくれるなら」


 ふうのことを信用していないわけではないが、警戒しないこともできない。風は物凄く嫌そうな表情をしていたが、顎を引いて了承した。

 あんことタマ太郎という異なる猫の妖怪がこの世界には存在し、ママとポチという異なる狐の妖怪もこの世界には存在している。妖怪はすべて同じではない、人のように個性がある。


「他に、妖怪に関する情報を持っている奴はいないか」


 問いかけるヒナギクに言葉を返す者はいなかった。乾もアリアも真も腰を下ろし、朝日あさひは呆然と床にへたり込んだまま動かなくなった。


「妖怪に関する情報ではないが、阿狐頼あぎつねよりに操られているかもしれないというのは本当か? 確かに凶暴さは増したと思うが、前々から身の危険を感じるほどの凶暴さは持っていたぞ」


 疑問を呈した麻露ましろは現役世代の中で誰よりも長く戦っている。乾と真の情報と同じくらいその情報はありがたく、そしてまた、結希は思考する。


「妖怪を操ることができるのは本当だ」


 亜紅里は口を挟み、結希の為に時間を作った。


「阿狐家は狐の半妖はんようで、妖目おうま家の九尾の妖狐と似て非なる能力を持っている。それが人を操る力だ」


「どっちも幻術は使えるけど、私は人を操れないしあぐちゃんは人の心が読めない。どっちも化けることはできるけど、持続力がほとんどないから狸のあいちゃんには敵わない。そんな感じだよね」


 そんな三人がすべての始まりでもあるあの春の日に戦っていたこと。そして同時に、麻露たちが操られていたことを思い出した。


「俺は、瘴気がすべての答えだと思っています」


 よく見えるように頭の上にいたタマ太郎を抱く。


「タマ太郎もそうなんですけど、凶暴じゃない町外の妖怪には瘴気がほとんどないんです。タマ太郎は名前で縛ったから瘴気がほとんどないんじゃないかって思われるかもしれないんですけど、一昨日会話をした名前に縛られていないただの妖怪にも瘴気がほとんどないことを確認したんで、この仮説は多分間違いじゃないと思うんです」


『ユウキ、ホカノヤツトハナシタ? ウワキ?』


「浮気じゃない……ってどこでそんな言葉覚えてきたんだよ」


『ゲンブ! ユウキ、ウワキ! サイテーヤロー!』


 覚えたばかりの言葉を話して満足そうに笑うタマ太郎の頬を摘んでいると、タマ太郎の言葉が聞こえていない全員が急にわけのわからないことを言い出した結希を奇異の目で見ていることに遅れて気づく。

 タマ太郎の言葉を通訳しようとしたが浮気の話題を掘り下げる気にならず、咳払いをして誤魔化して言葉を続けた。


「それで、これも仮説なんですけど殺すだけじゃ何も解決しないと思うんです」


 奇異の目は変わらなかったが、他の猫と同じように触れることができるタマ太郎を限界まで持ち上げてさらによく周囲に見せる。


「殺したら妖怪が瘴気になるってことは全員が知ってることだと思うんですけど、妖怪がどのようにして生まれてくるのかはわかりませんよね? それで、妖怪が瘴気から生まれていると仮定すると、妖怪の魂はずっと廻っていることになるんです。証拠ってわけじゃないんですけど、俺は生まれたばかりの自我がまだ育ってない妖怪を知っているんで、生まれてくるという点は間違ってないと思うんです」


 ポチ子は未だに言葉を話さない。話すことができるようになったら、それはきっと成長と呼べるだろう。


「それで、瘴気は人間の負の感情から生み出されるものだってことも確認しています。陽陰おういん町の瘴気が阿狐頼の手によって爆発してしまったんで確かめようがないんですが、町外と比べて町内の瘴気が異様に多い原因の一つとして結界があげられるんじゃないでしょうか。町内がこんな風になっていても町外の空気は綺麗だったんで、結界はやっぱり瘴気を絶対に通さないんだな……って思ったんですけど……」


 誰も何も話さない。言いたいことをある程度話した結希はタマ太郎を持ち上げていた腕を胸元まで下ろし、言葉を探る。


「……えっと、乾さんが言っていた報復もその一つだと思うんです。負の連鎖は絶対にどこかで断ち切らないといけなくて、妖怪を殺しても未来永劫何も変わらないなら、それはやめるべきだと思うんです。だから俺は、妖怪と共存する道を選んでほしいんです。断ち切りたいんです、千年後も平和な世の中である為に」


 それができなかったのがあの千年前なのだ。千年後、この記憶が誰かに届くなら、悲劇の記憶で終わらせたくない。心からそう思っている。


 あからさまな結論を述べても誰も動かなかった。言葉も発しなかった。

 何か不味いことを言ったのだろうか、自分が知らない六年前の地雷を踏んでしまったのだろうか。嫌なことばかり考えてしまって冷や汗がまったく止まらない。


 微かな物音を発したのは、最奥に座る真璃絵だった。


 あれは拍手をしているつもりなのだろうか。全員がぎこちないそれを発する人物の方向へと視線を向け、彼女が百妖真璃絵であると──骸路成麗夜ろろなりれいやの傍らに座っている彼女が骸路成真璃絵であると気づく。


「まさか……目を覚ましたのですか……?!」


 希望が息吹いた。彼女はこの場にいる全員の希望そのものなのだと思うくらい、その覚醒を歓迎されていた。新しい災害がすぐ傍で口を開けて自分たちを待っているのに、復興の象徴だと勘違いしてしまうほどに明るい空気が《十八名家じゅうはちめいか》を中心に電波していく。

 彼女の存在はあの日に関わった全員にとってとてつもなく大きな悲劇だったのだろう。彼女の覚醒を待っていたのは百妖義姉妹たちだけではなかった。半妖としてでも、頭首になるべき人としてでもない。たった一人の、百鬼夜行で犠牲になって未だに回復していなかった彼女の回復が全員の心に火を灯す。


「静粛に」


 だが、ヒナギクの一言で静まり返った。


「目を逸らすな」


 そう言った彼女のコバルトブルーの瞳が捉えたのは、結希だ。


「貴様らの希望は、奇跡は、骸路成真璃絵なのか? 違うだろう」


 その言葉のせいでごくりと唾を飲み込んだ。



「彼だ」



 たったその一言が膨大な熱を帯びていた。


「この場には妖怪を許すことができない人間が腐るほどいるのは百も承知だが、彼の仮説が間違いではないのなら、私は彼に賛同したい。誰か、彼の仮説に反論できる者は? いないならすぐにでも綿之瀬わたのせ家に検証をさせるが」


「勝手に決めないでくれるかな……まぁ、他の誰にも任せたくないけどね」


 風がやる気を見せている。それだけで充分ありがたいのに、反論が出る気配もない。


「皆、百鬼夜行を終わらせたいと思う気持ちは同じです。断ち切れるのなら共存で構いませんが、その検証には《十八名家》の全家が関わることが条件ですね」


 そう言ったのは輝司だった。他に言葉を発する者は、意外なことにいなかった。


 いや、言えないのだと陰陽師おんみょうじの集団を見て思う。彼らは乾に指を差されたその瞬間から一言も話さなくなっており、言いたいことが山ほどあるのは雰囲気でわかるのに物音さえ立てようとしない。

 王である千秋せんしゅうの顔を立てようとしているのだろうか。それとも、錚々たる《十八名家》の顔ぶれの前で恥をかきたくないのだろうか。


 そんな陰陽師の集団に生まれて初めて感謝する。ただひたすらに空気を読んで、周りと同じでなければ我慢ができず、弱い者にしか言葉を吐けない彼らに。


「全家がそれでいいなら構わないよ」


鬼寺桜きじおう家は異論なしだな」


小白鳥こしらとり家も大丈夫」


相豆院そうまいん家も構いませんよ」


 風が、虎丸とらまるが、冬乃ふゆのが、鬼一郎きいちろうが。そうして全家が同意する。


「期限までに立証できたらその方向で行こう。できなかったら、殺す」


「それでいい」


 最後に結希が同意した。

 そうすると話は早くなり、全家が次々と百鬼夜行対策に関する進捗を話す。


結城ゆうき家は……」


 最後に残った陰陽師の王の一族のるいは、瞬間にゆっくりと口を閉ざした。

 彼らはこれといった対策をしていない。常日頃から妖怪と戦っている彼らは変わらない日常と百鬼夜行の調査で多忙な日々を過ごしている。


 それでも、何もないと──変わりないと簡単に言うことはできなかった。


「結城家は?」


 ヒナギクが催促する。全《十八名家》の重鎮の時間を奪っているのだ。涙自身も町長秘書で、三賀日とはいえこれ以上ここにいることはできない。



「……結城家は、俺が、式神しきがみを召喚です」



 瞬間にざわついたのは、陰陽師の集団であり結城家であり結希だった。


「涙、本当に……?」


「俺は現頭首です。ですが、式神が不在です。それを今日、終了です」


 彼はその顔に決意を滲ませている。式神を召喚する、たったそれだけのことと言えばそうだったが、百鬼夜行で式神を亡くした彼にとってそれは重大な決断だった。



「──我が元に馳せ参じたまえ、エビス」



 綺麗な涙の声が命の扉を叩く。高座の前に発生した強風は《十八名家》の面々を怯ませたが、それは一瞬で終わりを告げる。


 大広間の前方に召喚された男型の式神は片膝を立てて座っており、肝心の瞳を閉じていた。

 年齢は涙と同じくらいだろうか。端正な顔だということはわかるが、それ以外の情報はまだわからない。


「エビス」


 涙が彼の名前を呼んだ。涙の以前の式神の名もエビスだったことを知っている結希は、この瞬間彼が先代になり彼が当代になったのだと実感する。


「…………」


 そして、瞳を開けた彼の美しさに息を呑んだ。


「は?」


 そう声を漏らした隣のヒナギクの意図が気になり──



「……桐也きりや?」



 ──聞き覚えのある、エビスではない名前を呼んで絶句した涙の反応に首を傾げた。

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